Take it EZ! セカンドダンジョン

ロ・匕!!を飲む幸せ←嘘ですごめんなさい。

今日は朝にバイト3時間、忙しかった。昼に例の人を駅まで送ってコインランドリーで洗濯物ぐるぐるしてる間に散歩して今は昼ビール+昼ロヒを入れたところです笑 明日は安定の朝バイトからの学校からの塾っていうね。全部楽しいからいいんだけど身体は死ぬよねコースの1日ですがんばりますよええ。

昨日は久しぶりに、本格的にヤバイ夜を過ごした。ひどいOD・自殺衝動でどうしようもない夜で、こんなことは2月の未遂以来だったので本当に焦った。
昨日はなぜかわからないけれど、集団に対してものすごい嫌悪感とイラつきを感じ、そこをさっさと後にしたのだけれども、その後はなぜかそのイライラや怒りが全て自分に向かった。
部屋に帰って19時、例の人はまだ帰らなかったので連絡をするものの、通じない。20時まで待ったけれどダメで、メールを書いてふて寝をした。結局彼は4時間の残業をしていて遅くなったのだけど、ご飯も人と食べてくるということだったので私は気分が最悪になり、そこからは大荒れ←最悪な人間ですハイ。
今日がバイトでなければ確実にODコースだったと思うくらいのどうしようもない焦燥感とイラつきで、自分が今ここに存在していることが気持ち悪く感じてずっとベッドで呻く。苦しすぎたので、薬をネットで探すことで気を紛らわせて、そのうちに眠くなったので浅い睡眠をしていた。

遅くに例の人が帰ってきて、本当はとてもほっとしたのだけど、そんなこと言えるわけがない。帰ってきたと入れ違いに、嫌がらせみたいにコンビニに自分の夕食を買いに行き、最低な顔をして食ってやった。その間、例の人は私の頭をなでてた。すごく、ムカついた笑
で、またふて寝。覚えていないけれど、私はその間に、例の人に「寒い!」と言っては毛布をかけさせ、その瞬間に「暑い!」と言って剥ぐという行動を何度もしていたらしい。無意識でも嫌がらせをできるという私は相当レベルが高いのではないかと思いました←反省しろ
他にも夜中にも何度もありえない嫌がらせを繰り返し(←人として終わっている)、それですっきりしたのか、今日は何とか朝バイトに行けた。今日は日曜ということもあり忙しくて(ファミレスだからね)機嫌の悪さはソッコーで吹っ飛んだwwなので、お詫びに、バイトの帰りにシャトレーゼで例の人の好きなものを買って帰りました。

本当に、私は例の人にひどい依存をしていると思う。自覚していてそれを恥ずかしく思っている。
でも、例の人はそんな私にとてもフラットに接する。私がどれだけ夜に荒れても、「俺は眠い」という理由で普通に寝る。私が呻いているときは気にするけれど、私に巻き込まれることはない。多分彼は、私とは比にならないほどの「発狂」や「疑心暗鬼」を長年繰り返してきたので、私の小さな苦しみなど、手に取るように分かるのだろうと思う。だから、それに対する対処など、わかりきっているんだ。そして、その対処は自分でやるしかないということも、誰よりもわかっている。
私のODに対しては、気持ちは分かるがそれは時間の無駄だ、とはっきり言うし、だけどあなたはまだそれを続けるだろう、とも言われる。すべて、正論だと思う。

だから、私は彼のいないときこそしっかり自分を保とうと思う。例の人に恥じないよう、例の人にBPD的依存(BPDの方々をディスってるわけではないです、私もBPDの診断はついているので)をしないよう、自分をコントロールできるようになろうと思う。
明日からはまた、怒涛の1週間が始まる。でも、好きなことばかりができる1週間だ。
学校でみんなと勉強や遊ぶことができること、最近ハマり始めた哲学と倫理学が楽しみなこと、心理統計や実験、質問紙作成がおもろいこと。中間テストまっただ中のガキどもとの攻防、朝バイトを覚えることの充実感。例の人とご飯を食べ、寝る時起きるときに隣にいること。
私は今、今までで最高の状態にいる。

ODをしている場合じゃないし、死ぬことを考えることも不必要だ。

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うーん、ダメダメな毎日です笑 なんかわかんないけれど、完全に浮足立ってる。
昨日、塾でありえないミスをした(というか先週していた)ことが発覚。授業日程を書き間違えていたっていうね...しかも、一番やっちゃダメな子(教育的なね、ご家庭のね..笑)にやってしまった。まぁ、その場で収めることはできたけれど、これで今まで築いてきた信頼関係がふりだしかなと。3秒凹んで、あとはミスを防ぐことだけを頭に叩き込んで、その後は引きづらないように意識して乗り切りましたが、こう、1人になると自己嫌悪がやまないね。

