Take it EZ! セカンドダンジョン

久しぶりになってしまった。
忙しいのもそうだけど、最近は夏の疲れ←何もしてねぇだろ)でとても眠くて、朝例の人を送り出して寝て、塾行って帰ってきてご飯食べてすぐ寝て、の生活を続けてた。少しだけ調子が悪いのも自覚しているので、今はこんな感じでいいと思う。調子が悪いというか、1人になると不安感や焦燥感がいつもより強くなる感覚がしてわーってね、頭の中がわーってね、なる感じね。今日はこれから塾、そして夜遅くに塾の人々の送別会歓迎会があるわけで、長い1日になりそうです。

最近は疲れに敏感になってきた、というか疲れてくると休めコールを発するようになって、それに素直に従えるようになってきた。つうか、従わないとホラーな目に合うことが分かってきたので、疲れたら寝る!疲れそうになったらやるべき最小限のことだけして寝る!ってことができるようになってきた。
例の人にある部分は任せてしまったりとか、今までよりさまざまなことに対してエネルギーの分配量が少なくなってしまったかもしれないけれど、その分今のところは保っているしこれからのやりたいことややるべきことを見据えることもでき始めていると思う。
今までは、精神さえなんとかなればいい、頭の回転だけ落とさなければ、あとは身体をついてこさせるだけ、と思ってた。だけど、まず身体が元気で健康で、すべてはそこからなのかもしれないと思い始めた。頭も精神も、自分にとってベストな身体の状態からよくなっていくものかもしれない。

少しずつブログから離れてしまっているけれど、それは考えることが少なくなったからでも感じることが少なくなったからでもない。むしろ、考えはすっきりしてきて思考の整理はつくようになり、更に、今まで「こんなこと考えるべきではない」と抑えていた考えを自信を持って持つことができるようになってきた。そして、それは今表明すべきことでもない、ってことも同時に知り、だからブログを書く意味が少なくなってきたわけ。
だから、つまり私は元気です笑

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さぁ1週間が始まりますよ!先週は土曜の午後と日曜ががっつり休みだったけれど、休みはすぐ終わっちゃうね。また今日から6日間頑張っていきますよええ。

私は、本当の意味で「落ち込んだ」ことは少ない。そりゃ、引きこもってみたりいろんなとこからドロップアウトしたり、死のうとしたり負の意味で忙しかったけれども、そのときに落ち込んだかというとそうではない気がする。
多分、どちらかと言うと、何か嫌なことや自分では認識できていないけれど無意識で「不快だ」と感じたことなどに対しては感情より先に「どうすればいいか」という思考が働くようにできているからだと思う。

落ち込む、という事態とはどういうことなんだろう。
例えば、人間関係が上手く行かず人とぶつかったあと、入社や入学や資格試験に落ちたとき、懸命にやってきたことに対する結果が悪かったとき、嫌なことを言われたとき、などかなと思うのだけど。
落ち込み方の典型は、部屋にこもる、口数が少なくなる、食欲がなくなる、等、生きること行動することのパワーが無くなることだと私は捉えている。ただし、逆の人間もいる。
逆の人間には2パターンあると思う。一つは、落ち込むべき事態をすぐにバネにする人間。あぁ失敗した、人と上手く行かなかった、そしたらどうすればいいんだろう、次の手は何?どうすれば最高に上手く行くとまでは行かなくても、ベターな状況になるだろう、そう考えて進む。もうひとつは落ち込むべき事態から逃げたり忘れたりするためのアクションを起こす人間。これは簡単で、お酒に走る過食に走る薬に走る暴力に訴える死ぬ。

まっすぐに落ち込む人間は、素直なんだと思う。ただし、本人はとても苦しい時間を過ごさなきゃなんなくなるし、そこで何か得るものがあればいいのだけど下手すれば何も手にはいらない。落ち込むのは別にいいと思うのだけど、その「落ち込み方」がうまい方がいい。落ち込んでる自分を見つめてみるとかさ、まぁ私は落ち込むことがないのでその気持ちはわからないしどうでもいいから下手なことは言えないけれどね。
逆の人間で、すぐに前に進むための対処を考えられる人間は、ある種のパワーがあると思う。まずは状況を直視して一瞬はうわぁ最悪、ってなりつつも、切り替えられる人間。ただし、これは仕事とか、ある種の人間関係とかで、切り替えられるからいいのであって、それが自分の根幹に関わるようなことに対してぱっぱと切り替えていたらいつか精神が壊れるだろうな、と思う。もしも、いつもさっさと対処だけを考えてそれで精神が壊れないならば、その人はきっとものすごく意思や精神が強いか、何か強烈な目標があるか、超鈍感な人間なのか、人を蹴落とすのに何も感じない人間かそのどれかであり、ある意味でゆがんでいるのかなと思う。
逃げたり見ないようにするための対処をする人間、これは厄介だと思う。まず、逃げる忘れるためには、その対象がおおきければ大きいほど、何か他のものに気持ちを置き換えなければならなくて、置き換えは一歩間違えると依存につながる。そして、世の中には依存できるものがたくさんある。お酒や甘いものや買い物やギャンブルや薬や仕事、そして人。気持ちの置き換えを間違えて何かに依存してしまう人間は、今度は依存している自分を直視することから逃げてしまい、そのまま何が本質か見えなくなり話しがごちゃごちゃになる。

