Take it EZ! セカンドダンジョン

4日ぶり?また間があいちまった。
25日は深夜バスで名古屋へ、26日の深夜に家に帰ってきた。で、27日は1日バイトで昨日は専門科目のテストが2個あって、今日に至る。今日は倫理のテストだね!今日のテストが終われば晴れて夏休み!約50日間の休みだよ何しよう←いや何しようっていうかもう夏期講習もはじまっていて、6時間とか平気で教えているんだけどさ。来週からは更に長くなるねがんばろう受験生!

で、26日の名古屋の講演は、今まで聴いた各講演のなかで一番心に響いたし勉強になったし、影響された、自分がやるべきことが少し見えた気がしたものだった。それに関してはまだ書くべき時期では無いので書かないけどね。講演は1時間半だったので、その他の時間は矢場町で「矢場とん」食べたり名古屋駅周辺や栄ってとこをぶらぶらしたりして、カフェ入ったりもしてた。矢場とんは、クラスの子から勧められたので急遽食べに行ったっていうね、行き当たりばったりだけどすごく美味しかった。他には別に特に「これをした」ということはなかったけれど、こちらにいるときのばたついた日々ではありえないほどにゆっくりと周りを見ながら歩くことができたし、36度の猛暑ではあったけれど、とてもリフレッシュできた。ケータイの歩数計見たら、1万8千歩になっててびびったね笑 褥瘡ができて以降こんなにのんびり楽しく長く散歩したことはなかったし、多分自分がいつも活動してるエリアではそれはできなかっただろうから、本当に行ってよかった。

その前の日、25日にヌマに通院したことはその日のブログに書いたと思うけれど、私はなんだか、最近はヌマを見る目が変わってきたと思う。私は、ヌマにとても助けられたしおかしい話だけど、あそこは慣れ親しんだ場所だし逃げ場でもある。そりゃあ、毎年長く入院するのだから当たり前だけどさ。たくさん知り合いもいて、ヌマに行けばだれかと会えた。だから、少なくとも1年と少し前まではヌマが好きだった。もちろん、今も大切な場所ではある。だけど、最近はそれだけではなく、ヌマに行くと焦りや不安を感じ、同時に身が引き締まる思いに駆られる。
これは、私だけが言っていることでなく、この間病院で久しぶりに会ったねぇちゃんやその他の人も言うことだけれど、死んだ仲間がふらっと現れそうなんだ。廊下の奥からとか、自転車で門を入ってきたりとか、しそうなんだよね。
私は、焦る。このままでは、また、って思う。今までは、だからって自分が何かをすべきではないし、第一、今の状態に甘んじて生きているやつなんてそれでいい、って思っていた。前に進む気がないなら、それでいいじゃん、そのままでいろよ、ってそう思ってた部分も確かにあった。正直、その3人に対してもそう思っていた節があることは否定出来ない、元気でなんとか生きていられるならば、別にその生き方がどうだって知ったことじゃない、ってね。
そしたら、死んだね。

どこが境目なのだろう、どこまでが、自分の力でやるべきで、どこからが何か誰かの手が必要なのだろう。
誰かの手が必要だとすれば、どのような手が必要なのだろう、それは確実に、一人ひとり違うはずだ。
そのための方法はどのようなものがあるのだろう。同じ立ち場の自分たちではどうしようもないのかな。だけど、支援につながれないのは、本人の責任ではないとも思うし、だったら、誰かがそれはやらねばならないとも思う。でもどうやればいいのだろう。既存の支援だけで本当にいいのか。彼らは、何か一つの要因でなく、たくさんの要因がからまってああなった、それを包括的に見られる人は存在していたのか。
わからない。

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さぁ、今日はこれから新宿まで行って夜行バスに乗って名古屋。明日の早朝について少しぶらぶらして講演会に出席して、夕方のバスに乗り、明日の深夜には家に到着できる予定。強行スケジュールだけれど、月曜からはまた塾で二次方程式や平方根と戦わねばならないので仕方ない笑 講演などについては、私の考えが発散せずにまとまったら、書いていきたいなぁと思ってる。

今日はヌマで診察とカウンセリング。今日のヌマのある街、つまりYさんお住まいの街で私も住んでた街なんだけど、そこのお祭の1日目だったので、逃げ帰ってきたんだけどさ。
カウンセリングでは、日常がひどく忙しかったけれど乗りきれて落ち着いていること等を報告。そして、夏にやろうとしていることの本題に入った。PTSDについてのことね。まずは、本を借りたので今やろうとしていることが私に必要か、そしてやるべきか、を考えなければならない。

