Take it EZ! セカンドダンジョン

最近調子を崩し始めた私ですはい。9月からは塾が8月ほど忙しくなくなり、午前中はヒマーってなってるんだけど、夜に過食したり眠剤お酒ミックスしたりを2日くらい連続でやらかした。落ち着いた落ち着いた言えど、少しの刺激ですぐこうなっちゃうのは弱い証拠だと思う。最近は、例の人がピリピリしてることが多くて言いたいことを言えない空気があり、それも重圧になっている。私は男性が近くでピリピリしていると動揺して泣きたくなる。父でもアニでもね。そして、そうやって存在することを持って私を傷つける人間は今すぐに死ねばいいのにと思う。本当は大切なのに、私は自分が傷つけられるのがとても嫌だからね笑 まぁそれはまた別の機会に書くとして。

私は「教育」に興味はないし、どちらかというと嫌い。だけど、塾の講師をやっていると今の「受験」の意味を考えさせられる。私は受験は必要なものだと思う。学校や授業は、レベル別にあるべきだと思っている。それが「勉強」であれ「スポーツ」であれ、できる者とできない者がごちゃまぜになるのは、中学までで十分だと思う。逆に言うと、中学まではごちゃまぜのほうがいろんなヤツがいるってことが分かっていいと思うんだけどね。
例えば高校が完全な学区制になって、自分のいる地域でレベル関係なくその高校に行かされたとなれば、できる人は確実に脚を引っ張られるだろうし、できない人はよけい落ちこぼれると思う。本来は、どんな環境でも自分の力を出しきれる能力が備わっていれば何も問題ないのだけど、まだ15歳かそこらの子供にはそれは難しくて、だから「レベル別」というお膳立ては必要なのかなと思っている。ただし、努力型だけが推奨される受検なんか不要で、力のみの受験が必要なんだ。内申とか、バカみたいに1日12時間も勉強するとか、そんなのいらない、普通にやった上の自分のレベルにあった場に行くという意味での受験が望ましい。

私は中学で学校をたくさん休んでから、学校そのものがあほらしいと思うようになり、同じ中学の人間と同じ高校には行きたくないと思い、無理して「難関校」を受ける周りの風潮をアホらしいと思うようになった。
私が今までで一番成績がよかったのは多分、中3から高1で、高1の最初の河合塾模試では3科目で偏差値73くらいはあった。だから、多分中3のときもそれなりに勉強はできたんじゃないかと思う。もちろん、塾では県内でトップの高校に受験することを強要されたし、国立も受けろと言われていた。そして、塾で同じクラスの子たちはほぼ同じコースをたどるみたいな風潮があった。
きもかった。きもかったから、わざと、都内の、私の偏差値よりは5以上下だった女子校の推薦を受けた。塾はやんわりと「やめさせられた」。でも、どうでもよかった。私にとって重要なのは、自分の将来でも学校の校風でもなくて...多分、何も重要じゃなかった。きもい環境から抜けたいだけだった。その後の高校でもきもい環境は続いたので、高2で学校に行く意義を全く感じなくなったけれどね。

今、私は中3の生徒を8人担当している。うち7人が数学。できる子はそれこそ国立レベル、できない子はその辺の公立、って感じでピンきり。もちろん、それぞれの目標に合わせたやり方は行っているけれど、私は数学に関してはかなり厳しくやらせてる。
幸い、全員の一番の得意科目が数学なんだ。受験の中では武器にするべき科目が、皆数学になっている。私は、武器は何でもいいと思っている、英語でも歴史でも物理でもなんでもいい。ただ、一つはこれというものがなくてはならず、そして受験という場ではそれを5科目のいづれかに置かねばならない。だから、やらせている。

たまに、聴かれる。なんで受験なんてあるんすかね?なんで数学なんてやんなきゃなんないんすかね?
私は答える。どっちもあるんだから仕方ない、受験は将来の幅を広げるかもしれないからで、数学は世の中に数が必要だから。
本当はうそで、受験は選別のため、数学(特に中学までの数学)は論理性を少しでもつけるため、と思ってる。
私は数学が一番得意だったけれど、正直役に立ったかと言えば、そこまでではない。今こうして塾の講師をしていられることと、大学の統計学で周りの子より苦労していないことと、飲みのときの会計がスムーズなことくらい笑 だったら英語しゃべれたりとか歴史をよく知っているほうが相当有意義だと思う。数学が今の中3の時点で学校でならっただけで分からないのなら、諦めたほうがいいと正直に思う、頭から受け付けない人間をよく知ってるからね(アニw)、でも彼は普通に何不自由なく生きているし、歴史の知識があるおかげで世界を楽しめる。

受験なんて、自分の「力」にあったところにいけばいいから無駄な努力をしまくる必要などないと思っているし、そこに数学が必要ないならやらなくてもいい。本音はそうだ。だけど、今の世の中だとそれはできなくて、少しでも努力し、合格を「勝ち取る(この言い方は反吐が出るほど嫌いだ)」ことが善とされている。そして、塾に需要があるということは親も含めて皆がその傾向に同意しているからだ、幸い、努力が形になって報われて嬉しい教科は数学が一番だと思う、だからみんな頑張る。私はその「努力型」受験っていうシステムと中学数学っていう特殊な性質の勉強を利用してお金もらう。

そのレールには本当はのらなくていいんだよ、とは、言えない。

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