Take it EZ! セカンドダンジョン

くっそ寒いっすね...今日は学校と塾でございます。
やっぱ、やることを全部ゆったりペースにしてからは過ごしやすくなった。今までは忙しくしすぎたんだなぁと反省。
にもかかわらずですね、昨日も今朝も、身体の動きが上手くいかなくて嫌な感じは続いているけれど。昨日はバイトで水ぶちまけるし、今朝は卵変なところで割ってしまうし...身体がガチガチになっていて、自分のものではないような違和感がある、服薬もちゃんとしてるのにね、なんなんだろうね。

今、学校の心理の実験演習で、グループワークをやってる。実験を自分たちでデザインして分析する練習なのだけど、結構たいへんで。5人グループなのだけど、やっぱ、みんなの能力とかやる気にばらつきがあったりする気がして共同作業は難しい。私はそういうの、苦手だからね。
とは言え、私は発言が多いほうなので、やるべき準備の割り振りとかやるべきことをまとめて今何しよう!みたいなことをみんなに言う機会が多くあった。私は、そういうのを皆に言うならば、自分がまずしっかりやるべきを行うことだと、基本的に思っている。だから、一歩先を見なきゃなぁなんて、思ってた。

月曜日、グループのある女の子とたまたま一緒に帰る機会があって、そのときに実験の話をしていた。で、以外とこの準備は大変だ、ということになったので、次の日のその授業の前の時間に2人で少し見なおそうか、という話になった。他の班員にも言うべきかなと思ったけれど、前日だしそれはどうなんだろう、と思って連絡しなかった。
次の日、行きの電車で座ろうとしたら、たまたま(これすごい偶然)グループの男子の1人が座ろうとした隣の席にいたw
その子とは1年のころからよく話していたので、結構思っていることを言えるし向こうも言ってくる。そのときに、今から少しグループのあの子と2人で準備しとくよ、と言った、そしたら「早く言ってよ」と言われたんだ。

よく聴いたら、その男の子的には「やらなきゃ罪悪感が残るし、割り振りは平等にやるべきだ」という考えがあるらしかった。そして、その子はメンバーの特徴をちゃんと掴んでいて、あの子はこういうのが得意だからこうすればいいのでは?という的確なことを言っていた。
そこで、私はあぁそうか、と気がついた。私は、結局自分自分で、上手くことが終わればそれでいいや、って考えだったのであまり分担を考えてなかった。やれる人がやればよくて、発言しない人はやれって言ったことやってりゃいっかぁみたいな笑
でも、一昨日それを聴いて考えなおした。
共同って、メンバー信頼して任せることもその中にはいってるんだな、と思った。なので、その後の授業では各人と話し手やることを平等にしたり、昨日はラインや掲示板で進捗を確認して期限を決めてUPするように了承を得て、行った。
めんどくさいけれど、速かった。

例の人は、私を効率主義能力主義で人を切る、と言う。私も、自分でそう思うけれど、人と人との間を調整する力は欠落しているので、こういうことは事実、苦になっている。
本当は、リーダーシップを取ってもらって、その人について2番手で行動するのが私らしいと思う。理由は、例の人風に言うと、「ケツをもちたくないから」。つまり、リーダーになって、誰かに失敗されたときにその人と共に代表で責任を取るってことを回避したいんだ。そして、各人への配慮はめんどうだし、私には上手くできないからしたくない笑

2年生で暫定ゼミは終わり、こういったグループは終わって3年からはゼミだけど、基本的に周りに人はいるけれど自分のみで行う。それでも、共同することはまだまだ続く。今の立ち位置的に、一応だけど少しは人をつなぐことをしなければならないことも続くと思う。
小ストレスではあるけれど、訓練だと思ってがんばろう...
やはり集団は得意ではないけれど、今の学科だったらなんとか、がんばれそうだし。

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調子調子、って言うのは嫌いだし、少しのことで「体調悪いから〜」とか言うの嫌いだけど、調子があまり出ない私ですw
昨日は朝バイトでありえないミスを連発して学校でもあまりパフォーマンスがよくなく、そんな自分にがっかりした。今日はバイトじゃ大丈夫だったけど、帰ってきてからコーヒーぶちまけたりいろいろ家の中でものにぶつかったり、まぁ誰も見てないし誰にも迷惑かけないんだけれど、凹むことばっかしてる。これから学校ですが何やらかすか怖いですええ。

私は自分が躁うつだとはっきり自覚してないけど←病歴5年目ですが)、この毎日のパフォーマンスのブレは、あまり一般的ではないのかな、と昨日始めて思った(遅っ)。
ファミレスのバイトはかなりのルーティンワークで、しかも私はモーニングなので不測の自体はほぼ発生しない、なのに、いつもやっていることのスピードやミスが、ぜんぜん違うんだ。そして、朝起きて少し動いた時点で「今日はやばそう」とか、実は分かるんだ。