なんで、そういう事態になったかはわかってる。浮足立ってたんだ、なんでかはわからないけれど。先週は学校が始まって、新しいバイトもやって、ってな感じでバタバタしていて、塾のことは「夏になれたから」って感じで少しおろそかにしてた。もちろん、バイト時間外に生徒にやらせる問題を私も解いたり、本屋に行けば参考書を真っ先に見たり、高校や大学に関して調べたりしている。だけどその分、基本的なことをおろそかにした。意味無いじゃん、つってね。
そして、ミスが発覚したときも、忙しさのせいにしようと、ちらっと思ってしまった。だって、これだけ抱えてたら一つくらいミスるって!みたいな。そう思った自分が、最高に恥ずかしかった。それを言ってしまうと、結局今自分がやっていることが「自分の能力を超えた」ことだとしてしまうことになる。それは嫌だった、私はできる、私にはそれくらいできる力が備わっている、私はいつでもそう思っていたいんだ。だから、今日からはまた、いつもの授業でこそ、丁寧を心がけようと思う。

私は、今、学校やバイト先では、かなり強気に行動している。嘘でもいいから、自信を持つようにしている。
まず、学校では学科の授業では暫定ゼミや、グループでの実験・調査をする機会が多い。そういうとき、私はまぁ歳のこともあるのだろうけれど、やるべきことの指示や割り振りをすることが多くなる。そのとき、自信なさそうにしていたり声が小さくては、上手くいかない。自信を持って伝えるべきなんだ、だけどそれは何の根拠もなくやってはいけない。だから、私はその分細かいところに裏で気を配らなければならない。大筋は人に振り、自分は周りを固める、私はそっちの立場になることが多いかもしれないことに気がついた。
でも、自信を持って何かをすることは大変だ。間違えた時、上手く行かなかったときに言い訳ができない。だって〜だったから、とか、最初から無理だって言ったじゃん、っていうのが通じないからね。だからこそ、自信に見合うような行動を取らねばならなくて、その分力は伸びると思うけれど。

塾ではまさに、自信を持たなきゃなんない。たまに、一緒の生徒を持っている先生には、生徒の落ち込みと一緒になってネガティブになってしまう人もいる。私は確実に、そうはならない。そうならないようにしている。一つには、結局何かができない原因は本人にあるからだと思っているから。本人のせいというのは、それこそ努力不足かもしれないし元からの頭の良し悪しかもしれない。だけど、そんなの知らない。前にあるのは、「やった」か「やっていなかった」かと数値結果だけ。だから、私は基本的にそれしか見ない。本当は、そんなの寂しいと思う、でも受験ってそんなもんじゃん、と思う。受験に「適応」したいならそのシビアさに立ち向かうべきだし、立ち向かえないなら適応できないのだからもうやめたほうがいい。私はドロップアウト組だから、よけいにそう思うんだ。
だから、私は彼らの落ち込みに対しても話を聴いたあとは、それはそれ、と置いておいてじゃあどうするんすかね?何が悪かったんすかね、と聞くとともに、私の言ったことを必ずやれ、と言う。ここでは絶対、ぶれない。特に、中学生に対してはね笑 もちろん、自分のやり方が正しいとは思っていない、だから、授業時間外でも良いやり方は模索しているし情報は集める。でも、そんなことはどうでもいいんだ。私に要求されていることは成績を伸ばすことなんだから私がそのために何かをしたことなど関係がない、そこに到達できれば後はどうでもいい。それ以外の人間性的なものに関しては、私は彼らと「異質」なのだから関われるはずないしね笑

そういう理由で、私は今、外ではかなりうざい自信家(かつ楽天家)になろうとしている、そして私は「自然体」よりも虚勢であってもそれがばれないような自信を求める。
それを取っ払って落ち込んだり凹んだり自己嫌悪したりするのは、1人または2人のときだけで十分だ。
なぜなら、その自信が本物になるようにという理由ならば努力できるから。

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さぁ、今日は朝バイトから帰ってきて今から学校へ行って来ます。午後からがっつり授業だね、今日は塾休みだけれど、これから12月末までの約3ヶ月半、バイト2つに学校にっていう怒涛の日々が始まるなと思うと、楽しみ笑

