Take it EZ! セカンドダンジョン

今日は自立支援の書き換えに行き、これから塾だ。入試までいよいよ時間がないということで、少しピリピリした雰囲気で私もその場ではピリピリしてしまう。今日は市役所からの帰りに1人で神社によって、みんなの合格祈願をした。

私の生きる上での一番の問題は、すぐに死にたくなることだと思う。まぁ、どうせ「詐欺」だから死なないだろ、って言われるし、死にたいと言う人間は死なないみたいなよくわからん定説に乗っとればそのとおりなんだけどね。私はその定説自体、間違ってると思うけど。
とにかく、詐欺であろうとなんだろうと、大きめの自殺未遂をすれば私の場合は即入院になる。マジで何をしでかすかわからないと思われている。それに、自分が薬を買うことや飲むときは、多くの場合あまり意識していない...ひどいときにはほぼ覚えていないなかでやってしまうので、間違えればマジで死ぬと思う。ただ今は、そこまでして死にたい気持ちがないというだけで。
直近で死にたくて仕方がなかったのは先月の今頃。ちゃんとツールも用意したし、死に場所の下見もしたのに、結局やめた。そういうことは、この1年で3回くらいやった。

なぜ、死にたくなるのかがよくわからないのが困る。死にたくなるのは体力が弱まっているときと、心身ともに疲弊して、なのにどちらも勝手に暴走して突き進むしかなくなっているときだっていうのは、なんとなくわかる。けど、体力が弱まっている「から」死にたくなる、暴走している「から」死にたくなるというわけでもなさそうなんだよね。後付で考えて、あぁ確かに死にたくなる前は暴走してたよね、みたいに思うだけでさ。
上手くいかないことがあるとそれを前向きに対処する前に死にたいと思ってしまう癖はある。一番ひどいのでは、例えば誰かにほんの少し、しかも相手は気にしていないような失言をしてしまっただけで、本気で死のうと考えてしまう。もう自分は終わりだ、嫌なことが起こる。生きていたくない。そう感じてしまう。
あと、次の日にとても嫌な予定が入っているときも死にたくなる。行きたくないけれど、いかなきゃいけない、でもいやだいやだ、死んだらいかなくていいのか、じゃあ死のうか、とかね。
それと似ているのだけど、やらねばならないことができなそうなとき、できない気配が濃厚なとき、死にたくなる。暴走した挙句に自殺未遂をするのはこのせいもある、つまり、もう疲れて暴走ができなくなりそうなとき、自らの力で止まるのが怖くて怖くて仕方なくて、終わらせ方として死ぬことを選ぼうとする。

11月下旬の入院では、その暴走を、じーさんが医療保護入院という形で止めた。無理矢理にでもストッパーを作らないと本当に死ぬ、多分そう思われたのだと思う。
カウンセラーさんに言われて気がついたのだけど、この自殺衝動って、1年半くらい前がはじまりなんだよね。それまでも何度か医療保護入院していたのだけど、考えてみたら一度も死のうとしたことはない。むしろ、暴走を続けていたのに何かの拍子で暴走がバレて、しかもそれは危ないやりかただったから止められた、って感じだった。積極的に死のうとしていたわけではないっていうか、そもそも死ぬという発想自体がなかった。

これは、自分でも半信半疑なのだけど、私は多分、夜逃げの後からPTSDが始まっていた。そして、夜逃げから1年近く、かなりめちゃくちゃやったのだけど、それは思い出すことに対する「逃避」行動だった。約1年半前からは死にたいという考えかたに切り替わった。物事にたいして、生きてなんとかしようではなく、死ぬことで決着をつけてやる、みたいなね。
もし、Yとのことがなかったら、こういった自殺願望、自殺衝動はどうだったのだろう。
こじつけるわけではないけれど、あまりにも時期があっているので穿ってしまう。考えても仕方ないのだけどね。

ただ、なぜ今さらこんなことを考えているかというと、もう何日かで、もしかしたらそうとうに辛い現実にぶち当たるかもしれないというのが、わかっているから。そうなったとき、解離的なものを起こしたり、挙句にまともな自分をわけわかんない自分が傷つけようとしてしまっては「困る」から。どんな事実がこようと受け入れたいのだけど、その事実が自分に耐えられないものであったら、きっとまたやってしまう気がする。

「だけど、誤魔化したくはないんです。誤魔化すのではなく、痛みを軽減するのでもなく、本当はそのままの感情を、強さを持って静かに受け入れたい。」

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