Take it EZ! セカンドダンジョン

何もしてない日々が続く笑そして、調子が悪いっす。
一昨日は友人のお墓参りに行って、昨日は1日やることもなく、ネットカフェで漫画を読んだ。今日は形成外科の診察に行ってさっき帰ってきたところ。マジで、やることがなくて(本当はあるんだけどやる気がおきん)だらだらすごしてる。

なんだけど、なにやら調子がおかしい。一昨日は、お墓参りから帰ってすぐにお酒とロヒを昼間から飲み、昨日も駄目だ駄目だと思いつつ、同じことをしてしまった。例の人はお盆とか関係なく一生懸命働いているのに、私は2日連続ご飯も作れずなにもできなかった。さすがに昨日の夜は険悪になってしまい、マジで反省。例の人は、やはり眠剤やお酒を間違った使い方をしてしまう私を見たくないのだと思う(当たり前のことだけど、例の人のバックグラウンド的には特にね)。ただ、昨日言われたことで結構傷ついたけれどお陰で目が覚めたので、今日こそは耐えようと思う。すげー辛いけどね。

調子を崩した原因は、もちろんひとつには5月下旬からの疲れが、この休みで気が抜けたせいで一気にきたってこともある、けれど、直接的な原因は、多分、わざとあの街を歩いたことだと思う。
私は例の人と生きていくために、PTSDの心理療法を受けることにした。明日、カウンセラーさんにその返答をしようと思う。だから、そのために今、カウンセラーさんから借りた、その療法(エクスポージャー)の、治療者向けの本を読んでいる。できるだけ自分にあてはめないように、客観的な文献として読もうとしているのだけど、やっぱ、難しいなぁと思う。書いていることが難しいというわけではなくて、すぐに「自分ならどうだろう」と当てはめてしまうのが、精神的に難しいところだ。だから、できるだけ自分の部屋で1人では読まないようにして、喫茶店とか人がいる場所で読むようにこころがけてはいるのだけど。今からも、とりあえず外の喫茶店に出かけて読むつもり(冷房効いてて涼しいしね笑)。

だけどね、私は一昨日あの街へ行った時、ほとんど無意識かつすごい焦りとともに、Yの家の方面に向かって歩いた。今まで避けていたことを、わざとやらなきゃなんないという気持ちにかられて、そういうことを勝手にした。とても、体力のいることだった、もちろん何も思い出せないし、思い出すことを拒否している自分を認識したけれど、だけど身体中で拒否してることには対抗できなかった。
私は、去年の10月に例の人との会話でYのことを話して(Yは例の人の店の客だった)、その中で自分がどれだけYにとらわれ、どれだけ人生の大きな部分をYに占められているかを少し理解した。10月22日、誕生日の前日は診察とカウンセリングの日で、カウンセリングでなんとなく過去の話が出たときに、事実としての暴力や暴言等々の記憶を、さらっと喋った。そのときに、もしかしたらというか、多分これはPTSDで自殺衝動などもそれに関係しているかもしれない、と言われたし、確かに私の破壊衝動がはっきりと形になったのは(それまでももちろん心に衝動はあったが出すことはなかったからね)Yとのことがあり、その後のひどい生活で生きていくのに必死だったことが一段落した後からだったから、自分でも思い当たる節はたくさんあった。そして、その同じ日に、例の人と会い例の人が消えた。

あれから10ヶ月ほど経った今、PTSDということははっきりし、そしてその間に自殺企画を1回、他害を数回、そして命に関わる自殺未遂を1回行った。それによって、去年の11月以降で100日弱は入院をした。もう、はっきり言ってこれは「普通の生活が送れる」状態ではないんだ。
今、私は例の人がいてくれることで何とか自分を保っている、だけど。だけど、無力感や空虚感や、自己嫌悪や人に対する恐怖感や、そして例の人に対してでさえ恐怖を感じる。それはもちろん、Yのことのせいだけではないのは十分に承知している。もともとの私の気質や躁うつだって関係はあるだろう。だけど、私はあの街に行くと、必ずと言っていいほどに調子がおかしくなる。大好きな街なのに。全てのあの街の場所に、苦しい思い出が残っている。

私は、例の人と同居しているし、多分もう同棲と言ってもいいと思う、3ヶ月一緒に暮らしていて私はこれからもずっとそうしたいと思っている。だけど、変な話私は例の人にはっきりと付き合うとは言っていない。まだ言えないんだ。例の人も知っている人間に関する、生活を脅かすような記憶が消えない間はまだダメだと思う。いつでも、切られる、切れる場にいなければいけないと、私は勝手に思っている。
カウンセリングの際、私はできるだけPTSDの話をしたくないと思ってしまう。一つには、私はそんなに大した傷を受けていないのではないかという疑念、だからこそ、こんな不毛な話をするのは申し訳ないという気持ちから。でもひとつには、きっと、あのときの気持ちを思い出したくないという頭がはたらいているのだろう。前にテストを行ったときも、私の傾向は完全に回避だった。

もう一箇所、Yから夜逃げした後の場所にも私はいけないし、だからこそ、常磐線、千代田線には普通の気持ちで乗ることができない。もうあれから、安全に、そして苦しい生活をせずに生きていけるようになってから、2年半経った。それでもなお、だ。多分、私は診断の基準に則れば、PTSDなのだろう。
誰にも本当のところは話していないし、話す気にもならないし、面倒くさいし、嘘だと思われるし、私自身があんまり覚えていない(というか忘れたふりしてるのか?)。だけど、今なんだと思う。向き合うべきは、きっと今なんだろうな。
もう、私はしにたいと思わないし、ちゃんと生きたいと思うから。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ PTSD・トラウマへ
にほんブログ村
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する