土曜日に、病院の近くまで行き病院の仲間と昼食を食べに行った...というか昼間から飲みに行った。1年前に亡くなった仲間と、とても仲の良かった女性とその彼氏、そして去年の夏私と一緒に入院していた兄ちゃんの3人で。
その女の子は私より10歳年上で、3年前に私と一緒に入院していた。とても良い人で、何度も助けられた、自身は人を助けているつもりなど全くないのだろうけれど、私は自分の精神が弱っているとき、普通に話してくれる人が必要でそれをしてくれたことを感謝している。その意味では、去年一緒だった兄ちゃんにも感謝している。
女の子の彼氏は、私とYの関係を知っていて(Yに殴られたあとに偶然街で会ったから)、今でも心配してくれている。大切な仲間だと思う。

3人とも、いや、私も含めてハタからみれば普通ではない。兄ちゃんはまた入院してしまっていて、薬やお酒をやる人なので、身体ははたからみてもぼろぼろだしお金もなくくたびれまくった服に、ぐちゃぐちゃにものが詰まったバッグ。
女の子は、薬のせいかとても太ってしまった、そしてぼーっとしていることが増えたように感じる。
その彼氏は、なんだかふらふらしている笑 この人もアルコールでやられた人なので、飲むと歯止めがきかなくなるみたいだ。

皆、一番ひどい時期は抜けた。
私は確信を持って言えるけれど、一番ひどかった時期は19歳のころだ。家で半引きこもり、廃人一歩手前で発狂して同じことを何度も言ったり食べ物をあさったりしていた。
その兄ちゃんは、薬で金がなくなって仲間もいなくなって、行き倒れみたいになっていて、今の病院にいるらしい。
女の子に関しても、いろいろやらかした上で、この病院にいる。細部は...なんというか、書きにくい笑
だから、皆、よくはなってきている。
その3人は、行政から支援を受けていて、グループホームに居たり作業所にかよっていたりする、支援が届いている。
支援が届いていて、そして彼らは今は比較的落ち着いているのだろう。だけど。

彼らの望みは何なのだろうか。
現状維持なのか。それとも、仕事をしたいのだろうか、いわゆる「一般社会」に戻りたいのだろうか。
自分が何をしたいのか、何が欲しいのか、何に対して生きたいのか、わかっているのだろうか。わかっていないのだったら、それがないという危機感はあるのだろうか。
求めようとする意思はあるのか。

簡単な快楽だけを求めているとは、考えたくない。
だけど、もし自分が自分に対して諦めていて、もしくは自分のことを本気で考える力がなくなってしまっていてこのままでいいやと考えている...いや、感じているとしたら。
既存の支援で、いいんだろうな、と思う。周りが何をしようと、人の意思をコントロールすることは無理なんだ。そして、意思を持たない人間には何をしても意味がない。

でも私は信じたい。
一ミリの意思のかけらとか、「こうあったらいいな」と考えることに対して本気になれることを、信じたいと思っている。
正直、これが赤の他人だったらどうでもいいと思う。意思がなくて何かを求めない人間は、そのまま終われ、と思う。だけど、この人たちは私の仲間で、そして。
そして、虚無感のようなものを、ほんのすこしだけ感じたから。その虚無感は、きっと求めるものがわからなくなっている現れなのだと、感じた。

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さぁ秋学期から土曜も授業がある私です。去年落としたフラ語の再履修ということで。しかも1限。罰ゲームですかこれはw
ってことで、今日は朝から学校行って、それから病院の仲間と会いにあちらの街まで行ってきた。世間は今日からシルバーウィークだというけれど、私の学校はそれ無視だからね、普通に月火授業だからね朝バイトもね、水曜日は塾だしね、うん
、そこはストイック(?)。

昨日、例の人と夜中に2時間ほど話し続けた。発端は、例の人が職場での出来事に対してすごく自己嫌悪に陥りへこんでいて、それに対して自分の感情を整理するのに付き合ってた、って感じだったのだけど。
その中で、自己開示の話になっていった。
例の人は、今の職場でも自分の過去の事実について、一定数の人間には話しているらしい。普通とはかけ離れた過去や今の状態を、話すことができるらしい。
それに比べて、私は学校やバイト先ではもう人に自分の過去や入院歴、未遂歴(?)を話す気はないし、今までもほぼ話してこなかった。開示する例の人と、隠す私。違いは何か、私はそれを誰よりもよく知っている。

彼は、過去を恥じていない。
私は、恥じている。
それだけだと思う。恥じない、ということは過去にプライドを持っているとか正当化しているとか、そういう意味ではない。ただ、それは過去にあった事実、そして自分にとっては「必要があって」行った行動であると確信しているんだ。

