Take it EZ! セカンドダンジョン

はぁー。今日から普通に学校に行き始めた。みんなと話せて、楽しかった。
今日は、一発目の試験があった。英語の、オーラルの方の試験。2分間スピーチを、ペアと交互にして、感想を述べるみたいなヤツ。私はヒップホップの4要素についてのスピーチ。相手の男の子は・・・「菅原道真」←誰wについて、だった、さすが史学科。何言ってるのか意味わかんなかった、ってか日本語で説明されてもイミフなんだろうなぁと思うと悲しすぎる。あとで本人にクレームつけといたけどね笑 まぁ、この授業はたぶんクリアだろう。よかったよかった。

学校では、だんだん話す子が増えてきて、みんな良い奴ですぐに打ち解けられる。たまたますれ違っても、うらおはよ、っていってくれて、そんなあたりまえのことがなんかめちゃくちゃうれしかったりする。わたしは、同級生の中では昔から、結構一人行動が好きで、他人とはそれなりに距離とってた。高校まではそれがみんなとちがって、少し苦しかった。社会に出てからは、距離の取りすぎでさみしかった。
今、心地良い。関わるときは楽しく関われる、協力できる、だけど私は私。だれも妨害しないし、無理に距離とることもいらない、自然でOK。それが気持ちいい。でもその代わり、私も率先して協力しよう、そんな気持ちさえめばえてる。
自分がもうすぐ25歳で、躁うつで、この間「自殺未遂」して・・・学校に行けばそんなこと忘れる。ほとんどの時間は。

でも、ふっとしたとき思い出す。気持ちが前触れもなく、ころっと攻撃的でそのくせ虚無になる瞬間、思い知らされる。あぁ私はこういうふうになる、人と違い、たぶん、普通は理解できない部分を確かに持っている。隠してる。ここにいていいのだろうか、みんなとああやって一緒に、笑ったり、愚痴ったり、協力したり、そうしている私は誰なんだ。
でも、だからって本当のところを言う気持ちにはならない。たぶん、18歳19歳には少し重い話だ、いくら心理学科でも、受け入れられないであろうことは嗅覚でわかる、中学のころから、いやたぶん、小学校のころから「なんか違った」私はどこが自分の居場所になり得るかっていうのを少しは察知できる。今は、言ってはいけない。クローズだ。

自分がなんなのか、よくわかんなくなる、マジで。
大げさに言えば、2人分を生きている気がしなくもない。学生で、みんなといっしょに、少し変わってはいるけど日々を送る私。課題に追われ、でもそれをみんなと愚痴って、協力してやって、一緒にご飯食べて笑う、私。
死と生を悩んで、薬を集めることに躍起になり、自殺サイトをめぐり、人を利用して死にたい死にたいほざいて、酒と眠剤ミックスしてクソみたいなトビ方をしようと企む私←現在進行形wまだ効かない 

後者を隠すしかない。普通のクローズは、病気そのものと、飲んでいる薬と、あがったりさがったりをコントロールしていることを、開示しないということだろう。私のクローズは、私の80%くらいを作ってる空っぽなくせにどす黒い部分を、「隠す」ということ。苦しいけど、ちゃんと生き残るにはこれが一番いい。妥協すれば制限が増える。社会の、世の中のせいにするにはまだ早い。たぶん、私の責任で私が耐えねばならない、この性質。
こんなんじゃ、心はまがるしいびつな形になる。それでも、それを飲んで生きるしかない、きっと。

「いびつでも いびつでもいい いびつでも いびつでもいい
本当のことも秘密でもいい?」
-NORIKIYO 『秘密』より

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