Take it EZ! セカンドダンジョン

午前中に形成外科に入院完了。手術を担当してくれる先生に傷を見せて、手術方法の説明を受け同意書にサイン。後は明日の手術を待つ、くらいかな。
手術は2回に分けてやるという話だったけど、今日診てもらって、1回で済むことになった。やることは、壊死組織の切開と皮弁作成(周りの皮膚を持ち上げて傷を覆うこと)で、全身麻酔するって。まぁ、任せますということだ。術後の数日入院して退院するんだけど、その直後が、いろいろ生活に弊害があるだろうなと思う。まぁがんばろ。

最近、例の人が泊まりに来る。例の人は例の件が一段落してすぐに派遣で働き始めたので、仕事帰りに2時間かけてうちに来る。昨日は休みだったし私も学校休みだったので、1日一緒にいた。お昼には何か食べに行こうということになって浅草に行った。それも含めて終日だらだらしていたわけだけど、私は正直、去年の10月の自分の誕生日の前の日以来、初めて「フラット」状態を経験したような気がした。焦燥感もなく、悲壮感も追い詰められた感じもなく、ちゃんと目の前の世界が見えて音がはっきり聞こえている感じ。逆に言うと、私が「日常」だと思っている感覚がどれほど追い詰められて焦っている時間の流れなのか、認識させられた。もしこれが安定というものだとすれば、普通の人はいつもこんなに安定した気持ちで生きているのだとすれば、私の「普通の日常」だと思っていた日々はいったいなんなのだろう、と。自分なりの気分や心持ちの「普通」は、本当はかなり異常だったのではないかと、感じた。別にいいけどね。

例の人は、例の件が終わって「安定」したと言う。彼も長いこと、フラットを知らない人間だったので、今の心の平穏には安心しつつも少しの落胆はしているらしい。人には見えないようなものが見て取れて、聞こえないような些細な音が聞け、そして表現できないことが表現できた、というような(それが自己満足や錯覚でもね)ことができなくなったことに対する落胆。だけど引き換えに手に入れた安心、安定。私は彼の過去を知らないけれど、言っていることはわかる気がする。
そして彼から見れば、私もやはりフラットがなく安定を持たず、だけどそのかわりに人が持たないすこしおかしなものを持っているように見えると言う。私は、その「おかしなところ」を人に受け入れて欲しいと思っていた時期や、どうせわかんないだろうと思っていた時期や、隠すことに必死になっていた時期や、そのせいで解離していた時期があったし今ももちろんあるのだけど、彼がとりあえずわかっていてくれるのならもういいや、と思い始めた。

あなたはどんな人間?って聴かれて、ええと精神科に11回入院してる人間です昨年度は150日以上入院しててその原因として自殺未遂常習犯ってことがあり、たまに自分がパカーンなっちゃいまして、それから眠剤を昼間に飲むのが好きなんだけど、一応前向きに大学生やってるんでよろしくお願いします、みたいな、そんなことは一般社会じゃあまり受け入れられない。だから言わない。でも言ってもいいとも思っている。聞かれたら言うし、聞かれなきゃ自分からいちいち面倒くさいアピールなんかしない。だったら、一言、25歳大学2年生、アラサーの何もない精神年齢の低いおばさんが一生懸命勉強してるよ、で済ませたほうがいいしね笑
例の人も、同じだ。あなたはどんな人間?ええと...、ってまあ私の以上に社会的にはマズイと思う。だけど、もし何か一言言うなら、33歳派遣、「人に言えるような」職歴や見せられるステータスは何もない男です、って言うらしい。それで済ませたほうがいいからね笑
そんなもんだ、と思うと楽になる。そうか、誰か1人が深く理解してくれることは安定につながるのだなとようやく私が理解する。そりゃYのあの、私をそのままダイレクトに見る見方も心地よかった、だけどそれは、安定をもたらすものではなかったなぁ。きっとそれはY自身が安定から程遠かったのと、私を「見る」ことはかなり上手くできてもそれを解釈することができていなかったのだからだと思う。もちろん、これはお互いに言えることかもしれないけれどね。

1人でいられること、1人で生きられると思い込むこと、それができることが安定というのも、確かにそうかもしれない。でも、きっと私の安定の形は、それではないらしい。人に理解され、なんか知らないけど、アホみたいに大切にされることで、安定を得ることもありえて、それは決して恥ずべきことではないはずだ。

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