私はそれを、思い切り例の人に言った。
「あなたは、まったく恥じていない」と。そしたら、例の人はありがとう、と言った。
そこを見てくれるから、俺はあなたといることができる。今の俺をすべてわかっているのはあなただ、と。何が言いたいのかは、よく分かる。私は、100日の結末を見た。100日の結末はつまり、当時までの彼の生き方に対する結末であり、彼はその「外部から決められた」自分の結末に堂々と対峙した。私はきっとその光景を一生忘れないだろうし、忘れないかぎりこの人をリスペクトできると思っている。
2月に私がまだ未遂をする前に言ったことを、今度は自分に当てはめて言った。俺は、今と過去と変化した自分やその過程をすべて知っている人間がいるからやっていける、と。

彼は、私の目の前で変化した。せざるを得なかった部分は大きかったのは確かだけど、短期間で人はここまで変わるのだということを私は初めて知った。変わる意思の強力さを見た。
もちろん、細かいところでは例の人はブレることがある。一般社会の組織のあり方やそこでの振る舞いが、最初はとても辛そうだったり、お金の使い方をどうしていいかわからなかったり(?)、私からしたら生きる上で必要最低限というか、今さらそれ!?みたいなことでぶれていることも多くてわけがわからない部分もあった。でも、この人は必ず、自分で対処して自分で位置を決められると私は確信していた。そして、今それが現実のものになろうとしている。

例の人が自分のことを開示することに対しては、きっと弊害のほうが大きいはず。受け入れる人間と、受け入れられない人間はいるだろうしだから、開示すること自体を不快に思われたりもするだろう、それでも彼は、身体を使って刻むことまで行って、生き方そのものを開示する。
私は変化してぶれて傷ついて感情的になって立ち直って変化してを繰り返しよりいっそう強い意思を手に入れる彼を、これからも全力で見ていようと思う。
彼の「事実」を、どこまでも澄んだ見方で。

「見ていますよ。情が入った観察をします。厳密に言うと観察にはならないでしょうけど、建前では観察と言いながら笑」

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はい今日から秋学期開始ですよ!とは言え、今学期は水曜日が全休の私は明日から学校です。
春学期は無事に過ぎ、成績がでたのだけどフル単だったねイエイっ!1ヶ月弱学校休んだ割には半分以上の科目がA+だったねイエイっ!真面目にやればそれなりになんとかなるということが分かってよかった笑 今期もがんばります。

そして先週から新たに朝バイト始めたー、ダブルワークだね。朝の3〜4時間ファミレスのホール。まだ研修期間なので1日2時間しか働けないけれど、先週と今週を見てみるとこの調子ならやっていけそう。無理しない程度にシフト入れてがんばろうと思う。もしかしたらストレートで大学院にいけるかもしれないという期待と、大学院在学中にできればもうひとつ資格を取りたいという思いから、いまやるべきはそのための資金作りだってことがはっきりした。だから、学校や勉強以外で空いた時間にできるだけ働こうかなと。いろんな見聞を広めるとか、人と交流するとか、そういうことのほうが大学時代大切じゃん、っていう声もあるけれど、私は自分の目標に近づくために人に流されずにがんんばろうと、最近は思う。

何かを自分のやり方でやろうとすると、他者からアドバイスというかおせっかいな言葉をもらったり小言を言われたり、または自分自身が他人のやり方と比較して人目を気にしてしまうことがよくある。っていうか、私の場合は常にそうだった。こんなやり方は一般的じゃないんじゃないか、人とまたずれるのではないか、あの人がこうやれって言ってたよな、とかね。
例えば、今この歳で大学に行っていると言うと、半分以上の人は驚く。どうして今行こうと思ったの?って聴かれる。もう面倒臭いので、私はお金の関係でとか、高校卒業時は行きたいと思ってなかったんですけど働いているうちにもう一回学びたいなぁと思ったんですとか言ってる。でも、今19とか20歳の子に「どうして大学行っているの?」って聞くことはほとんどないだろうし、むしろ高卒で仕事している子に対して「大学や専門学校行かないの?」みたいな問いかけをする人のほうが多いと思う。
こういうとき、本当不自由極まりない生き方を強要されているな、と感じる。今の大学進学率がどれくらいかは知らないけれど、過半数は進学するのだろう、専門を含めれば7割くらいは進学しているのかもしれないなぁと思う。だからそれが「普通」になっている。私は大学進学しようとしたときから今まで、何度同じことを言われたかわからないくらい、驚かれたし理由も聴かれた。もう慣れたし、だいたい、これは「言える範囲」のことであり、精神科の入院歴や病歴を話すよりはよっぽと軽いので大したストレスにはならない。