例えば、昨日はとにかく手が震えそうになるし身体もガッチガチな状態でいろいろ落とすとか、頭もフリーズしてて、人が何か言った音声は分かるのだけど意味をとるのに時間がかかったりとか聞き間違えたりとか。今日も物体と自分の距離感をはかることができなくていろんな場所にぶつかったり(家の中で)コーヒーカップにぶつかってこぼしたり(家の中でw)、ひどすぎる。
そして、スピードや頭の回転が、本当にぜんぜん違う。例えば今日塾のバイトだったら中3の相似、絶対教えられないだろ、ってくらいの回転の遅さ。

疲れているのか、歳なのか(アラサーなんです)、不安になって昨日の夜例の人に、あなたはミスして凹むのか、と聴いたら、当たり前だよ、と言ってた。けれど、私の日々のブレは人よりも大きいね、とも言う。
最近は、いろんなことを30%オフくらいでやることにしているのだけど、そもそも日々の100%自体がブレブレなので、均一に力を出すことは難しい。
調子のよさげな日は70%でできることが、おかしな日は120%でもできなかったりするのだ。わかんないけど、これって躁うつあるあるなのかな、私が今まで感じてなかっただけで。

とは言え、学校はこれから忙しくなるし、バイトもできるだけちゃんとやりたい。だから、ここで使う手は、「反省は3秒」ですね。自分の根幹にかかわらないような些細なことは3秒落ち込んで反省して終わり、っていうね。
ってことで、行ってきます、大学周辺は厳戒体制かしら。

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3年次からの学科のゼミも決まり、2年次の実験ゼミ・質問紙ゼミも忙しくなってきた。私らの学科は犯罪・社会心理学で有名でその学科に生徒が集中したらしく、私が希望した言語・音声に関わる心理学はほとんど人が居なくて寂しかったけれど、希望通りになったのは嬉しい。ただ、このゼミに行く以上英語のレベルはかなりあげなくてはならない(先生がずっとアメリカの大学で研究してきた人だから読む論文が英語w)し、統計が重要になってくるしってことで、やるべきはたくさんあるね。

退院してから10日以上が経った。荒れに荒れた1ヶ月半もようやく収束して今は落ち着いてる。学校は先週から休みなく行けている、今週は毎日バイトにも行けた。今思うと、家で音楽を聴けるというのは私と例の人の精神状態の指標になってるのかなと思う。夜にゆっくり音楽をかけられているときは、精神が落ち着いているとき。逆に、それがないときはつかれているときなのかもしれない、と気がついた。

今週から、バイトのやり方を変えてみた。
塾のバイトを半分にし、朝のバイトも時間を少しだけ減らした。収入は3分の2くらいになってしまうけれど、まずは身体を優先しなければならないのでこれで仕方ないと思う。ってか、よくよく考えてみると塾の準備かたづけの拘束時間を含めた時給を計算するとファミレスより安いどころか日によっては東京の最低賃金割ってますから、って感じでむかついているけれどそれは今どうでもいいや、いつか何とかしてやる。脱線。

例の人と暮らし始めて半年になる。もう、彼は所持品をほとんどこちらに移したし、生活の拠点も完全にこちらになったので同棲と捉えていいくらいだ。そうなると、お互いの経済事情も見えてきたりする。
私も彼も、ほとんど余裕はない。私は今の貯金では、4年生の後期分の学費が少し足りない。生活費と家賃やネットケータイなどの一部は奨学金と親から頂いてるお金でやりくりしているけど、それでも余裕はない。だから、バイトはやめられない。
例の人は多分私よりももっと厳しい。事情があって先月くらいまでは月々に支払うべきがあったから貯金が難しかったこと、そしてやはり今の仕事の賃金が安いことが響いてるのだと思う。そんな中で仕送りをし、2人分の食費を負担してくれているのだから彼もかつかつだ。ただ、彼は今までは現在とは比較にならないほどの切迫した生活を送っていたそうなので不満を言うことはせずに努力を続けている。

私はとにかくあと2年数ヶ月は大学をがんばりたいので、しっかりとした収入は見込めない。院へは直接いけないだろうなという予想はあるけれど、学位を取った1年後を目標に行きたいとは考えている。
例の人は、今の仕事をしながら次のための準備をしている。彼は、私以上に一般にそまれない人なので、会社勤めや組織内で働くことは難しいと思う、だからきっと彼は何か自分で始めるだろう、今家で行っていることから、だいたい何をしたいのかは予想がつくけれどその辺の話はあまりしない。私らは、そういう点ではお互いかなり自由にやっていると思う。彼も私が大学で何をしているか、結果、将来何をしたいか、はっきりとは知らないと思う。けれどお互いに、後数年は金銭的に苦しい時期は続くんだろうなということはわかっている。

