Take it EZ! セカンドダンジョン

謎の過眠が続いてる私です。
6月は心身ともにたいてい調子悪くなる時期なので、最近はほんっとに何もしないで欲求のままに寝てます勉強絶賛滞り中w

自己開示について考えている。
最近、セルフスティグマに関する論文を読んだこと、ツイッターでリツイートされてきたブログの内容に考えさせられたこと、がきっかけかな。きっかけとなったブログは私と同じ年くらいで発達障害を持ったアーティスト兼モデル兼なんちゃら、みたいな人のものだが、名前は忘れたorz

そのブログの内容は、彼女の元に届く相談に彼女が答える、というもので、今回の相談者は精神疾患を持っているという方だったのだけど。正直、彼女、相談の回答になってんだかなってないんだかわからない文章で回答していて、何が言いたいんだかイマイチわからなかったので、内容自体はどうでもよいのだが...ってかその子も相談内容については二の次みたいな感じだったので。
で、相談内容よりも彼女が力説していたのは、自己紹介で精神疾患のことを言うのはクズ(?)、だということであった。そもそもタイトル自体がそうなってたからね笑 

彼女がどういう意図でそう言っているのかも、読解力のない私にはイマイチ理解できなかったので(多分彼女の文章と私の理解の仕方が合わないのだろうと思うが)、それは置いておいて。「自己紹介で精神疾患のことを言う」こと、つまり自己開示について、私はどう思っているかについて、考えてみた。

自己開示をするかしないか、というのには大きく2つの要因に左右されると思う。
1つは、自己開示をすることによって、実質的な不利益が生じてしまうこと。会社辞めさせられるとか異動させられるとか。親しい人に迷惑がかかるとか。
もう1つは、セルフ・スティグマによるものだ。

セルフ・スティグマは、人々が社会からの偏見やネガティブな態度を内在化してしまったときに起こるものだそうだ。
てっとりばやく言うと、自分が精神障害者だとして、社会が持つステレオタイプを自身にあてはめてその通りだと考え、自身を偏見の目で見てしまい、精神的によくない結果をもたらす、といったところだろうか。
セルフ・スティグマが内在化されるのには4段階あって、1段階目は例えば「社会は精神障害者は弱いと思っている」ということに気がつく、という段階。2段階目は、「確かに、そうだ。精神障害者は弱いんだ」と、それを認めてしまう段階。3段階目は、「私は精神障害者だから、弱いのだ」と受け入れてしまう段階。そして最終段階は、「私は弱いので、価値がないし何もできない」と感じてしまう段階だ。最終段階は、精神的に有害だ。

セルフ・スティグマに向かい合うためには、まず「開示する」ということが有効であるらしい。
しかし、「開示」することが良い場合ばかりではなく、リスキーな場合もあるわけで、だから人々が自己開示するかどうかは「する」「しない」の2種類だけどは言い切れず、大きく5つの開示方法(戦略)にわけられる、と言う。

1つは、社会を避けることで開示をしないで済むようにする、という方法。この人々は基本的に偏見にさらされそうな場を避けているが、同じ障害を抱え、お互いに傷つけることのない場では、開示する可能性がある。
2つ目は、社会を避けることはしないが、そもそも誰にも打ち明けない、という方法。
3つ目は、場や人を選んで開示する方法。彼らは、開示する相手と開示しない相手を分け、開示によって自分が嫌な思いをすると見なした場所では開示しない、というやり方を取る。
4つ目は、まったく隠さないこと。つまり、誰にでも開示するという人々のこと。彼らはそもそも、開示をすることで社会からネガティブな扱いを受けていることを、大したことだと思っていない可能性がある。
5つ目が、自分の経験を公にすることで、障害についての理解を促進させること。このことで、自身の障害そのものや偏見に対しての力をより強く持てるようになる。

多分、多くの人は、1つ目か3つ目の方法を取っていると思う。私は、明らかに3つ目の方略を取っている。
偏見を恐れて社会との関わりを小さくする、ということはしていない。だけど、学校やバイト先では、偏見の目で見られることが嫌だしめんどうだから、言わないけれどネット上とか当事者会とか、言ったほうがいろいろスムーズに行く場や傷つかない場所では言う、っていうスタンス。

ただ、私の方法では、セルフ・スティグマを感じずには済むけれど、だからといって内在化されてしまったものは軽減してはいない。
もちろん個人的にセルフ・スティグマを軽減させるには、そういったプログラムを受けるとか、セルフ・ヘルプグループへの参加とか、当事者同士の友人関係でも可能だと思う。

だけど、もっとも基本に立ち返れば、セルフ・スティグマを持ってしまうのは、社会的なスティグマの強さが原因だ。そして社会的なスティグマを取り除くためには、持たれる側と持つ側の適切な関わり合いが必要なんだ。
ということは、セルフ・スティグマへの向き合い方としては、5つ目の「自分の経験を公にすることで、障害についての理解を促進させること」が必要になる。社会のスティグマに気がついた上で、「自分はこういった経験をしているし、この障害はこれこれの性質を持っているが、決して甘えているとか弱いというわけではない」と知らせて行くといった、能動的関わりが重要になるのだろう。

私は、たまに今の自分の位置がとても嫌になることがある。
クローズで精神障害者の支援のバイトをしていたり、これからやりたいことをやる上でも、自己開示はしない予定だ。今書いた、社会のスティグマが、大きく関わってきている内容のことをやりたいのに、そんな私が開示しない。社会と向き合うには、こちらから適応するだけでは足りなくて、どちらからも能動的に関わる必要がある、と思うくせに、主張したいくせに、自分はひた隠し。
力を持ってから開示しよう、っていう言い訳で、本当は力を持つために必要な要素である「開示」をしない。

冒頭の、「自己紹介で精神疾患のことを言うヤツはクズだ」論に戻る。
社会に適応するためには、言わないほうがいい、「分かってほしい気を使って欲しい」というのは甘え、という論調。
では、なぜこちらが社会に適応しなければならない?我々が社会に適応する努力をしている間、社会はこちらを理解しようとしているのか。
努力とは、「偏見が多くある社会に、偏見を持たれずに人並みに過ごすため」の努力でいいのか。

私は、「偏見が多くある社会に少しでも発信し、能動的にアプローチする。」努力でありたいと思う。だから、その意味での自己開示なら、大賛成である。

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