Take it EZ! セカンドダンジョン

くっそ調子わる...
ええ、調子わるすぎで、昨日はバイト休みました、というか、学校から帰ってこられなくなりました...

今週は、日曜から金曜までバイトの予定で、学校もがっつりあったのだけど、それ以外にも課題やらなんやらが積み重なりすぎてご飯もまともに食べるヒマがないくらい(マジですw)忙しくなってしまい、睡眠時間を5時間以下にしても間に合わなくなった。
で、金曜日、それもあと1日!と思って頑張って朝6時からPCに向かい、学校に行き昼休みも作業を続け...ってしてたら3限から具合が悪くなり始め、4限はほぼ死亡。でも、塾は行かなきゃ、って頑張って帰ろうとするけれど、学生の波がうっとおしくて、前をだらだら歩く学生を階段から突き落としたくなる衝動がひどすぎて、本当に構内で発狂しそうになってた。

あーこれはやば、と思って、とにかく頑張って医務室。
一応、2年前と1年前の健康診断で自分の精神的な疾患のことは伝えてあったので、話はすぐに通って、デパスをもらって少し横にならしてもらった...と思ったら、3時間がっつり寝てしまいました医務室は5時で閉まるのに、7時半まで寝るっていうね...申し訳無さ過ぎる。
で、職場が比較的近い父と、例の人に迎えに来てもらって、昨日は実家で一泊。今日は、例の人が夜いないので、私は実家にいます。

そんなんだけど、今日は1回家に帰って課題を取ってくる、っていうのと、PC作業も少しした。結局、倒れても発狂しても休まないという私です。

にしても、学校で発狂しそうになったのは今回が初。最初の健康診断で正直に疾患のことを言っていたから、一年に1回診療所へ呼び出されるわけで、おかげで診療所の位置は分かったし、話もすぐに伝わった。
もちろん、大学の学生には内緒だけど、大学の診療所に予防線をはる意味で伝えておいたのは正解だったなぁ、と思った。
そりゃ、必要のないかぎりクローズにしとくのが一番だけど、発作的に何かが起こる可能性がある場合は前もってそのことを言ってたほうが、いいこともあるものだと思った。

診療所の看護師さんに、「学校でこうなったのは初めてです...」とちらっというと、看護師さんは「私も学生のころはよくなっていた」と言っていた。躁うつとか発達ではないかもしれないけれど(ってかパニックなのかな?)皆言わないだけで意外とそういった問題を抱えて生きているものなのかなぁとも思った。
今回は、大学の診療所や家族に感謝です。

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あーむしむしして気持ち悪いね!電車の中からこんにちはそして相当お久しぶりでございます。

最近はこの天気のありえないほどの変動に、生理に、例の人の生活リズムの変化等が重なっていろいろきつい感じ。そんな時に限って、塾のみなさまは期末テストだし、私もレポートやテスト祭りが始まるところだし、頭の中がとっちらかってる状態で困ってますええ。

私は、大学院進学を希望していて、大学も専攻も決まっていた、つもりだったのだけれど、ここに来て、私の将来やりたいこと、研究、にとても似ていることをしている研究室を見つけてしまった。もともと希望してたのと同じ大学で、でもコースが違ったというだけなのだけど、このコースの違いは受験には大きい。

臨床をほとんどやってきていなくて、社会心理でもなくて、精神保健学でもなくて、認知心理を中心に学んできた私には、難しい専攻だと思う、それで不適と見なされた時点で入れないかもしれない、そんなところだ。
それでも、私はそこにすっごく魅力を感じる。まさにやりたいことやってる。だから最悪、修士を元々の志望のとこでとり、一旦働いてから、その研究室に博士で入ればいいのかもしれない。

でもとにかく、悩んでいるだけ無駄。さっさとアポ取って事情を話してそれでも試験に受かれば受け入れ可能か、聞いてくるしかない。動き始めるべきだ。
もう、たった1年しかないんだから、本気でやらねば、と決意するこの頃。

頑張りますー

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久しぶりでございますよ!生きてますよ!