そういうわけで、節約というか、無駄なものを省いた生活をしている。
ただし、食費は削りすぎず自分たちの満足の行くものを食べること、月に一回はおいしいものを食べに行ってゆっくりすること、などはしたいねと話す。そして今はそれができていると思う。
生活は楽ではないけれど、精神が安定していれば、荒むことなくしっかりを前を向いていられる。今の私達の関係は、利害関係などではない大切なもので成り立っているのだな、と実感する。いつまでも続くといい。

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今日は完全にPTSDの話になるので躁うつは関係ありませんはい(←いつも関係ないことばっか書いてるだろお前という有り難いご意見は無用w)。9時に家を出て今日は学校塾ですが、間に合うかしら。

持続エクスポージャー、この説明が一番簡単で分かりやすかった、武蔵野大学心理臨床センターのものですが。
すっごく簡単に説明する。PTSDってのはトラウマ体験の記憶がいつまでも続いてしまい、それによって日常生活に影響をきたすほどの感情の乱れが発生することだと、私は認識している。で、多くの場合、その感情の記憶を思い出さないために様々な手を使って(無意識に)自分が記憶によって傷つくのを回避する。例えば、解離すること、その時の記憶を健忘すること、そして私のように、忙しさや他のことにかまけることで思い出すことをしないようにすること、など。もちろん、時間とともに自然に忘れるとか、時間とともに「あぁあれは過去の出来事であり、今の自分を傷つけることではない」という健全な認識ができるようになったりもする。例えば、子供のころに犬に噛まれたとして、でもそれは、他の犬とふれあうことにより、「犬がすべて恐ろしいわけではない」という認知が正常に戻る。だけど、一部の人はその認知ができない、それに対する傷が深すぎて、回避を続け、認知が戻らないから。

持続エクスポージャーというのは、今書いた、「あれは過去の出来事であり、今の自分を傷つけるものではない」ということを自分に起こった出来事(感情)にもう一度直面し対峙することにより認知の仕方を健全な方向に持っていく、という両方。論理私も理解しきれていないけれど、そのセッションで何をするかは理解している。何を目的とし、どういうことをし、自分にどのような利益不利益があるかを理解する過程、記憶を何度も何度も治療者向かって話す過程、それを録音したものを家で何度も聞き、自分に理解させる過程、そして、自分が回避するために避けている現実の課題に向き合うために、避けていたことをあえてする過程。きつい療法であり、ある意味で、注意して行わないと精神的な負担がかなり大きくなる療法だ。.... て私は臨床専門の学科ではなく基礎心理なので、これは自分のために本で読んだ+カウンセラーさんからの受け売りだけどw

私のPTSDは、YからのDV。その詳細は今はおいておいて、私がこのことから始まった自殺未遂やさまざまな(無意識の)恐怖はそこから来ていると指摘されたのは去年の10月。それまでは、「終わったこと」だと認識していた。私が病院で2年間かかっているカウンセラーさんは、たまたまDVの専門家だった。私が自分の経歴をちらっと話す中で笑いながら暴力の話をしたときに、それはおかしい、確実にその裏に、今の私の症状に対するなにかがある、と気がついてくれた、確かに自分の自殺未遂が始まったのはYの件が終わり、夜逃げをした後からだったので。
だけど、その後は例の人事件や未遂のせいで、PTSDに対する治療の話をする余裕がなくなった。
今年の夏、比較的落ち着いていた時期にエクスポージャーの話が出、それの「教育」として本を読んだ(本来は治療者の説明とともに治療の一部として共ににやるものであるが、時間と私が心理の学生ということもあり、そこは早くできた)。

だけど、その時はその治療に対してかなり逡巡し、結果、先延ばしになった、その後のOD。
そして、例の人との不和が始まった。私は例の人に対して、もちろんとても大切で愛しているけれども同時に最近恐怖を覚えるようになってしまっていた。私に対する精神的な沈黙や態度が怖くて仕方がなかった、だけど考えてみると、一昨年実家に住んでいたときや父と母と一緒にいる場合にも、男性であるアニと父におなじような恐怖を抱いていたことを思い出した。
最悪、例の人が精神的に追い詰められているときには家に帰るのが怖くて泣きながら帰ることもあったし、家族で車に乗るのが怖い(父とアニは何考えてるかわからないほど寡黙な人間なのでw)とおもったこともある。そして、他の男性には感じないことからすると、自分に関係のある大切な人の不機嫌さに対してかなりの恐怖があるという結論になった。正直、ODには例の人の態度のこともないとは言い切れない(2%くらいね)。
なのに、私はエクスポージャーが嫌だった。理由は一つ、Yは例の人のドラッグの客(彼は元店をやっていて売っている側だった)だったし、例の人と知り合ったのはYのせいだし、Yのことは私の次に例の人がよく知っているから。家でのリピートの時に、例の人も聞いてしまう。それが、怖かった。

