Take it EZ! セカンドダンジョン

ストーンズの曲に、「Mother's Little Helper」という曲がある。アフターマスに入っている。
今まで別にそんな好きってわけじゃなくて、同じくらいの年代のなら、「19th Nervous Breakdown」とかのほうが好きだったのだけど、今日ピンと来たw

そこで、歌詞を見て、その後日本語のウィキで詳細を調べていたのだけど、この歌詞の内容がウィキにはなぜか「経口避妊薬中毒に陥る主婦」って書いてあった。...経口避妊薬中毒ってなんだ?ピルに依存性があったのか...当時(66年)はそんなものを乱用していたのだなぁ~にしても、おかしくね?と思い、いろいろ調べていたら、どうやらウィキのほうが変らしい。
多分、この曲の「pill」って部分を日本語にド直訳したからこうなったらしく、英語版ウィキによると、この「pill」ってのはジアゼパムか「アトラキシン」(販売中止になった精神安定剤)のことみたいだった。まあ、そうだろうな...
この曲の、サビっぽい部分はこうだ。

「Doctor please, some more of these
Outside the door, she took four more」
...先生お願いだよ、もう少しちょうだい。ドアの外で、彼女はもう4錠飲んだ。...ってとこか?
Yes, 共感。

あとここも好き。
「And if you take more of those, you will get an overdose」
...もっと飲んだら、オーバードーズになるよ。...みたいな?
Yes, 共感。


ドラッグを扱った曲って、意外と多いらしい。
私はあまり知らないけれど、その中でもよく聞くのは、
ビートルズのLucy in the Sky with Diamonds、(本人たちは否定しているらしいけれど)
私が思うに、ストーンズの「サタニックマジャスティスリクエスト」のSing This All Together(絶対様子がおかしいもん)、
ヴェルヴェットアンダーグラウンドの「ヘロイン」←そのまますぎだろ、
ヴェルヴェットアンダーグラウンドの「シスターレイ」←様子がおかしい

ビートルズやストーンズは、薬の名前を挙げてるわけではないけど、後者のヴェルベッツの2つは思いっきりヘロインヘロイン!好き好き好き!みたく言ってる。
「ヘロイン」(「&ニコ」に入ってる)のほうは、 Heroin, it's my wife and it's my life...ハハッ!...ヘロイン、俺のワイフだー俺の人生だー!とかってルーリード笑っちゃってるもんね。絶対、やりながら録音しただろ、としか思えない。
「シスターレイ」(「ホワイトライト・ホワイトヒート」)は、I'm searching for my mainline I said I couldn't hit it sideways ...静脈探してんだ、横から刺せないって...みたいな。
この曲は、それだけじゃなくて17分間すべて、あまり意味のないようで退廃の極みのような歌詞だ。ってかこの「シスターレイ」17分間はカオスしかないので、語ることなどできないね。モーリンタッカーとスターリングモリソンの単調だけどきれっきれのドラム・ギターに、ルーリードとジョンケイルの超絶仲悪そうな(←私的見解)不協和音(?)、鳴り続けるホワイトノイズ、とにかくいっちゃってる。いやシスターレイについて書くと多分3記事分くらいは書いてしまいそうなのでやめた。


私は、当たり前だけど違法なドラッグはやらないので、LSDもヘロインも、どのようなものか分からない。なので、上のストーンズの(多分)ジアゼパムらしきものの曲のような共感はない。それでも、ああ、こんな世界があるなら見てみたい気もするーと思ってしまう。
私は、気持ちのよい幻覚を一度だけ見たことがある。一番でかいODの後、薬のなごりがあったか知らないけれど、ものすごい幻想の中にいた。毛の海、ポップアート、力士、子供たちのかごめかごめ、塀、地下の違法なブランド品商売、あるはずのところになくなった駅...意味不明だけど、そのようなものがはっきり映し出されていた。あの経験なら、もう一度したいと思っていて、あの感じが一番ドラッギーに近づいた瞬間かなと思う。でも、それだけ。

だから、よく知っていて効果も体感している、抗不安薬とか精神薬の名前が出てくる曲には、おっ、となる。
ルーリード(なんどもすみません好きなんです)の「Walk on the Wild Side」に、「Then I guess she had to crash Valium would have helped that bash」と、Valium=ジアゼパムが出てきたときはうれしかったなぁ。...彼女は事故っただろうな、ヴァリウムのせいもあっただろうし...ってとこ?


