Take it EZ! セカンドダンジョン

自分の弱いところを簡単に言わないほうがいい。
3年くらい前に、2つ上の男の先輩で地元でヒップホップのクラブ・オーガナイザーをやっている人に言われた。私が、自分はバカでどうしようもない人間だみたいな弱音を吐いたときだった。

私が大好きなTha blue herb のMC・Bossさんは、あるインタビューで「かっこつける、あるいは強がって自分を大きく見せるっていうのは、HIP HOPのアートフォームの一つ」と言っている。私は、そういうヒップホップの考え方が好きだ。強がる、カッコつける、負けない、弱くない、見た目も中身も強くありたいしそう見せたい。リスペクトはしても、誰にも屈したくないしバカにされたくない。私はその思いが、実は結構強い、と自覚している。

最近よく聴く、「ありのーままでー」みたいなフレーズ、マジ、くそくらえだ。ありのままでこの世の中生きていて、生き残れるのはよほど才能に恵まれた人間か、そうじゃなきゃよっぽとの天然鈍感バカしかいないと思う。だから凡人は、ずるいこと、セコイこと、抜け駆け、脅迫、だまし、詐欺、共謀、裏切り、そういうのを非情であってもやらねば生き抜けない。それを情なくできることが、一種の強さだと私は思っている。感情のコンセントを抜いて、思考だけで生きること、それができればどれだけ強く思い通りに生きれるだろう、と思う。

だけど、今回入院して思った。私は情を排して生きることに力を使いすぎていた。「切ない」とか「哀しい」とか「憤り」をか、そういうものをどれだけ感じずに生きていけるかが勝負だと思っていたし、それができずにつぶれる自分が大嫌いだった。
入院中、友人が死んだ。実は、もう一人、私を心配してくれていた人も、昔からの各種オクスリや処方薬のせいで、5月ごろ亡くなっていたことが発覚した。やりきれなかった。孤独で、薬物使用者もしくは処方薬依存で、昔からとっぽくて、どうしてもなかなか「普通」のレールに乗る生き方ができずに苦しんでいたやつが死んだ。生きるの、最後、苦しかったと思う。後者のやつは、たぶん自殺だから、特にね。別に、「普通」じゃなくていいのに。なんで、普通の幻想にがんじがらめにされた、マイノリティのマイノリティが、苦しむ?
今、私の周りにはBPDの方々がたくさんいる。私は今日退院してきたけれど、明日からも彼女たちとはかかわり続ける。そうすると、どうしても自分と重なり、放っておけなくなる。Yもね。そんな中で思った、私には、きっと「情」も「切なさ」もある。ただ、それを全力で押さえてどこかに凝縮させている・・・人の生きる原動力とも言えるそれと、ただの空虚な私が、真っ向から対立している。

私は、本当は自分の空虚な思考に、感情を追いつかせたい。一部に、そんなものは割り切れ、という人はいるけれど、私はそうは思わない。何かを本気で成すなら、思考も情も、すべてをかけてやる。どんだけ強がっても、ずるくても、おかしくても、それこそ不格好でも、自分の思った大切なことは、やっぱ、自分の中で最高のカッコつけ方・・・それは、カッコ悪い、も含めたかっこつけだけど、そういうやり方でやりたい。
きっとそれは、他人から見たら不格好でしかなく、あほで、意味不明な生き方なんだろう。
けどね、本当の強さは、それでも生きることなんだと思うよ。

Bossさんはさっきの言葉の次にこうつづけていた。「何をもって人の心に訴えかけるか?さらけ出さざるを得ないよ。」

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コメント
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2014/09/02(火) 22:34:43 | | #[ 編集 ]
Re: こんばんは
- さん

できることを精一杯やることがかっこいい、その通りだと思います。
感情を排すことは、難しいことで、しかももしかしたらする必要がないことなのかもしれないなぁと最近思い始めました。感情があり、それを持ちながらもきちんと生きて行くことが、強さなのかなぁ、と。
こんな状況ですが、少し前を向けるようになった自分はそこまで嫌いではなくなりました。私も、-さんのように自分を受け入れられるようになりたいものです。
2014/11/03(月) 09:52:22 | URL | うら #-[ 編集 ]
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