Take it EZ! セカンドダンジョン

昨日は21時に寝たらしく、しかも今日8時まで寝ていた。11時間睡眠ですよなんだこれ。
昨日は気圧がやばくて、そんななか1限から授業があって満員電車最悪でした。30分で着くはずの電車が、45分以上もかかるんだもんね。辛かった...
そして学校から帰ってからの、塾なんですがこれが小学生小集団(しかも国語)っつうことで無理無理無理。

ところで、昨日は例の人が実家に帰っていた。彼も私も連休関係ないので、お互いできるときにできることをしなければだからね。
で、昨日の夜は私一人で、最低な過ごしかたをしてましたええ。

まず、夕食はキャベツと豚肉を塩こしょうで炒めて、買ってきたナッツとビール。この1年くらい、一人でアルコールを飲むということがほぼないのだけど、たまには、っつうことで昨日は買ってきた。500ml。
はい、帰ってきてご飯食べ始めて、1時間後には記憶が飛んで眠ってましたね。薬も飲まず、家事も半端、風呂はいらない、歯磨きすらしてない、よけいなもの食べてある、っていう起きたらひどい状況で泣きたくなったよ。

やっぱり一人だと、どうしていいかわからなくなる。
やるべきこと、やったほうがいいこと、はあるのに、でも昨日みたく疲れていると何も考えたくなくなって逃避。
朝に後悔してだるーい身体で1日を始めるという、悪循環。一人だと、こうなるらしい。

ご飯をしっかり作ったり作ってもらったりして、ゆっくり食べて。
それで、寝る時はしっかり寝る。朝はいつもの時間に起きる。例の人と一緒だからできているんだなぁと実感した。
本当は、もう一人でできなければならない。一昨年は無理で入院して、去年はずっと例の人といっしょにいたので、できた。今年は、それを一人でもできるようになって、ある意味で、自立しなければならない。例の人がいても、いなくても、同じパフォーマンスができるようにしたいと思った。
もちろん、精神的には同じではいられないし、それは仕方なく当然なことだ。でも、精神的には彼が目の前にいなくてもいつでもつながっているのだなぁと分かるようになった(発達段階みたいな話してる気が...w)。
だから、一人でも心が落ち着いて過ごせるように、なることは無理じゃないはず。

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だるい〜とか言ってる場合ではない。明後日、また気圧ダダ下がりの木曜日となるはずで、今から調子悪かったら木曜は死んでしまいますね。今は、元気です。

昨日は久しぶりに1日休み。髪整えに行ったり、衣替え第二弾したり、豚ロースの角煮を4時間かけて煮込んだり、だらだら過ごしてた。
その間、例の人は約4時間以上もかけて、履歴書と職務経歴書を作成した。

例の人は、来月働きながら、有給を使って転職活動をする。転職活動、っていうよりは、これからやりたい方向へと向かっていく。去年、働き始めてから今月で14ヶ月経った。がむしゃらにがんばったり、元気がなくなったり笑、資格試験に必死だったりしながらも、私が原因のとき以外は全く休むことも遅刻することもなく、働いている。
今月に入ってからは、転職活動前の何も代わり映えのしない期間が続き、少しイラついていたみたいだった。そして、先週の金曜日にそれが少しだけ、爆発した。

私も、その日はかなりつかれていて、そして帰りも遅くなってイラついてしまっていた。だから、帰ったときに例の人が変にイライラしているのが不快だったし、耐えなければならないというのが理不尽に感じた。そんな中で、彼が言った一言にけっこう本気で私が怒ってしまって、私が彼の胸をつかんでしまった。私が不注意で彼にやってしまったことに対して、「わざと」と言われたことがとても傷ついたというか、信頼されてないようで悲しくて、怒りに変わったってことなんだけどね。けど、冷静に考えれば、彼はずっと、人生の半分以上をその「わざと」にとらわれて生きてきた人間で、だから何か他のことで精一杯すぎて精神に余裕がないときにその思考の癖がでるのは仕方ないんだ。私も疲れていて、それに気が付かず、感情的になってしまった。