今日は、自分のこのことに関する考えを話してきた。
私は、暴力の記憶自体は、結構どうでもいいというか、もちろん痛かったし嫌な思い出であることには間違いないけれど、それで辛くなるということはない。また、Yがああいったことを私にしたことは、私に原因があった、という考えは去年の12月の入院中に緩和された。Yに何できなかった、という思いはまだまだなくならないし一生持つものだと思うけれど、それが「辛い」という感覚はない。どちらかというと、その、Yに対する、つまり「人に対する」無力感というのをこれからバネにしなくてはならないし、私にはその無力感があるから、これからすべきことが漠然とではあるけれど、見えてきているのだと思う。

じゃあ、何が辛いのか。
私は、私が私に対して無力であったことに対して、ものすごい自己嫌悪をしている。
Yさんに言われれば、そればかりが頭に残り、直さなくてはいけない改善しなければならないあの人が気にいるためにはどうしたらいいのだろうと考えた。暴力があれば、それに対して感情で反応するよりも早く、この暴力を止めるにはどうしたらいいか、次にされないためには私はどのような態度をとればいいのか、考えた。外で荒れるならどのように人に迷惑をかけないようにするか考えた。私の感情は私に無視された。
だから、ほとんど1人になることのない日常で、ふと1人になったときはどうしようもない気持ちばかりが襲ってきた。感情が爆発するんじゃないかと思うこともあったけれど今考えると、私はそれをどうにか押しとどめていた。だから、身体に出た。千代田線で、職場で、立っていられなくなった。ご飯も食べられなくなった。そうなっても、どうなってもいいから感情だけは出てこないでくださいと、頭のどこかが考えていたのだと思う。

だから、これではまずいと思った2月に夜逃げするときだけは自分の生存をかけて逃げたけれど、そんなことになるまで自分の身体と精神をものすごく蔑ろにしていた。
自分が生きるためには、生きることの最低限をするしかなかった。自己実現だとか将来への希望とか野心とか1ヶ月後の予定だとか、考え付きもしなかった。今日、帰ったらうまくいくかな、ここ10日は暴力も喧嘩もなかったよね、この平和はいつまで続くのだろうどうやって続けようか、今日はドラッグやってませんように今日はお酒なしで過ごせますように。

21歳、22歳、とても惨めに過ごしたなと思う。客観的に見れば、惨めだったなぁくらいで終わりだ、だけど私にとってはかけがえのない時間をクソみたいな気持ちで過ごしてしまった意味のない時間だったとしか思えず、それを当時なんとかできなかった自分が嫌だ。自己嫌悪と、その、「生存」のためだけに日々を過ごしていた、感情が出てこないようにしながらもたまに出てきそうになってしまう切なさとか惨めさに怯えながら生きていた感覚が戻ってくる怖さが、まだある。

今、電車の中その怖さが復活することが多い。そのときは自分に言い聞かせる。今の私は違う、あの頃とは違う。
だけど、今の私があのころの私と違うのはあの頃を経験したからだ。あの頃を経験しなければ、こんなに単純なことも分からなかった。
大衆が言うように、私は自分を持っていなかったから、だからYに漬け込まれてしまったのか、とも思う。その論は間違っているとは思うし、そんなことを言うやつだって他のことで、誰かに漬け込まれているに違いない。
なのに私は、「漬け込まれるお前が悪い」「暴力や暴言はされるほうに問題がある」の風潮に勝てる自信がない。だから本質は、あの頃とどこも変わらないのじゃないのかと思う。また、あの時期がもどってくるのではないかと怖くなる。

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始まりました夏期講習!うん、7月の平日は鬼のようなコマ組になっちゃって、頑張るしかないね。しかもほぼ中3と高3の数学笑 数学専門になっちまった、私文学部ですが?って感じだけどいいとしよう。

最近、マジで書くことがないというか、正直今、自分のことやこれからやるべきことでかなり悩んでいるし考えている。ものすごく現実的になることもあれば、突飛な妄想になったりもして、なかなか思考が着地せず、困惑している。だけど、だからと言って忙しさにかまけている場合ではないと思う。ここでごまかして、日々の生活を忙しくするのはなにかが違うと思う。手に入れたいものややりたいと少しでも思ったものがあれば、それを曖昧にしてはだめで、掘り下げるべきなんだ。