薬物乱用が素敵だとか、賛美しているわけでなく(ダメ!絶対!爆)、ただ、こうやって見ると薬って、薬物って、なんなんだろうなと思う。
まあ、いえることは、私は「フルニトラゼパム」という曲はかけるのではないかということくらいだ。眠剤ソング。
...これ以上はどんどん不謹慎になるのでやめます。


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(やらねばならないことがたくさんあるのだけど放置してるから)暇な私です。
今日は気圧ダダ下がりだしなんかだるいし疲れてるって理由で11時まで寝てた笑
最近は本当に、バイトとその他もろもろの用事意外は家事とPCとたまに勉強くらいしかしてないね。ダメなやつです。

最近、ニュースで相模原の障害者施設での殺傷事件について見る機会があった。それは、遺族へのインタビュー、といった形のものだった。
去年の7月に起こった事件で、19人も亡くなった事件なのに、報道はあまりにもあっけなかったと思う。8月末には、ほとんどそのニュースは見なくなっていた気がする。
その理由として、被害者が障害者で、犯人も精神障害を持っていた可能性が高いからだ、ということが言われている。障害者に絡む報道は気を使わなければならず、あまりに深入りすることがタブーだからだろうか、と思う。報道によって世論が高まると、何か都合の悪いことでもあるのか、とも思う。

私は、その一端は、人の生命の価値、というものが崩壊する危険性があるからではないかと思う。
ネットで、障害者、死ね、とか入れると、たくさんの暴言が出てくる。身体に対してはあまりないけれど、知的・精神に対しては多い。もちろん、その中には例えば家族が障害を持っていて、それが苦しくてどうしようもなくて、書いてしまう人々もいるようだから、ただの好き嫌いや偏見だけが全てとは言いがたいと思う。
ただ、それらを差し引いても、「生きてる意味あるの?」論の多いことに、愕然とせざるを得ない。

「生きてる意味あるの?」論の根拠(になってないけど)の中で多いものは、一言でまとめれば、「生産性がないから」「社会にとってお荷物、迷惑、ゴミ」ということだ。
直接迷惑をかけられた、迷惑な場面を見た・聞いた、なのに「障害者だから」と許される風潮が嫌いだ。何もできないくせに、自分らは働いて毎日をなんとか生きているのになんだこの差は。そんなんなら障害者は差別されて当然だ。
みたいな論調。ほう。

人々に迷惑をかけてまで生きるな。
生産性がないのに堂々と生きるな。
それができないなら差別されて当然。ほう。

なるほどねぇと思う。こういった考えが、全く間違ってるとは思わないし、確かにそう思ってしまうのも仕方がないのかなぁと思う。
事実、私もそう思うことはある。差別されて当然とは思わないけれど、なんでこの人たちは許されることが、許されなくて、一生懸命生産性を否定されない人間になって迷惑も極力かけないようにがんばって社会に順応しようと努力している私が、苦しまねばならないのか、と思うときはある。

でも、それって結局、私が生まれてからいつの時点でか獲得した、人の命や生きることの価値は、極力迷惑かけずに生きて何かを生産して「社会」に還元することだ、という考えかたによるものだと思う。そして、この考え方は私だけではなく、多くの人が持っているのではないかと思う。

そうなると、人の命の価値は平等でだれにでも生きる権利はある~みたいなきれいごとは全て崩壊だ。そもそもだれもそんなこと思っちゃいない張りぼてスローガンで、何とか保ってきた世の中の秩序が乱れ始める。
乱れると、後ろに隠れた人の価値は決して平等なものではないという考えが表面に出る。その考えが蔓延していることが分かる。それが都合が悪い。そういうことなのか。

私は、人の価値が平等ではないという考えは、決して都合のわるいことではないと思う。
平等ではないと考えている人々(私も含め)がなぜそう考えるにいたったかを考察して、おかしな至り方をしているのであれば、そう思わせるような部分を改善する。
平等ではないという結論にしかならないのなら、平等ではないながらもそのなかでの個人個人の幸福を最大にするようなシステムが必要になる。
ただ、皆でそのようなことを考えようとした瞬間、混乱や更なる差別や傷害が起こるだろうから、しないんだろうな、と想像する。