私は、十代の終わりから20歳の途中までは完全に最後のタイプだった。失敗すると、その場からとりあえず逃げて、でも逃げたという罪悪感があるからそれを埋めるために他の行動を始め、そんな気持ちで始める行動だからそれも上手く行かず、何かに依存。働くことと、過食。で、焦点は過食になった、だけど運がいいことに、主治医のじーさんは過食に焦点をあてずに、それよりももっともっと深いとこを見てくれた。私にはそれはなにか分からなかったけれど、多分それは、逃げなければ精神を保持できない私の何かしらの性質だったのだと思う。その時に言われた、こっちは過食でマジな悩んでるのに、「パワーがある」と。それは、逃げかた、つまり一種の精神に対する対処の仕方が「生きる」方向を向いているということだった。

それから、私の対処は2番目に挙げた、「やっちまったなぁじゃあどうすればいいか」という思考型に完全に変わった。変わったというか、戻った。小さいころはそうだったからね。ただし、今度はほとんど全てのことに対してそんな対処になったので、自分の感情が置き去りにされることが多くなった。転び、起き上がるのは早いけれどいろいろなものを落としたままにし、なんのケアもせず拾いもせずに突っ走る、つまり、「立ち直りは早そう、でも傷は元に戻さなそう。だから歪みつづけて、どんどん少数派になっていく」。
そして、それでも対処できないとき、私の対処はひとつになった。つまり死ぬこと。どうすればいいかを即断できないとき、そして即断する気力がないとき、私は「素直に落ち込むこと」を徹底的に避け、死ぬことを苦もなく選んでいた。
それが、だんだん変わってきた。素直に落ち込むことに対して、自分の許せるようになってきたと思う。やはりそれは、とても苦しいことだったけれども、感情は整理された。そして、その過程を踏むことで対処はより深いものになるのだということを知った。

私はただでさえも縮まった時間を、これ以上無駄にしたくないし、スピードは落としたくない。だから、瑣末なことでは落ち込みたくないし逃げたくもない、ただ対処したい。
だけど、自分が本当にどうしようもないほどに、対処方がうかばないとき、それはきっと自分の本質や一番痛いところに関わる事態が起きているわけで、そのときには一度「素直に」落ち込むこともありかなと思った。

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昨日は塾の後、学科の皆様と飲みに行ってきた。そういうちょっとした集まりに誘ってもらえるのはとても嬉しいことだね。私は皆が入っているサークルというかネットワークには所属しておらず皆とそこまで太いつながりはないのだけども、そんな私でしかも年齢も違う私を誘ってくれるのは、本当、有り難いことだと思う。大切にせねば。
で、終電で帰ってきて1時就寝、しかし安定の5時50分起きで今に至る。今日は13時間くらい塾に滞在する日なので、気合入れていきましょう。

昨日の午前中は、精神的に結構きていた。昨日は午前から塾のはずだったのだけど事情があって一コマ消えたので、午後イチからの出勤に変更になっていた。一昨日の夜から、私はあまり調子がよくないのを自覚していたので、正直助かったかな、という感じだったのだけど。昨日の朝起きようとすると、久々にとても身体が重く感じた。例の人を送り出し、家事を片付けてから塾に行くまでもう一回寝ようと試みた。悪夢をたてつづけに見て、目が覚めるととても不快な気分だった、今、自分が存在していることが嫌になり周囲の空気がねっとり自分に張り付いてくるような気がして気持ち悪く、イライラも募るのだけど誰に、何にイラついていいかも分からず、だからといって自分を攻撃するには疲れすぎていた。お薬コースかなと思ったけれど、塾のみなさんや学科のみんなの前でそれはない、とストップをかける自分もいてどうしようもなくなった。頭では薬を飲むことを拒否しているのだけど、身体は眠剤がほしくてたまらないらしく、苦しかった。これはもうヤバイな、と思ったので例の人に電話をした。もちろん、仕事中だから出られないというのは知っていたので、数回コールしてすぐに切った。そしたらなぜか、「電話をした」という事実で、気持ちがふっと軽くなった。少し無理はしたけれど、身体はうごくし行動も出来そうな気がした。例の人は、自分が抑制の力になれるのなら利用してもかまわない、と言う。利用だなんて人聞きは悪いけれど、結果、私が昨日していることや日常していることは、言い換えれば利用と言えなくはないなと思う。
でも同時に、飲む前に電話するようになったことは精神的な成長で、そのような精神的な成長がおこったのはやはり「利用」の結果ではなく人対人が対話を重ねて時間を共にした結果であるとも思う。

