Take it EZ! セカンドダンジョン

謎の過眠がようやく収まってきて昨日からはなんとかいつもの生活に戻りつつある私です。仕方がないのでゼミの発表準備やら英語の勉強やらを再開。院試の書類等必要なものリストに目を通したり。やることは少ないけれどそれぞれの重量があるので疲れます。

私がこれ以降やりたい、やろう、と思っていることは精神障害者のサポートの仕事だ。今も、バイトで精神障害者の支援をしている。当事者としては、当事者会のスタッフをしている。もちろんこの経験も重要だけれど、私はもっと勉強して専門性を身に着けたい。当事者目線だけでなく、地域の人の目線、強い偏見を持つ人の目線、支援者の目線、様々な視点から私達をとりまく現状を見たいと思っている。そのために、様々な文献や資料を当たったり、機関のHPを見たりするだけでなく、実際に現場に潜入してみることも、さりげなく笑、していきたいと思っている。

こう思うようになったのは、9年間通っている病院で、様々思うところがあったからだ。
その病院は、慢性的な精神病患者が多く、病院ができてから10数年間ずっと入院している、いわゆる「長期の社会的入院」を多くかかえている。また、結構重度な患者や錯乱中の患者も多い。薬物・アルコール等による影響がもろにあるよね、っていう患者も多い。冗談抜きで、「生気がない」人たちがわんさかいる。これが偏見に満ちた見方だとは分かっているけれど、どう見たってそうなんだ。病院は、昔ながらの精神科らしく、市の端っこ、不便で静かで、開発が遅れてます感満載のところに立っている。

多分、都市に出て当事者会に参加できたり、大手の(?)就労移行とか民間の支援に積極的につながり、社会復帰を目指す人で、都内のビルのキレイなメンクリしか知らない障害者は、驚くだろう。でも、このクソ病院みたいな場所にいる人々こそが、私が本当に見たい、つながりたい、何かをしたい、場所なんだ。

一例。
70歳のおじいさん。私が19歳のとき、63歳だった。彼は、20代からどこかの精神科に入院し、約40年、精神科にいる。アルコール依存症だ。学歴は高いが、大学在学中にアイドルのおっかけをはじめてから、人生がおかしくなった、と言う。今は、腰をいためて車椅子生活になり、一人では外に出られないけれど、毎日かならず朝日新聞と文芸雑誌に目を通す。自分のことをインテリだと言い、19歳のときに病院の患者のなかではある程度しっかりしていた私によく話しかけてきた。散歩もたくさんしたし、毎日話した。あれから7年経って、信じられないほどに歳を取ってしまった...と、思う。
なのに、彼は一年に3回ほど私に手紙をくれる。どこから住所を入手したかしらないけど笑 
ミミズがはったような文字、というのを初めて見た。そんな字で、私との思い出を書いているんだ。身体が老化して、多分このまま精神科で一生を過ごすであろうおじいさん。それでもインテリのプライドは持ち続け、高尚な手紙を書こうとしている。
狂っていると思う。でも、どこまでも人間らしいと思う。

40代後半で亡くなったおっさん。
彼は確か、シンナー中毒からのアルコール依存症、統合失調症併発?みたいな、世の中からしたら詰んでいる男。多分、昔はオラオラ系だったのか、まだそんな雰囲気はあった。私が21のとき、3回目の入院でいっしょだった
、よく絡んできた。ときおり、過去の話をしていた。自衛隊にいたと言っていた。訓練の話を、なつかしそうにしていたことは覚えている。
その後、私も彼も退院した。私が5回目に入院したとき、どこからその情報を聞きつけたか、病棟に電話をしてきたらしいが、私はそいつの名前を忘れていたので電話を取ることができなかった。
その一年後、亡くなった。私を心配してくれていたことは、別の、これまたとち狂った人からの手紙で知った。

40代前半のおっさん、とその彼女(奥さん)。
何かある度に、いつも私を誘ってくれる。温泉行かない?彼女が一緒に行きたいんだって。飲みに行かない?こんなイベントがあるよ。彼女の誕生日だから。この人も一緒だよ...
その、この人も相当おかしい。30代後半の兄ちゃん。現実と妄想が混ざっているが、あぶなっかしい連中とお知り合いなのは確認済み笑だ。ここまで生きてこられたのが奇跡的なのに、自分はチャンピオンだという妄想の中にいる。
40代男性の奥さんは、ここ9年で何回も就職と離職を繰り返しているらしい。

挙げればキリがない。どうしようもないって言えば、もちろんどうしようもない。
社会が見えないものに蓋、をしようとするならば真っ先に蓋をされる人たちだ。綺麗事抜きにね。

彼らは、どこか孤独で意思がないか意思が病気に奪われているか空回りしているかで、現実と折り合いがついていない。言い訳をすることもあれば、自己保身に走ることもある、逃げていると感じることもある。
でも、まだ、逃げている段階だ。自分の状況を、これは仕方ないよね、ひっそり生きよう、なんてふうに捉えていない。
こんな自分が恥ずかしいとか、社会からどう思われるかわからなくて怖い、だから今の状況を受け入れて、甘んじよう、とは、多分していないと思う。
なまじ、どこかで「まとも街道」のレールを踏み外した人のほうが、そんな自分を恥に思い自分から孤独になってそんな自分を受け入れ甘んじながら、社会の片隅で息を殺して生きているのかもしれない。それも悲しいことだが。

そんな、意思をコントロールしきれずにあがいている人々に何かをしたい、と最初は思っていた。
でもここ数年で、それが偽善じゃないかと気がついた。そして、偽善以上の問題があることに気がついた。

多分、私達が、彼らを何とかしたいと思ってすることは、「できるだけ『今の社会に適応する形で』生きさせること」になってしまうだろうと思う。おじいさんはもう落ち着いたね、じゃあ長期入院はやめましょう、老人ホームに移りしょう。おっさんたちはまだ働ける歳だから作業所から出発ね、お姉さんは就労移行からはじめようか。お兄さんはとりあえずもう一回きっちり入院して妄想とろうね、危ない人達を絡まないようにね。
うるせえ、死ね、と思う。
彼らの何を知っているんだ?何を見ているんだ?
そんな社会に適応しましょう圧力に、耐えられるとでも思ってんの?ってか、耐えるべきだとでも思ってんの、と思う。

私は、もう、あの精神科の一部の人たちはそういったコミューンで暮せばいいのではないかとすら思っている、だってそのほうが幸せかもしれないじゃん。それなら、私がそういうコミューンを作ろう、とすら思う。
でも、それは何の解決になる?
日本中に、コミューンが乱立して終わりだ。
だったら、もっと根本から考え方を変えなければならない。世の中のスタンダードから外れてもべつに生きていけるような考え方を、一部にでもいいから根付かせないとならない。


それを、とってもオブラートに包んで。
精神障害者どうしのサポートを研究したいです、と言う。本当はそんなきれいなものではない。
ただ、私が好きな一部の人々が、生きやすくなればそれでいいという発想と、わけわかんない世界でわけわかんない苦労を強いられる私自身のためだけに、てっとりばやく言えば、ただの恨みの解消として、これからの人生を使おうと思っている。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する