Take it EZ! セカンドダンジョン

今日はアパートに少し帰ってきた。電車やバスの時間が長いんで、3時間しか滞在できなかったけどなんとかレポート仕上げてみんなにメール出来た。本当、やぶれかぶれレポート、って感じで嫌になるw

入院して今日で1週間。結構、落ち着いてきた。今回の入院は、落ち着いてる方がたくさんいて、話し相手だらけだった。躁鬱でちょい躁っぽいおじさんや、若い頃のクスリでおかしくなったっていうおっさん、私と同じくODでICUからこの病院に来た、っていうお母さんとか、DV被害者だっていう女性、強迫神経症の方。入院するたびに思う、みんななんとか生きているんだって。当たり前のことなんだけどね。私は入院しても、何が悪いのかわからない、話が早いしぜんぜん普通じゃん、ってよく言われる。
そんなもんだ。

ここでの主治医、診断には不満があるけれど、親身に話を聞いてくれたこと、そして変わった視点でアドバイスをくれたことは、でかかった。
私は前にブログに書いたとおり、「どこの場所でも100%じゃないと私は誰にも認められない、全体的に、私を見て評価してくれる人など大人になればいなくなって当然、でも私はその状況が不安で自分を見失いそうになる、たぶん、それがODのでかい理由」みたいなことを伝えた。
こういうこと言うと、よく言われるのは「人の評価なんて気にする方が変だ、自分に自信をもて」だった。でも、主治医は言った。僕は少ししかあなたを見ていないけど、本質はしっかりしているし何かをサボるとは思えない、それに、たぶんあなたは60%くらいでやっても人並みにできるように見える。あなたは完璧な自分で無いと受け入れてくれないと思ってるかもしれないけど、人は、意外とあなたを全体的に見て本質を評価しているものですよ、だから一つ一つの場所で気負いすぎることはない。
そう言われたのはなんか始めてで、新鮮だった。人は意外と私の本質を評価している・・・それが嬉しい言葉だった。

すごい穿った見方をしていた。私は去年、前のブログで、たくさんの方から受験を応援してもらった。ODや荒れたときも、応援し続けてくれた。受かったとき、たくさんの方が祝福してくれた。
だから私は、大学に行くことが楽しみになったし、がんばろうって思えた。でも、結果これだ。4月の大荒れ。5月はあんま言わなかったけど、正直すべてがうまく行ってなかった。勉強、学校、バイト、その他人との約束。どれをとっても30点以下。やるつもりだったからこそ自分に対してふがいなかったし、去年応援してくれた人たちに顔向け出来ねぇなと、勝手に思っていた。疲れと、そのふがいなさと、結局、頑張ってるのに認められないというわがままな欲求不満が、慢性的な空虚感を表面に押し出して、ODに至った。
すごく単純に言えばそんな感じかもしれない。

だけど、それは本当?私はマジで「どれをとっても30点」だったか?そして、誰が私に失望した?
勝手に自分を評価して、自分を全体的に本質的に見ていなかったのは、自分じゃん?それを、誰かに・・・ここではブログを見てくれている誰かに、投影していた面もあるんじゃないの?そっちのほうがずっと恥ずかしい話だ。

わかってる。私の周りの人は、私よりもずっと大人だ。ODっていう「全体的にマイナス」っていう状況ですら、離れずいてくれた、そういう人がたくさんいたじゃないか。それは、私が気がついていない、私の本質まで見てくれているってこと。
今回何人の人に心配かけた?どれくらいの人が何かをしてくれた?
私にはもったいないほど、人は助けてくれたじゃん。

なんて、死にたいの間にそんなことを思う余裕が出て来た。死にたい、いやもう少し生きる?死にたい、いつでも死ねる、って揺れる間に、退院の日は近づくし学校でやるべきことも、進んでいく。
クソみたいな気持ちにゆられながら、私も進んでいる。だって、まだ立ってるから、さ、進んでくしかないっしょ?

「この足で立ち上がれそうだぜ
さあ 取り戻せそのラフネス 見せつけろそのタフネス
孤独の果てに浮かんだフレーズは
Three times,twice,once again」
-ライムスター『once again』より

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