私には、表現のツールがない。
音楽、美術・制作、言葉、身体で表現すること、どれをとっても最低クラスなほどに何もできない。もちろん、生まれてからセンスを磨いてこなかったことや、美しいものに対する敏感さを持てなかったことが、そういった能力の欠如につながっているとは思う。
ただし、それだけじゃないのは、自分でわかっている。とにかく普通でありたい、っていう10歳くらいからの思いが、余計なことをしてはいけない、ストイックにやるべきだけを片付けるべきだ、という脅迫にも似た面白みのない考えになって、それは今でも抜けない。暇になると、何をしていいかわからなくなり、義務的「やるべきこと」を作り出す。

でも、それは言い訳だ。表現のツールを持たなかったのは、表現をしようとする意欲や表現をしなければならないという必要性を感じなかったからだ。生きてられればいい、それだけだった、とても面白みのない人生だった、だから人から漬つけこまれるんだ。そして更に言うなら、最終的な表現は自己破壊だった。
こういう視点で振り返ると、マジで死にたくなる。何かを死ぬ気で見つけるべきだと思う。
ただし、私はそれは、音楽や美術やそういうものだけにとどまらないものだと考える。つまり何かの信念を持って行動すること、例えばそれに他のものを捨ててでも命を掛けられれば、それは表現になるだろう。私はそっちのタイプだと思う、そしてそれに、「言葉」がプラスされればいいなと思う。

なのに私は、手に入れたいものはあるけどそれが漠然としすぎているし、そのためにどうしていいかまだわからないし、まずもって、そのために他を捨てるという覚悟がない。
今、自分を評価できるとしたら、自分の空虚さ・無力さに気がついていることだけだろう。

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今日で前期の授業は終わり!あとはテスト期間中にテストを4つ終わらしたらすべて終わりだ。がんばったがんばった!まぁ昨日の文化人類学のテストは、授業を全く聴いてない上にテスト勉強を1時間しかしなかったから落ちたね!

最近調子いいし、代わり映えのしない毎日だけど充実してるといういい循環ができているのは自分自身がとてもよくわかっている。でも、同時に自分の破壊衝動が全く消えていなくて、いつでもこんにちは、って出てこられるのもよくわかっている。
私は、20歳で専門学校をやめたとき、数週間だけだけど引きこもった。バイトも行けなくなり、学校をまたドロップアウトしてしまった自分が最低で生きている価値がないと思い、自分を崩したくなった、でもそのときはODなんて知らなかったし、いいこちゃんのお嬢様(言い過ぎw)だったので荒れることも知らず、何をどうしていいか分からなかった。そんなとき、なんとなく夜に本屋に行ってなんとなく買った、村上龍の「限りなく透明に近いブルー」を読んだ。最初は吐き気がするような描写ばかりが続いた。精神薬や眠剤を大量に飲むことすら知らなくて、ましてやドラッグとは縁が遠いし、処女だったからセックスや、乱交の様子なんて分かるはずもなかった。今の私なら、その本に出てくるレコードが私の好きなものばかりで、おっ、ってなってただろうけれどそのころの私にとっては音楽一つ、理解できなかった。

だけど、何かが響いた。何かわからなかったけれど、読み終わって呆然とした。確かにドラッグの描写はよく分からなかったけれど、最後のバスルームに駆け込むところのリリィとの会話やリュウの精神状態が崩れていく描写に、ある種の心地よさを感じた、そして引きこもりは終わった。その2ヶ月後には、ハロワで職を見つけて働けるようになって、そのまま今に至っている、まぁそのままとかいいつつ、いろいろあったけれど笑

今年の2月、ODする一週間前、例の人の車の中でヴェルヴェット・アンダーグラウンドの一枚目を聴いた。初めて聞くような音だったし、ノイズがすごいし、楽器の使い方がおかしいことは分かって聴いてられないと思った、ルー・リードの歌い方がやる気あんのかよ、とも思った、だけど、ヘロイン、っていう曲と、ヨーロピアン・サン、って曲が頭に残った。
そして、OD明けのICU後の個室でもう一度聴いたとき、はっきりとピンときた。何がピンときたかはこれもまた、わからなかった、けれど何度も何度も聴いた。ヌマに入院しているときはこのアルバムを1日中聴いた。