次の日からは、別にお互い普通に生活。私が診察とカウンセリングで、カウンセラーさんに愚痴れた、ってのも大きかったし、例の人も少し落ち着いたみたいだったから。

例の人は、「一つのことしか」できない。それは自分でも認めているし、私もそう思う。
例えば、資格試験のときは、仕事に身が入らなかったようだし、転職できる時期になった今も、そっちのことで精一杯だ。性格ってことも大きいのだけど、やっぱ、こういうことに慣れていないということも大きいのだろう。昨日は、履歴書の書き方、職務経歴書の書き方、何をどう書くか、そこから必死に考えて下書きをし推敲をし、ていねいに作成してた。私は過去何通も書いているけれど、下書きもせずいきなりボールペンで書いて20分くらいで終わらせるけどね←これはよくないっすね...

私はできるだけ、今の彼を支えたいと思う。
希望する職種について、やりがいがあると思える仕事をして将来につなげて欲しいし、そうやって「生きるように」生きている人と一緒にいたいから。
彼を支えるというのは、並大抵のことではない気がする。社会的経験が偏りまくっていて、考え方も偏っていて自分にも人にも世間にも厳しい。困難な期間ほど、その傾向は強くなるだろう。
でも、少しずつ、前進し続けて変わっていく彼をこれからも見ていたいとつよく思う。

そのためには、まずは私が元気で、精神的に余裕を持とうと思う。私まで、ピリピリしたりイライラするのではなく、未来は大丈夫だ、なるようになるよ、とある意味で楽観的に、そして大きく構えていたい。

「When I grew up and fell in love, I asked my sweetheart What lies ahead
Will we have a rainbows day after day, Here's my sweetheart said
Que sera, sera, Whatever will be, will be
The future's not ours to see
Que sera, sera, what will be, will be
「大人になって恋をしたときに、恋人に聴いたんだ、
”進む先には何があるの?いつでも虹がかかっているのかな?”恋人は答えた。
ケ・セラ・セラ、なるようになるよ。未来は予測できないものだけど、
ケ・セラ・セラ、なるようになるって。」
-ドリス・デイ(またはスライ&ザ・ファミリーストーン)『Que sera sera』より

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今日は大変な低気圧が襲ってくるってことで...なんかこの地域は毎週木曜日に雨で低気圧になる気がするのですが。
すでに前頭葉と目の上が重く痛い私です。昨日のストレスもあるけれど笑

そう、昨日はマジで、ストレスフルな1日だった。
まず、生理前でそれでなくてもイライラしていたのに、朝は1限から学校。学校終わったら、すぐに塾なんだけれども授業はぎりぎりになるわ、電車は遅れるわで、授業の用意もろくにできずにスタート。そしたらまたヤツ(前の人より事務処理能力皆無の室長w)が予定組みをミスったせいで、イレギュラーだらけで対応が疲れる。ほぼ毎日ミスってんな笑
やっと終わった―と思ったら、その室長からうっとおしい話をされて、イラ度マックス。だからー、まず運営と事務処理能力を何とかしてくださいまじで...って感じでした。その後で、精神論どうぞーっていうね...はい。愚痴です。

で、そんな感じでイライラしつつ塾から家に帰ろうとしていたら、チャリで来た片言の外国人男性に声をかけられた。
二つ先の駅を聞かれて、すぐに答えたのだけれども、そうしたらチャリ止めて一緒に歩いてくる。はぁ?と思って無視してたら、お姉さん名前は?何歳?ケータイ番号教えて?みたいな片言の日本語で言われた。
いや、無理だから。ってフツーに答えたのだけど、ねちっこく見てくるから、交差点でわざと、さっき教えた駅と逆方向に曲がった、私はこっちだから、あなたは駅あっちだよ、って言って、追い払って、私はコンビニへ避難。
コンビニから見ていると、その男性、チャリ止めてずっとこっち見てんのね。しかも、その駅の方角は私の家の方だし、うわぁって思ったので、例の人に迎えに来てもらいました...もう、くそ室長へのイライラは頭からとんだよね。ちょっと、久しぶりに危機感を覚えた、そんな昨日だった。

