Take it EZ! セカンドダンジョン

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今日で, 27歳は終わりだ...あー27歳のうちに死ねなかったか!と少しがっかりしながら,27クラブの一人である,ブライアン・ジョーンズを思う。

ブライアン・ジョーンズ,69年7月3日に亡くなった,ローリング・ストーンズのメンバーでリーダーだった人間だ。
ギタリスト,とされているが,彼はあらゆる楽器をすぐに弾けるようになるという天性の素質をもっていて,ありとあらゆる楽器を使っている。

アフターマスでは特にいろいろな楽器を使っていて,「Under my Thumb(66)」ではマリンバ,「paint it black(66)」ではシタール,「Lady Jane(66)」や「I am Waiting(66)」 でダルシマー,前にこのブログでも書いた,「Mother’s Little Helper(66)」では12弦ギター(ちらっとだけど)。
ビトウィーンザバンドズのRuby Tuesday(67)でリコーダー。
ゼアサタニックマジェスティスリクエストの「2000Light Years From Home(67)」と,ベガーズバンケッドの「Jigsaw Puzzle(68)」や,シングルの「Jampin’Jack Flashe(68)」でメロトロン,同じくベガーズ〜の「Street Fighting Man(68)」でシタールとタンブーラ,遡ると,12×5の「2120 South Michigan Avenue(64)」でハーモニカ,ザ・ローリング・ストーンズの「Tell Me(64)」ではバックボーカル, シングルの「Get Off of My Cloud」では12弦ギターに加えてピアノ…等々。
(12×5と,ザ・ローリング・ストーンズはカバー曲が多いからか,ブライアンが何の楽器を弾いているか出典が少ないのと,キースと混ざるせいで,いまいちわからんところもある。)

彼は,イギリスのチェルトナムというところの中流階級以上の出。楽器もできたけど,めちゃくちゃ頭がよく(IQ135以上だとか)だったらしい。しかし,小さいころから独創的すぎて,学校でもいろいろやらかした挙句,今でいう中学時代?に女の子を妊娠させて退学。
その後は職につくも,1年に20回は転職をするというようなやる気のなさ(+適性のなさ?)のせいでうまく行かなかった。
それからはロンドンに行ってみたり帰ってきてみたりしながら,様々なクラブでプレイし,腕を磨く。その後はチェルトナムに戻ってバンドを組む。このころ,地元のガールフレンドとの間に子供が産まれ,共にロンドンへ行く(というか,ブライアンを追って彼女が後から来た)。
ロンドンに移ってからは,バンドを組む計画を立てながら,毎晩のようにクラブでプレイ。イアン・スチュワートやチャーリー・ワッツと出会う。そして,ブライアンは,彼のプレイをたまたま見て感動したミックとキースに話しかけられる。そこから,ローリング・ストーンズが結成されるに至る。

しかし,最初から上手くはいかず,62, 63年はブライアンがバンドのために奔走する日々となる。リーダーという気負いもあり,情熱もあった。
クラブで売り込み,毎晩ミックとキースと語ったり練習し,その間に契約を取るため,レコードを出すために忙しい日々を過ごした。その成果もあり,よいマネージャーと出会い(彼はブライアンが嫌いだったようだけど笑),契約も獲得し,64年にはレコードを発売,ストーンズが出るクラブにはたくさんの女の子がつめかけ,追い回される日々になる。
その間,最初の彼女とは別れ,リンダという,多分ブライアンが最も愛したであろう---アニタなのかもしれないけど私はリンダのほうが良いのではないかと....って私が決めることではないし知らん---,女性と付き合い,子供をもうける。

ローリング・ストーンズが軌道に乗ったのも,人気になったのも,ブライアンの功績が大きい。けれど,彼はそれと同時に反感を買うことが多かった。本人は悪気があってやってるつもりがなく,それどころか本気で悩んで行動していることがことごとく裏目に出てメンバーからいじられる,嫌われる。
そして,リンダとの子供のこと,ロンドン中の人気と「悪童・ローリング・ストーンズ」というイメージと自分がどうしても相反してしまうこと,彼が本当にやりたい音楽ができていないのではないかという危惧,これらから,彼は少しずつ,蝕まれていく。本当に繊細な方だったようだ。
だけど,だからと言って彼を擁護することもできない。ミックは彼が亡くなった後にもインタビューで「酷い男」ということを言っていたようだ。イアンに至っては,ブライアンなんてもう大っ嫌いの極みだったのではないかな。自分をステージから引きずり下ろした人間だから,ね(実際はブライアンはそう告げただけで,決定したのは別人)。

そして,私もブライアンに関する記録を読んでいて,この人とはさすがにプライベートで関わりたくないと思った笑 自己中,プライドは高いのに誰よりも繊細で傷つきやすく,でもそれを人に見せられない,頭が良すぎるが故に,誰が何を考えているかを勘ぐりすぎる,そして一部,自分のやりたいことのために酷いことを平気でするという,感情が欠落している部分があると思えば,それに対する自責の念も並じゃない。

ただ確かなことは,彼は確実に容姿が抜群で服のセンスが最高で,そして...彼の生き方は最高にかっこよくてかっこ悪くて切ないということだ。
今,書いたのはただの導入で,ブライアンが本格的に狂うのはこれから(65年以降)です笑
それについては次の機会に。
私の好きな曲。↓


「Hey! Think the time is right for a palace revolution
 'Cause where I live the game to play is compromise solution
 Well, then what can a poor boy do,Except to sing for a rock 'n' roll band
 'Cause in sleepy London town,There's just no place for a street fighting man...No」

「今こそ,宮廷革命の時が来ただろ。
 俺の住んでいる場所では,ゲームでもやることが,妥協案になってるんだからな。
 それで,ロックン・ロール・バンドを歌う以外に,ただの少年に何ができるっていうんだ?
 眠れるロンドンの街では,ストリート・ファイティング・マンの居場所はないんだってことだ。」

  -The Rolling Stones, 「Street Fighting Man」より


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