Take it EZ! セカンドダンジョン

バカみたいなんだけど、正直今入院治療をやめるのが怖い気がしてる。もちろん、早く日常生活に戻りたいし、学校やバイトもそろそろちゃんと復帰しなきゃまずい。例の人も早ければあと1~2ヶ月ほどで一段落つくのだろうから、それまでにはしっかりとした精神でいなければならない。分かっているからさっさと退院して生活を取り戻したいけれど、24日の心理検査後、やはり精神状態がおかしい。

あれから、私は積極的(?)にYとのことを思い出すようにし始めた。学校への往き帰りの電車の中ではわざと、あの嫌な時期に電車で何度も繰り返して聞いた音楽と、同じ曲を流した。その曲自体はものすごくよくて、だから当時も聞いていたのだし、曲は何も悪くないんだけどさ笑 頭かかえたくなるね。こめかみがぎゅーっと痛くなるね、慣れているけどw

あのころ、従妹からDVの本が送られてきて、半信半疑ながらも読んで、そして自分でもネットで調べた。ネットで調べるうちに、「あぁこれは、私のとは違う」と思うようになってた。体験談、みたいなのに書かれてるような熾烈な日常、まではいかないし、だからと言って1回1回の暴力や暴言がそんなにひどくなかったかと言われれば、結構ひどいよな、救急外来行きも、お互い(←これはやっぱおかしいだろw)にあったわけだし、と思ったけれど、自己判断はやっぱできなくてそれに、「そんなの甘い」「でっち上げ」「原因を作っているのはやられる方」っていうネット上の言葉をみるたびに、あぁそうだよね、私は違う、大丈夫だで終わらせていた。
ここ数日、同じようにネットで調べている。だけど、今度はもう少し客観的な目で、「あのころの私はDVの被害者だったのか」っていう視点に立ってね。それなのに、出てくる答えや考え方感じ方は、あのころネットを見ていた自分と何も変わらない。うまくいかない。何度も、思いだそうとするし、そう、なんていうか、証拠が欲しいんだよね。自分が何をされていたか分かる証拠。写真、とっておけばよかったなww一番に気がついてくれた人は死んでしまった。

ストーリーみたいにして思いだすことはまだできないけれど、月別に、こんなことがあった、と書くことはできるかもしれない、と思い、今日は書いてみる、たぶん、長い割には意味のない記事になると思うのでよろしく。

交際、という形が始まったのは2011年7月下旬。そこから。
7月下旬。親と住んでいることをなぜかディスられる。「自立できていない」「まともな職につけていない」等。オメーはどうなんだよって今なら余裕ぶっこきでつっこめるけど、当時の私には無理無理。まだ目立った暴力はなし。

8月上旬。くだらないことで喧嘩が増える。煙草のお金がだんだん私持ちになる。二人でいるときの食費はほぼ私。
中旬。祖母の家に行ったり、久しぶりに同級生と会っている最中に、「今どこ」「何時に帰る?」などの縛メー(束縛メールw)が入るようになる。
下旬。引っ越し。引っ越しの日にアパートにて事件。2人の共通の知り合いから私にメールがある。それを、Yに見られて、ケータイを投げつけられ問い詰められる。それから相手の男性に私の目の前で電話して、脅す。私がやめなよ、と言うと電話しながら私を蹴る。電話後、なぜかセックス強要。意味がわからん。せっかく越してきたのに、今日終わるんだな、と思うと悲しかった。
結果、終わらず←。その2~3日後の夜、さっきやったのやばかったかも、といういきなりの告白はぁ!?って感じ。次の日は朝から、アフターピル買いに1時間以上かけて性病科へダッシュ。保険きかないし、本当やめてくれ。それから避妊用ピルを個人的に飲むようになった。

9月入って。外で飲むようになった。量がハンパないし、支払いは私。そのころからなぜか機嫌悪くなることが多くなり、暴言多発。この時期よく言われたのが「ブス・生きてる意味ない・何も経験してない・飛び下りれば・死ね」ボキャブラリーの少なさに今なら失笑。私の友達をディスることや、勝手に電話しようとすることが何度もあった。

で、事件。私の友達を、私のいないところで散々ディスったとの情報を得る。それで、私が夜にそれを問い詰める。それでなんかわかんないけど、たぶん喧嘩になって私が暴れてYが逆切れ(ここは想像、正直覚えてないw)。それから私はYに追い出されるような感じでアパートに戻り、Yとの関係が終わってしまったのではないかという絶望からOD(デパス7錠、マジかわいー)、酩酊した頭でYに電話、Yが来る。半日、記憶がない。あとでYに言わせると、私はそうとうラリってスーパーでいろいろ買ったりしてたらしい。
で、その日の夜、私が友達と電話しているのを聞かれ、ブチギレられる。頭がまだ酩酊していたので、くわしい理由は覚えていないけれど。まずグラスで頭を殴られる。これ以降、グラスの割れる音がダメになりました私ハイ。で、うちにあった数少ない家具をことごとく蹴り飛ばして破壊。TV、ラジカセ、TV台、テーブル、すべて壊れて部屋がぐちゃぐちゃ、もう壊すものがないというとき、網ガラスを蹴り破られる。Yさん大失態。網ガラスっていうのはね、針金みたいの入ってるんですよ残念。噴き出す静脈血(←それで私は静脈の赤が好きなのかな)、部屋一面血だらけわーい。仕方ないから止血して救急車呼んでやった。結果、ふくらはぎから太もものあたりにかけて45針縫う大けがわーい。今考えたら、あのとき冷静な処置しないで、「怖ーい」って逃げ出してればよかった。死んでくれてたかもしれない←それはない これが、9月17日、だった気がする。思い出したけど、この時Yは私にも救急の受診をさせているんだよね。それでお金がなくなったんだ。確か、腰から背中にかけての打撲、って診断だったと思う。なぜYが私も受診させたかは分からないけれど、打撲があったのは確か。多分、グラスで殴られると同時に殴る蹴るがあったのだろうと想像。それでお酒が引いて少し冷静になったYが反省したとしか、思えない。

ここまでの間に、バスのなかでこの前死んじゃった人に偶然会って、その時このDVがばれてたのだけど、どの時点だったかが思い出せない。だけどそうってことは、17日までに、少なくとも1回は痣が残るほどの暴力を受けていることになるわけなのに、その暴力の記憶自体がない。
で、Yさん1週間ほど外科に入院。仕事帰りに毎日病院によるものの、夜は1人になれてマジ開放的な感じでご飯がおいしく感じたことだけ覚えてる、ってか、あの人といて真面目に自分の空腹を感じたのって、やっぱこの間だけだったような気がする。安全な夜。あいつは入院してるし車いすだもん、来れないし、きっと電話も今は無理、私の時間だわーい、みたいなね。この時点で、これはおかしいと逃げているべきだった。

長くなりそうなので回想記録はまた書く。今度は従妹とあったこと、ギブスYとの死闘編、ってとこかな笑 笑えないけどね。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ PTSD・トラウマへ
にほんブログ村
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する