今、その時よりも本を読み、音楽のバリエーションは圧倒的に増え、例の人と対話を繰り返し、そんななかでなんで自分がそれらに引きつけられたか、わかってきた。
破壊衝動を代弁してもらってたんだな、って。
やり方がわからなかった20歳のころ、そしてOD明けで動けなかった2月3月。自分じゃできない破壊活動を、その本を読むことでまたは音楽を聴くことで浄化していたのかもしれない、って。
ヘロイン、って曲は、終盤から完全に狂う、ジョン・ケイルのバイオリンが歯医者じみてくるし、モーリン・タッカーは一体どういうドラムの使い方をしているか不明だし、ルー・リードは笑っちゃってるし、不快と言えば確かに不快かもしれない、だけどそれよりもその壊れていく様が心地よい、もっと崩れろもっともっともっと、っていうのがはっきり形になって最初の、これどうなるの、っていう不安が依存性のあるような心地よさに代わる。ヘロインについての曲なわけで、本来はそれによる脳の変化が引き起こしてるものを、表現したという感じなんだろうけれど。もちろん私はヘロインをやったことも見たこともないけれど、その崩れ方が心地いいんだろうなということはなんとなくわかり、やってみたいとまでは思わないけれどそのような気持ちに一瞬でもなれることをとてもとてもうらやましく思う。

私の破壊衝動は消えていない。今週の日曜日、とても静かな実家で、最近の生活が上手くいっている自分を再度見つけたときにそわそわした。これじゃいけないなと思った、そろそろ崩す時かなぁ作ったら崩すんだもんな、といつもの癖が出てきた。「だからたまに、多量の錠剤や粉末の眠剤やICUや当時破壊したかった対象がどうにもなつかしくなって今の落ち着きが馬鹿馬鹿しく思えるので、きっとこのままではいつか繰り返すと思うのです。」

思う、いつまでも、浄化して「もらって」いるだけではダメなんだ。
この破壊衝動は、いつかなにかの形で表現すべきだし、表現の仕方を本気で模索するべきだ。そうでないとまた繰り返すだろうし次は死ぬだろう。きっとその表現は、私にはセンスがないので、「行動」という形になると思う、だけどそのやり方はまだ少しもわからない。ただし、それが必要だということは、最近思考を重ねてようやくわかってきたんだ。

「それはこの女が方法を知ろうとしていないからだ。悲しみを表現する方法を知りたいと思う欲望と、知ろうとする意思がない。欲望と意思が絶対に必要だということさえ知らない。この女はしかも特別なわけじゃない。昔のオレも、今のオレも、昔のオレのまわりのすべてもこの女とおなじだった。」
-村上龍『ストレンジ・デイズ』より

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3連休ウェイ!とはならないのがこの大学のすごさだよね。祝祭日を無視するというね、まぁあそこ「ならでは」と言うかなんというか、というのは嘘で笑 学校が通常通りあってしかもテスト2つなのはマジだけど。

一昨日はMECの千葉オフへ行って、そのまま実家。ネコの誕生日だから帰ったのにネコにはとても迷惑そうな顔されて無視されてとても傷ついた。昨日は実家近くの美容院行って髪の毛バッサー切ってショートに。で、夜はオトンに結構いいとこのステーキ屋さんに連れて行ってもらい、ステーキを食べワインとビールをたくさんいただき、そのままアパートに帰って寝た。本当、ゆっくりできた2日間だった。基本、日曜日はだらけるというスタンスは崩れない笑

今日は、MECについて初めてだけど、書いてみようと。
私は、去年の9月から食事をMECにしている。MECとはなんぞというのは、私は理解してるつもりなんだけどいざ人に伝えようとすると私のクソみたいな国語力で伝わる気がしないので、ブログ村「低炭水化物・糖質制限ダイエット」ってとこのMECって入ってるブログとか見ていただいたほうがいいね!ってかミノルさんのブログ見ればいい。
で、8月くらいにMECを知って、9月から始めたは始めたのだけど、私はそれから先、100日以上精神科と形成に入院していたのでその間は中断、だから継続的にマジでやってるのは、5月11日からということになるね。