こういうふうに知らない男の人に話しかけられるのはほとんどないけれど皆無でもない。
特に、都内で働いていたときとか、少し治安の悪い街に住んでいたときはなんどかあったし、ひどいときは追いかけられて身体触られたりもした。けど、なぜかその時は昨日みたいな危機感は感じなかった。
一つには、そういうことをしてきた人は酒臭かったりして、あぁ酔っているな、と分かったり、ちゃらそうな兄ちゃんだったりするから。あとは、あからさまなキャッチだろ、ってやつだったり。
けど、昨日はそのどれでもなかった。目は酔っているわけでないし、ねちっこい。ナンパとは違うかなという感じがした。

私は昨日すぐに頭に浮かんだのは、何この人、私お金とか貴重品取られる感じ?っていうことだった。
コンビニに逃げて、少し落ち着いて考えてみたら、くたびれたスーツで私くらいの歳の女性が、金持ってるようには見えないだろ、どっちかっていうと、身体的になにかされると考えたほうが妥当だよな、と考え直した。

私は普段、自分が女性だということをほとんど意識していない。
最近は、化粧も薄いしパンツばっか、髪の毛もほったらかしがデフォ。いろいろ、終わっているなぁと思う。
お風呂に入る前も例の人の前でパンツ一枚で歩き回るし、よく考えるとそりゃだめだろ、っていう女性としてどうなの的な行動ばかりとっている。
だから、昨日みたいなことがあると、すぐに自分が女性で相手が男性!みたいな発想にならず、通り魔?スリ?金取られる?暴力?とそっち方向に頭が向く。つまり、痴漢だとか、レイプや何かされるとか、そっちの危機感が浮かばない。
そりゃあ、私はぜんぜん綺麗でないので、そう思ってしまうのも当然だけど。

でも、一応、女性だと認識されていて、そういった意味で危ないこともたまにはある、ことくらいは、思えたほうがいいのだろうな、と感じた、そんな昨日でした...つかれましたが、今日も元気に学校行って来ます。

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久しぶりになりました。変わりのない日々を過ごしていますよ。
昨日の大風と低気圧が身体にこたえて、昨夜と今日は様子がおかしい私だったけれどもなんとかやりきりましたよ。

私は、前のブログやってたときは特に、自分のことを「躁うつ(または他精神疾患)だけど、◯◯している私」みたいな感じで書くことが多かったように感じる。実際、そう思っていた自分もいる。
例えば、躁うつ「だけど」普通に働いている私、とか、躁うつ「だけど」受験がどうちゃらな私、みたいな。でもさ、よく考えてみるとそれって、精神的に自分を守るためのあまりかっこよくもない、自己満足だったんだなぁと、今なら思う。

第一、当時の仕事の場で私が何かしらの精神疾患を持っていたと知っている人はいなかった。「普通の子」っていう認識の中で、普通に認められていたわけで、そこで「だって自分は精神が...」と言わなければならない必要性は全く無かった。
受験なんてまさにそうだよね。私は社会人入試でもなんでもなく、高校生や浪人生と同じ一般入試だったわけで、私のバックグラウンドなど関係なかった。関係あるのは得点のみです、っていう世界なわけで、極端な話、個人個人の努力の度合ですら関係ないんだもんね。

だから、私は◯◯だけども頑張っています、っていう主張をブログでしていたのは、今から思うと本当に馬鹿馬鹿しかった。それは、頑張ったことを認めてもらうために言っているだけだ。成果結果はすでに認めてもらっているわけで、他はどうでもいいはずなのに、その過程で葛藤していたことや、人とは少し違う意味での努力していたことを認めてもらいたかったんだ。