自分がまさに今ヤバイというとき、「なぜヤバイのか」「こんなにヤバイ私はもうどうしようもない」みたいなことは考えるべきではないし、私の場合はだけど考える余裕はないのでそもそも考えない。
それよりは、「ヤバイ今、どうするか」という今だけの対処を即断することだと思う。即断できりゃ苦労しない、とは思うけれど、即断できなきゃ自傷や未遂はなくならない気もする。昨日は、即断とまではいかなくても、これからをちらっと考えて「飲んではならない」と思えた瞬間からは対処を考えることができた。今の気持ちや動かない身体の状況を変えなければ、と苦しく視野の狭まった頭の中で考えることができた。対処法は子供っぽいしどうしようもないしただの迷惑人間ではあるけれど、今の私にできる精一杯だった。

なぜ、こういう気持ちが湧いてくるのかや、わかないためにどうすればいいのかは後から考えればいい、まだ生きていたくて日常を守りたいならば、今必要なことの最低限だけを行動に移せばいいのかもしれない、死なないための。

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涼しくて気持ちがいい。今日はゆっくりめの出勤で助かる。昨日は朝電話で朝いちの出勤要請があり、また1日の半分を塾で過ごしてしまった笑 

人が「変わる」ときってどういうときなのかと考える。特に、退化の方向ではなく進歩の方向に変わるときはどういうときだろうと。
退化の方向に変わっていく人間と、変わっていく様なら1人の人間がさよならって堕ちていく様子を4年間じっくりと見させて頂いたし、そいつ以外でも、会った時に「こいつ精神的に退化したな」と思う人間はいる。だけど、進歩した、ってはっきりと思う人間は、その人が20歳以上であればあるほど見たことがない。

精神的な進歩や人が本当の意味で変わるためには、必ず痛みが必要になると思う。痛みに気づいて直視したときに進歩するもので、人は変わるものだと思っている。もちろん、自分のせいまたは周りのせいで痛い思いをしても自分の痛みを直視しなかったり人や物に依存している間は、進歩はしない。直視できたときや、痛みから逃れるための依存を脱せたときに、初めて人は変わると思う。そして、たいていの人間は痛みから目をそむけたり知らず知らずに依存を続けたりしているものだと思う。
一般的には、そもそも人生が変わるというような意味で大きく傷つくことがそこまでなく、あったとしてもうまい「処理」をしているように思う。もちろん、それはよいことだし、そうやって一つひとつの痛みを対処することも進歩にはつながっているには違いない。だけど、爆発的成長はない。
それに対して、人生が変わる意味で大きく傷ついたり、どん底まで落ちた人間は、もはや一つひとつ積み上げていくことは困難なはずで、最初の一歩を踏み出すための爆発的な進歩が必要なように思う。

私は、その爆発的な進歩を乗り越えた人間が好きだ。
引きこもりや社会恐怖を脱して社会に出る人間。大切な人ができたときに、今までのめっちゃな自分を本気で変えようとし、変えられる人間。自分の不幸な境遇を嘆いたり、二次的な利得を失いたくなくてそこにとどまるのではなく、命をかけて脱出する人間。ドラッグをやめる人間。依存を解消できる人間。

それをできる人間に確実に共通していることは、自分で強く望んだことだ。変えたい、変えなければならない、変わらなければ生きていけない死ぬ。漠然とした思いでなく、はっきりと自分のなかの変えたい対象を絞って、そこに焦点を当て、本気で変えようという意思を持ち行動したということだ。
そこから本当に進歩できるか変われるかのところで、そいつの周りの環境やそいつが今まで積み重ねてきた生き方が響くものだと思う。生き方に関しては、もう変えようがなくだから今までの生きる態度が進歩の度合いにも響くとは思う、でも、環境の要因はそれよりももっと大きいと思う。

私は、この人はもっとこうだったらいいのに、と思い人を変えたいと思ったことが何度かある。でも、彼らは変わらなかった。今思うと、彼らは変わろうとする発想自体がなく、今のままで不自由を感じることもなく、自分で自分をどうにかしようとする意思を持っていなかった。私は、そんな人を変えようとする不毛な努力をしていた。
環境には2つあって、一つはその人間が変わろうと思うきっかけを与える環境。これに関しては、本でも映画でも、特定の人でも音楽でも絵でも人の死でも誕生でも大切な人の出現でも、その人にとってのおおきな刺激になるのであればなんだって構わない。環境に、敏感に気がつくかどうかの問題で、それこそ、個人の領域だと思う。
もうひとつは、人が変わりたいと切に願ったときに、でもその人が上手く1人では変われないときの、周りの環境。私は、ここに関しては他人が介入してもいいしむしろ介入すべきで、平等であったいいものだと思う。私が人に何かをなしたいときに関わるのは、明らかにここの環境だ。

