Take it EZ! セカンドダンジョン

怒涛の1週間、今日頑張れば終わりだ。今週は課題に発表準備にカリキュラム作成にやられた笑 1日に何時間PCに張り付いたんだろってくらいやったなぁ。でも、例の人と食べるために毎日朝食夕食作ったし家事もやったし学校塾、いつもどおりにできた。しかも、精神的なストレスはあまりたまらない、だからってぶっとんでるわけでなく、少なくとも6時間は寝ている。心身ともにいい方向に向いてきたかもしれないと思うと、うれしい。

いつかの記事で、恵まれていることに関する罪悪感とその解消について書いた気がする。もちろん、最近は考え方が前向きになってきたからか、恵まれてて何が悪い、という考えになってはきているものの、人から何か言われるとやはり考えこまされることがある。
例えば、自分の不幸な(?)現状や苦労した生い立ちと、私の今のちゃらんぽらんな日常や甘やかされっぱなしの生い立ちを比べて、なんであなたはそんなに恵まれているのに自殺未遂するんだかまってちゃんなんだ、みたいなことを言われることがある。過去数回の自殺未遂は、そのことが引き金になっている部分も、ある。

で、この間このことでもやっとしたことがあったので、例の人にちらっとその話をした。自分の不幸な生い立ちとかやってきた努力と私のだめな現状を比べて何やら言われるとどうしていいか分からなくなるしすごく嫌だ、と。そしたら、例の人は一言で片付けた、「下品だね」。
過去が大変で乗り越えたり、今何かに向き合っている人間であれば、自ずとその雰囲気はでるものでそれに気がつける人が気がついたとき、魅力を感じるものだ。なのに、会ってすぐ、または誰も聞いてないのに自分の曰く「核となる」部分の苦労や努力や負をひけらかすのは、下品だ、ということらしい。
例えば、例の人は当然だけど、過去や本当の今の状況をひけらかしはしないだろう、というかどちらかと言うと、言うべきではない。そして、私の精神科歴や未遂歴も、ひけらかしたり秘密を打ち明けるみたいに話す必要はない。
でも、まさに例の人と私が初めて会ったときみたく、どちらも何も言わなくてもお互いに相手が何か変なものを持っていることには気がつく。それで、いいはずだ、だって私は今でも例の人の過去をほとんど知らないしあまり興味はない。そういう関係性が心地いいとおもう。

なのに、たった数回しか会ったことのない人に彼彼女の苦労話を聞かされ挙句のはてに比べられて私の過去ややってきたことを勝手に評価されることがある。でも、こんなことを本気で受け取りじゃあ自分はだめなヤツだ死のう、なんてなる私だって、どうにかしてた。今後、そのように言われたら、一言心のなかでつぶやこう、「下品だね」。

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