Take it EZ! セカンドダンジョン

大学も始まり、2日が経ちました。今回は心理の専門科目だらけということで、毎回学科の子たちが一緒でよかった...去年の哲学・数学・英語ワークショップやらのぼっち授業は、もう終了←実は結構辛かった...
今日は学校お休みなので、冬服をクリーニングに出したり衣替えしたりな午前中でした。

はいここから少し愚痴っぽくなります笑
例の人と同居を始めてもうすぐ1年になる。今でも変わらずに、私にはこの人が確実に必要だし、好きだ。尊敬できる部分もたくさんある。
でも、一緒にいるのが苦しい、と思うことも今まで何度かあった。そして、今も少しだけ、そんな感じだ。

例の人は自分のことを、タフな人間だと思っている。確かに、逆境にも負けないし、身体が強い、という意味ではタフだ。
だけど、彼はすぐに余裕がなくなってしまう面がある。

特に、人に下に見られたり、利用された(と思い込んだ)り、自分を評価されないことが我慢ならないみたいだ。
そのようなことがあると、家でふさぎ込む。会話をしなくなるし、私が何か話してもネガティブなことや、私の話の中に出てくる人のことを否定するようなことばかり言うようになる。
そして、街で一緒に歩いたり、店に入ったりすれば、自分の基準に合わない人を見下すような発言を繰り返す。

私だって、街で、電車で、学校で、「こいつありえねー」って思うことはたくさんある。でも、そういう人たちから何か危害を加えらることは、ほぼない。こっちが勝手に相手を見て、勝手に「ばかじゃん」と思う程度だ。
だから、私は普通にスルーする。うわーまたアホがいるよ、なんてこった、くらいで、2秒後にはそんなこと忘れる(私の記憶容量に問題があるせいで、他人のことなど考えていられないとも言えるのだけど..)。そんなことを、いちいち考えていたら自分のやるべきことに支障を来すし、もっと重要なことを忘れてしまうから、スルーするのが得策なんだ。

例の人には、それができない。
そして、自分はこんな場所にいる人間ではない、という結論にいつも達する。このような人間達の中で生きていけない、もっと「上」に行かなければ、自分はそれに値する、というように考えている。

それはそれで、いいことだと思う。彼は自分でも認めるとおり、怒りを原動力にする。だから、今の自分の、自分が見下している人たちと同じ立場にいる現状が許せずに、自分に対して憤っているのだろう。でも、彼はそれを人に向けてしまう。
そして、そのようなことを話す相手は多分私しかいないので、負の感情、怒りの感情、余裕のなさを出してくる。私は鈍感人間だけれども、さすがに毎日それをされては、精神が持たない。

私は思う、非常識な人間、アホな人間、そういうやつらのバックグラウンドを私達は知らない。何があったか、その人たちの能力はどれくらいか、そんなこと知らないのだ。
だから、そもそもの能力が自分より劣っているとしたら、そのような人間に何かを求めるほうが間違っている。
そして、私は、自分よりも生活や思考力すべてにおいて能力が劣っている人間が一定数いることを知っている。努力の仕方も知らず、何で努力するかも知らず、なんで自分が今の行動をとっているかのモニターもできない人間が、たくさんいることを知っている。
でも、彼らだって彼らなりのレベルで一生懸命生きていることも、知っている。
能力が低いことは、悪ではない。能力の低さをどうにかしないで、人のせいにしたり、人に迷惑をかけることが、悪なんだ。

多分、例の人はある意味で、私よりもあたたかいのだ。
能力が低いんだなこいつは、とは思わないのだ。怒るということは、自分と同じか似たようなレベルを人に期待しているから怒るんだ。私のように、初めから違う種類の人間だと認識しているわけではないのだ。人を、そういう意味で差別しないのだ。
私は、おもいっきり差別するし、その差別が間違っているとは全く思わない。自分より明らかに能力がある人間も差別するし、ない人間も差別する。同レベルの人間か、または少し上の人間と関わるほうが、自分の精神衛生上、得だからだ。
例の人は、そうやって人を分けることをしない。まともなんだな、と思う。

そう思うと、彼の怒り、そして時間的な制約で、「上」に進めない自分にイライラしている、その気持は仕方のないものだと思う。
だけど、それは私にぶつけていいことではない。
私はそんなに余裕のある人間ではないし、人に巻き込まれやすい人間だ。自分の、現実的な問題に一つ一つ取り込むことで、精一杯なのだ。彼のように、抽象的かつ、自分の力ではどうにもできないことに対して何かを思考していることはできないんだ。ってか、自分の性質的に、無理だし笑 そういう人の心の機微はわかりませんので。
だから、そういった私には理解不能な怒りをぶつけるのは、どうかと思うんだ。
なんだけど、これは私にとっては勉強になっている。一生懸命、彼が何を言っているか解釈すること、自分には理解不能な、「怒り」とか「虚しさ」の感情に触れることは、確実に私の将来に必要。
そして、人のそのような感情に飲み込まれない訓練も必要なんだ。

私と例の人は、物事に対する対処の仕方がぜんぜん違う。現実主義で思考優位の私と(自分ではあんまそう思わないけど人に言われる...)私と、激情的で感情優位の彼。この場合、彼が私を理解できても、私が彼を理解することは難しい気がする。
最近は、私も彼との生活に慣れたので、彼が感情的になっているときはそっとしておいている。今、ちょうどいろんな意味で我慢が必要な時期の彼を少しでも支えようと、家事などの負担を極力かけないように、とかはしている。
言語で人に影響を及ぼすことが全くできない(ってか普通のコミュニケーションすら下手)な私にできることは、少しでもその人の感情を捉え、必要そうな行動を、さり気なくとるだけだ。

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