自分がヤバイ環境にいるときに自分で自分をどうにかしようと決心しない人間には何もすべきことがない。そのやり方は知らないし、どうでもいい。生きるか死ぬかの状況にいって、生きようと思うのであれば、何かしらするはず、それ以降自分をどう持って行きたいかは、そいつの意思にかかっている。どの位置にいきたいか。それが低くて満足できるやつはそれでいいじゃん。
自分のことでいうと、私は何度か変わる機会があったにもかかわらず、意思がないか弱かったりして逃げたり依存でごまかしたりした。だけど、少なくとも1回は自分が変わらなければならない事態に陥って抜けだした、または耐えた。そのせいで失ったものもあったけれど。2つめの環境がよかったからだ。
今度は、その2つめの環境を整えるために、私はいろんなものと戦ったり折り合いをつけなければならないみたいだ。

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さぁ、私の8月の休みはほぼ終わりです笑とは言え、8日間がっつりいろいろな意味で遊んだからいいや、明日からまたがんばりますよはいはい←

休み最後の今日は、やっと例の人と過ごせた。まぁ昼まで寝て、それから買い物行ってご飯作って、私は本読んだり寝たり数学解いたりしている間に例の人も寝たり本読んだりしていただけなんだけどね。あまり何かをしたというわけじゃないか。
明日は向こうでの仕事なので、夜に彼を駅まで送って行き、カフェで話した。くだらない話や昨年の思い出wなどを話して、それはいつもどおりなのだけど、今日は私の知らない例の人の昔の話を少しだけ聞いた。やっぱ、なんていうかとても大変だったのは分かったけれど、だから私には理解できないことも多いし、例の人もまだしゃべれる状況にはいないらしく、私にはほとんど何も分からなかった、だから反応のしようがなかった。だけど、話を聞いたあと駅で別れてから猛烈に寂しくなった。

環境が、違いすぎた。違いすぎたというよりは、彼の環境が特殊過ぎるんだ。私みたいに平々凡々と生きてきた人間でないことくらいは知っていたし、だから去年のような事態になったことは理解していたけれど、過去の壮絶さは知らなかったし想像ができなかった。多分、さっき一から十まで説明されていても、理解はできなかったんじゃないかと思う。
例の人と一緒にいるときは、私は自分の価値観や世界の見方を疑わなくて済む。例の人と同じような見方をしているからということもあるけれど、例の人がほとんどの歪みを歪みとして受け止めるからだと思う。無理して「それは普通だよ」とかいう気休めを言うわけでなく、「それは変だ」と言うわけでもなく、ゆがんでいるけれどあなたにとっては真実だねという感じで受け止める。だから私は安心する。歪み方が正しいと思う。
なのに、私は彼の過去の事実に過剰反応を起こしてしまうかもしれない。本当は事実をそのまま見て、彼が感じてきたことや今思っていることを、わかった振りをするのではなく当然のものとするのでもなく、そこに在るものとして受け止めたい。そうすべきだと思うし、それが正しいと思う。

もうひとつは、なぜ私だったのかということ。今日初めて聞いたけれど、去年のあの日、私の誕生日を祝ってくれた1時間後にことが起こったときに例の人が思ったことは「間に合った」ということだったらしい。その後は今こうなること、つまりあの100日間の私と彼の行動やその後の生き方を、確信していたと言う。
私は、彼との関係を切ってはならないと直感的に思ったから、行動した。そこに、彼が私をどう思っているかという考えはあまりなかった。自分の勝手な気持ちでの行動だった、だけど今思うと、それが例の人の気持ちとなぜ一致したのかと穿ってしまう。特に、過去をちらっとでも見ると、バックグラウンドが違いすぎる私をなぜ選んだのかわからない。
私は考えや行為はともかく、生き方やバックグラウンドは普通の範疇に入ると思っているし、そうなるように気をつけて生活してきた。例の人は、虚飾を嫌いそれを見抜く力には長けているので、私の「気をつけた」生き方の裏側にある破滅的な考えや行為をすぐに見抜いた、そしてだから一緒にいることを選んだみたいだ。
だけど今は、私は自分の破滅的思考や過去の生きることだけに必死だった感覚を忘れてしまっていて、しかもそれが過去にあったかどうかにも自信がなくなっている、そうすると、例の人が私と一緒にいる理由そのものがなくなる。だからと言って、無理にでも自分を負の方向に飾ろうとしてもそれも虚飾なのですぐにバレるだろう、だから私は過去がどうだとか、過去のせいでどうだとか、外部のせいでどうだとか言わずに、今の自分の考えを全力で自覚し、正しいと思ったことを行い、自分の気持ちや外部の力に屈せずにこのまま全力で走るしかないみたいだ。

