Take it EZ! セカンドダンジョン

英語つらいわ。意外とハイレベルクラスに振り分けられて、周りが何言ってるか意味わかんない。けど、統計学はおもしろい。久しぶりの数式はいい意味でどきっとするね。英語の教科書よりも気分的には数倍読みやすいと思われるw

この間、3月23日の0時に、1年9ヶ月くらい続けて500記事以上書いてたブログを消した。
自分の中ではマジで死ぬつもりだったから消したんだけどさ、そんな狂言自殺からは1日で復活してしまい、ブログ消した意味がなくなったっていうアホらしい結果に終わったんだけどさ。
そのとき、どうやら何人か私のことを心配してくださった人がいたらしくて。
私の友達に私のブログが消えたことについて聞いてくれた人がいたとのことだったり、直接連絡を下さった人も数人いた。
嬉しいことです。

嬉しいことです、っていうヒトゴトみたいな言い方はよくないかなぁ思うんだけど、でも、本当に申し訳ないんだけど、私は心配してくださったことに対する感想はそれ以上でも以下でもないんだよね。本当申し訳ない。すみません。
なんか、心配してくれた気持ちはとても貴重なもので嬉しい、でもね、だからどうなんだろう、って思うの。うん、自分最低なこと言ってるの分かって書いてるからね、大丈夫。だけどマジそうとしか思えない。
お返しできないもん。心配してくれてありがとう、ご迷惑おかけいたしました、ってさ、確かに私はそうしてくださった皆さんにご連絡できる状況にはいる。
だけどそれが何になる?それは、これからの人間関係の維持のためでしかないような気がしてならない。
本当にありがとうって思って、心の底から感謝を伝えなきゃいてもたってもいられない、なんてことは、ないんだよ。
もちろん、嬉しい。そういう人たちがいて、で、支えられてる面も確かにある。そうしてもらえなきゃ、精神的にやっていけないってのもわかってる。でも、いちいちそれに誠心誠意感謝しまくってたら、それこそ精神的にやっていけない。これだって真実。

自分で分かってる。私は、心配してもらいたくてブログを書いてきたし、今もそうしてる。
3月22日の深夜、準備万端で、さぁどうしようかって思ってた。今回の薬は結構強いし、まぁ、やっちまうかなぁとおもったんだけど、今回ばかりは怖かったんだ。これさ、本当に死んだらどうしよう。意識が戻らなかったら、どうしよう。・・・死にたいんじゃねぇのかよってつっこむべきところだけど、本当にそう思って怖くてしょうがなかった。

それにもし死んじゃったらさ、私が死んだ後どうなってんのかわかんないじゃん。
私が死んだこと、誰にまで伝わるかなぁ、だれが心配するかな、泣く?ショックを受ける?自分を責める?私は誰を、どこまで影響したんだろう、誰が焦る、誰を悲しませる?
めっちゃ興味あんじゃん。
前にODして、それをブログに書いたとき、まぁほぼリアルタイムってこともあって、たくさんの人が心配してくれた。ごめんなさい、私はひどい。正直、「楽しかった」。
・・・あ、そうなのね、この人とこの人とこの人は私をこう心配するんだ。ま、これは表面的だね。あぁ、この人は結構マジで焦ってくれたらしい。いつもいい顔してるこいつはシカトかよ。この人は怒るのか、ウケる。
なかなか、へぇって感じだった。

それをさ、死ぬっていうもう少しでかいことでやったら、どうなるんだろうね。その反応が楽しみだったり、する、でも残念ながら、死んだら私はそれを知れないし、第一私の死がどこまで伝わるかわかんなくて、今現在一番伝えたい人に伝わらない可能性も高い。だからって、変な遺書を書くのは趣味じゃない。

そういうこともあって、それにやっぱ生きたい気もして、22日の夜にやってたドラゴンボールがおもしろかったりして、OD計画はやめた。そういうわけで、前のブログは消えたってこと。

この、人にマジで感謝できない態度、それから人の自分に対する感情を試すような思考、やめたほうがいいと思う。でも、やめられない。
ただし、一つだけ言いたいのは、だから死のうと企てているわけではないってこと。昨日も書いたとおり、死にたいのは、本当にもうどうしようもないクソみたいな自分から逃げたいからなわけ。
人を試す行為は、それに付随するものであって、メインではない。


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