Take it EZ! セカンドダンジョン

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さぁ今日で今年度の学校は終わり!今日、最後の講義とテスト受けて、今週末までに一つ提出物しあげたら学校関連はもう心配いらない。単位は後期も4、5落としただろうけど、入院期間56日にしてはよくやったと思う。語学に関してはよくやってないので落としましたが。フラ語も死亡だからね、いつまでたっても語学に足を引っ張られる私はなんなの、みたいな。

で、今日で学校行くのはほぼなくなるので、今日は退学届けをもらってくる予定。
もちろん、まだ退学するかどうか決めたわけじゃない。春休み中にもっとちゃんと、時間をおいてから考えようと思ってる。今のところ、正直五分五分。
春休みに、学校の子たちと遊び行く予定がある。春休みも、塾の講師がんばるつもりもある。
学校、昨日は実験の発表とか、英語のスピーチとかあって、準備するのは大変だったけど苦じゃなかった。昨日から塾復帰したけど、他の講師の方々も、生徒も、暖かく迎えてくれた。
もし、学校をやめたらそういう温かい、人間関係が消える。どんだけ暖かくても、私にとっても彼らにとっても、しょせんは残念ながら、その「場」の人間関係だからさ。だけど、私はそれでも満足していたし、それどころか戸惑っていた。

これは自己卑下でもなんでもない。自己評価が厳しすぎるわけでも、自分のいる場所を過大評価しすぎているわけでもない。
ただ、本当の気持ち、今自分が「リアルのある側面」にいるのが、とても申し訳ない。そこは、とってもまっとうで、楽しくて、仲間の協力や力や優しさを受けて良くて私も堂々と彼らに協力したり共同したり、していい場だから。
中学も高校も、ほとんど一匹狼で、そんなこと学ばなかった。イベントや部活でも、言いたいことを言い合えない仲やぎくしゃくした人間関係...というか、「私がいること」によってぎくしゃくしてしまう場があった。だから、自分はなにか違うのだ、ここにいては、みんなが困るんだ、私が離れれば、もしかしたらペースはスローになるかもしれないけど、雰囲気とかは和気あいあいになってやりやすいんだろうな、私は別に厳しいわけでもなんでもないのに、場を崩す。ずっとそう思ってた。
仕事してもそうだった。同年代みたいに、少しちゃらちゃらするなんてできなかった。ベテランの人に食らいつく。私だって、なんか任せてもらえるようになりたい、「役に立つ」人間になりたい。「いていい」人間になりたい。

その一心でがんばった。普通の人は、そこに「いる」ことで認められる。でも私はそれじゃダメ。そこに「いる」ことは迷惑な(人ははっきりそう思ってなくても、私がいると空気がおかしくなるから)人間だから。だから、実質的に有益な人間になるしかない。
それは、評価につながった。そうやっている限り、最初は冷たくされてもだんだん評価はあがりいやすくなった、それと同時に私の人間性はどこかへ行った。

なのに、今は。「人間性が」受け入れられている。
学校では、私は実益をもたらさないバカ。頭悪いから、なんでもみんなについていくだけで精一杯。それでも、受け入れてもらえる。それは多分、私は学業も多分普通の生活をすることに対しても努力していて彼らが見えるところからはまっとうで、あと、私がある意味での「クッション」の役割を果たしているからじゃないかな、って自分で思う。いてもいなくてもいいかもしれないけど、いたほうがいい、みたいなね。私はひっそりと、でもさらっと中にいていい、中心的なことは何一つできなくても、場を持たせることなら協力できる、そのスタンスでいる。
受け入れてもらえている。人間性が。なにも言わなくても。塾でもそう。もちろん教えるスキルはまだまだ未熟。でも、元気さとか、人となりを見てくれる仲間。

なんでだよ。なんで、こんなことが私に許されるの。居心地が悪すぎる。こんなの知らない、知らなかった。
今更。25歳になった今、こんな環境に放り込まれても、私はそれにどう対処したらいいかわからないよ。どうやって、そこにもっと私がありがとう、って気持ちをつたえつつ、「いて」いいのか、どうやったら周りを周りが私にしてくれるように扱えるか、知らないんだよ。

だから、きつい。
居心地が悪くて、でも、一瞬1人になったり、「リアルの別の側面」に行けば今までどおりの私が待っている。自分らしい、有益でなければいてはいけない、どっちかというと「精神的弱肉強食」の世界。そっちで、ずるくても少し暴力的な手を使っても、いる、ほうが私らしくない?
10歳くらいから、ついこないだまで、普通の環境にいても私は世界はそういうものだと思ってた。適応のできない私がどうにかこの世界にいて許されるのは、なんとかして「役に立つ」人間になることだけだってさ、そうやって、やってきた。それが慣れていて、そうでなければどう生きていいかわからず、
死にたくなる。

ならば、元の状況に戻ったほうがいいのかもしれない、そう思う。こんなことで分裂して死にたくなる日々が続くのはもうたくさん。約半年の幸せと苦しさ、分裂、ありがとう、でももう十分だと思うんだよ。疲れた。

その意味での、退学。

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コメント



考えずに慣れて染まって感じて葛藤しましょう。


ライフスタイルを変える時には「違和感」はつきものらしいです。
2015/01/21(水) 14:19:05 | URL | 郷 #SFo5/nok[ 編集 ]
Re: タイトルなし
郷 さん

染まる、というのはおもしろいですね。
なんか明らかにマイナスな方向には比較的簡単に染まれるのに、プラスの方向にはたとえそれが向こうから来てくれたものであっても、染まりにくいものですね。
2015/01/25(日) 21:45:33 | URL | うら #-[ 編集 ]
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