昨日、例の人には仕事を休んでもらい、カウンセリングを共に受けてもらった。
例の人もものすごいトラウマを抱えているが、彼は自分の力で向き合うことができていて、精神医療に対しては否定的だしシステマティックな治療に関しては理解していない。もちろん私も完全に信じているわけではない、それぞれの人のやり方で乗り越えれば良いと思っているが、システマティックにやることはこれからの臨床には必要だと感じているし、もしかしたら私も将来関わる分野かもしれないので否定するわけはない。
でも、私は今彼といることで少しの傷が生じることを伝えなければならなかった、そしてそれは彼のせいではなく、私の認知が歪んでいるということも伝えるべきだった。

だけど、それには第三者が必要だった。彼が心と思考を閉ざしてしまうならば、専門家の方にはいってもらい、風穴を開るべきだと感じたから。
すごく不安で否定されるのが怖かった、でも、例の人はそこで言ってくれた。自分は自分の力で対峙できる、それくらいの力は持たなければ生きれないと思っている、でも彼女(私)は健忘することで回避していて、それにより苦しむならば、システマティックな治療は受けるべきかもしれない、そして自分は見守る、という趣旨を、伝えてくれた。

だから私は、学業が休みになるこをを見計らって、この治療を受けることにする。
自分のため、そして大切な人のことで自己嫌悪に陥らないため、大切な人を心から信頼できるようになるために。

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昨日から月一が始まり、今回に限って高校の時以来の痛みです...高校のころは痛すぎて毎月電車でぶっ倒れ寸前って感じだったけれど、今回もそんな感じ。私は18〜20歳前半まで摂食障害で、161cmで34kgだったことがあって、1年半くらい生理が来なかった。それまでは始まると同時にどうしようもない痛みがあったけれど、生理が止まって再開してからは痛みはかなり軽減した、変わりに始まる前のイラつきと情緒不安定は増したけど。

で、昨日の夜はマジ痛くて痛みで夜中に何度も起きた。不思議なことに、トイレに行っても痛みが軽減するわけでもないし胃腸がおかしいわけでもないのに、お腹がいたい=トイレにいけばなんとかなる、みたいなわけわかんない思考回路のせいで、トイレに駆け込むことを繰り返していた。まったく意味がないんだけどねw結局、ロブ飲んでフリース着込んで、寝たけど。朝になったら少しは治っていてバイト行けてよかった。マジ、生理休暇(今もあるのかな?)の意味がよく分かるね。

そんなことで、摂食障害だったころのことを思い出したので、今日はそれについて書こうかな的な。的な。的な。

私の摂食障害がはじまったのは、18歳で1人で福岡に住んでいたときのこと。そのときは大学1年生だったのだけど、初めての1人ぐらしでお金の使い方がとても下手だった。食費は削らなければならない、というわけのわかんない観念があり、そして、高校でやってた陸上の長距離をやめたこともあり気をつけなければすぐに太る!っていう思いもあり、過激な(?)生活を始めた。
1日1食を貫くこと。そして、その1食は菓子パンとか、とにかくカロリーはあるけれど安いものでお腹を満たすこと。そうすることで、太らない+お金を使わないで済む、という計画だった。2ヶ月で身体を壊した。49kgだったのが、一気に42kgに減った、そして動悸、息切れ、疲れ、情緒不安定がはじまり、学校に行けなくなった。同時に、過食が少しずつ始まった。夜中にコンビニのお弁当を4個、お菓子、お酒...余計に情緒不安定になり、退学して実家に戻った。

それから半年は過食(非嘔吐)を1日して3日拒食状態にする、という生活だった。過食は家にあるものや、自分でコンビニから買ってきたりしていた。ひどいときは、スパゲティを茹でずに乾麺のまま食べた。
その後の半年は完全な拒食。多分、1日に500kcal取っていれば良い方だったと思う。茹でた葉物野菜とフルーツしか食べなかった、半年で、42kgの体重は34kgまで減った。そんななかで、専門学校に行っていたのだけどこれもその摂食障害が響き情緒不安定+体力のひどい減退で、辞めた。
辞めたと同時に、ものすごい過食がはじまった。
ひどいときは、ファミレスやファストフード店をはしごし、チョコレートを何枚も食べ、1日に3日分以上は入れていた、それを毎日。しかも非嘔吐。だから、1ヶ月半くらいで20kg太った。この時点で、161cm56kgだった。標準体重だ、別に今なら気にしないと思う、だけどその時は許せなかった、そして、餓鬼のように胃にものを入れ続ける自分が汚いと感じ、ひどい自己嫌悪に毎日陥っていた。