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今日はとりあえず自立支援の更新と病院の2本立てということをしてきました。私は千葉のディズニーランドがある市のとなりの市に住んでいるけどディズニーランドのある市に限りなく近い(300メートル先は隣の市)なので、自分が住んでいる方の市役所がクソ遠いんですよ。そして、そこから3回乗り換えしてヌマ病院でしょ、まったくなんてことだ。

じーさん、入院前のことについて「あれはなんだったんだ?躁か?」と聞いてきたけど、そんなん知らんて。自分で分かったら苦労しないって。あんた診断しろって。と思ったのだけど、「あー躁だとしても楽しくなかったですねー悲愴感漂う躁だったかもしれないっすねー」と答えておいた。お互いテキトー。

さて題名の件。私のことではありません。おっさんじゃねーし。
6年前の夏に入院がかぶった人で、それからも会えば会話をするおっさんなんだけど。
この人も、「社会的入院」をしている人で、多分もう10年は入院しているのではないかと思われた。彼は、1日置き、長くても2週間おきにころころ変わる人だった。

調子のいいときはよく喋り、私にちょっかいを出す。私は本読んでいるのにあまりにも隣でうるさいもんだから、「「うっせー!うっせー!」って言いまくってたらないお金の中から、週に一回だけ行ける売店の時間に、私のために「耳栓」を買ってきてくれた。まあ、私が耳栓しててもそんなの意味ないくらいにしゃべりまくってたから意味なかったのだけど。
朝、5時ごろから男性の部屋前の廊下で、大音量で歌う。
誰にでも声をかける、看護師をおちょくる、ずっと笑って(にやにやして)る、ひたすら喋る、等々。これが、彼の躁状態。

うつ状態の時は、朝から部屋にこもっているみたいだし、出てきても目は虚ろで私達を認識しているのかさえわからない。
歩き方も、躁時や平静(ほぼないんだろうけど)時とは打って変わって、だるそうになる。
そして、一番おもしろいのが、この人1日で躁→うつ、となるわけだから体重の増減なんてそうあるわけないのに、躁のときは顔がしゅっと引き締まって若々しく見えるのに、次の日にうつになると目・頬・口角、等々が下に下に下がって、別人とまではいかないまでも、どこか身体の具合が最悪で今にも倒れそうな感じになるんだ。
うわぁ顕著ーと思ってた。

そのときの入院で、私は初めて躁鬱病と診断されて、もちろん自助会にも行ってなかったし躁鬱の診断直後の閉鎖への入院だったので、自分の病気を調べる時間もなかった。だから、このおじさんが躁うつだ、って聞いて、あぁこんなんが躁うつね〜って思ってた。
今考えると、あんなにころころかわるのはウルトララピッドサイクラーなわけであって、典型的ではないみたいだけどね笑

他には、入院中に出会ったとっても素敵なご婦人がいるのだけど、彼女は50代にして初めての大躁転をし、3ヶ月間保護室で歌ったり踊ったりして過ごして、しかもその記憶がないそうだwたまに会えば、旦那さんと仲良く診察を待つ若々しい美人でしゃきっとした方が、そうなるなんて、見てみたい...と思う。

私は、楽しい―とか、笑顔あふれる(?)ような躁ってのはなくて、焦燥感と悲壮感だらけの軽躁でしかないので、ああいった躁状態を間近で見ると、その状態を自分でも経験してみたく感じる。



「クンは躁病だ、無視してはいけない、無視すると怒り出す、だが質問はするな、話が終わらなくなる」
「...でもわたしは躁病です、『向現』がないときは辛かった、頭がブンブン高速で周りすぎて頭が熱くなってどこへも出ていかなくて夜も眠れなかった」
 -村上龍『ヒュウガ・ウイルス』より

(↑ヒュウガ・ウイルスのワンシーン。ある街の案内人「クン・マニア」は躁病。切羽詰まっている軍隊を案内しているのに、自分のことをひたすらしゃべりまくる。クンのセリフは1つの「」が2ページに渡り、しかも同じことを2回か3回繰り返し話には脈絡がなかったりもする。クンは、おさえるべきところはおさえる行動力があり、権力も自分で作り上げた人間でもある。リチウムの話も出る。躁を経験したことがある人はここの章は吹き出すこと間違いなし。村上龍さすが。)