怒涛の5月が終わり、6月初旬、学校やバイトのあれこれを片付け、やっと落ち着いたのが今週。7月に入ったらまた、レポートやテスト、そして夏期講習が待ち受けているわけで、落ち着いているのは今だけかもしれない。
今週は、落ち着きすぎたか天気のせいか、例の人に影響されたか知らないけれど、とってもざわざわそして鬱々とした週だった。

今日は、ものすごく久しぶりに、千葉の自助会へ。とっても久しぶりな方や初めての方SNS上だけで知っていた方数回目の方いつもの方(?)まで会えて、よい刺激になりました。

この2年間くらいで、病院の知り合いが4人死んだ。
死んだ、というのはわかりやすいから、私はその人々が死んだという事実をよく書くし、言う。でも、問題はそこだけではない。そこだけではないどころか、もっと根深い問題が、あの病院を取り巻く環境にある。

精神的な病気とは、人の意志を弱めるものまたは混乱させるものだと思う。
人が生きるエネルギーは、意志にあると思う。あれがしたい、これが欲しい、あの人と一緒にいたい、誰かのために力を使いたい、というように。
それが、脅かされる。うつだと、言うまでもなく、それらの気力がなくなるだろう。躁状態のときは、それらの意志が混乱するか意志が自分の力量を超える。何かに依存すると、依存の対象物に意志を持っていかれる。不安定な状態では意志を持ち続けることが難しい。

私が知っている、精神的な病を持っていて、危なっかしいなこいつ死ぬかもね、と思うヤツからは、意志が感じられない。目先の動物的な欲望ばかりが優先される。病気をどうにかしようと思っても、そのための情報を得るでも誰かに適切な助けを求めるでもなく、こんな病気にさえならなければ、と言うばかりで何もしない、できない。
そういう人々が、同じもの同士で群れる。彼らは、一人でいても一緒にいても、寂しそうだ。自分がやりたいこと、やれそうなこと、そう言った意味での欲望を認識しない人間は、寂しそうになるのだと、気がついた。

意志が弱くなったり暴走したりする原因は、病気だから、なのか、どうしようもないのか。
そうかもしれないけれど、そうでないかも知れない。
そうでない場合、彼らが意志を持てない理由は、きっと、本当の意味で孤独だからだ。
底にいる人たちは、きっかけを見つけて利用するのが下手だ。きっかけは、本当はなんでもいいはずだ。芸術でも出会いでも、誰かの不幸や幸福でも、なんでもきっかけにはなりうる。それらを感じる感性が弱まっている。そして、ここからが問題なんだけど、感性が働き、これいいな、と思ったときに、その先に進むことができない。
私がそうだったし、今も多分、そうだ。進めていない。いや、以前よりは、ずっと意志は明確になったかな?

なぜ、進めないか。
孤独だからだ。意志が、薄れてしまうのだ。
自分ならできる、という気持ちを持ちづらくなる。誰かがそばにいてくれたり、話を聞いてくれたり一緒に動いてくれたり、気持ちを共有できたりしたとき、自分は自分が得たきっかけを活用できる、と思えるのかもしれない。

人が意志を持つ一般的なきっかけを作ることは、できない。何がその人の心に触れるかなど、それぞれだから。そこは、その人のセンスに関わっているかもしれない。
だけど、その後の、そのきっかけを活用できるかどうか、つまり意志を持ち続け持続させるようにするためには、確実に、人の手が必要だ。孤独では、だめだ。

寝ている間に漏らしてしまい、急激にやせて、さすがに自分でも危機感を感じていた、その数日後に死んだ人。
そこに、身体を守ろうという意志がもっと強く働いていれば。
危機感を持ったその人に、働きかけられる人がいれば。つまり、本当の意味で孤独でなかったなら。

多分、死ななかった。

私に、何ができるだろう。

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