そのころ、20歳になるかならないかのとき、同時によくわからない「抑うつ」「不安」症状が出始めた。1人でこもる、というよりは、頭がおかしくなって、例えば外でセミが鳴いていればその真似をいつまでもしていたり、親の仕事先に電話しまくったり、そういうことをした。主治医は、このままでは狂う、と言い、入院を勧められた。
20歳になったばかりのころ、初めて精神科(開放病棟)に入院した。入院1日目で、過食も拒食もなくなった。

入院は新鮮だった。それまでほとんど人と話す機会がなかった私が、様々なバックグラウンドと病状を持つ人と話し、遊び、たまに頼りにされ、人間関係を築いてた。不思議と、食事についての緊張したイメージはなくなり、朝・昼・夜にご飯を皆で食べることが普通のことだと認識できるようになり、病院食をきちんと食べれた。
退院後は、やはり月に2回ほどは過食はあった、けれども、前よりは「あ、過食してる」くらいの思いしかなく、次の日からはいつもの食事に戻ることができるようになった。

それから先、Yとの生死を賭けた(笑)生活や、かつかつの仕事で一生懸命になりすぎて、食に対する興味そのものが失われた。昼はカップラーメンでも菓子パンでもカロリーメートでもなんでもよかったし、朝は食べなかったし、夜はYの手前、食べることなど二の次になった。1人になってからは、夜の主食はブランデーになった。

受験期に実家に戻ってからは、今度は勉強のことで頭がいっぱいになり、食事に関して考えること自体が面倒くさくなり、おかんが作ってくれたものを食べるだけ、という感じになった。
そんなんだったけれども、20歳以降はほとんど49〜50kgで変動しなかった気がする。というか、体重に対する興味そのものがなくなったので、健康診断等でしか測らなかったけれどね笑

そして今。
私は自分にとって、今までで最適な「食」をしている。体重こそどうなっているか知らないけれども、今は満足できる食生活を送っている、そして、何を食べようかなと毎日楽しみに考えることができている。たまには贅沢もするし、めんどくさかったらそのへんの惣菜で済ますこともある、だけども今までになく、「おいしく」そして「身体の欲するものを」食べられている気がする。
今週は食欲がすごかった。私は食欲のままに食べた。でも、過食のときとは明らかに心持ちが違う。食べることに罪悪感を覚えることはなく、逆に満足感を得る、そして、満足を得れば自然に食べ過ぎは止まる。それが実感できている。

私は適応障害から始まり、うつ病、摂食障害、双極性障害、境界性人格障害、解離性障害、PTSD、発達障害、いろいろ言われてきた。どこまでその症状が当てはまるかはわからないし、疑わしいものはたくさんある。でも、摂食障害だけは、自覚できたし今でもあれは明らかに、食の異常であったと思えている。そして、一番、ダントツで、苦しかったのは18〜20歳のころの摂食障害だった。
太るのは悪、だらしがない、食べるのは見苦しい。痩せること、「食べない」ストイックさこそが美しいと、なぜかそんなふうに思えてしまっていた。今は思える。まぁ食生活の荒れすぎでぶくぶくの人は別として、適正体重の範囲であればその人の印象を決定するのは決してスタイルの良し悪しでなく、全体から受けるパワーとか余裕さだってこと。そして、それは飢餓状態では出てこない。
私は基本的に身体と精神は分離していると考えているけれど、脳は身体の一部であることからすると、食べるもので精神状態が影響されることは間違いのないことのようにも思う。だから、私はダイエットも長生きも興味がないけれど、精神の安定(と肌の安定w)のために、食を大切にしようと思うんだ。

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もう11月半ば。1年が早過ぎるように感じる、って話を例の人としてた。去年の今日、例の人から手紙が来た、ってことを私ははっきり覚えている。去年のその手紙を読み返しても、この1年は彼も私もとても変化した年だったってことが分かる。そんな最近。

今日は朝バイト復帰。復帰そうそう、くっそ忙しかったっていうね、午前中はがんばりました。で、帰ってきて昼寝して、夜はおいしいもの食べに行き、満足するまで食べ(←生理前だから許すw)、例の人送って帰ってきた。
ここ1ヶ月、例の人は「休み」がなかった。仕事が休みってことはあるのだけど、休みの日も私につきっきりだったり病院の付き添いや入院中の様々なこと、各種連絡などまでやってもらってしまった。だから、やっと安定してきた今日、例の人がゆっくりできたならそれでよい。

昨日の夜、私はなぜかものすごいうつ症状に襲われた。朝からパリのニュースをずっと追っかけてたのもあるし、塾の復帰の話し合いについて悩んでいたこと(結果思い通りになったけど)、月曜からの疲れがでたこと、そして生理前の情緒不安定が重なった結果かなと思う、そしてもちろん躁うつのうつ症状。
夜、夕食を作って例の人を待っていて、そのうちだんだん鬱がきた。早く帰ってきて早く早く、って思いと、依存はよくないという思いと、でも1人ではどうしようもない思いが相まってわけわかんなくなった。帰ってきて、ご飯をゆっくり食べたことで落ち着いたけれど、寝る前にまた悪化。とにかく、なにもしたくないし動きたくもない、でも横になってもまったく眠れない、そしていたたまれないどうしようもない心持ち。こうなると、もう対処のしようがないことは自分がとてもよくわかっている。この感覚は18歳のころからずっとあったので慣れている、対処はできないんだけどね。