食事は、基本、肉と卵とチーズをよくよく噛んで(30回以上)食べましょう、ってこと。私は完璧ではないけれど、特に朝晩は実践している。卵は少なくとも1日3つは食べてて、チーズは6Pチーズ1日で4つくらい+オムレツにぶち込むチーズを食べてて、肉は例の人と2人で400グラムくらいは食べているかなぁと思う。
MEC知ったのは、躁うつのほうの千葉オフでもう2年はお世話になっている、ミノルさんとジュリオさんという私がマジで信頼しているお二人がやっていて紹介してもらったから。そして、2人の身体の変化を目の当たりにしたので、疑うとかそういうのなしに、あ、私もやろ、みたくなった笑
元々、肉も卵もチーズも全部好きだったし、私は料理が下手で苦手だったのでこれなら好きなものを食べることになるし楽かも、と思った。私は自分の好きなものをずーっと食べ続けるっていう性格(高校3年間は毎日ダース白食ってた)なので、食材に対して飽きることはないし、料理のバリエーション考えなくてもいけるな、と判断したからね笑不純な動機です。
目的としては、ダイエット目的で始める人が多いのかもしれないけれど、私はこのころどちらかというと低体重(OD明けだったので45キロくらい?)しかなくて、どちらかというと体力つけたいとか、精神的な改善を目的としてた。

今の基本的な食事は、朝、チーズ入オムレツとウインナーとチーズ、昼は学校で食べるので卵サンド(パン少ないやつ)、夜は肉が入った料理(私が作るか例の人がつくるか近くのお弁当屋さんのお惣菜かだけど)って感じ。この2ヶ月、毎日同じ朝食を飽きもせず食べているけれど、全然飽きない自分にびっくり。たまには外食もするけれど、周りの人々に「ご飯たべない人」「肉、チーズ好き」という設定を植えつけたのでw、ハンバーグとか焼き肉とかに行く感じになったね。一緒に生活してる人は、私がご飯を食べない、肉だ、と言ったら別に特になにも説明しなくてもすぐに自分も私と同じくしてくれて、結果、調子いいとのことだったのでその点は良かった。

で、調子。この通りです笑 精神的に、前年までの今ごろとくらべて、かなり安定してる。ドカーン行かなくなったし、もちろん衝動はあるけれどそれを何とか、コントロールすることができているのかな、と思う。もちろん、人間関係が良好だから、ということも大きいけれど、例えばそれも私が安定しているからこそなのかなぁとも思う。そして、新たなつながりも増えて素敵な人々が自分を気にかけてくれるっていうね、好循環も始まった。
精神的な安定で、特に思うのは、自分の調子を見られるようになったってことかな。これはこの間も書いたけれど、自分が今疲れている、とか、衝動的になってるな、ってことが分かるようになってきたってこと。だから、この間のじじいの診察では薬も微調整したし、休みの日は寝ることを中心にしてみたり、塾や学校には残らないで済むように朝のうちにやることやったりもした。これって、精神が安定したのもあるけれど、自分の身体の調子に対して自分が少し敏感になったからかもな、とも思う。つまり、お腹が空いている、とか、食べたい衝動が強い、とか、満腹だ、とか、今日は調子いいなとか逆に悪いとか身体のかるさ重さを、自覚できるようになったって感じかな。
他には、顔色がよくなった(と言われるようになった)こととか目覚めがよくなったとか寝付きが更によくなったとか、いい傾向は多い。体重は増えも減りもせず、48キロあたりなのであと2キロくらい増えてもいいなぁと思ってるかな。

ってな感じで、私はMEC続けます。尻切れなのは、そろそろ学校へ行かねばなので。祝日にテストはマジやめて。

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さぁ、ようやく休みだ...まだ学期末のテストが6つ残ってるけどな笑 今学期はテスト10科目っていうね、教養科目の取り方がおかしくなって鬼のような履修を組んでしまったので仕方ない...秋学期はその分楽なんでいいけど!
今日と明日休んで、来週の月・火と学校に行けば前期は終了。そこからテスト期間に入り、私は29日で全科目終了ばんざいってなるかな。

そして、来週の半ばから塾の夏期講習が本格化するね。私は今、通常で中3受験生6人と高3受験生1人+他学年で、計10人持ってて、夏季は他の忙しい先生たちの代理もしようかなぁと思ってるんでがんばります。けどね、頑張ってる受験生見ると私もがんばらなきゃって思うからいいよ。とっても働きやすくて熱くなれるバイト先で、とても楽しくやらせてもらってる。みなさん、私が前に「倒れた(っつうことになってる)」のを心配してくれて、私には週1回以上は必ず休ませますからね!なんて言ってくれて、そういう気遣いも本当にうれしい。ありがたく、受け取りたいと思ってる。

