Take it EZ! セカンドダンジョン

また学校のPCで遊んでますやばいね私。いや今までちゃんとレポート課題やってたんだけど飽きたから、ね。
今日は、このまま夜勤へ行く。明日は一日休み~だからいいんだけど、自立支援とか年金の学生猶予とか、いろいろ手続きしなきゃなんないので、あと16時間くらいは寝れないかなぁと思うとマジ憂鬱。まぁ、なんとかなる。

うん、やっぱ、授業は興味深いものばかりで学校はちっとも嫌じゃないんだけどさ、なんか授業中にいきなり消えたい消えたいなることもあって、困る。これは今にはじまったことじゃなくて、中学時代からだったんたけども、なかなか治らないね。まぁ、だからって感情に任せて教室抜け出したり、学校へ行かなかったり授業をさぼったりしないようになったっていうのは、成長。人からしたら当たり前のことなのかもだけど、私にとってはめちゃくちゃでかい成長。
これは、ひとつには一回社会人(っていう定義はいまいちわかんないけど)として働いた経験が効いているのかなぁって思う。プライベートでめっちゃ精神が荒れてても、仕事は仕事、割り切らなきゃなんない。私は、あのころは、通勤電車の中で切り替えてた。職場についた瞬間からは、できるだけ「いつもの私」でいることに集中してた。結局、最後には感情を爆発させてしまって迷惑をかけてしまったけれど、でも働いている間は自分でも、結構がんばって自分を律していたと思う。

だけどね、その律し方を今の自分の律し方はだいぶ違う。
働いてたときのは、完全に「我慢」だった。もちろん、我慢すべきことは学生よりもおおいことは間違いないのだけど、でもたぶん私は同僚に対して過剰な我慢をしていたのではないかなと思う。私がやればいいんでしょ、私が我慢すれば収まる、めんどうくさい些末なことは、はいはい、私が請け負いますよ、って。で、気分はいつもいらいら。いらいらして、どうしようもなくて、それで帰ってお酒や処方薬に頼ってた。正直、あの時期に、「気分がよかった」ってことってあんまなかったんじゃないかなぁと思う。楽しいことやうれしいことはそりゃあったけど、でも、それに気が付かないくらい毎日がブルーだった。

でも、今は少し違う。今は、まぁ我慢すべきこともそんなにないのだけど、それなりにはっきり言ったり、我慢ではなく自己調整して消化するすべを、少しずつ覚えてきている。だから、たとえば授業中にうるさいやつとか、マナーがなっていない子に遭遇しても、前ほどいらつかなくなった。瞬間的にいらついたとしても、その気持ちが長く続かないということに、少し気が付いた。

BPDの人にはよくあることかもしれないけど、私は自分が「完璧に気分がいい状態が永遠に続く」という幻想を抱いていて、それができないことに対して腹を立てていた。だから、少しでも自分の思い通りに行かない事態に陥って気分が唐突に害されると、それだけで世界が黒~くなったみたいになって、荒れた。
でも。私がころころ気分が変わるのと同じく、周りの環境もころころ変わるんだ。それに対していらつくのはなんだかナンセンスだと思った。
それに、うまくいかないことや、気分がわるいことに対してイライラしていれば、よけいに外の環境にイライラしてしまうのは当然だしね。

最近気が付いたのは、「うまくいかない状況や、イライラする気持ちは永遠に続かない、それと同時に、気分のいい時間も、永遠に続かない。だから、私が望んでる完璧な気分なんてない」ってこと。
でも、だからこそ、気分がいいときが素敵なんだ、ということ。
昔、14歳のころ、ぽんに言われた。手紙だったかな。
「いいことがあって、でも嫌なこともあって、その繰り返しがいいんだよ。何かあったとき、うれしいんだよ」

その意味が、今になって、すこしわかった。

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