Take it EZ! セカンドダンジョン

おばーちゃん家から帰って来たー。おばーちゃん、100歳になって今年の春よりも元気になってた。家で、フツーに自分でご飯食べてお茶淹れて、トイレ行ってるんだもん、すごいわぁ。大正3年生まれで、マジ苦労の人なんだけど、いつでも先見の明を持っていた人だって、オカンやおじさんは言ってる。おばーちゃんは、「洗濯機」が家にきて助かったと言う。

まぁ、そんなこんなで、退院してからまだ一週間も経ってないのに出た!動きすぎ症候群、っていうね、自分でもやばいと思いつつ、止まらんわ。カウンセラーさんに「動いてないと死んじゃう人」と言われてるけどその通りだ。
まず、退院したと同時に、「さぁ自炊しよう」と意味わかんないやる気に駆られて、調味料や調理器具買ってみた。オフ会仲間から教えてもらった食事法を実践してる。ゆるーくやってるからか、なかなかこれが、新鮮でおもろい。
で、他は、こないだも書いた病院トラブルの解決や、Y家に顔見せに行き、後は友人たちと会って、実家へも1日帰り、おばーちゃんの家に行き、今日にいたるっていうね。明日はバイトの面接+試験だね、なんかもう、だめでしょコレモード突入してるわwバイトの試験も落ちていいや的発想で、次行こ次!みたいな考え方になってて、これって「躁」なのかなと思うけど、
知るかボケ。

今、前に書いた病院の22歳のBPDの女の子にかなり積極的にかかわってる。もちろん、実質的に何かをする、とか、精神的にも支えになる、とかそういうことはできないけれど、伝書鳩+相談引き受け役くらいは、やってる。
3年ちょい前、Yの前につきあった彼氏(Yにぶっとばされた)は、私が他の子のややこしい問題にかかわるのをかなり嫌がった。そいつは、とても真面目てやさしいやつで、自分の家族や付き合った人をどこまでも大切にする人間だった。だからだと思う、私の友達二人が共倒れしそうになって、私が関わろうとしたときに言った。「乗りかかった船、で今なら降りれる、なら降りろ」自分のことで精いっぱいなのに、人のことまで抱えるな、と。私は、その時はその言葉に違和感しか感じなかったけれど、今ならばその人の言わんとすることが少しわかるようになった。
Yは、逆の人間だった。乗りかかったなら乗っちゃえ、みたいな。私と付き合っている時でさえ、関係のない喧嘩の仲裁に入ったり、家出女を泊めたり、気がいいというかバカというか。でも、その理由はいつも、「だって放っておけねぇじゃん。まぁ後でめんどいって後悔するけど」だった。

Yが、今みたいにクソな状況なのにある程度他人と縁が切れないのは、こういうところがあるからだと思う。私は正直、何か周りで問題が起こった時の対応としては前の彼氏よりもYのやり方のほうが好きだし、私もY 派だと思う。まぁ、Yの場合は私が傷つこうがどうだろうが、関係ないから好き勝手できたわけだけど、でもそっちのほうがなんか楽。傷ついても復活したときに「お前結構しぶといなー」で終わらせてくれるの楽。話それた。

私にももちろんプライオリティはある。もちろん一番は自分のこと(ってことは将来のYのことwムカツク)だけれども、たまにそれが誰かのと逆転する瞬間がある。でも、それはそれでいいじゃん、って思う。
3年前、当時の職場で、私は確実に何かできるポジションにいながら何もせず、大切な後輩を傷つけたまま退職させてしまったことがある。それを、今でも後悔してる。自分のことで一生懸命過ぎて、自分の前で炎上しそうな子を見落とした。最低だな自分、と。
今、自分は3年前の自分をそのBPDの子に見ながら、乗りかかった船、に乗ろうとしてる、いや、たぶんもう乗ってる。
大丈夫、今度は人から何か言われても、降りないよ。

中学の時、私のことが大っきらいで私も大っきらいだった学年主任のクソセンコーが言ってた。
「自分のことで100パーセント、より、自分のことで80パーセント、残りの20パーセントを人へ残しておいたほうがいい」。
あのオヤジ、マジ嫌いだったけどいいこと言うなぁと、最近思った。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 境界性人格障害へ
にほんブログ村
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する