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最近更新頻度が上がってきた私です。つまりヒマな私です。

今回の入院は、ヌマの系列病院だった。そこは今回で3回目の入院だったのだけど、2回目から主治医が確定した(1回目は緊急の入院で先生がいなくて流れで院長の診察になってしまったので)。

その先生は、40代くらいで、白衣の下は品のいいセーターにチェックのシャツを合わせていつもにこにこしてる人だ。私がいた病棟はほぼ個室なのだけど、診察時は私の部屋までいつも尋ねてきてくれて、ベッドに座る私に目線を合わせてしゃべってくれる。穏やかで、話やすいしたまに自分の話もしてくれる先生。ナースステーションでも、にこにこしていて看護師さんたちともよくしゃべっているようだった。

この先生は、私が前回退院した後に、大きなODを繰り返してしまったことを知っていて、でも今はもうODをしていないことにとても安心してくれた。
ストラテラを飲んでから、大きな爆発や頭の中がとっちらかるようなことがなくなったんです、と説明すると、先生はストラテラの効果について話してくれた。
ストラテラは、ADHDの特性が全面にでていなくても、私のように頭の中の整理が付かない性質の人に効くこともあるらしい。
そして、その先生は、「あなたは今まで頭の中の物事に順序がついていなくて、物事が散らばっていてどこから手をつけたらいいのか分からなくなっていたのかもしれません。ストラテラは、そのような物事に「整列っ」と言って順序を付けてくれている、という感覚かもしれませんね。」と言った。
いやいや、まさに!まさに!その通りですよ。
さらに、「ODをしてしまうのは、感情や考えの振れ幅が大きすぎて、振れ幅を超えてしまいかけたときに、してしまっていたのかもしれません。もしかしたら、この薬を飲むことで少し振れ幅が小さくなり、苦しいことがあってもODまで行かない方法で対処できるようになっている途中かもしれません。なので、ストラテラは、その考え方や行動の仕方が分かってきたら、飲まなくてよくなる可能性もありますよ。」と言っていた。
もう、本当その説明!待っていました、って感じだった。私がなんとなく、「頭がすっきりする感覚です」と言ってからぐだぐだ説明していたこと...つまりまとまりなくとっちらかった説明...を、上手くまとめてくれた。

何でこんなに感激したかって、ヌマの主治医のじーさんに、ストラテラが効いてる気がする、いい薬ですね、と言ったとき、あの先生、
「ああ、ストラテラを飲むと「悟り」が開けるからな(ドヤァ)」
と一言。また、振れ幅については「こーなってるのがこーなる薬だ」とよくわからん、長嶋監督もびっくりのジェスチャーで表現。聞く相手を間違えた気がしていた。
薬は私のリクエストや訴えを上手く取り入れてくれるし、副作用にも敏感で飲み合わせとか分からないことがあると私の目の前で製薬会社に連絡してくれたりするので、そこはいいんだけど、ね。

今回の病院の主治医は、久々に見た精神科の「まともな」医師だなぁと思った。
18歳のころから基本的に主治医がじーさんであったので、慣れてしまっていたから、今回は本当にやりやすかった。
だってじーさんは、初診から3回目の診察で2時間も使ったり、入院中の夜中に呼び出してみたら夜中に1時間以上話が続いたり、すげー怒られたり、文句言われたり、本当あなた何なんですか、という医師だ。
だいたい、人ががんばって喋ったのに、上目づかいで思いっきり睨んで終わりにする、とか、こっちが図太くなきゃやってらんない。
最初のころは、診察が終わると泣いていたときもあったもんね。この間も、私の後に診察室に入っていたカップルが出てきた後、患者であろう女の子が泣きながら男の人に「何で診察でまでこんなに苦しまなきゃいけないの!?」と訴えていた。その気持、わかります、って感じだよね笑
じーさん、見た目も変な黒の服上下に床につきそうな丈の白衣で髪も白だか金だかわかんない色で、車は金で、もういろいろオカシイ。

