Take it EZ! セカンドダンジョン

4日ぶり?また間があいちまった。
25日は深夜バスで名古屋へ、26日の深夜に家に帰ってきた。で、27日は1日バイトで昨日は専門科目のテストが2個あって、今日に至る。今日は倫理のテストだね!今日のテストが終われば晴れて夏休み!約50日間の休みだよ何しよう←いや何しようっていうかもう夏期講習もはじまっていて、6時間とか平気で教えているんだけどさ。来週からは更に長くなるねがんばろう受験生!

で、26日の名古屋の講演は、今まで聴いた各講演のなかで一番心に響いたし勉強になったし、影響された、自分がやるべきことが少し見えた気がしたものだった。それに関してはまだ書くべき時期では無いので書かないけどね。講演は1時間半だったので、その他の時間は矢場町で「矢場とん」食べたり名古屋駅周辺や栄ってとこをぶらぶらしたりして、カフェ入ったりもしてた。矢場とんは、クラスの子から勧められたので急遽食べに行ったっていうね、行き当たりばったりだけどすごく美味しかった。他には別に特に「これをした」ということはなかったけれど、こちらにいるときのばたついた日々ではありえないほどにゆっくりと周りを見ながら歩くことができたし、36度の猛暑ではあったけれど、とてもリフレッシュできた。ケータイの歩数計見たら、1万8千歩になっててびびったね笑 褥瘡ができて以降こんなにのんびり楽しく長く散歩したことはなかったし、多分自分がいつも活動してるエリアではそれはできなかっただろうから、本当に行ってよかった。

その前の日、25日にヌマに通院したことはその日のブログに書いたと思うけれど、私はなんだか、最近はヌマを見る目が変わってきたと思う。私は、ヌマにとても助けられたしおかしい話だけど、あそこは慣れ親しんだ場所だし逃げ場でもある。そりゃあ、毎年長く入院するのだから当たり前だけどさ。たくさん知り合いもいて、ヌマに行けばだれかと会えた。だから、少なくとも1年と少し前まではヌマが好きだった。もちろん、今も大切な場所ではある。だけど、最近はそれだけではなく、ヌマに行くと焦りや不安を感じ、同時に身が引き締まる思いに駆られる。
これは、私だけが言っていることでなく、この間病院で久しぶりに会ったねぇちゃんやその他の人も言うことだけれど、死んだ仲間がふらっと現れそうなんだ。廊下の奥からとか、自転車で門を入ってきたりとか、しそうなんだよね。
私は、焦る。このままでは、また、って思う。今までは、だからって自分が何かをすべきではないし、第一、今の状態に甘んじて生きているやつなんてそれでいい、って思っていた。前に進む気がないなら、それでいいじゃん、そのままでいろよ、ってそう思ってた部分も確かにあった。正直、その3人に対してもそう思っていた節があることは否定出来ない、元気でなんとか生きていられるならば、別にその生き方がどうだって知ったことじゃない、ってね。
そしたら、死んだね。

どこが境目なのだろう、どこまでが、自分の力でやるべきで、どこからが何か誰かの手が必要なのだろう。
誰かの手が必要だとすれば、どのような手が必要なのだろう、それは確実に、一人ひとり違うはずだ。
そのための方法はどのようなものがあるのだろう。同じ立ち場の自分たちではどうしようもないのかな。だけど、支援につながれないのは、本人の責任ではないとも思うし、だったら、誰かがそれはやらねばならないとも思う。でもどうやればいいのだろう。既存の支援だけで本当にいいのか。彼らは、何か一つの要因でなく、たくさんの要因がからまってああなった、それを包括的に見られる人は存在していたのか。
わからない。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ PTSD・トラウマへ
にほんブログ村
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する