Take it EZ! セカンドダンジョン

自分の歪みやおかしさとはなんだろうと思う。小さいころから恵まれた環境にいたくせに、気持よく過ごせたみたいな、良い記憶はあまりない。ってか、小さいころ...9歳くらいまでの自分は自分の汚点だと思ってる。自己中で甘えん坊で、マジ、今あんなガキが私の目の前にいたら突き放したくなっていると思う。それくらいにうざったい子だったと思うし、両親以外の親類や学校の先生や友達の大多数がそのように感じていたと思う。
その後、自分はうざいと自覚し始めてからは少しまともになった気がする。自分の抑圧の仕方は小学校と中学校でよーく教わった。まったく腐った教育だよ←

もともと持っていた性質か、そのようにして成長してきたからか知らないけれども、私にはじーさんが言うところの「破壊衝動」があるらしい。作っては壊し、作っては壊し。作る過程はできても、出来かけると積み重ねたものをぶっ壊したくなる。崩して後退して、崩し続ければ何か生きる根本が見えるのではないかと無駄な努力をしているとじーさんは言った。生きる根本は、今ここにあるのに、それに気がつかないで崩し続けるなんて、と。

はっきりとした解離症状ではないけれど、冬の入院に至った理由には一時的な解離的症状があった。夏の入院のときは自殺未遂だったのだけど、そのときの記録にも解離的なものを自覚した記述があったことに、最近気がついた。7月13日、ODから1週間たった日の記録。

『イライラしてしかたない。なぜイライラする?
私には2人いる。
①健全に「生」をまっとうしようとする私
②①をぶっ壊したくなる私

今の私は①なんだ。ちゃんと学校に行ってみんなと勉強したいんだ。「できて当然」のことでもある。
なのに②が邪魔をする。考えてみれば昔からそう。様々な場において、責任のある役割を与えられ期待された。うれしかったし、はっきり言って①だけの自分の力や努力をもってすれば順当なことだったかもしれない。
なのに、また。また②が邪魔をする。
中高ともに、100日以上休んだこと、勉強などのやる気のなさ、職場でも長続きしなかったこと、人間関係。
①だけの私は好きだ。私はそうありたい。あるべきだ。
でも。
②は少なくとも14歳のころからある、きっと一生を共にする人物。今更、離れられない。

それでも今は、①を頼りにやらねばならないときだ。②はいつでもぶち壊しにくる。できるうちに、できるときに。①が強いときに。①で、なにかしら強みを作らねば。
だから、明日からは、学校へ行く。①が元気なうち、②にぶちこわされた尻拭いも兼ねて。
私は今までそうやってきたし、これからもそうやって生きるしかない。』

病んでるわぁ笑 そりゃ、死ぬほどのODをしてICUから精神科にうつった次の日の記録なら、仕方ないのかもしれないけど、病んでるwけど、これが本心だし、結局「そういうこと」なんだ。
私の歪み、があるとすれば、この止まらない、抑えられない破壊衝動だ。破壊衝動が顔を出さないために、顔をだしてもカバーできるように、私は動きまくる。それが、破壊を早めるのに、立ち止まったら破壊をしようとする自分に出会う。きっと、その自分はなにかおかしくて傷んでいるはず。見たくない。
見れば、自分の嫌な部分はもちろんのこと、今まで自分の中でなんとか処理してきた目の前や世界や世間や人の汚いところがわーっと押し寄せてくるきがする。
破壊衝動にかくれたものは、きっと見ないべきだ。パンドラの箱だ、開けちゃいけない。

作って壊して、作って壊して、それを続けるのは苦しいけれど、見たくないものに直面するくらいならこっちのほうがマシなのかもしれない。

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2015/02/05(木) 09:40:24 | | #[ 編集 ]
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