Take it EZ! セカンドダンジョン

3月30日(日) 13:30(0)

あー体力なくなってきたなぁ。
少し毎日働いただけで、マジお疲れ気味。入学後が心配で仕方ないわ。

学歴コンプレックス、っていうのがある。今日の朝日新聞1面2面を見て考えさせられた。
ま、記事の内容とは関係ないのでそこには触れないけどさ。

学歴コンプ、つうのは、普通は高校や大学に行けなかったとか、行ったけど自分では納得できない(世間的な意味での)レベルの大学だったとか、それによって不遇な扱いを受けて悔しいとか、そういうことかと思う。
そう思うと、私にはこれはあんまないのかなと、思ってた。
私は24歳で高卒。大学には入学したものの、卒業できる自信はない。
たまに、私の大学受験は、私が「高卒」だっていう学歴コンプを持っててそれを解消したいからだと思っているヤツがいるけど、それは違うかなと思う。私は確かに、自分はバカだと思うし教養もないし何もできないヤツだと自覚してるけど、残念ながら大学に行っただけでそれがどうにかなるとは思わない。

私が1番コンプレックスを持っているのは、能力。能力コンプレックス。
ま、能力ってもいろいろある。学力だってもちろんその一つ。運動能力、音楽の能力、会話や仕事そのものにおける能力、専門のものに対する能力、等。私には上のようなものが何もないなと思う。それがなにより、コンプレックスなんだ。
もしかしたら集団的に見ると、そういう能力と、立場や学歴はある程度比例してるのかもしれない。でも、必ずしもそうではないし、逆に比例しない人にこそ魅力が有る場合も多い。
変な価値観、変なコンプレックスで凝り固まってる人より、そういうものに左右されない自分を持ってる人のほうがおもしろい。学歴とか立場で、自分の周りの人を選ぶみたいなクソみたいなことしてるやつなんて、こっちから願い下げだろ。
そう思った時、さっき言った新聞の記事に対するモヤモヤや嫌悪感が、消えた。

私がこの3年くらいで影響された人たちで、世間的に言われるように学歴と能力が噛み合ってるような人、あまりいなかったように感じる。
もちろんそういう人もいるけど、私は学歴そのものには魅力を感じなかった。多分噛み合ってる人もいたんだろうけど、気づかなかったんだと思う。私は人の価値をそこのはおいてないからね。
まぁそういう人たちは私みたいなヤツには近づかなかったってだけかもしれないけど。

でね、私がはっとさせられてこの人ヤバいな、と思うのは、まず、オーラだ。
なんか、すごい差別的なこというとね、私、どんなにデキる人でも最初にピンとくるオーラが有る人以外は、あまり信用も尊敬もできないんだ。だいたいそのオーラは、いい意味でのものと、不快感のどっちかだ。いい意味でのものはもちろん、それが不快感であろうと、オーラを感じる人はいる。
そういう人は、結構間違いなくなにか能力がある。

1回だけ、私は一瞬で「怖い」と思った人と出会った。怖いってさ、普通は初対面じゃ強く感じない。不快感を感じても「怖い」ってまず思う人とはなかなか会わない。

私が会った瞬間に怖いと感じた人は、やってきたこと自体も怖い人だった。結婚していてお子さんもいらっしゃるのだけど、生き方がマジ気合入ってる人だった(後から人づてに聞いた)、ここで詳しく言えないことだし怖いから詳しく言えないけど。
この人はYの昔からの友達なんだけどさ、その怖いってことをYに言ったら、あいつはいいやつだよと言いつつも、そういったオーラがあることは認めてた。それより驚いたのは、Yはその人に頭が上がらないっていうか、Yもどこか一歩引いてるところがあると思ったこと。
タバコの銘柄やファッションや、そういうもの、自分はその人の真似をしたと言っていた。あの人が同級生で友達のヤツをそういうふうに言うのは、なかなかないことだ。

その人たちが生きてた世界は、完全に能力勝負なんだ。しかもその能力は、特定のものではなく、ただ周りのやつに「何かで」認められてそれなりの立ち位置の立てるかどうか。自分の全ての感覚と能力を頼りに、人と関わって自分を発揮して、自分の能力を影で努力して伸ばす、周りに負けない、それしかないんだ。
物静かで穏やかだけどものすごい技術を持っている人、人脈が半端ない人、人と人を結びつけたりセッティングする能力に長けてる人、喧嘩が強い人、アタマのいい策士、詐欺師(たとえです)、言葉が上手い、何ヶ国語かしゃべれる人、超美人で美を磨いてる人、ファッションセンス、笑いのセンス。何かで、秀でるんだ、周りに負けないんだ。それが、自分の確固たる立場になる。オーラを作る。

で、私はそのやり方がものすごく、好きだ。好きだけど、自分には難しい気もするんだけど、できればそういう生き方をしたいしやっぱ好きだと思う。
いくら大学に行ったとして、上に上げたさまざまな「秀でる」べき分野が「学問」において、になったとしても、私はベースはそのやり方でやりたい。ただ周りのやつに「何か」で認められてそれなりの位置に立てるかどうか。そこで、自分も満足できるかどうか。その位置に到達したらコンプレックスはもう感じない?自分っぽい?

今は、その「何か」がない自分、堂々と感覚や能力を出せずに消化不良な自分、そういうのが何よりのコンプレックスってこと。これは、学歴どころの話じゃねぇんだ。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 境界性人格障害へ
にほんブログ村
スポンサーサイト