Take it EZ! セカンドダンジョン

間が空いた笑 
8日の夜は花火で楽しい時間を過ごして、9日は夕方までグダって実家へ、10日は朝3時起きで新潟へ出発、新潟のおばあちゃんちで1日寝て(本当に10時間以上は寝てた気がする)、今日の昼に家に戻り、都内で同病の方々と飲んで食べて帰宅。つまり、8日の午前でバイト終了した後からは遊んでるか寝てるかしてない私です。
うん、形成退院してから約3ヶ月間、一生懸命やってきた(と自分で自画自賛してみる)ので、今週1週間くらいいいかぁと思い、好きにやります。ええ好きにやります。

昨日おばあちゃんの家へ行ったわけだけど、おばあちゃん家(母の実家)の地域は温泉が有名。行くたびに、かならず温泉に入っていた。だけど、当たり前だけど今回は無理だった。生理がきそうだった、っていうのは嘘で(それもあるにはあるけれど)、右大腿の褥瘡ね。
傷はかなり浅く小さくなって、もうほとんど見えなくなっているけれども一部だけはまだ深い。なので、入浴はまだできない。最後に「入浴」したのは、ODの前に例の人に温泉に連れて行ってもらった2月15日だと思う、それから先は浴槽につかってない。私はもともと基本シャワーだけだから苦ではないのだけどね。

また、家には全身鏡がないし、ユニットバスの鏡も顔が映る程度の大きさ。だから、自分の大腿の傷を、「傷」そのものとしてでなく身体の一部として見る機会があまりない。傷そのものとしてならかなり詳細に毎日見ているけれど、それは深さはどうかなとか化膿していないかなとか、どっちかっていうと、自分とは別のものを見ている感じなんだ。
だから、久しぶりに実家で全身鏡がついた浴室でシャワーを浴びた時に自分の「身体の一部としての」傷を見て、あー...と思った。褥瘡があった部分の周りの皮膚・肉はくぼんでる、縫ったあとと切ったあとはまだ赤黒い、おしりの皮膚を切ってぐるっと回して大腿に持ってくるっていう手術だから、おしりの部分から大腿にかけて、つまりショーツの下のラインに沿う感じで切って縫った線が入っている。移植した部分の皮膚は周りに馴染みきってはいないのではないかという色になっている、最初よりはかなり同じ感じになってきたけれどね。

正直、この傷が完全に閉じても、温泉にはいったり、水着になるのははばかられるかな、と思う。知り合いがいればもちろん理由を聴かれるだろうし、知らない人でも目につくだろう。私はそこまで気にしているわけではないけれど、当たり前だけど積極的に見せたいとは思えない。そして、基本的にこの部分は人に見せることがない場所だけど、これ以降、この部分を見せることになったときにはある程度の覚悟が必要かなと思う、まぁ、そんな機会はもうないことを願うけれどね。

大腿の部分だからまだいいんだ。額、ここも多分一生傷は残る。聴かれることはよくある。
ODの後、意識が回復して自分の顔を見た時は、覚悟した。ひどく腫れ上がった唇にひどい額の傷、頬にも傷、もうきっと元に戻りきらないだろうな、と。幸い、唇の一部と額以外はだいたい元にもどったからよかったけれど、あの時はけっこう諦めていた。もともとそんなに美に関しては頓着がなかったので多分普通の女性よりは切実に思わなかったとは思うけれど、少しはね。

だけど、例の人の態度に救われた。私の顔を見てもおどろいた顔をせず、脚の傷もそのまま受け入れた。手術後の大腿の処置はほとんどしてくれたし、今の大腿を見てもかなり治ってきたねよかった、としか言わない。あなたが気になるのだったらできるだけ傷跡は消せばいいけれど、その傷は「一生残る」タイプの傷だよね、と言う。その意味は傷だけの意味ではないのだろうなと思う。やったことに対する、私の人生の一部の傷だという意味だと思う。でも、だからこそ受け入れてくれるのだとも、思う。
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