Take it EZ! セカンドダンジョン

今日は完全にPTSDの話になるので躁うつは関係ありませんはい(←いつも関係ないことばっか書いてるだろお前という有り難いご意見は無用w)。9時に家を出て今日は学校塾ですが、間に合うかしら。

持続エクスポージャー、この説明が一番簡単で分かりやすかった、武蔵野大学心理臨床センターのものですが。
すっごく簡単に説明する。PTSDってのはトラウマ体験の記憶がいつまでも続いてしまい、それによって日常生活に影響をきたすほどの感情の乱れが発生することだと、私は認識している。で、多くの場合、その感情の記憶を思い出さないために様々な手を使って(無意識に)自分が記憶によって傷つくのを回避する。例えば、解離すること、その時の記憶を健忘すること、そして私のように、忙しさや他のことにかまけることで思い出すことをしないようにすること、など。もちろん、時間とともに自然に忘れるとか、時間とともに「あぁあれは過去の出来事であり、今の自分を傷つけることではない」という健全な認識ができるようになったりもする。例えば、子供のころに犬に噛まれたとして、でもそれは、他の犬とふれあうことにより、「犬がすべて恐ろしいわけではない」という認知が正常に戻る。だけど、一部の人はその認知ができない、それに対する傷が深すぎて、回避を続け、認知が戻らないから。

持続エクスポージャーというのは、今書いた、「あれは過去の出来事であり、今の自分を傷つけるものではない」ということを自分に起こった出来事(感情)にもう一度直面し対峙することにより認知の仕方を健全な方向に持っていく、という両方。論理私も理解しきれていないけれど、そのセッションで何をするかは理解している。何を目的とし、どういうことをし、自分にどのような利益不利益があるかを理解する過程、記憶を何度も何度も治療者向かって話す過程、それを録音したものを家で何度も聞き、自分に理解させる過程、そして、自分が回避するために避けている現実の課題に向き合うために、避けていたことをあえてする過程。きつい療法であり、ある意味で、注意して行わないと精神的な負担がかなり大きくなる療法だ。.... て私は臨床専門の学科ではなく基礎心理なので、これは自分のために本で読んだ+カウンセラーさんからの受け売りだけどw

私のPTSDは、YからのDV。その詳細は今はおいておいて、私がこのことから始まった自殺未遂やさまざまな(無意識の)恐怖はそこから来ていると指摘されたのは去年の10月。それまでは、「終わったこと」だと認識していた。私が病院で2年間かかっているカウンセラーさんは、たまたまDVの専門家だった。私が自分の経歴をちらっと話す中で笑いながら暴力の話をしたときに、それはおかしい、確実にその裏に、今の私の症状に対するなにかがある、と気がついてくれた、確かに自分の自殺未遂が始まったのはYの件が終わり、夜逃げをした後からだったので。
だけど、その後は例の人事件や未遂のせいで、PTSDに対する治療の話をする余裕がなくなった。
今年の夏、比較的落ち着いていた時期にエクスポージャーの話が出、それの「教育」として本を読んだ(本来は治療者の説明とともに治療の一部として共ににやるものであるが、時間と私が心理の学生ということもあり、そこは早くできた)。

だけど、その時はその治療に対してかなり逡巡し、結果、先延ばしになった、その後のOD。
そして、例の人との不和が始まった。私は例の人に対して、もちろんとても大切で愛しているけれども同時に最近恐怖を覚えるようになってしまっていた。私に対する精神的な沈黙や態度が怖くて仕方がなかった、だけど考えてみると、一昨年実家に住んでいたときや父と母と一緒にいる場合にも、男性であるアニと父におなじような恐怖を抱いていたことを思い出した。
最悪、例の人が精神的に追い詰められているときには家に帰るのが怖くて泣きながら帰ることもあったし、家族で車に乗るのが怖い(父とアニは何考えてるかわからないほど寡黙な人間なのでw)とおもったこともある。そして、他の男性には感じないことからすると、自分に関係のある大切な人の不機嫌さに対してかなりの恐怖があるという結論になった。正直、ODには例の人の態度のこともないとは言い切れない(2%くらいね)。
なのに、私はエクスポージャーが嫌だった。理由は一つ、Yは例の人のドラッグの客(彼は元店をやっていて売っている側だった)だったし、例の人と知り合ったのはYのせいだし、Yのことは私の次に例の人がよく知っているから。家でのリピートの時に、例の人も聞いてしまう。それが、怖かった。

昨日、例の人には仕事を休んでもらい、カウンセリングを共に受けてもらった。
例の人もものすごいトラウマを抱えているが、彼は自分の力で向き合うことができていて、精神医療に対しては否定的だしシステマティックな治療に関しては理解していない。もちろん私も完全に信じているわけではない、それぞれの人のやり方で乗り越えれば良いと思っているが、システマティックにやることはこれからの臨床には必要だと感じているし、もしかしたら私も将来関わる分野かもしれないので否定するわけはない。
でも、私は今彼といることで少しの傷が生じることを伝えなければならなかった、そしてそれは彼のせいではなく、私の認知が歪んでいるということも伝えるべきだった。

だけど、それには第三者が必要だった。彼が心と思考を閉ざしてしまうならば、専門家の方にはいってもらい、風穴を開るべきだと感じたから。
すごく不安で否定されるのが怖かった、でも、例の人はそこで言ってくれた。自分は自分の力で対峙できる、それくらいの力は持たなければ生きれないと思っている、でも彼女(私)は健忘することで回避していて、それにより苦しむならば、システマティックな治療は受けるべきかもしれない、そして自分は見守る、という趣旨を、伝えてくれた。

だから私は、学業が休みになるこをを見計らって、この治療を受けることにする。
自分のため、そして大切な人のことで自己嫌悪に陥らないため、大切な人を心から信頼できるようになるために。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ PTSD・トラウマへ
にほんブログ村
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する