Take it EZ! セカンドダンジョン

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今日は、非常に体調がすぐれない。
最近、というか退院してから、一定を保ってたはずの身体の調子が、昨日くらいから傾き始めた。多分、っていうかほぼ確実なんだけど生理前だからなんだろうけどね。

この1週間は時間の流れに自分を任せるしかないというか、それくらいに時間の流れがおかしくなってた。先週の月曜から今日まで毎日、つまり7日連続で塾バイトに行ってたんで、おかげで受験生の手前、体調管理をしなきゃっていう気持ちができてたから食生活とか風邪とかに気をつけて過ごせて、それはよかったのだけれど。
精神的にはなんか、ふわふわしてて地に足がついてないみたいな感じではあった。
先週の日曜、例の人と14時間話し続けた後、誕生日の日から今までの100日への理解が大きく変わって、そしてその100日がどれだけ張り詰めていたものか、知ることになった。まぁ、私が張り詰めてもどうしようもないんだけど、そこは気持ち的に、さ。
14時間がまるで3時間かそこらみたいに感じたあの時から、時間のうごきが何かおかしくなってきた。とにかく、早い。今もう、日曜日が戻ってきて終わろうとしてるなんて、信じられないくらいで、じゃあ自分は火曜日とか水曜日、何をしていたんだろうということについては思い出そうとしなきゃ思い出すことができなくなっている。
確か、火曜日はちょっと気になることがあってYの生存確認に出向いたし、水曜日は病院に行って、帰りに3ヶ月ぶりにレコードを買った。レコードは確かに手元にあって、なんだか60年代のソウルなんだけれど、それ今流しているので、確かにレコード屋には行っているわけだ←

夕方からは塾で、その慌ただしくて本気な時間はいつもの時間で過ぎる。前からだけど、このバイトは時計がぶっ壊れているんじゃないかというくらい、早くて時間が足りなくなって困るのだけど。
帰って22時を越して、夕飯を作ってビール飲んで、だいたいそのくらいの時間から深夜まで例の人とメールをしつつ、音楽かけて本読んだりこうやってブログ書いたり、する。
寝るのはだいたい1時から2時の間になって、でも睡眠時間はそこまで長くなく、7時くらいには起きる。春休みだけど、学校があるときと何ら変わらないリズムで生活している。今のリズムはかなり気に入っている、去年の9月から、入院して病院にいるときをのぞいてそのリズムを一応、守っているからさ。

10月、例の人と会って自分の破壊衝動の危うさを少し理解し、そうでなくて日々を積み重ねるというが生きるのに重要だということを気付かされた。この人が身を持って体験して、その上でやって「いた」から。だからその後、この人がいなくなっても私は日々を積み重ねようと努力したし、1ヶ月は持った。結果入院したけれど、入院中もそこまで自暴自棄にはならずに、課題をこなし必要最低限は学校へ行き、授業や人間関係を大切にできた。おかげで、ほとんど何も失うことなく今年を迎えられたし問題なく退院できた。
前向きにきらきら〜と生きることはきっと私にはひっくり返ってもできないけれど、でも自分なりに自分の生き方を大切にしていこうという気持ちで、特に、何かをしなきゃ、って焦らなくても毎日やるべきをやっていればいいものを生み出せるのかなと、思えるようにはなってきている。マジ成長私。
今月は友達をスキーに行くし、そこで誕生日の子のサプライズを考えていてその準備も始まってるし、なんだか本当、大学生的な楽しみ方をしていて、それはありがたいことだと思う。自分にはもったいない、ってまた言いそうになるけれども、それはここまでの人間関係を大切にしようって思ってた自分の努力が引き寄せたことでもあるんじゃないか、って最近は思う。無条件に人と関係を結べることはほとんどなく、だいたいはお互いの人間関係に対する少しずつの努力がそこにはあると、感じる。

普通は、学校の友達とかみたく、ゆっくりを無理のないペースで人間関係を築く。
でも、例の人とはものすごいペースで、いわば無理のあるペースで一気に人間関係を築いていた、その途中に消えられたわけなんだけど、無理のあるペースで近づいていたからこそ、今がある気がする。偶然で奇跡的だと思っていたけれどそこにもカラクリがあって、つまり気がついてはいたことだけどこの人は裏で手まわしてたんだけどね。私の予想がだいたい合ってたってこと。まぁどういった形にせよ、関係っていうのは勝手にてきるわけじゃなくて何かの「努力」によってできるものなんだなぁと実感した。その努力は負の方向にも使えるわけで、多分、私はYに負の努力...いろんな意味で「終わらせる」努力をしてきたし、今もしているからさ。

今、例の人と毎日メールをしたり、短いスパンで会おうとしたりしているのは、そりゃ普通にそれが楽しいからという理由もある。だけど、それ以上に怖いんだ。期限があり、最悪のパターンではもう少しで本当に会えなくなり、もしそうなれば次の会えない期間は今までの何倍かになるわけ。そんな事態だから、先週に14時間話した最後に話し合った、今後、次の期限までに会うべきか会わないでおくべきか。きっと会えば、最悪の事態が起こった時に痛みがひどくなる、そうお互いに思っていたからさ、でも私はそれであれば、今の時間を全力でよいものにすることで、もしその時間が痛みに変わっても、きっと受け入れられるはずだと答えた。
そうは言ったけれど、例の人も私も今がどれだけもろくてそのくせに時間のスピードがおかしくなるほどに素晴らしい時間なのか知っていて、だからとても怖い。
恐怖が、更に時間を操作しているような気もするんだ。

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