Take it EZ! セカンドダンジョン

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さて今日は診察の日でしたよ。
今日はじーさん、例の人について聞いてきた。例の人は何回も診察に付き合ってくれているので、もう顔は知っている。
「彼は、どうだ、穏やかなのか?」と聞かれたので、「穏やかではないですね、彼のほうが私より躁うつ...ってか常に躁なんじゃないですかね。」と言ったら爆笑してた。例の人は認めないけれど、彼のほうが私などよりも様子が明らかにおかしいもんね、フラット、っていうものの位置がとにかく高いというか(一応、「健常」ですがw)。まあいいや。

病院では、久しぶりに友達がいた。今度結婚する2人だった。
その2人と話していて、8年前の話になった。私も、その2人も、ちょうどそのころ出会っていて同じ時期に入院したりデイケアに行ったりしていた。私は19歳だったな。
友達は、「うらちゃん、本当に大人っぽくなったよね、最初のころは、まだ子供ってところもあったよ」と言ってた。

私もそう思う。私の19歳、20歳、21歳前半は、本当に同じ年の子たちよりも、精神的に未熟で世間知らずだったと思う。振り返ると恥ずかしいくらいに、ね。
それが激変したのが、21歳あたりからであることも、自分で分かっている。

21歳の4月あたり、Y氏(久しぶりだな)と、当時付き合っていた人と、会社の上司の3人と関係を持ち、その後ODを覚え、お酒も止まらなくなり、躁うつ病と診断され医療保護入院。出てきたと思いきや、突然の引っ越し、Yとの交際、暴力、夜逃げ、不倫相手、ネズミ講、お酒と眠剤への依存...これが21歳から22歳後半の1年半で起こっていた。いやーよく乗り越えたなぁ私、と今更ながら、感心する。まだ、この病気の当事者会も知らず書籍も読まず調べることすらせず、服薬もデパケンきもーとか言って、眠剤でごまかしまくってた(仕事中もw)ころだ。

いろんなことを知った、と思う。
異性関係でやっちゃいけないこと、これをすれば人は怒る、という一般常識的なことを知ること。
自分から覚悟のない冒険をすれば、かならず痛むこと。痛んでいても、なんとかお金を得て、生きていかなければならないこと。...それを、一人でやろうとすると、つぶれること。物質に依存してしまう怖さ。無知は怖いということ。孤独は人を殺すということ。

多分、それは身体に染み込むように、覚えさせられたのだと思う。それなのに、頭ではきっと理解していなかった。
だから、受験期も、大学に入ってからも、ODは収まらなかったし人(異性)との関係も上手くいかないことが多かった。
それが自分に原因があることはうすうす感じていた。でも、考えたくもなかった。

はっきりと向き合わなければならなくなったのは、例の人が現れて消えたときだろう、と思う。
そこから今までの2年半で、私は多分、本当の意味で変わった、つまり大人になったんだと言える。21歳から今まで痛みで体感しつつ見ないふりをしてきたものを、一人ではなく、周りの人の力を借り、そして例の人と一緒に、精算できたのだと思う。

私は、だから過去を振り返ればロクでもねーな、と思うことは多いけれど、でも今は認めている。
自分の今の目線は、多分このやり方でしか得られなかった。何かを決めつけたり穿ったりせず、とりあえずそのまま身体に染み込ませること、痛みながら、消化すること。それでいいのだと思う。この方法があるから、きっと私の大切な人々はいつも私のそばにいるのだと思う、素敵な人々が私の周りにいるのは、この方法のおかげだと思う。

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