で、おとなしく荒れた。寝転がりながら、例の人に向かって「元気な私は死にました、鬱になりました」と何回か宣言して、うーとかわーとかずっと喚いていた。甘えですねハイ。例の人は、生理前だもんね情緒不安定ね、という感じで見事にスルー、夜の薬と眠剤を少し飲もう、と言われたのでその通りにして、結局7時間くらい寝て、起きたら少し回復していてバイトに行けた。本当、自分クズだわぁと思ったけれど、結果的には夜の1時間だけ荒れただけで復活できているのは有り難いことだとも思う。

明日からは、学校にバイトにしっかり復帰。もちろん、自分の体力精神力が以前よりもずっと衰えていることは自覚しなければならないので、それぞれ無理しないような予定にはしてある。今年もあと1ヶ月半、去年のように1人で最低な気分ですごした年末年始でなく、安心して過ごせることを目標に、自分の力を正当に評価しつつがんばろうと思った。

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今週も今日を乗り切れば明日は休み、ではなく明日朝はバイト復帰です、そろそろお金ヤバイから働きますよええ。

昨日はよろしくない1日だった。
ストレスがわーっと押し寄せてくるのがよく分かって、でもそのストレスはほとんど自己嫌悪からくるものでどうしようもなく、イライラし続けてしまった。

自己嫌悪の発端は、学校の実験の暫定ゼミの班活動だったのだけど。私らの班は、みんなやるべきことをきちっとやってくるし協力してまとめることもできているし、集まりもいいので私にはなんの不満もない。でも、いざ集まると、私はしゃべりすぎてしまったり、意見を言わない人に少しきつめに問うたりしてしまう感じがある。これは、今に始まったことではなく、かなり小さいころからそうだったけど、やはりそんな自分に気がつく度に自分が嫌になる。
私は何かを皆でやらねばならない時、嫌われないように、って気をつけるのではなく、今みなでやるべきことがあるならば、それをいかに効率的に良い筋道でやるかを考え始めてしまい、先走ってしまう癖がある。その時に、私は、いつまでも同じ所を回っているような議論をしている人を見るととてもイライラするし、自分の意見を言わずにきょどっている人を見るとはやくしろよ、となってしまう、そして態度に出る。
まずいよなぁ、といつも後で反省するのだけど、自分に余裕がないときには特にこういうことをしてしまう、人の気持ちを考えられないし、もっとゆっくりやればよりよいものができるかもしれないのに、効率ばかり考えてしまう。余裕を持った人間には、私はなれないのではないかという恐怖があり、それが自分に対するイライラに変わる。
そんな、一朝一夕には解決しないようなことで1人で悩み勝手に絶望(夜になって例の人の意見を聞いてだいぶ立ち直ったけどw)。

で、昨日は生理前ということもあり、食に走ったw
サイゼでグリーンピース温玉2個の昼食、帰ってきてさけるチーズとまたゆでたまご2個、シュークリーム、チーズ。
こんだけ食べて、夜も例の人に作ったものと同じ量をがっつり、しかもデザートのソフトクリームつきw

けど、これだけ食べたら満足して、夜は気持ちよく寝れた、ホント単純過ぎる私。今日の朝はあまりお腹がすかず、少なめの朝ごはんにすると、例の人には「シンプルな考え方だね」と言われたが、本音は「本当単純だね」だろうなと思った。
言い訳すると、この食欲には理由がある。
入院中の最初7日間は、多分、栄養失調気味だったw
ICUにいた2日半はそもそも食事ないので、その時点で痩せる。一般病棟に上がってからの食事内容はひどすぎてお話になりませんええ。私はお米やパンを食べないので、ぜんぜん足りないし満たされない。だけども、一日中ベッドに拘束されているわけでお腹もすかないので、食べなくても平気だし、そもそも歩くことがほぼないので、食べないことの弊害がわからなくなってた。

いざ、月曜日にヌマに行こうとして活動して、あ、コレヤバイ、と危機を感じ、その日の昼はでかいハンバーグをがっつり食べ、その次の日も外出でサイゼに行きハンバーグをガッツリ食べ、退院したらその足ですぐに肉を食べw
それでも足りず、一昨日と昨日はさけるチーズにはまりまくり、1日3本食べるという暴挙に出、夜も例の人と肉を2パック買って一晩で食べ、っていうね、シンプルな(=単純な)、身体に正直な生活を送った。
服薬もきちんと復活させたので、精神的な不安定さはまだ残るけれどもだいぶ日常になじめるくらいの心身の力が戻ってきたと思う。