関係性について、よけいなことは言いたくない、言う必要もない。このようなことで寂しい気持ちになったことなど、特に言う必要のないことだ。そんなクソみたいなしみったれた関係は嫌いだ。この関係は絶対に守りたい、守るためならどんなことでもしてやると思う。そんなのバカみたいで溺れているだけだとか、言うヤツもいるだろうけれど、私は自分の思いは正しいと思うしそのとおりに行動する、そして行動すれば正しくなると思う。

私はまだそこまではっきりした人間にはなれず、うじうじしてよけいなことで悩み、視界にモヤがかかっているようなくだらない人間でしかない。だから、帰ってきてどうしようもない気持ちで、ビールを飲みながらヴェルヴェッツのシスター・レイを何度もかけて自分の気持ちや考えをごまかしている。このままでは、大切なものを失わないという、生きていく上で最低限でかつ一番大切なことすら、できないままになってしまう、強くなりたい。

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何もしてない日々が続く笑そして、調子が悪いっす。
一昨日は友人のお墓参りに行って、昨日は1日やることもなく、ネットカフェで漫画を読んだ。今日は形成外科の診察に行ってさっき帰ってきたところ。マジで、やることがなくて(本当はあるんだけどやる気がおきん)だらだらすごしてる。

なんだけど、なにやら調子がおかしい。一昨日は、お墓参りから帰ってすぐにお酒とロヒを昼間から飲み、昨日も駄目だ駄目だと思いつつ、同じことをしてしまった。例の人はお盆とか関係なく一生懸命働いているのに、私は2日連続ご飯も作れずなにもできなかった。さすがに昨日の夜は険悪になってしまい、マジで反省。例の人は、やはり眠剤やお酒を間違った使い方をしてしまう私を見たくないのだと思う(当たり前のことだけど、例の人のバックグラウンド的には特にね)。ただ、昨日言われたことで結構傷ついたけれどお陰で目が覚めたので、今日こそは耐えようと思う。すげー辛いけどね。

調子を崩した原因は、もちろんひとつには5月下旬からの疲れが、この休みで気が抜けたせいで一気にきたってこともある、けれど、直接的な原因は、多分、わざとあの街を歩いたことだと思う。
私は例の人と生きていくために、PTSDの心理療法を受けることにした。明日、カウンセラーさんにその返答をしようと思う。だから、そのために今、カウンセラーさんから借りた、その療法(エクスポージャー)の、治療者向けの本を読んでいる。できるだけ自分にあてはめないように、客観的な文献として読もうとしているのだけど、やっぱ、難しいなぁと思う。書いていることが難しいというわけではなくて、すぐに「自分ならどうだろう」と当てはめてしまうのが、精神的に難しいところだ。だから、できるだけ自分の部屋で1人では読まないようにして、喫茶店とか人がいる場所で読むようにこころがけてはいるのだけど。今からも、とりあえず外の喫茶店に出かけて読むつもり(冷房効いてて涼しいしね笑)。

だけどね、私は一昨日あの街へ行った時、ほとんど無意識かつすごい焦りとともに、Yの家の方面に向かって歩いた。今まで避けていたことを、わざとやらなきゃなんないという気持ちにかられて、そういうことを勝手にした。とても、体力のいることだった、もちろん何も思い出せないし、思い出すことを拒否している自分を認識したけれど、だけど身体中で拒否してることには対抗できなかった。
私は、去年の10月に例の人との会話でYのことを話して(Yは例の人の店の客だった)、その中で自分がどれだけYにとらわれ、どれだけ人生の大きな部分をYに占められているかを少し理解した。10月22日、誕生日の前日は診察とカウンセリングの日で、カウンセリングでなんとなく過去の話が出たときに、事実としての暴力や暴言等々の記憶を、さらっと喋った。そのときに、もしかしたらというか、多分これはPTSDで自殺衝動などもそれに関係しているかもしれない、と言われたし、確かに私の破壊衝動がはっきりと形になったのは(それまでももちろん心に衝動はあったが出すことはなかったからね)Yとのことがあり、その後のひどい生活で生きていくのに必死だったことが一段落した後からだったから、自分でも思い当たる節はたくさんあった。そして、その同じ日に、例の人と会い例の人が消えた。

あれから10ヶ月ほど経った今、PTSDということははっきりし、そしてその間に自殺企画を1回、他害を数回、そして命に関わる自殺未遂を1回行った。それによって、去年の11月以降で100日弱は入院をした。もう、はっきり言ってこれは「普通の生活が送れる」状態ではないんだ。
今、私は例の人がいてくれることで何とか自分を保っている、だけど。だけど、無力感や空虚感や、自己嫌悪や人に対する恐怖感や、そして例の人に対してでさえ恐怖を感じる。それはもちろん、Yのことのせいだけではないのは十分に承知している。もともとの私の気質や躁うつだって関係はあるだろう。だけど、私はあの街に行くと、必ずと言っていいほどに調子がおかしくなる。大好きな街なのに。全てのあの街の場所に、苦しい思い出が残っている。