けど、ほとんど人を褒めないのに、最近は大学のことについて「がんばってるな」とか「少し休んだほうがいい時もある」とか言ってくれるようになった。
だから、今回の入院先の主治医のような「まともな」医師もいいけれど、なんかの縁で当たってしまったじーさんが死ぬか医者やめるまではこの先生にしよーと思う私でした。

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同じ病院に通っている6年来の友達(?)に「入院してて退院してきたー」とメールしたら、これからは履歴書の「趣味・特技」の欄に「OD及び入院」と書けばとうだ、と言われた私です。今回はODはしてないはずだがおかしいな。

今回の入院、5泊6日だったのだけど、入院の順番待ちで1週間かかったせいで、その1週間の前半のうちに半分以上調子が戻ってきてしまったため、何のための入院かよくわからんことになってた。まあ、ストラテラの40mgをまとめて飲むことと、デパケンの量増加(血中濃度との兼ね合い)を試せたことはよかったね。それ以外は健康体がマジで寝て本読んで食って、しかしてないクズのような生活を送ってました。本は6冊半読みました。

今回の入院は、いつも通院している病院の系列の急性期病棟ということで、3年前と4年前に一度ずつ入院したことのあるところだった。ヌマよりも、自然に囲まれていて、というか何もない場所に平屋が並んでいて、10年前くらいに建った新棟が急性期病棟。みまいに来てくれた例の人は、「ここはヌマよりもさらに時間がゆっくり流れているね」と言っていた。

ここの急性期病棟は、20数床しかないところでとてもこぢんまりしている。今回も、大半が女性で、しかも鬱?不眠?不安障害?または統合失調症の陰性症状?のような人々ばかりで、本当に静かだった。争いもなく、女性どうしは固まっていたけれど(私は入らない)、静か〜な固まりであった笑
でも、ナースステーションの奥にある保護室だけは、様子が違った。
保護室には、若い男性・10代の女の子がいるようだった。
どっちも、壁ドン床ドン等々が激しくて、比較的部屋が近い私は声や音よりもそれによる壁や床からの振動がすごくて、なんかもう、笑えてきてしまった。

10代の女の子は、たまにホールに出てきていた。
私は精神科に9年通っていてたくさん入院もしているし友達もいるけれど、この子のような状態の子は初めて見た。
本当に、この子の中では世界がぐちゃぐちゃになっているんだなぁと思った。私のことをお母さんだと思い、私が飲んでた粉末のカフェラテを「こんな薬飲まなくていいんだよっ」とコップごとひったくって取り上げ、私が大丈夫、これは飲み物だよ、お湯を入れて溶かすんだ、と言うと、じゃっ私がやりますっと言って水道水を入れようとした(速攻で「それは水だね!?お湯を入れようか!?」とひったくり返した)り。でも、ほとんど話す時間のない彼女との会話の中で、彼女は学校でピアノ伴奏をしていたこととか、友達を懐かしむ反面恨んでいる様子とか、が伺えた。まだ、たぶん、日本で順当に行けば学校に行っている歳の子だった。

私は初めて入院したのが19歳のころで、当たり前だけど病棟の入院患者の中では若い方だった。
それが、最近入院すると、自分よりも明らかに若い子がいる。若いのに、いやいやいや、それは...というようなバックグラウンドとか、背負った病気がある子が、いる。ヌマで見た子たちは、たいてい、何かしらの状況の「サバイバー」であった。そして今も、きっと変わらず、様々な手を使って生きようとしているのだと思う。もちろん、その様々な手は、ハタから見たら決してキレイではないだろう。
今回見た子は、背景はどうなってるか知らないけれど、彼女の頭の中の世界で、苦しい思いをしていることは間違いがなさそうだ。

私は、そういう子たちは「宿命」だな、と思っている。
運命とか宿命とかの言葉の違いもよく分かっていないし、そういった「初めから何かを負っている」という考えは好きではないけれど、そう思う他にない、と思う。私よりも歳が行った精神病院の友達を見ると、その宿命の中で、上手くやっている人、上手くいかなくてあがいている人、あがく力もなくなった人、死んだ人、諦めた人、分かれる。
今回会った子や、ヌマで出会った彼女たちはこれからどうするのだろう。宿命とともに、どのように生きるのだろうか。

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