Take it EZ! セカンドダンジョン

へこむわぁ笑 入院中も毎日褥瘡の洗浄をしましょうってことで、シャワーに入るのだけど、マジ自分の脚見ると唖然とするね。超デカイ穴空いてるもん。心が私よりも繊細な人だったら多分、泣くよ。自分でえぐいわーとかいいながら洗浄してる。軽く言っているけど、24時間痛いし、正直、マジで世の中の8割くらいの人は私のこの傷を見たら顔そむけるだろうなw 医療従事者か、傷に慣れている人以外はマジで見ない方がいい...って、普通に生活していて見られる部位じゃないけどね。

私はODからのICUコース以外で、身体のほうに何か問題があって一般病棟(?)に入院するのは初めて。精神科は11回経験あるけど、あれは特殊だし、あーまたですか、はいはい、って感じで別段苦しくはない。入院の原因となった精神状態が苦しいってことがあっても、入院そのものが苦痛だってことは、とりあえずない。
でも今は、入院が苦しい。処置が痛くて、傷が痛くて、1人で、同部屋の人は私の入院期間中に何度も入れ替わり、看護師さんとの距離も遠く、やることもなくて孤独が募る。だからって、毎日来てくれるオカンに愚痴ばかり聞かせるわけにもいかないし、じゃあって誰かに聴いて欲しいとかいう、それほどきついわけでもなく、ただただ小さく苦しい。痛い、でも我慢できないほどじゃない。歩きにくいし外はまだ危険(今の状況だと感染の可能性が高いってのもあるらしい)だけど院内なら「歩ける人」扱いだし、食事はほどほどに摂れているし、血圧が毎日低すぎて←元からwビビられる以外は、なにも問題ない。精神的にも、別に異常はなく、私はここでこうして静かに、患者役をやってるわけ。退院後の不安は単位とバイトとそれを乗り切る体力くらいで、他は別に。だから、私は「大したことはない」、わかってるよ、だからやっぱ、「辛い」は禁句。

でもねー、辛いよ。
1日、かりそめでも心をかよわせるっていうような会話がないのは、辛いことだよ。おはようも元気?も笑うことも、少なくなる日々は、辛い。ヌマ病院にいるときはさ、病棟のみんなや看護師さんはかわらないから、毎日必ず言葉を交わすし、心をかよわせると言えなくもない場面は多い。けど、ここではそれはない。こちらから挨拶をしても忙しすぎて返答のない看護師さん、入れ替わり立ち代わりな他の患者さん。言葉が、衰えていく。
こういうとき思う。私はどういう世界にいても、人と関わってしゃべっていなきゃダメな人間なんだなぁと。20歳ごろ、めっちゃ調子の悪いときでもバイトしたり無理やりにでも外にでてたのは、きっと私がとことん、孤独がダメな人間だからだ。

私はただの挨拶や、笑うことだけでかなり心が元気になれる。だから、学校の友達とバカ話したり、それじゃなくてもキャンパスですれ違って「おっす」ってなるだけで1日が違ってくる。
でもね、きっと、そんな「大丈夫」なはずな日常でも、私は大丈夫じゃなくなる。今ここにいるのは、私の内面が日常では足りないほどに孤独になったから。世界がモノクロになってでもやらなければならないことは目の前にあって、それは孤独な作業で、そんな心持ちは人に言ってはならなくて。「大丈夫」な日常にいる恵まれた私は大丈夫じゃなければならないと思って、そうしているうちに、大丈夫だと言い聞かせた自分が板について慣れた。

だけど、どこかのタイミングで必ず「しわ寄せ」は来る。慣れるのは感覚だけで、精神的な疲労は確実に蓄積する。どんな薬wを使っても、自分だけでは消化しきれなくなり、最終的には心を削る、私はついでに身体も削ったことになったけれど、ね。
孤独はダメだ。今みたいな物理的な孤独ももちろん堪えるけれど、日常の中で慣れているはずの内面的な孤独もよくない。目に見える孤独はきっとすぐに解消するはずだ、でも、内面の孤独は簡単には解消されない。最近、ようやくそのことに気がついた。気がつけたから、孤独をどうにかしようとできる。私はこれからも、人に依存してしまうと思うけれど、でもきっとそれは今までの依存とは違って、内面の孤独を見つめながらのものになるのだろう。というか、逆で、きちんと依存したい人がいるから、孤独を見つめざるを得なくなったのかもしれない。

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