私は、例の人と同居しているし、多分もう同棲と言ってもいいと思う、3ヶ月一緒に暮らしていて私はこれからもずっとそうしたいと思っている。だけど、変な話私は例の人にはっきりと付き合うとは言っていない。まだ言えないんだ。例の人も知っている人間に関する、生活を脅かすような記憶が消えない間はまだダメだと思う。いつでも、切られる、切れる場にいなければいけないと、私は勝手に思っている。
カウンセリングの際、私はできるだけPTSDの話をしたくないと思ってしまう。一つには、私はそんなに大した傷を受けていないのではないかという疑念、だからこそ、こんな不毛な話をするのは申し訳ないという気持ちから。でもひとつには、きっと、あのときの気持ちを思い出したくないという頭がはたらいているのだろう。前にテストを行ったときも、私の傾向は完全に回避だった。

もう一箇所、Yから夜逃げした後の場所にも私はいけないし、だからこそ、常磐線、千代田線には普通の気持ちで乗ることができない。もうあれから、安全に、そして苦しい生活をせずに生きていけるようになってから、2年半経った。それでもなお、だ。多分、私は診断の基準に則れば、PTSDなのだろう。
誰にも本当のところは話していないし、話す気にもならないし、面倒くさいし、嘘だと思われるし、私自身があんまり覚えていない(というか忘れたふりしてるのか?)。だけど、今なんだと思う。向き合うべきは、きっと今なんだろうな。
もう、私はしにたいと思わないし、ちゃんと生きたいと思うから。

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間が空いた笑 
8日の夜は花火で楽しい時間を過ごして、9日は夕方までグダって実家へ、10日は朝3時起きで新潟へ出発、新潟のおばあちゃんちで1日寝て(本当に10時間以上は寝てた気がする)、今日の昼に家に戻り、都内で同病の方々と飲んで食べて帰宅。つまり、8日の午前でバイト終了した後からは遊んでるか寝てるかしてない私です。
うん、形成退院してから約3ヶ月間、一生懸命やってきた(と自分で自画自賛してみる)ので、今週1週間くらいいいかぁと思い、好きにやります。ええ好きにやります。

昨日おばあちゃんの家へ行ったわけだけど、おばあちゃん家(母の実家)の地域は温泉が有名。行くたびに、かならず温泉に入っていた。だけど、当たり前だけど今回は無理だった。生理がきそうだった、っていうのは嘘で(それもあるにはあるけれど)、右大腿の褥瘡ね。
傷はかなり浅く小さくなって、もうほとんど見えなくなっているけれども一部だけはまだ深い。なので、入浴はまだできない。最後に「入浴」したのは、ODの前に例の人に温泉に連れて行ってもらった2月15日だと思う、それから先は浴槽につかってない。私はもともと基本シャワーだけだから苦ではないのだけどね。

また、家には全身鏡がないし、ユニットバスの鏡も顔が映る程度の大きさ。だから、自分の大腿の傷を、「傷」そのものとしてでなく身体の一部として見る機会があまりない。傷そのものとしてならかなり詳細に毎日見ているけれど、それは深さはどうかなとか化膿していないかなとか、どっちかっていうと、自分とは別のものを見ている感じなんだ。
だから、久しぶりに実家で全身鏡がついた浴室でシャワーを浴びた時に自分の「身体の一部としての」傷を見て、あー...と思った。褥瘡があった部分の周りの皮膚・肉はくぼんでる、縫ったあとと切ったあとはまだ赤黒い、おしりの皮膚を切ってぐるっと回して大腿に持ってくるっていう手術だから、おしりの部分から大腿にかけて、つまりショーツの下のラインに沿う感じで切って縫った線が入っている。移植した部分の皮膚は周りに馴染みきってはいないのではないかという色になっている、最初よりはかなり同じ感じになってきたけれどね。

正直、この傷が完全に閉じても、温泉にはいったり、水着になるのははばかられるかな、と思う。知り合いがいればもちろん理由を聴かれるだろうし、知らない人でも目につくだろう。私はそこまで気にしているわけではないけれど、当たり前だけど積極的に見せたいとは思えない。そして、基本的にこの部分は人に見せることがない場所だけど、これ以降、この部分を見せることになったときにはある程度の覚悟が必要かなと思う、まぁ、そんな機会はもうないことを願うけれどね。