今も、余裕がないときほど思ってしまう。
いやいや、だって私は「疲れやすい、気分の変動が激しい、ミスしやすい」人なんだからさ、なのに人並みにやってるんだよ頑張ってるでしょ、みたいな。
そんなとき思う。あぁ、私は「人と同じ成果」に自分だけ特別な価値を付けたいと考えているんだな、って。

同じ結果は同じ結果なんだ。
プロセスは、そこには何の関係もない。結果は人に何か作用するかもしれないけれど、そのためのプロセスは人に何も影響しない。そんなもの、人にとっては何の価値もない。だから、「こんなに努力したからできました」も、「1分でできました」も、同じ結果なら同じこと。
試験の得点も、仕事での出来も、仕事へ行けるかどうかも、学校へ行けるかどうかも、同じこと。
だから、そんなことを人に言うのは、人にいらない負荷を押し付けているのと同じだ。この結果に対して考慮してくださいってそんなの知らねぇよ、と思うもんね、私なら。

でも、プロセスは自分にとっては、大きな価値を持つものだと思う。
頑張ったっていう経験、それが実ったっていう経験、人よりも努力してもできない悔しさ、だからこそ考える効率、自分なりの人に負けないやり方、人の意見、新しいものの見え方、考え方。そういうものを、手にいれる。結果が負けであろうと、プロセスで大きく成長することはいくらでもある。そんなことは当たり前なんだ。

私の世代はなのかもしれないけれど、プロセス偏重主義的な教育(?)の成果(あ、成果でてるw)のおかげで、私達は結果がどうであれ、「でも頑張ったから!」「残念だったけどみんな頑張りました!」の考えが抜けないんだ。
だから、障害を持ったことは負であるけれど、「それでも(人並みと同レベルの成果を出すという点において)がんばっているあなたはえらいね」みたいなのがまかり通る。
だから、そこをはっきり否定されると、辛かったりする。え、普通の結果じゃん。え、結局負けてるwwみたく言われ慣れていないんだ。
プロセスは自分にとってはかけがえのないもので、それはそれで価値の高いものだ。だけど、それは、使わないままでいれば、まったく意味のない自己満足で終わりますよというものでもある。だから、人にひけらかすことに意味はなく、そのことが行動や言葉や芸術や仕事や、何か形に現れたときに初めて、他人にとっても意味のあるものとなる。

私は、多分、去年と一昨年で自分の考えがそうとう変わり、そんな価値観で凝り固まっていた過去の自分を知った。
結果や成果に、余分な自己満足の価値をつけるのではなく、そこに至る過程で手に入れたもので別の何かを作る、または結果そのものをもっとよくする、ということを考えたほうがいいことが、分かった。

そして、もっと以前の、障害がどうとか言われる前の私は、人と同レベルになれずにそれを恥ずかしいことだと思っていた私は、プロセスをひたすらかくして結果だけを提示していて強くなれた、だから今の私が存在しているのだと、思った。

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大学も始まり、2日が経ちました。今回は心理の専門科目だらけということで、毎回学科の子たちが一緒でよかった...去年の哲学・数学・英語ワークショップやらのぼっち授業は、もう終了←実は結構辛かった...
今日は学校お休みなので、冬服をクリーニングに出したり衣替えしたりな午前中でした。

はいここから少し愚痴っぽくなります笑
例の人と同居を始めてもうすぐ1年になる。今でも変わらずに、私にはこの人が確実に必要だし、好きだ。尊敬できる部分もたくさんある。
でも、一緒にいるのが苦しい、と思うことも今まで何度かあった。そして、今も少しだけ、そんな感じだ。

例の人は自分のことを、タフな人間だと思っている。確かに、逆境にも負けないし、身体が強い、という意味ではタフだ。
だけど、彼はすぐに余裕がなくなってしまう面がある。

特に、人に下に見られたり、利用された(と思い込んだ)り、自分を評価されないことが我慢ならないみたいだ。
そのようなことがあると、家でふさぎ込む。会話をしなくなるし、私が何か話してもネガティブなことや、私の話の中に出てくる人のことを否定するようなことばかり言うようになる。
そして、街で一緒に歩いたり、店に入ったりすれば、自分の基準に合わない人を見下すような発言を繰り返す。