そんなんで、夏はたくさん働くし、お盆で塾が閉まる時も他の短期バイトやるつもりでいる。どうせ例の人は働き続けるのだろうから、私もリズムを崩さないほうがいいからね。
だけど、バイトばっかしてていいのかな、とも思う。それは、せっかくの時期なんだから、って海外に1人で行ってみたり友達とどっか行ったりとかそういう意味ではなくて。
私は、この間の件があってから、もう待てないと本気で思うようになった。なんで、人の生活や死にはこんなに差があるのって、そして、「救われる」人と「救いの手がない」人の差が変じゃん、って、バカみたいに子供っぽい考えだけど私は身近なとこでそんな事態が起こっていることが許せない。

私はこんなにどうしようもないバカだけど、とても運がよくてたくさんの人の手を借りて、今これだけ落ち着いてきているし、前を向いていられるし、孤独を感じなくなってきた。
だけど、信じられないほどの孤独の中で、それを紛らわすために訳のわからないことをしてみたり、何か物質を持ってごまかしたり、世界を遮断したり暴力に訴えたり、異常なバリアを張ったりわざと破滅に向かったり人を試しすことでしか嘘の愛情でさえも感じられなくなったり人を疑うことしかできなくなったり何かの欲だけが暴走したりそんなことを繰り返して頭の中も身体もぼろぼろになって脳も弱くなってそのうち生きたままゾンビみたいになったり無気力で生きたり投げやりに生きたりする人だって、たくさんいるんだ。
ネット上に上がらないステージでそうやって、コネクションを持たないまま、どうしていいかわからず、そうなっていく人がいるんだ。赤の他人なんてどうだっていいけど、身近にいるかもしれないんだ。

見切り発車でもいいから動かなければ、また誰かが失われる。
それが私が一度でも大切に思った人間であればあるほど、私のどこかが失われる。それだけは、嫌だから。
考える時間と動く時間が、必要な夏になるのかもしれない。

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今週のテスト&レポート&発表終了!!
月曜日班発表、火曜日個人発表、水曜日3科目テスト、木曜日テスト・レポ提出。うん、魔の1週間、学校に塾に、なんとかやりきっている。とっても疲れている今日、まさかの塾フルになっちゃって心配だけど、がんばろう...。

最近、ブログのネタに困ってくるくらいに何もない。いや、何もないわけじゃなくて、悩むことはあるし嫌なこともあるしイラつくことも投げ出したくなることもたくさんある、けれどもなんか、大丈夫。普通の安定ってこういうことかなぁなんて思う。そんなこと言ってたら、もう学校の授業も残すとこ3日。まだテストは6つ残っているけれど、後はちょいちょい勉強すればなんとかなるしょ的な感じでいるから、もう緊張やアホみたいな忙しさはなくなると思う。どっちにしろ、もう少しで夏休みですよ夏休み笑

大学の前期、1ヶ月間は形成に入院していたけれどもその時期も含めて、よくやったと思う。退院してからは、病院に行くとき以外は皆勤で授業に出れた。すごいことだと思う。学校にちゃんと行くなんて、中学1年以来だ笑。高校は休みまくってたし、中学も2年では50日以上の欠席に遅刻、早退。中3も、めんどーってなると休む日もあった。1ヶ月に一回くらいだけどね笑
25歳で大学2年にもなって、皆勤だぁなんて言ってるほうがおかしいけれども、でもこれはすごいことなんですよ。仕事とか周りに対しても責任のあることだけじゃなく、自分のための授業に毎日あきらめずに行けたことは、大きな成長だと思う。後期もこれが続けばいいな。
まぁ、今の生活だったら、多分大丈夫だとは思うけれど、きっと私のことだ、何かが起こるに違いない笑
そうなったときに崩れずに対応できるように、今は目の前のやるべきことをしっかりやりながら、少しだけ先を見ようと思う。今まで明日のことすらわからない見えないだったけれど、今は2週間後くらいまで、見渡せるから。

