Take it EZ! セカンドダンジョン

週の初めからぐったりですよ。塾で9時間教えているのだけど、昨日は問題がある子が最後に来てしまって大変だった。その後始末などがあり、帰ってきたら22時半を過ぎていて、ソッコーでご飯食べて寝たので5時間は寝られたけれど、今日も8時間くらい塾があるのですよ、っつうか金曜日まであるのですよ、死ぬかな?まぁ、好きでシフト入れた私が悪いからがんばります笑

もう8月に入り、精神科を退院してから4ヶ月経った。うち1ヶ月は形成への入院だとしても、3ヶ月は普通に生活した。この、「普通に生活した」っていうのはいつぶりだろうなぁ、と振り返る。去年は6月以降、まともに継続的に普通に暮らしたのは、9月から11月末までの2ヶ月弱だけだった。しかも11月はわけのわからないままに生活していたから、こんなに安定して3ヶ月も持っているのは初めてだ。
こうやって暮らしているうちに、私は生きていく上で自分に圧倒的に足りないものがわかった。前も書いたけれど、多分、私は人よりも体力がない。とても、疲れやすいのかもしれない、と気がついた。

本来は、昔からそんな感じだった。中学・高校と、学校に行けなくなったのはもちろん精神的な圧迫もあったけれど、オーバーワークに自分の身体が追いつかなかったからだと思う。中学のころは、バスケの部活・生徒会・塾・くもん・ピアノ・英語、ってやってて1日も休みがないっていうのが普通だったけれど、だからって学校そのものにいけなくなるほど疲れたりはしないだろうと思う。
高校のころはもっとひどくて、学校と陸上の部活しかしてないのに学校に行けなくなった上に(部活は行ってた)、身体全体がおかしくなってめまい立ちくらみ異常なだるさで、都内の大きな病院に通院してたわけで。
なんだけど、私はその頃、体力があることが美徳だと思っていて、ストイックになんでも(勉強以外)やることが素晴らしいことだっていう、正しいのかもしれないけれど偏りまくった価値観で凝り固まっていたので、体力がない自分を認めたくなかった。
だけど、今はもうだめ笑疲れる疲れる。学校は3時限が限度だし、バイトも週に1.5日は休みがないとやっていけないことに気がついた。高校卒業後にこれまでで一番はたらいたのは、Yから夜逃げしたあとの1ヶ月間だった。ホテル勤務がフルタイムで前の車検場で月間3〜4日バイト、で夜はスナックに少しだけいたわけで。あのときは、身体が危険信号を発していたのに自分で気がつけたから、スナックやめたけどさ、なんていうか、本当に生きるか死ぬかで親にも言わずに全てを1人でやるとなったら、生きる方を優先するように身体が動くもんだなぁと実感した笑

今、私はたくさんの人に守られて生活している。例の人が間近でみてくれているし、バイト先でも体調を気にかけてくれたりする方がいる。親も、ネット上でも、心配してくれる人はいて。
だから、私は調子に乗って無理をしかねない。心配されると無理をするという、わけのわからないあまのじゃくを発揮して、体力の限界まで動きかねない。まぁ、7月中旬の信じられないほどのテストプレゼン激被り週間からずっと、今もそうなのかもしれないけれど笑
例の人は私に対して怒ることはめったにないけれど、無理をするときだけマジで怒る。例えば、形成退院したその日から学校とバイトを再開したときとか、12月に暴走して入院したときの手紙とか、先週、褥瘡が痛いのに1日我慢して帰ってこれなくなった日とか、身体を大切にしないと怒る。私は自分の身体は大切なものだと、やっと少しは思えるようになったけれども多分、まだ「どうでもいい」と思っている節もある、だから、今自分が自分の身体をいたわる理由の大きな部分は、大切な人を心配させないためなのかもしれない。でも、今はそれでいいか、と思っている。

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