私だって、街で、電車で、学校で、「こいつありえねー」って思うことはたくさんある。でも、そういう人たちから何か危害を加えらることは、ほぼない。こっちが勝手に相手を見て、勝手に「ばかじゃん」と思う程度だ。
だから、私は普通にスルーする。うわーまたアホがいるよ、なんてこった、くらいで、2秒後にはそんなこと忘れる(私の記憶容量に問題があるせいで、他人のことなど考えていられないとも言えるのだけど..)。そんなことを、いちいち考えていたら自分のやるべきことに支障を来すし、もっと重要なことを忘れてしまうから、スルーするのが得策なんだ。

例の人には、それができない。
そして、自分はこんな場所にいる人間ではない、という結論にいつも達する。このような人間達の中で生きていけない、もっと「上」に行かなければ、自分はそれに値する、というように考えている。

それはそれで、いいことだと思う。彼は自分でも認めるとおり、怒りを原動力にする。だから、今の自分の、自分が見下している人たちと同じ立場にいる現状が許せずに、自分に対して憤っているのだろう。でも、彼はそれを人に向けてしまう。
そして、そのようなことを話す相手は多分私しかいないので、負の感情、怒りの感情、余裕のなさを出してくる。私は鈍感人間だけれども、さすがに毎日それをされては、精神が持たない。

私は思う、非常識な人間、アホな人間、そういうやつらのバックグラウンドを私達は知らない。何があったか、その人たちの能力はどれくらいか、そんなこと知らないのだ。
だから、そもそもの能力が自分より劣っているとしたら、そのような人間に何かを求めるほうが間違っている。
そして、私は、自分よりも生活や思考力すべてにおいて能力が劣っている人間が一定数いることを知っている。努力の仕方も知らず、何で努力するかも知らず、なんで自分が今の行動をとっているかのモニターもできない人間が、たくさんいることを知っている。
でも、彼らだって彼らなりのレベルで一生懸命生きていることも、知っている。
能力が低いことは、悪ではない。能力の低さをどうにかしないで、人のせいにしたり、人に迷惑をかけることが、悪なんだ。

多分、例の人はある意味で、私よりもあたたかいのだ。
能力が低いんだなこいつは、とは思わないのだ。怒るということは、自分と同じか似たようなレベルを人に期待しているから怒るんだ。私のように、初めから違う種類の人間だと認識しているわけではないのだ。人を、そういう意味で差別しないのだ。
私は、おもいっきり差別するし、その差別が間違っているとは全く思わない。自分より明らかに能力がある人間も差別するし、ない人間も差別する。同レベルの人間か、または少し上の人間と関わるほうが、自分の精神衛生上、得だからだ。
例の人は、そうやって人を分けることをしない。まともなんだな、と思う。

そう思うと、彼の怒り、そして時間的な制約で、「上」に進めない自分にイライラしている、その気持は仕方のないものだと思う。
だけど、それは私にぶつけていいことではない。
私はそんなに余裕のある人間ではないし、人に巻き込まれやすい人間だ。自分の、現実的な問題に一つ一つ取り込むことで、精一杯なのだ。彼のように、抽象的かつ、自分の力ではどうにもできないことに対して何かを思考していることはできないんだ。ってか、自分の性質的に、無理だし笑 そういう人の心の機微はわかりませんので。
だから、そういった私には理解不能な怒りをぶつけるのは、どうかと思うんだ。
なんだけど、これは私にとっては勉強になっている。一生懸命、彼が何を言っているか解釈すること、自分には理解不能な、「怒り」とか「虚しさ」の感情に触れることは、確実に私の将来に必要。
そして、人のそのような感情に飲み込まれない訓練も必要なんだ。