あとは、生活に関して言われることもある。私は確かに身体が強くないし精神も弱いので無理をすればすぐにつぶれるタイプだとは思う、だから「無理するな」「やりすぎ」というアドバイスは的確だし、よく助けられはする。
でも、たまにそれがアドバイスの域を超えることもある。私は人から自分のやろうとしていることに干渉されるのが嫌いだし、多分言われてもはいはい、って流すだけで言うとおりにしない、したためしがない笑 だけど、人のアドバイスは頭に残り、何かを始めようとする際の考える材料になったりストッパーになったりはする。精神が弱っているときはそれをネガティブに受け止めたり、または影響されるぎたりして自分の考えが消えてしまうし、今まではそういう理由で何かを「しない」ことが多かった。

最近は違う。人の意見は聞くし、そういう考えもあるのだなぁと、そこまでは変わらないのだけど、その後の決定は自分の考えを表し行動に移すことができ始めている。そして、その行動の責任は自分でとろうという覚悟もできている。人に流されっぱなしのときは、結局自分のやったことに対する後始末が面倒臭かった。みんなみたいにやってたら、倒れちゃったぁ、みたく、自分は人と違うから途中でできなくなって当然、みたいな変な甘えでできないことをごまかしていた。
だけど、これからはそれはできない。初めから、自分なりのことを自分で決めるのだから、倒れたってできなくなったって、それは自分の決め方ややり方や環境のどこかに問題があったということになる。それは自分でなんとかすべきことだから大変なのだろうけれど、自分のことだからこそなんとかできるとも言える。
失敗やできないことを直視するのは嫌なことだけど、私にはこういうやり方のほうが合うなと感じる。

という調子で今期もがんばります。

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また久しぶりになった笑
最近は新しいことを始めたので、そっちに一生懸命で他のことをする余裕がなくなってきたね!なんとか塾バイトは継続しつつ(ってか2学期3学期にかけて忙しくなりますね)、もう少しで学校始まるし、それまでにはこの新たなミッションにも慣れたいものですが笑
昨日は塾の生徒の文化祭に行ってきた。バイト先の塾はそういうとこ融通きくというか、そういうことしてOKなので好き。その子は高3なんだけど劇の監督やってて、ものすごくいい劇でしかも大盛況で、すばらしいと思ったね。なんでも頑張れる真っ直ぐな子、そのままで生きていって欲しいなって思う、私のことは反面教師にしてほしい←

で、それはよいとして昨日は大・大・大過食をしましたハイ。
午後からやることなくてそわそわしだして落ち着かなくて、お酒と眠剤飲んだあたりから記憶が曖昧になり、だけど菓子パンやデザート系のお菓子をコンビニで買って食べた、レシートも残ってたしね。で、気分最悪で夕方にバタッと寝て、深夜起きたっていうね、本当どうしようもないね。
土曜日はオカンの誕生日が近かったので実家へ戻ってたのだけど、実家でも明らかなむちゃ食いをしていたので、なんなのこれ、って感じだったのだけど、昨日は本当ひどかった。ここ数ヶ月で一番の荒れ模様だったね。

考えられる原因は何個かある。まずは、生理。この3ヶ月連続で、生理中に甘いものを過食している。食欲増進かつ甘いもの欲求が出るのは、明らかに生理が始まる前〜2日目くらいで、それが3回も続いたとなると、これは生理が原因の一つと言わざるを得ないかなぁと。
でも、それだけじゃない、ストレスもある。最近はじめた新しいことのストレス。もちろん、今は一生懸命やってるしそれはどっちかっていうと好きなことだから、「嫌だー」っていうストレスではないけれど、新しい環境や慣れてないことにはストレスはつきものだからね。まぁ、生理+ストレス、っつうのは最強の組み合わせですよはい。もうこれはね、仕方ない面もありますよはい。後悔はしないほうがいいね、だからね。

で、もっともでかい原因、それは例の人がいないこと。
私が土日に実家に帰ること、月火が彼が別の場所で仕事なことが重なり、彼とは5日間会わなくなる。5日、これは3月末の精神科退院以来初めての長い期間だ。形成入院時も、ほぼ毎日、少なくとも3日に一回は来てくれてたからね。
夜が、だめなんだ。1人で時間のある夜は、そわそわしてイライラして、手持ち無沙汰になり何もできなくなる。例えばそこに、やるべき作業や勉強があったとしてもそれすら手につかなくなり、焦燥感だけが募り、自分が制御できなくなる、そして過食や眠剤の乱用やお酒に走る。ストレスや疲れがたまっている夜は更にね。

