Take it EZ! セカンドダンジョン

昨日、入院した。土曜日だけに、入院のために待合室で待っていると、知り合いだらけでいちいち「4日間だけ入院するー」って説明するのがめんどかったけれど、自分には、この病院に知り合いが50人以上いてその中でも親しい人(2人でいても会話ができる人)が10人ちょいはいるんだなぁと思った。病棟は、3ヶ月前と同じとこ。何も変わっておらず、患者も、スタッフも、基本は入れ替わってなかった。この3ヶ月間が一気になくなって、夏の続きで、ただいまって病棟に帰ってきたような、そんな気持ちがした。
みんなの服が、冬用の厚着になり、髪の毛が伸びている程度で。

日常のことを考えるのはやめた。
正直、火曜日に退院するあとは、めっちゃ過密スケジュールだ。それを思うとげんなりするけど、今はそんなこと考えてちゃ入院の意味がない。そう言い聞かせた。

例の方からの手紙を何度か読み、持ってきた本、これもその方と手紙でやりとりした本、をひたすら読み込んだ。昨日はほとんどのベッドで物を読むか寝るかしていた。
昨日からさっきまでで、合計16時間眠った。

いろいろなことが思い出された。
前回のODの後の、ICUにいたときの情景や気持ちが蘇ってきたり、あまり思い返したくない2、3年前の、だけど有害ではない事柄が思い出されたり、10代の頃のことや、その他がわっと思い出された。
普段はこのように思考できるチャンスもないので、いい機会だと思った。

たまたま家にあったノートを持ってきたのだけど、そのノートは前回の入院時の日記だった。読んで思った。最初の方は、カオスなんだ。ODでめちゃくちゃになって精神がぶっ飛んで、意味のわからない記述だらけだった。8月に入ると安定しだして、だんだん建設的なことを書き始めていた。だけど、建設的なことは、今の私から見ると完全なる欺瞞であり、嘘とまではいかなくても単なる自己満足で、ねじれた「目標」だった。つまり、自分の変な面を正の部分として捉え、例えばYのような人を理解したいだとか、社会で受け入れられないのはおかしいだとか、そういう方の自殺はやりきれないことだとか、書いていて結果、自分はその方々の「ために」何をなすことができるかなというところで考えをまとめこれからの目標として、それを大学に行く正当な理由だと思い込んでいた。

馬鹿みたいだと思った。
なんでYみたいなのを「救う」の?
あいつらはさ、やりたくてやっているのだ。ああいった意味で自分から堕ちたり歪んだりする人間は、戻るのもそこに留まるのも自分で行うべきなんだ。もしも、その堕ちた部分から上がりたいと思い、その時に私や誰かの助けが必要ならばそれは貸してもいい、でもさ、求められてもいないことを与える場を作る意味がどこにある。

私が今一番したいことは、死なないけれど、精神が一回死ぬこと。ツールはやっぱ薬かな。もう一度あのICUを体験したい。自分を壊して再建するのは結構面白い。でもそれより、壊れた自分で朦朧として過ごすのは、楽しい。

もうフラッシュバックはおこらない。
Yから受けた痛みはずっと続く。どこかおかしかった私にYの性質がぴたっとはまってそこから洗脳が始まって、今の自己否定をしてしまうくせは、そのせいもあると思う。毎日が人格否定される日々だったから。大げさだと思うやつは幸せだ。
だけど午後からYと会う。Sさんのお墓参りに行く。今の自分は疲れすぎている。疲れすぎていることに入院して気がついた。早く学校やバイトや、普通に見える世界の人と関わりたい、こちらを忘れたいだけど、
この病院で時が止まったように過ごすのも決してわるくはない、だけど
私はここに長い時間いるべき人間ではない、だけど
私は学校とか普通の社会に順応できる人間ではない、だけど
堕ちることもできない、だから

やはり、今、よくなりつつあるYを巻き添えにして死ぬのが一番良い選択肢だと思うんだ。

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