大腿の部分だからまだいいんだ。額、ここも多分一生傷は残る。聴かれることはよくある。
ODの後、意識が回復して自分の顔を見た時は、覚悟した。ひどく腫れ上がった唇にひどい額の傷、頬にも傷、もうきっと元に戻りきらないだろうな、と。幸い、唇の一部と額以外はだいたい元にもどったからよかったけれど、あの時はけっこう諦めていた。もともとそんなに美に関しては頓着がなかったので多分普通の女性よりは切実に思わなかったとは思うけれど、少しはね。

だけど、例の人の態度に救われた。私の顔を見てもおどろいた顔をせず、脚の傷もそのまま受け入れた。手術後の大腿の処置はほとんどしてくれたし、今の大腿を見てもかなり治ってきたねよかった、としか言わない。あなたが気になるのだったらできるだけ傷跡は消せばいいけれど、その傷は「一生残る」タイプの傷だよね、と言う。その意味は傷だけの意味ではないのだろうなと思う。やったことに対する、私の人生の一部の傷だという意味だと思う。でも、だからこそ受け入れてくれるのだとも、思う。
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過ごしやすい朝です。昨日まではバカみたいに暑くて、この辺の工業地帯では39度くらいになったらしいね、まぁ風が強い地域だから、体感気温はそんなんじゃないと思うけれど。そんななか、私は1週間、基本1日の半分は塾にいるというね、塾漬けの日々を過ごしましたよ。今日の午前中行けば、16日まで夏休み!やったね!楽しむ!

私には、聴く力が不足していると思う。それは、誰かがしゃべったことが右から左にスルーするとか、そもそも聴いてないとかいう意味ではなくて(まぁ、それも事実だけど)。1対1のときに、相手の話に耳を傾ける力が不足していると感じるんだ。っていうのは、オカンによく言われることなんだけど、私は「結論をせかす」らしい。だから何なの、みたいな。こっちの質問に答えろよ、みたいな。結論言って、その理由や詳細言えばよくない、みたいな感じだからなんだと思う。だからどっちかっていうと、はっきりした「男性」の話のほうが聴きやすい。内容を把握しやすいし、こちらの意見も言いやすいから。私はコミュニケーションは、基本はそんな感じだと思ってたのだけど。

発達心理の教授は、臨床心理士で子供から大人までさまざまな人の支援をしたり研究をしたりしている。その人が言うには、コミュニケーションを円滑にするために必要なスキルは話すスキルよりも聴くスキルだと言う。
たいていの日常会話において、それが業務連絡でないかぎりは、話手は基本的に聴いてほしいから、しゃべっているんだ。もちろん、あなたはどう考える?アドバイスください、ってときもマジであるだろうけれど、どっちかって言うと、「共感して」って方が多いようだ。多いようだっていうのは、私はあまり、「共感してよ」と人に対して思わない(期待してない)ので、なんかその気持がよくわからないからなんだけど。だから、まとまりのない会話で自分のこころを整理したり、聞き返されたり相手に言葉をオウムがえしされたりすることで、共感されていると感じ、すっきりするらしい。そんなときに相手が私のような人間で、「で?」「だから?」「それで?」みたいな態度だったらもう金輪際話しません、ってなるだろうな、と思う。

私は基本的にかなり喋るので、相手を聞き役にさせてしまうことが多い。だけど、自分がしゃべるときは相手に負担をかけないように、できるだけ話をまとめようとしながら話す。下手だけどね。
でも、最近は、人の話を聴く機会が増えた。まず、例の人の話を聴くことが増えて、彼は完全に「自分の気持ちや不安や怒り」をしゃべるので、「共感」を求めているのだなぁと、感じる。
また、塾の子たちも、話したい、聴いて欲しい、そういう理由でいろんなこと話してくれる。
そういうのに対して、私は聴くスキルが不足してると感じるんだ。もちろん、あぁ、そんな風に思っているんだ、とか、優しい子だなとか、思うけれども、なんというかそうではなくて、私はいつも急いているので相手の話を理解したら途中で私が結論を先取りしちゃう、みたいな感じ。最後まで聴くことや待つことができない。相手のゆっくりなリズムに合わせられないんだ。例の人の場合は私とリズムがほぼ同じなので問題ないのだけど、女の子のゆったりした子の話とかは、そのペースに合わせるのがきつくて、先走ってしまうことがある。
そういうとき、あぁ自分はだめだな、と思う。人の話を最後まで聴くことができないし、自分で勝手に結論付けるし、相手のことを本当の意味で知ろうとしていないのだな、と感じる。話ながら感じる、でも改善できないんだよね。

私が仕事にしたいことや、やりたいことは確実に聴くスキルが必要になる。そりゃ、スキルはやり方なので、知ればできるようになるかもしれない、でもそれはなにか違うと思う。
スキルを最初は身につけつつ、それが自分の本当の姿になれば、いいなと思う。