例の人は、私のそういう面を知っていて、一緒に暮らしてくれている(もちろん現実的なメリットがあるという理由もあるけど)。私は、だいたい日曜、月曜の夜に荒れる。例の人が居ない夜だ。自分が疲れているということや、なにを考えているかや、自分の体調が認識できなくなり、どうしようもなくなってしまう。コントロールすることが難しくて、コントロールしようとすること自体がストレスになり、過食・薬・お酒に走るんだ。
例の人がいるときはなんとなく落ち着き、今疲れているとか明日の予定はこうだから今はこうしようとか、すなわち「普通の思考」ができる。自分でそれができないほど疲れているならば、例の人が教えてくれる。寝る前に毎日、「今日もお疲れ様、がんばったね」と言われるからそうか、私はがんばったのか、と思えて安心できる。

依存しているなぁと思う。
前はこんなんではなかった。去年の10月から今年の1月までは、1人でも生きていけてた。まぁ、入院とかはしましたが(←これ生きて行けてねぇぞ)自分の精神くらい自分で支えてた。間違った支えかたであったけれど自分の気持ちのことは自分で処理しようとしたし、できなければ死ぬんだ、と思ってた。
なのに今は、精神の重要な部分を彼に支えてもらってしまっている。実質的な生活、というわけでなく、精神面でこんなふうに依存するのは危ない、と私のどこかが危険信号を発するけれど、もうどうしようもできない。例の人は、そんな私を見て「その部分(1人だと自分を支えられなくなり何か変なことすること)に関しては本当に学ばないよね、そして多分、これからも学ぶこともないだろう」と言う。私もきっとそうだろうなと思う。例えばこの人がいなくなったとして、私はその代用を探してしまうだろうと思う。人か物質かはわからないけれど。

だけど私は今は、そんな自分を認めて許している。
そこまでをすべて承知の上で一緒に居てくれるのならば、堂々と支えてもらおうではないか!くらいの勢いで考えている。
どうせ依存するなら、しみったれた依存なんかではなく「はいこの部分は依存してますよ!!何か!?」と自信まんまんで言えるくらいの楽しい依存をしてやろうと思う。
あなたがいない間にこんなことやらかしたぜ、新しいだろうこのやろう!くらいにね。

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雨です雨です。もう家から出たくないと思うけれど私は家から出ないとやっていけない人なので出ます。午前中にいろいろ済ませたので夕方からは塾ですハイ。
夏休みがあと1週間で終わる。50日くらいあった夏休み、結果何をしていたかというと塾に行きまくってその他だらけまくってただけかな的な笑 ただ、休みの日は会いたかった人やご無沙汰な人とたくさん会えたのでそれはよかったかな。それから例の人と過ごす時間も持ててよかった。マジ、毎日7〜12時間くらい塾に籠もるというね、夏休みでしたよ、もう中3の数学は任せて下さいよ因数分解二次関数来いやぁ(ドヤァ)って感じ。このバイトは純粋な接客業と違って事前準備が大切だし、時間になれば個人プレイ、そして「やりがいあるわぁ」という結果が出るまでに時間がかかるという、時給の割には大変な仕事だけど私は好きだな。

最近は、例の人と過去のことを振り返ることよりも「これから」のことについて話す機会が増えた。しかも、2年先、5年先のことを話す。それは、彼のこれからのことであり、私のこれからのこと、私は話していく中で、自分が本当にやりたいことにどうしたらアプローチできるのかということを、考えていく。そうしているうちに、自分が望む結果を出すための手段としての「業種」がだいぶ明確になり、そのためには何があれば強いのか、つまり資格やスキル、学問ならば何を学べばいいか、少しずつだけどわかってきた。そこまではやはり最短でもあと4年以上、お金に問題が出てくると思うのできっと6年くらいはかかと見たほうがいいことも分かった。
例の人も、前に進もうとしている。私は彼のバイタリティを尊敬する。昨日の記事で書いたような過去を持ち、そこからまだ半年しか立っていないのに、彼は今の職場のポジションが上がろうとしていて、収入が安定し始める、だけどもちろん、彼はそこにとどまらない。この人も目的を持ち、そのための手段として今の生活をしている。はっきりとは言わないけれど、将来どのようなことをしたいか、ということについては多分明確だと思う、中身はともかく大枠は、ね。

私とは進む道が全然違うけれど、似ている部分はあってそれは、多分お互い「個人プレイ」になるであろうこと。多分、どこにも属さないことを目指している。いや、どこにも「属せない」ことを自覚している。

