Take it EZ! セカンドダンジョン

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疲れが溜まってきた...
毎日の卒論研究は,細心の注意を払いつつやるものだから,実験そのものの時間的には短くても,精神的な負荷はでかいし終わるかわからないという焦燥感が強い。特に私は効率的になにかをできる人間でもないので,いちいち時間がかかってしまい,時間は経過するしやっている「つもり」にはなっているけれど成果がでないということが多くて,自己嫌悪に飲み込まれる。

一昨日あたりから急激に死にたくなってきた。
私は今障害者手帳申請中(初診から10年目にして笑)の身なので,一応「精神障害者」ということでいいんだろう。
構ってちゃんレベルではない自殺未遂も数度しているので,死にたいという考えはいつもすぐそばにある。
この間,「55歳からのハローワーク」(いつものことだが龍さん)を読んだとき,後期中年の男性が死の方向に引きずられた記述に結構おどろいた。今まで死,というものに対してあまり考えていなかった人でも「死のう」という気持がいきなり出てくることもあるのだ,という驚きだった。それは,疲れ切ってるのに「自殺」という方法を思いつかずに,しかしいきなりホームから線路に飛び込むのに近いのかもしれないと思った。

私の場合は,確実に違う。
死のうと思う時が来るのは明らかだと思っているし,私の死因は,きっと不慮の事故とか地震とか刺されるとか撃たれるとかミサイルにやられるとかいきなり脳卒中や心筋梗塞になる以外は,多分服薬での自殺だろうと思う(大抵の人はそうか)。

前に,失敗したのは,ベゲタミンA100錠以上とラボナ50錠以上,イソミタール粉末10g以上用意したときだった。用意したものの,飲みきれなかったんだと思う。これだけの量を飲むとなると,相当の体力がいるものだけど,私はその時は酒に酔っていたし胃の内容物もそれなりにあって,入院明けで体力もなく,半分も飲む前に倒れていたのだと思う。約2日,同じ体勢で寝ていたので褥瘡ができた,でもそれで終わりだった。それから明らかに,自分の体力は激減し,精神的な何かも変わったとは思うけれど,それと死ねなかったことには関係がないと思う。

また,それをやろうかな,と考えている。多分,もうあれほどの量を手に入れることは難しいだろう。2年半前とは睡眠薬に関する規制がかなり変わってしまった。ネットでの売買は,あまりに危険なのか,ほとんどできる状態ではなくなった。
だから,実際にはかなり難しいと思う。

失敗したら,こんどこそ色々なものを失う。
2015年では,例の人とまだ同棲していなかったし,大学も1年の終わりで確固たる目標はなかった。失敗したら廃人になってもいいくらいには思っていた。
今は,失敗をすれば例の人を失う,というリスクと,大学が卒業できない,院も行けなくなる,というリスク,廃人になりたくないという余計な思いが邪魔をしている。
多分,まだ本気ではないのだろう。本気で死にたければ,リスクなど考えない。第一,失敗を考えない。
本気でない自分が,恨めしい。こんな自分は嫌だけれど,私の能力はこれ以上変わらない。能力が変わらない以上生きる上での苦しさも無意味さも変わらない。結局,最後のODから何も変わっていない。

今,できることは,きっと死ねるような用意だけだろうな。
それにしても,なぜ私が死ぬのに薬にこだわっているのかよくわからない。飛び込みでも飛び降りでも首吊りでもなんでもいいじゃないかと頭では分かっているのに,想像できるのは服薬だけだ。ベッドで死にたい。
本気ではないと言われればそれまでだけど,私は自殺であれば自分の死に方くらい自分で選びたいと思うし,そのためなら努力するつもりでもある。

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