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体力がやばい笑 7月の第2週と同じくらいの勢いでめっちゃ疲れてる。今週は毎日、8時間〜9時間半くらい塾で教えてて、肉体的にもきついけれど精神的(ってか頭?)に疲れる。ただ勉強教えるだけならまだしも、それ以外の業務を同時進行でこなさなきゃなんないっていうのは頭使うよね。
そんなわけで、帰ってきたらソッコーでご飯食べて寝て、朝は6時に起きて、を繰り返しているわけで、夏休みもクソもないわけだけど、今週の土曜日の午後からお盆休み!!これは、GW以来初のゆっくり週間だね。マジ楽しみです。

GWは、私にしては珍しく楽しみな予定がたくさん入った。花火、バーベキュー、久しぶりの友達に会うこと、祖母の家に行くこと、などでいろんな人と会えることがとても楽しみ。なぜか、お盆やすみ中に形成もヌマも通院だけど、それはそれとして笑 だから、結局お盆バイトは入れられなかったけれど、1週間くらいこんなことがあってもいいと思う。
やるべきだけを追いかけるのじゃ、身がもたない。でもこんなに楽しいことがあるってわかってるならもう少し頑張れそう。だから、週末に向けて今日と明日、頑張ってきます。

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週の初めからぐったりですよ。塾で9時間教えているのだけど、昨日は問題がある子が最後に来てしまって大変だった。その後始末などがあり、帰ってきたら22時半を過ぎていて、ソッコーでご飯食べて寝たので5時間は寝られたけれど、今日も8時間くらい塾があるのですよ、っつうか金曜日まであるのですよ、死ぬかな?まぁ、好きでシフト入れた私が悪いからがんばります笑

もう8月に入り、精神科を退院してから4ヶ月経った。うち1ヶ月は形成への入院だとしても、3ヶ月は普通に生活した。この、「普通に生活した」っていうのはいつぶりだろうなぁ、と振り返る。去年は6月以降、まともに継続的に普通に暮らしたのは、9月から11月末までの2ヶ月弱だけだった。しかも11月はわけのわからないままに生活していたから、こんなに安定して3ヶ月も持っているのは初めてだ。
こうやって暮らしているうちに、私は生きていく上で自分に圧倒的に足りないものがわかった。前も書いたけれど、多分、私は人よりも体力がない。とても、疲れやすいのかもしれない、と気がついた。

本来は、昔からそんな感じだった。中学・高校と、学校に行けなくなったのはもちろん精神的な圧迫もあったけれど、オーバーワークに自分の身体が追いつかなかったからだと思う。中学のころは、バスケの部活・生徒会・塾・くもん・ピアノ・英語、ってやってて1日も休みがないっていうのが普通だったけれど、だからって学校そのものにいけなくなるほど疲れたりはしないだろうと思う。
高校のころはもっとひどくて、学校と陸上の部活しかしてないのに学校に行けなくなった上に(部活は行ってた)、身体全体がおかしくなってめまい立ちくらみ異常なだるさで、都内の大きな病院に通院してたわけで。
なんだけど、私はその頃、体力があることが美徳だと思っていて、ストイックになんでも(勉強以外)やることが素晴らしいことだっていう、正しいのかもしれないけれど偏りまくった価値観で凝り固まっていたので、体力がない自分を認めたくなかった。
だけど、今はもうだめ笑疲れる疲れる。学校は3時限が限度だし、バイトも週に1.5日は休みがないとやっていけないことに気がついた。高校卒業後にこれまでで一番はたらいたのは、Yから夜逃げしたあとの1ヶ月間だった。ホテル勤務がフルタイムで前の車検場で月間3〜4日バイト、で夜はスナックに少しだけいたわけで。あのときは、身体が危険信号を発していたのに自分で気がつけたから、スナックやめたけどさ、なんていうか、本当に生きるか死ぬかで親にも言わずに全てを1人でやるとなったら、生きる方を優先するように身体が動くもんだなぁと実感した笑

今、私はたくさんの人に守られて生活している。例の人が間近でみてくれているし、バイト先でも体調を気にかけてくれたりする方がいる。親も、ネット上でも、心配してくれる人はいて。
だから、私は調子に乗って無理をしかねない。心配されると無理をするという、わけのわからないあまのじゃくを発揮して、体力の限界まで動きかねない。まぁ、7月中旬の信じられないほどのテストプレゼン激被り週間からずっと、今もそうなのかもしれないけれど笑
例の人は私に対して怒ることはめったにないけれど、無理をするときだけマジで怒る。例えば、形成退院したその日から学校とバイトを再開したときとか、12月に暴走して入院したときの手紙とか、先週、褥瘡が痛いのに1日我慢して帰ってこれなくなった日とか、身体を大切にしないと怒る。私は自分の身体は大切なものだと、やっと少しは思えるようになったけれども多分、まだ「どうでもいい」と思っている節もある、だから、今自分が自分の身体をいたわる理由の大きな部分は、大切な人を心配させないためなのかもしれない。でも、今はそれでいいか、と思っている。

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