私は半年で本当に変わった。半年先のこと、いや1ヶ月先のことだって見えなくて、予定を組めない人間だったのが、今では5年、それ以上先を見ている、そのために今何をすればいいか考えることができている。じーさんは、5年先10年先に何をしているか想像できるか、とずっと聴いてきていたけれど、その質問の意味すらわからなかった。今なら答えられる気がしている。
そして、自分の弱い部分、変えなければいけない部分も見えてきている、このままでいいや、ではなくしっかりと対処すべき点も確実にある。人、特に例の人への精神的な依存やすぐに諦める癖、そして死のうとすること。かわりに、たぶん自分はこれが得意なんだろうなということもわかってきている。

死にかけて精神科の閉鎖病棟に軟禁(インフル流行につきマジで出られなかった)されてた半年前、まだ例の件すら起こっていなかった1年前からは考えられない、きっと私は精神的には、この7年半で一番変わったと思う。自分で言っているだけでなく、周りもそう言ってくれる、それはとてもうれしいこと。
いろんな要因はある、だけどまずは、身体が健康になったこと、そして例の人と辛い時期を乗り越えられたという自信、今支えてくれていること、それらが大きい。
これからも、多分、普通とはいかない、きっと一般から理解されないようなはずれまくった過去を持つ例の人と精神的肉体的に数回死んだ私、一緒にいれば確実に何か外から降ってくるだろう、安定はきっと一時だけだと覚悟している。

でも今は、それも含めて自分の将来に期待している。

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前に、親しい人がテレビの災害や戦争のニュースを見て不謹慎発言をしていた。そのときは、こいつ何言ってるんだよ、と思っていたけれど、今となれば彼の言うことはまっとうで「正しい」ことだと気がついた。彼は、感覚で言っているわけではなくて論理的にそう考えていることも知ってたからね。
ただし、彼の考えには「個人」の情や個性や人々の悲しみや悲惨さや、そういったミクロの視点は全く含まれていない、まぁ彼自身、私は本当に長年そいつをみているわけだけど、基本的に情そのものがあるのかないのかわからない部分があるわけで。そいつも本当に長年私のことを見ているけれど、私の生死に関しても興味があるのかどうか不明なくらいだからね。当たり前だけど私には彼のような考え方は不可能で、私は逆に大きな視点を持つことができない人間だから、彼を羨ましく思う。

例の人は、そのどちらも持っている人間だ。例えば私のことに関してや家族、つまり自分が身内だと認めた人間に対してはとても丁寧に大切に接する、だけどそうでない人間の生死や苦悩に対しての情はなく、むしろ人を追い込むことや利用することに対しての罪悪感というものがない。そういう世界にいて、自分も十分、やられてきた側だったからその痛みも知っているのに、ね。

私は一番上に書いた人間(アニですが笑)と例の人の考えを「正しい」ものと考えている。つまり彼らは、実力主義というか弱肉強食、どういう意味であれ、弱い人間は生き残れないと思っているわけ。
私もそこには同意する、強いことは美しいし必要なことだと考えている。
強さにはたくさんある。身体が強く病気をしないこと、お金が豊富にあること、生まれや周りの環境などが整っているという運、才能を持って生まれること、努力できる強さがあること、人を動かす力、自分で自分の未来を切り開ける強さ、そして意思。
私は、自分が弱い人間との自覚がある。理由は単純で、自殺をしようとしたから、つまり自分の精神や外部の圧力に負けたから。人のいいなりになったから、利用されたから。障害があるから。
だけど、私は今生き延びている、自殺をしても生き延びて周りには恵まれ、つまり運は強く生命力もあったということ、そして今は健康だということ、つまり今の私は過去の私よりも強い。

運が弱くて何か大変な目に合う人間はいる、生まれながらにして、人より「弱い」人間もいる、私はキレイ事でそれを否定はしない、事実そうなんだ。それを皆平等というのは暴力だ。
弱いもの同士が依存し合うのは嫌いだし、強いものに寄生するのも嫌い、私はそうではなく自分の意思で強くなる。自分が強いと思うものについて、強くなることを目指す。
健康、頭、人との関係。運はもうあるらしい。それを使い、最初に言った情を持つならそれは正しい。

正しく生きる条件だ。

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最近調子を崩し始めた私ですはい。9月からは塾が8月ほど忙しくなくなり、午前中はヒマーってなってるんだけど、夜に過食したり眠剤お酒ミックスしたりを2日くらい連続でやらかした。落ち着いた落ち着いた言えど、少しの刺激ですぐこうなっちゃうのは弱い証拠だと思う。最近は、例の人がピリピリしてることが多くて言いたいことを言えない空気があり、それも重圧になっている。私は男性が近くでピリピリしていると動揺して泣きたくなる。父でもアニでもね。そして、そうやって存在することを持って私を傷つける人間は今すぐに死ねばいいのにと思う。本当は大切なのに、私は自分が傷つけられるのがとても嫌だからね笑 まぁそれはまた別の機会に書くとして。

