Take it EZ! セカンドダンジョン

今日は2限分、学校へ行けた。脚も痛みがなくなってきたので、けっこう歩けるようになったねばんざい。ってな感じで、来週の月曜に退院できることになったぜばんざい。しかし、主治医たちの計画によれば、本来は機械で除圧?するために2週間外出禁+その後縫合or移植手術、って予定だったらしいけれど、そこをどうにか退院にさせてもらった。なので、次に手術するとしたら夏休み。夏休みまでは、この脚の穴を自分で処置しなきゃなんない...えぐいけど、仕方ないね。脂肪組織にまで達した褥瘡、多分、ステージⅢってやつかな。毎日ご対面して、洗浄とスプレー・軟膏で自力で治していく。やっぱ、どうしても留年だけはしたくないからね、がんばるしかないっすマジで。

人生の成功、ってなんだろうとたまに思う。たとえば、いいと言われる大学を卒業して一流企業に勤めて適齢期に結婚して子供に恵まれていい家立てて、みたいのが成功の像なのかな、と思う...で、思ってぞっとする。一体、誰に植え付けられたんだこの成功像は、ってね笑 人生の成功、ってワードで、なんとなくそう思い浮かべる自分にぞっとするわ。でも、きっと大半の人の頭のなかにはそんな像が浮かぶのだと思う。億万長者とか、大企業の社長、とか、芸術で名を残す、とか言う人間もたまにいるだろうけど、それはおいといて。
私は小学校高学年から中学で転校(学校で問題起こしてどうしようもなく転校w)するまで、自分は成功とまではいかなくても人並に「あぁ、いいね」とくらいは言われる人生を歩めると思ってた。いや、13歳かそこらでそんな世俗的な考え方をしていたわけないので、漠然と、だけどね。私が当時住んでいた住宅の近辺には、そこそこ偏差値の高い公立高校と、国立大学があった。なので、私はそこに通えばいいや、って思ってたし、あの時の自分なら客観的に見ても十分手が届いた。周りも、それくらいで当然だと思っていたし、一部の大人はもっと上を目指してもいいくらいのことは言ってくれた。でも、何が上かとか下かとか、私には偏差値以外ではよくわからなかったなぁ。

だけど、そんなの、すぐ崩れた。14歳で学校に行けなくなり光に過敏になりひどい疲労で動けなくなりストレスやばくて転校したりしてからは、自分の価値観や感じ方考え方ががらっと変わった。将来が一気に見えなくなったし、近くの「それなりにいい」高校や大学にも興味がなくなった。
そして今。それなりの人生のそれなりの成功とは、程遠い場所にきた。むしろ、底辺の人生笑、と言われてもおかしくないくらいの生き方になった。わけのわからん障害(同じ診断名のみなさんすみません私の場合は、です)を何個かをもち、精神科入院が11回、未遂もして脚には穴が空いて、わけわからん人と交流をもちわけわからん事に首を突っ込み(巻き込まれ?)....。まったく、13歳のころの自分に見せてあげたい、と思う。まぁ、そのときの自分に見せても「へぇ、それも面白そう」なんて言っていたかもしれないけどね。

だけど、私はこれでいい、と思う。多分きっと、去年と今年に入ってからの私は「底」だと思う。堕ちて堕ちて、荒れて荒れて、壊しまくった。だからもう、成功だなんだなんてことからは全く関係のないところに来た。もう、多分私は最低限のものしか持っていないのだろうと思う。ただし、その最低限のものは何よりも大切なもの...つまり、私の周りにいてくれる人々と、死なずにいてくれた私の精神、これが残ってれば、なんとかなりそうな気がする、ってものだけを持っている。一度そうなってみると、世間的な成功や世間的な感心事は意外とどうでもよくなる。そして、今の自分のことはそこまで嫌いじゃ無い気もするんだ、頻繁に自己嫌悪はするけれど、根幹のところではこんなクソみたいな自分でもまぁいいか、って思えている。きっと、13歳のころに漠然と予想していた未来よりも今のほうがずっと素敵だと思うんだ。痛みとスリルはたくさんあったしこれからもあるだろうけれど、どでかい「生きたここち」も知れるから...とは言え、今や目指すは安定だけどねw

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2015/05/08(金) 12:56:17 | | #[ 編集 ]
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