私と例の人は、物事に対する対処の仕方がぜんぜん違う。現実主義で思考優位の私と(自分ではあんまそう思わないけど人に言われる...)私と、激情的で感情優位の彼。この場合、彼が私を理解できても、私が彼を理解することは難しい気がする。
最近は、私も彼との生活に慣れたので、彼が感情的になっているときはそっとしておいている。今、ちょうどいろんな意味で我慢が必要な時期の彼を少しでも支えようと、家事などの負担を極力かけないように、とかはしている。
言語で人に影響を及ぼすことが全くできない(ってか普通のコミュニケーションすら下手)な私にできることは、少しでもその人の感情を捉え、必要そうな行動を、さり気なくとるだけだ。

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朝早くの更新。
今日は昼前から夕方にかけて、悲惨な勢いで気圧が下がるので大変なことになりそうです。私だけではなく、普通の健康な人でさえ、気圧の変化には大変影響を受けるということで、きっと今日はどよんとした人が多いことでしょう。

今日から学校。3年生になったにもかかわらず、1限始まりが週に2日もあるという、意味不明な履修になってしまった。国家資格のためには仕方ないけれどね。周りの、院に行かない人はあまり授業を取っていなそうなので、ぼっちになる予感。頑張んなきゃね。今日も1限から行って来ます...

最近、自分の性質について、考える機会が増えた。私は発達障害ということなので、結局何に困っているか、どんな行動がおかしいのか、自分で漠然と感じるだけでなく、ちゃんと意識しなければ、と思ったから。
まずは、ミスについて。
最近、例の人によく指摘されることには、私はよく、トイレの水を流すのを忘れるということだ。トイレから出ると、手を洗わなきゃという頭でいっぱいになり、水を流すのを忘れる。これは、かなり日常茶飯事で、小さいころから高校生くらいまでは、学校でもしょっちゅう忘れていた。次に入る友達に指摘されて、気がつくという程度。

他は、予定の管理が不得意なこと。しょっちゅう、ダブルブッキングしてしまう。バイトのシフトを出してから、出勤にしている日に他の予定を入れてしまうことが何度もあった。
後は、人の話や指示を聴いていないこと。厳密には聞いているつもりなのだけど、すぐに頭から飛ぶ。多分、私の場合は聞いているのではなく、「聞こえている」ということなんだろうな、と思う。

そして、一番ひどいのは、何かをやっている最中に他のことを始めると、最初にやっていた何かを忘れ、他のことに気をとられるということ。
よくやるのは、何かをやっていて、その最中に何か必要なものを取りにいくと、その段階で取りにきたはずのものを忘れてしまう。例えば塾で、教えている最中に「あの問題集も使おう」と思って一旦問題がある棚に向かったら最後、棚の前で固まる。あれ、私何をとりにきたんだっけ、となる。

もう一つ、日常生活というか、コミュニケーションの場で困ること。それは、さっき聞いたことを、すぐに忘れてしまうこと。話を聞いた3秒後には、その人が何を言っていたか、忘れてしまうことがある。ちゃんと聴いていて、聞いたときには理解したと思うのだけども、その数秒後には忘れる。特に、何かしながら話を聴いていたり、書きながらメモをとったりすることが苦手なんだ。あれ、なんだっけなんだっけ、となる。

...つまり、ワーキングメモリの容量が非常に少ない、ということになる。何かやりながら、覚えている、ということが難しいんだ。
ただし、スピード暗算とかは得意なので、すべてにおいてできない、というわけではない。なんだけど、私はドラマや映画の内容が、1回みただけではどうしても理解できないことが多い。話が進むにつれて、あれこの人だれ、何の人だっけ、となるという、最悪な事態がよく起こる。小説を読むときもそうだ。

そういった自分の性質に気がついたので、対処はしている。
まずは、「見直す」こと。トイレなら、流したことを確認するために、一度振り返る。
何かの干渉が途中に入る場合には、最初に覚えなければならなかったことをメモに残しておく。
映像なら巻き戻す、本なら大切そうな部分に付箋をはさんでおいて、そこを読み返す。

