Take it EZ! セカンドダンジョン

怒涛の1週間...のはずが、平和に過ぎていてあれって感じ笑 昨日は班のプレゼンが終わり、今日はこれから自分のやりに行くのだけど、準備は終わった。ってことは、明日明後日のテストに少し備えれば今週はなんとかなるってことだ...本当に怒涛だったのは先週かもしれないね。
昨日は朝から学校で作業からの授業からの塾。つかれたけれど、友達に誕生日プレゼント渡したり塾で講師陣としゃべったり高校生の相談に乗ったりしてて、時間は早く過ぎた1日だった。きっと、勉強忙しいけれど精神的には平和で、少しのイベントで楽しんで、そうやって過ごすのが安定なんだろうなと思う。こんな日々が自分に送れるとは思わなかったので、やはり今は幸せだと感じる。

昨日は例の人は実家へ帰ってた。例の人は仕事の都合上(ってか私のために仕事こっちにしてくれたんだけど)だいたい週の後半の5日間私の家に泊まり、別の仕事のために週2日は実家へ帰るっていう生活をしている。ハードなスケジュールをやりくりして、ともにいられる時間を作ってくれていて、私は本当に感謝しているのだけど上手く伝えられないな笑

そんなんで、昨日は実家に戻っていた。今日はクソ暑い中でハードな仕事の日なので、早めに休んでいるはずだと思ったら、深夜にメールが来た。
彼特有の、フラッシュバック、とても厳しいフラッシュバックが起こったということだった。脳が暴走しあらゆる欲求や疑念不信等が頭を支配するらしい。メールの内容は壮絶だった。これがフラッシュバックだとしたら、当時はどんなだったのだろう、と想像するとやりきれなかった。
彼は、そのフラッシュバック、どちらかというと「身体的な」フラッシュバックを一生背負う。まだその覚悟ができてから、1年経っていないらしい、ちょうど去年、私と初めてあったころからの覚悟なので、まだ1年ではない。しんどいだろうなと思う。だけど、私にはその感覚や気持ちはわからない。
私にも軽いフラッシュバックはある。暴力の記憶だけどね、その時の感情が蘇るというよりはどちらかというとその時の自分を「見ている」感覚。この間カウンセラーさんにも話したことだけど、私の場合は暴力そのものに対して「辛い」という気持ちは当時はもてなかったので、フラッシュバック時も暴力の記憶そのものが辛いわけではない。そうではなく、何もできなかった自分が惨めだという感覚を、フラッシュバックによって引き起こされる、という感じかな、それがつらい。

でも、彼はそうではなく、そのときの感覚そのものが蘇り、行動してしまいそうになり、それを理性を持ってとどめなければならない。何年も囚われていたものに対して断ち切ったのは数ヶ月。それを理性だけで留めるのは並大抵ではないはずで、それを自分の精神力だけでやっている彼はすごいと思う反面、危惧もしている。
精神力だけで何とかなるものではないと思うから。でも、彼はそのへんはわかっていて、この気持は一生消えないし「もうしない」という言葉ほど信用できない、と自分に言い聞かせている、我慢との闘いな面もある、と言う。なのに、我慢しているという事実に昨日のように直面したとき、辛さが襲う。
私は、その辛さを聴くしかできない。昨日はメールと電話で対応したけれど、それしかできない、わからない自分に腹が立った。仕方ないけどね。トレインスポッティングを観たからって、ブルーを読んだからって、例えばあの団体のトップの自叙伝を読んだからって、わかった気になることほど馬鹿げたことはない。
だって、私にはその気持は、どうしても完全な理解は不可能だから。それでも寄り添うやり方を私は知らなくて、だから話を聴いたりその辛い事実を受け止めるしか、できないんだ。

「What do you think I know the first thing about how hard your life has been, how you feel, who you are because I’ve read Oliver Twist? 」
-『Good Will Hunting』より

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