私は「教育」に興味はないし、どちらかというと嫌い。だけど、塾の講師をやっていると今の「受験」の意味を考えさせられる。私は受験は必要なものだと思う。学校や授業は、レベル別にあるべきだと思っている。それが「勉強」であれ「スポーツ」であれ、できる者とできない者がごちゃまぜになるのは、中学までで十分だと思う。逆に言うと、中学まではごちゃまぜのほうがいろんなヤツがいるってことが分かっていいと思うんだけどね。
例えば高校が完全な学区制になって、自分のいる地域でレベル関係なくその高校に行かされたとなれば、できる人は確実に脚を引っ張られるだろうし、できない人はよけい落ちこぼれると思う。本来は、どんな環境でも自分の力を出しきれる能力が備わっていれば何も問題ないのだけど、まだ15歳かそこらの子供にはそれは難しくて、だから「レベル別」というお膳立ては必要なのかなと思っている。ただし、努力型だけが推奨される受検なんか不要で、力のみの受験が必要なんだ。内申とか、バカみたいに1日12時間も勉強するとか、そんなのいらない、普通にやった上の自分のレベルにあった場に行くという意味での受験が望ましい。

私は中学で学校をたくさん休んでから、学校そのものがあほらしいと思うようになり、同じ中学の人間と同じ高校には行きたくないと思い、無理して「難関校」を受ける周りの風潮をアホらしいと思うようになった。
私が今までで一番成績がよかったのは多分、中3から高1で、高1の最初の河合塾模試では3科目で偏差値73くらいはあった。だから、多分中3のときもそれなりに勉強はできたんじゃないかと思う。もちろん、塾では県内でトップの高校に受験することを強要されたし、国立も受けろと言われていた。そして、塾で同じクラスの子たちはほぼ同じコースをたどるみたいな風潮があった。
きもかった。きもかったから、わざと、都内の、私の偏差値よりは5以上下だった女子校の推薦を受けた。塾はやんわりと「やめさせられた」。でも、どうでもよかった。私にとって重要なのは、自分の将来でも学校の校風でもなくて...多分、何も重要じゃなかった。きもい環境から抜けたいだけだった。その後の高校でもきもい環境は続いたので、高2で学校に行く意義を全く感じなくなったけれどね。

今、私は中3の生徒を8人担当している。うち7人が数学。できる子はそれこそ国立レベル、できない子はその辺の公立、って感じでピンきり。もちろん、それぞれの目標に合わせたやり方は行っているけれど、私は数学に関してはかなり厳しくやらせてる。
幸い、全員の一番の得意科目が数学なんだ。受験の中では武器にするべき科目が、皆数学になっている。私は、武器は何でもいいと思っている、英語でも歴史でも物理でもなんでもいい。ただ、一つはこれというものがなくてはならず、そして受験という場ではそれを5科目のいづれかに置かねばならない。だから、やらせている。

たまに、聴かれる。なんで受験なんてあるんすかね?なんで数学なんてやんなきゃなんないんすかね?
私は答える。どっちもあるんだから仕方ない、受験は将来の幅を広げるかもしれないからで、数学は世の中に数が必要だから。
本当はうそで、受験は選別のため、数学(特に中学までの数学)は論理性を少しでもつけるため、と思ってる。
私は数学が一番得意だったけれど、正直役に立ったかと言えば、そこまでではない。今こうして塾の講師をしていられることと、大学の統計学で周りの子より苦労していないことと、飲みのときの会計がスムーズなことくらい笑 だったら英語しゃべれたりとか歴史をよく知っているほうが相当有意義だと思う。数学が今の中3の時点で学校でならっただけで分からないのなら、諦めたほうがいいと正直に思う、頭から受け付けない人間をよく知ってるからね(アニw)、でも彼は普通に何不自由なく生きているし、歴史の知識があるおかげで世界を楽しめる。

受験なんて、自分の「力」にあったところにいけばいいから無駄な努力をしまくる必要などないと思っているし、そこに数学が必要ないならやらなくてもいい。本音はそうだ。だけど、今の世の中だとそれはできなくて、少しでも努力し、合格を「勝ち取る(この言い方は反吐が出るほど嫌いだ)」ことが善とされている。そして、塾に需要があるということは親も含めて皆がその傾向に同意しているからだ、幸い、努力が形になって報われて嬉しい教科は数学が一番だと思う、だからみんな頑張る。私はその「努力型」受験っていうシステムと中学数学っていう特殊な性質の勉強を利用してお金もらう。

そのレールには本当はのらなくていいんだよ、とは、言えない。

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