Take it EZ! セカンドダンジョン

だいぶ、身体が楽になってきたーっと思ってたら学校帰りにまた歩けなくなるかと思うようなだるさやらめまいやらに襲われてゆっくり帰ってきた私です。こういうときに限ってスーパーのレジがめっちゃ混んでいるし朝洗濯をたくさんしちゃったんで取り込まなきゃだし、でふんだり蹴ったりですよ。

昨日は例の人の試験の合格発表があり、合格確定。4月いっぱいで今の職場を辞め、資格を活かして新たな仕事を探す。1ヶ月以内に探すという、それなりにプレッシャーのあることなのでまた落ち込んだり上がったりの毎日になるのだろうけれど、私はいつもどおり自分のことを淡々とこなしていこうと思う。
とかいって、3月4月〜7月くらいは1年で最も荒れる時期なので、私もいろいろセーブしなきゃな、と思っている。

今日は、4月から始まるゼミの顔合わせ。顔合わせってか、3年次でやる研究のテーマやそれに関する論文探し等の進捗状況の確認だね。私は言語・音楽・音声などの認知系分野の心理学のゼミに入った。心理学、っていうと人の感情とか性格とか社会的な傾向とか、そういうものがメインだと捉えられがちだけど、基礎の基礎はやっぱ人間が何かを認知するとはどういうことなのか、どういうメカニズムで物事を認知しているのか、みたいなところから始まる。1年生の最初の授業は認知科学の授業で、そこでは「マックに入った後で行う行動を一つ一つ細かく挙げよ」みたいなとこから始まって、それはもちろん入る並ぶオーダーする、などといった単純なものではなくて。場面場面を切り取ると、そこには人が意識的にも無意識的にも何かを認知し行動に移すというメカニズムが隠れているっていう。私はこういった話がとても好きなので、1年生の心理系授業では最も惹きつけられた。

そして、一般教養で取った言語学っていうめっちゃとっつきにくい科目になぜか興味を持ち、脳科学入門で言葉の部分はおもしろく感じ、実験演習で言葉の文字数と音節数によって意味処理にかかる時間に変化はあるかみたいなのをやって、二重経路仮説とか知ってそれの続きみたいなのをたまたま2年でもやることになり。

こういうわけで、2年になるころにはもう言語系に進もうと思っていた。しかもコミュニケーション等ではなく、どちらかというと「音」そのものと音があわらす「意味」に着目したいっていうか。まだ固まってはいないけれど笑 
何で自分がそっちに進んでいるのか分かっていないのだけど、興味の対象がどうしても音と言葉に行くのだから仕方ない。

そんで、3年ではすでに誰かが行った実験の論文を読み、追試を行うと同時にそれに何か独自の要素をプラスしていくってことをする。4年では完全に自分の卒論のために、論文読みまくって仮説を立て実験計画、って流れなので3年は練習といった感じか。
私は3年次では、絶対音感を持っている人の音の認知の仕方について研究しようと思っている。もっと言えば、絶対音感を「一部」だけ持っている人はたくさんいるんだけど、「ほぼ完全に」持っている人は稀であり、ではそこにはどんな差異があるのか、そしてその差を生み出すのは何か、について知る。完全な絶対音感を持っている人は音を聞くときに持っていない人とは別の方法で聴いているんじゃないのーみたいなことね。

私自身、「白鍵メイン」の、一部だけの絶対音感の保有者。中学くらいに、みんなが音符で音が聞こえているわけじゃないと知ったときは驚いた。私がさっき聞いた音楽を音符で歌っているのを聞いた人に驚かれて初めて知ったっていうね。私には楽器などで演奏されているもの全てがドレミで聞こえているのだけど、そうでない人もいるのだなぁと、というかそうでない人のほうが多数なのかい!と。
だけど、私にはその辺の車の排気音をどこのどの音符だとか当てることはできないし、第一、黒鍵だと1音だけであってでもずれることがよくある。白鍵だと3音くらいまでの和音ならほぼ100%間違えない自信はあるんだけどね...

1年では、絶対音感は絶対的なものじゃない(これって言葉のあやだねw)ってことに少し触れた。私はそれがずっとひっかかってた。中間領域があるってことじゃ結局、絶対音感は訓練でつくものなの?絶対音感がある人は、どのように「聞いて」いるの?とか。聞き方が変わるとか、あり得るの?とか。
全く持っていない人とそれなりに持っている人だと、持っている人は音を聞く時に例えば「ド」音ならば「ド」として一度符号化している、っていう理論が成り立つみたいだけど、なら、白鍵は符号化できるのに黒鍵は符号化できないってどういうことよ、とか、符号化だけじゃ実験の結果を説明しきれないとかなんとかで、私は1年間かけてそれについて突き詰めようと思っている笑 本当はバイオリン系楽器と鍵盤系楽器で分けたいのだけど、そこまでやると大規模だし第一、絶対音感を持っている人を身近に何十人も集めるとか、むずいだろつって。結局、私がやりたい実験の計画段階で一番むずかしそうなのは、「だれを対象に」やるのかってことだよって話になった。

というわけで、このまま行くと4月からは単調な「音」に囲まれた生活になるだろう笑


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コメント

興味深いね。

自論になるけど、私たちにとって絶対音感って、自然との調和ができることだと思う。

自然のサイクルの中で、物理の法則が決めた計算された音楽とリズムで動物って動いていると、激躁のとき感じたの。

私はなぜか躁の時、それと完璧に調和したと言うか、フィットして、だから音楽に敏感になったり、こっくりさんみたいに手が操られたように自分なりにバランスの良い絵を描いたり、人とのコミュのテンポがとんとん拍子になったりみたいな。

人って本能的に内在している自分の中の「音楽」を引き出す能力が衰退して言っているから、現代ではコミュがすれ違っちゃうのかもね。
2016/03/10(木) 23:16:22 | URL | りさ #9fYl7j0o[ 編集 ]
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