ってことで、私は今、予定をダブルで管理している。PCとスマホで同じ内容が記録されるようなツールを使い、予定が入る度にスマホでメモ。それを、毎朝PCで確認する。
それらが使えないときの場合に、同じことを手帳に書いておく。どこに書いたっけ、とならないように、使うツールはかならず決めておく。
買い物の前に、かならずリストを作成する。
何かを取りに行くときは、つぶやきながら行く。「中3数学◯◯テキスト...」とかつぶやきながら、棚まで行く、とかね。

そんな感じのことをしているうちに、少しずつ、忘れが減った。
できないことは、認めた上で、少しでも改善するための方法を編み出すことが、私には必要らしい。

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気圧ダダ下がりでヤバイ感じになっている私です。
頭の重さにだるさに、めまいたちくらみ等々、悲惨なことになるね。今日から明日にかけてと、今週の木曜日の昼間が大変なことになっていると「頭痛ーる」が言っているので、心して臨まなければならないと覚悟を決めています。

あっというまに、4月。
ということで、恒例、半年に1回の自己紹介でございます。

26歳の女です。1989年生まれ、つまり平成元年生まれ。
ブログ村では、双極性障害とPTSDのカテに入っていますが、病歴はそれだけではなく複雑。
こんな感じになっています↓(今日の昼間、電車の中で書きだしてみたメモのコピペw)

2008年9月、18歳、適応障害(2010年治療終了)
2009年9月、19歳、摂食障害(2010年治療終了)
2011年6月、21歳、双極性障害2型(治療継続中)
2013年2月、23歳、境界性人格障害(2014年には診断書から消える)
2014年7月、24歳、広汎性発達障害(治療継続中)
2014年10月、25歳、PTSD(治療継続中)
2016年2月、広汎性発達障害→ADHDに変更

うーん、はぁ、精神的な病気のデパートですね、って感じ。この他、他の医師に不安障害と言われたこともあるし、高校のころは起立性調節障害だったし、ということも合わせるともう書くのがめんどくなるので、やめます。

現在は、双極性障害とADHD、PTSDと診断されていて、薬を服薬し、カウンセリングも行っている。
薬は左の自己紹介欄にもあるとおり、デパケン・ラミクタール・ストラテラ。副作用が出やすい体質らしく、量はあまり飲めないのだけど、自分としては効いている感じはある。
自分では、正直、双極性障害という実感はない。躁もうつもゆるいというか、そんなエピソードはないと、思ってるわけで。
入院歴、約12回、13回かな?もう自分でも思い出せない。そのほとんどが、ヌマ病院(8年間かかっている病院)の閉鎖病棟に医療保護入院というね、自慢にもなんにもならない入院になっています。

今年の4月、大学3年生に進級しました。
某私立大学の文学部心理学科に所属していて、認知心理学を中心に学習しています。
塾の講師のバイト、2つかけ持って、数学を教えてる。基本的に、大学やバイト先には精神のことは言っていないです。入院で休んでしまうときは、たいてい最初にICU行きになっているわけで、今のところ、「倒れた」って言っとけばあとは何とかなっている←。他の20代前半の現役大学生に比べて「身体が弱い」という認識がなされているため、私にそこまでの不利益はなく、今は本当に助かっています。

2014年度は、合計で150日以上入院していたのに対し、昨年度は合計で45日ほどしか入院しなくて済んでいます。しかも、そのうちの30日は、形成外科への計画的な入院だったので、精神が理由ではないの。すばらしいね。
前回の10月の自己紹介から今までに、大学病院に8日(ODでICUからの一般にて拘束)、ヌマに任意7日、入院しています。最後のODは、去年の11月なのでもうすぐODなし半年記念。すばらしいね。

去年の5月から、8歳年上の男性と一緒に住んでいます。ブログの中では「例の人」。
ODなし入院なしになってきたのは、この人のおかげだと思っている。

その他、今に至るまでの出来事は、自己紹介の1〜4にだいたい書いたような気がするので、もういいか。
では、これからもよろしくお願い致します。

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