ということで、今日は土曜にもかかわらずですが学校へ行き、塾へこれからへの話し合いもしくは退職手続き笑をしてくる。
ちゃんと食べて、寝て、そしてあまり自分のだめなところばかりを責めず余裕の心持ちで生きていきたいと思った。

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まったく「頑張ってない」日が続いております笑
7月や9月下旬のあの動きはどこへ行ったのかというほど、何もしてない。まぁ退院して2日目しか経ってないけれど。

一昨日は退院後学校行って遅れを取り戻す作業を3時間程度。
昨日は学校3時限分と、その前に実験のレジュメを作成したり原稿を用意したりしに行ったので、だいたい6〜7時間は学校。
今日は2時限+班の活動、ってことで今から行きます。

今までだったらこれ終わったあとは塾。でなきゃ、始まる前に朝バイトがあったのに今はない。なのに、帰ってきたら今までと同じレベルで疲れる。本当、体力や気力のない自分に嫌気がさす。確かに、今まで、特に7月や9月下旬から10月にかけては120%くらいでやっていた。あきらかなオーバーワークだったことは認める。だけど、それくらいにやらなければ私は人並にできないという思い込みが激しく、しかもそれくらいにやらなければ成長しないという思いもあった、だから無理でもやってた。

去年の6月に今通ってるヌマ病院の系列に入院した。そのとき、そこで私の主治医となった人は私を見始めて3日めくらいで言った。
あなたは、いつも100%以上の力でやろうとしてるかもしれないけれど、あなたのレベルならば多分60%でやろうが100%でやろうが、そこら辺の人は気がつかないよ。誰も手を抜いているとは思わない。もちろん、60%だな、って見抜く人もいるだろうけれどその人たちはあなたをよく見ている人だろうし、もしその人たちに認められたいならその人たちにたいしてだけ100%だっていいのではないか。だいたい6割、たまに100%、それは決して悪いことではないし、あなたが思っているより世の中の評価はテキトウだったり曖昧だったりするんだ。

なんだそりゃ、と思ったけれど、今思うとその通りだろうしその生き方くらいでちょうどいいのかもしれないなと思った。
私はどちらのバイト先でも「仕事だから!」って理由でほぼ全力出していた。学校は自分のことはおいといて、班やゼミでは人に迷惑かけないように、そして引っ張れるような人でいるために、全力だった。それは評価云々ではなく、ただ「そうやって当然」と思っていたからで、例えば評価は後からついてきた。ただ、今思うとそんな評価はいらなくて、むしろ評価されるが故にやることが多くなるという悪循環だったな、と思う。自分のやりたいこととか優先順位はぐちゃぐちゃになってしまってた。

だから、今現在(退院3日め)の生活は50%くらいの活動量だけど、できればもうあまり増やさないようにしようと思う。バイトもほどほどに、学校のも、人に任せる精神的余裕を持ってやっていかないとな、と思う。
そして、考えてみると、人間関係や自分の精神は自分がさぼっていると思うくらいのときのほうが上手くいくのかもしれないんだ。もちろん、さぼり過ぎには注意だし、仕事は仕事、やるべき勉強は勉強、とその場ではきちっとやるべきだけれども全体として、6割7割の力でできればいいと思う。

ってことで、ゆったりと学校へ行こう。帰りは少し早いので、おいしいものを1人で食べてこよう笑
がんばってる例の人の手前、1人は気が引けるけど、私が余裕の心持ちならば彼の精神にも良い影響を与えられるかもしれないとか、わけわかんない理屈つけて、さ。

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明日退院!の私です。結局、10日間も大学病院に入院してた。危ない患者ということで一人部屋指定だったし、入院費はヤバイことになっているけれどそこは親が甘えさせてくれている、本当に申し訳ない。マジで、この4年間くらいのODでの入院でどれだけ金を使っただろう、って思うと、その金で大学行けたよね、ってくらいになるわけで矛盾した無駄だらけの人生を送っているよなぁとがっくりくる。
今日は外出を取って大学に1時限だけ行ってみた。体力がガタ落ちしていることもあって相当にしんどかったけれど、なんとかやることをやってこれたので今の状況下ではよくがんばったということにしとく。

退院後のことについては例の人と何度か話し、例の人にも賛成をもらっている。
今までだったら、入院前の生活にそのまま戻る、という選択しかしなかっただろうけれど今回は違う。自分の中で優先順位をつけて、切る所は切らなきゃなと思ってる。今、考えているのは、学校はやはりメインにしなければならないので、朝のバイトを続けて塾のバイトを今までの3分の1以下に減らし、フェードアウトに備えるということ。塾バイトはとても好きだけれど、やはり時間的精神的にタフなバイトなのでこのペースで続けるのはマズイな、と思った。
そして、朝から夜まで分刻み的なスケジュールを組むことは極力避けること。例の人とご飯を食べること、寝ること、話すこと。そういう時間も大切にしたいし、本を読んだり学校の勉強をよりしっかりできる環境を整えるのは重要なことだな、と考えるようになった。

今は、もうODや自殺につながるようなことはしたくないと思う。
もちろん、いつもやってしまった後に感じる通り、やってしまうと現状復帰が大変だからそれには懲りる、という理由も大きい。けれど今回はそれ以上に例の人に申し訳なかったと思う。

荒れに荒れた1ヶ月間、とことんつきあってくれた。私が薬を買わないように、手に入れないように、やりすぎなくらい見張ったし自由を奪うこともした、そのようなことをする自分自身を嫌悪しながらも、死なせないためにはやむを得ないという理由でそれをした。たくさん仕事を休んだし、休みの日も休んだ気にならないくらい、疲れたと思う。とても疲れさせてしまったと思う。

生活がようやく安定してきたところへ、私がよけいなことをしてしまった。例の人はこの1ヶ月も無駄な時間ではなかったと言ってくれる。例の人はこのようなことになった私を大きく受け止めるようなことはしない。これからどうしていくのか、私なりの考えを示すことが必要だと言うし、それを行動することも必要だと言う。一緒にいても辛さが消えるわけではないし、私や彼が世界で生きていくのは「辛い」ことが前提であることはいつも意識しなければならない、と言う。いろんな人が周りであなたや俺に対していろんな意見を言うけれど、もちろんそれはあなたを思う人であるからそれらを無下にはしてはいけないけれど、だからと言って考えを変える必要もないし俺は俺の目線であなたと生きると言う。
もしも自分が、ODを繰り返したり死を身近にする私に対して、「病気なんだから仕方ないよね、大丈夫だよ」なんて言えばこの関係は終わるだろう、と言う。私もそう思う。

確かに、意識回復してから例の人のこの考えを自分の中に入れるまでは痛い部分がたくさんあった。だけど、この人から逃げて「大丈夫だよ」となんの根拠もなく受け入れてくれるところを目指すのは逃げだと思った。
例の人を痛めてしまったということは自覚するべきだし、それも含めてこれからを考えることは確実に必要なことだ。シビアで逃げを許さないような意見だけど、私はこれで正しいと思う。
生きていくことは苦しいことという事実はこれからも変わらない、一緒にいるからと言ってそこを見ないで済むようにはならない。だけど、一緒にいるから、ラブアンドピースはあるでしょ、それは生きるのに必要だよ、ご飯を一緒に食べているときはピースだし、一緒に寝ればラブだよね、と言ってた。

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私が今一番苦しいのは、例の人が苦しそうなことだ。例の人は変わりなく日常を過ごすと言うけれど、きついにちがいない。私のせいだ。

月曜日、ODして救急に運ばれた。昨日意識が戻り、今は一般病棟で「抑制」措置中。腰ベルトがついてます、っていうやつ。まぁつけて下さらなくてもなぜか高熱とだるさが続いてるこの状態じゃ動けませんよって感じだけど笑

昨日、例の人が来てくれて、彼はとても疲れた顔をしていた。私とはあまり話す気にならないらしかった。
私は彼を出し抜いてODしたわけで、それは嘘や裏切りに敏感な彼にとってはとても辛いことだったのかもしれない。それなのに、もうそのことを忘れて(忘れてないけど)、これからの生活が自分に有利に行くようにという理由だけで入院等を考えようとしている私に呆れたんだろう。

心配した俺たちの気持ちはどうなるんだ、と言われたけれど、それはわからないんだ。心配させない為だけに何か行動することは私にメリットがないのでそれは時間の無駄だから、そういうことはしたくない。
でも、心配してくれるということがどれほどにありがたいことかはわかっているつもりです。「ありがたい」=「だから、恩返しする、がんばる」という式がすっとたてばいいのだろうけど、私の中ではそれはないんだ。ありがたいのはなんでかわかんないけども私を大切に思ってくれる人たちの勝手な理由。頑張るのは私側の勝手な理由。イコールなんてありえないしどちらかがどちらかの理由になることもないと思う。

例の人は、とにかく疲れたと思う、そして「ここまでしたのに」まだ上の部分の考えがいかれてる私に呆れたと思う。ごめんなさい、と思うけど、離れたいわけないのだけど、この部分に関して「わからない」ということを認めてくれなければ、少し、私も辛いんだ。
でもね、だからって、それを認めてくれる許容力のある人がいいっていうわけじゃない。私は今回のことがどうこうのずっと前の段階で、「例の人がいい」んだから。
もしも例の人が、私は人の心配を考えられないような人としてどうかしている異常者だけれども(そこまで言ってない?)、そのずっと前の段階で「私がいい」と思ってくれているのであれば、
2人で何度も話して乗り越えていこうと思う。

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