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今週はとりあえず、今日でテスト終了!今日は言語心理学だから大丈夫かな...好きだし。
昨日は英語・文学・フランス語のテスト。英語は意外とできたかなと。やっぱ授業をちゃんと聴いてると分かるものだね←今更wフラ語は満点かな笑?文学はあることないこと書いてやったw
今週は忙しい中、本当よく頑張ってるなぁと自分を褒めたくなるほどの動きしてる。まぁ先週からだけど、学校が2限からのときも3限からの時も、10時には学校へ行って勉強や作業をして、夜には何も持ち越さないようにしている。私は毎朝5時50分に起きるので、完全な朝型になれたね。いいことです。そうしてからは、かなり調子がよくなった。平均睡眠時間は5時間半くらいだけど、日曜日に12時間くらい寝るから問題ないかなぁといった感じ。

例の人と生活するようになって一番変わったことは、聴く音楽の種類だと思う。例の人はずっと音楽と踊りをやっていた人で、音に関してはとても詳しい。レコードも私とは比べ物にならないほどたくさん持っていて、少しずつ持ってきてくれる。
彼から教えてもらって好きになったアーティストはたくさんいる。
ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ニコ、ドアーズ、ローリング・ストーンズ、ビートルズ、ジャニス・ジョプリン、ボブ・マーリー、グレイトフル・デッド、ジミー・ヘンドリックス、サンタナ、エリック・クラプトン、デビット・ボウイ、ニーナ・シモンズ。
ジャズも聴くようになった。
ジョン・コルトレーン、ハービー・ハンコック、ルイ・アームストロング、名前は知らないけれど、その他もたくさん。
触発されて、私は自分でも好きなファンクやソウルを聴くようになった。
オーティス・レディング、アース・ウインド・アンド・ファイア、スライ&ザ・ファミリーストーン、オハイオ・プレイヤーズ、アイズレー・ブラザーズ、ジェイムズ・ブラウン、パーラメント、ファンカデリック。
毎日が、勉強になるしとても心地よくなった。

かわりに私は本を紹介する。
彼が一番気に入ったのは村上龍。性格的に絶対気に入るだろうと思ったらドンピシャではまったらしく、多分もう7,8冊は読んでるんじゃないかな、私よりも読んでる笑 で、私も未読のがたくさんあるので再度はまってみる。

世の中にはまだまだ素敵な音楽や本がたくさんあることに気がつく。なんか、60〜80年代ばっかだけど笑 実質的なこと、つまり勉強やバイトや仕事や家事だけじゃなくてそこに人生を彩るものがあることは、大きな救いになるし生きる気力になる。
だから私は、まだ生きていけると、思うんだ。

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とても暑い...早く学校行って冷房の部屋で作業しようw
昨日で、今学期のプレゼン発表は終了!すごく開放感でいっぱいでわーいって感じだけど、今日はテスト3つです笑 うん、発表はやっぱ完璧には程遠いけれど、自分なりにはがんばったと思う。確かにまだまだな面はあるけれど、準備をかなりしたので知識はついたし、やり方も習得できて本当に勉強になったと思う。
さぁ今日は、英語のテストに行くだけ行って(行けば単位ゲットw)、文学のカンペは作ったし(持ち込み可)、フラ語の再履修はノー勉でも落としませんよね...きっと...(エートルとアボワール分かってればいいしょ的な)、っていう1日、がんばろう。

最近、調子崩しそうになることもあるけれど、崩しそうになる自分の傾向が分かってきて、だから今のところは上手く対処してると思う。傾向として一番大きいのは、過食。食べ過ぎてしまうときは、基本的に何か引っかかってたりとてもつかれてしまっている時だ。そういうときは、日々の食事もおろそかになっているから余計に過食に走りやすい。
それから、人の意見を聞けなくなるとき。人の意見を、うるさく感じてしまうときは調子がおかしいと思ったほうがいいし、イライラしている証拠だ。あとは、言葉が上手く出てこないとき。いつもならなんとでも言えるどうってことのない場面でどうこたえていいかわからずにスムーズな回答ができないときはたいてい頭がまわっていない。疲れている証拠だね。

それで、先週末は過食にイラつきに言葉の出なさ、全てがあった。まぁ、ちょうど生理も来たのでいろんな要素が絡まっての調子の悪さだったのだろうけれど、なんとか調整をつけて今週に入れたことはうれしい。

自分をモニターすることはとてもむずかしいし、未だにそのやり方についてはよくわかっていないけれど今はこんな感じで自分を見ていこうと思う。食べる、イラつく、頭がまわらない、っていうとても原始的な身体の反応を、ね。

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怒涛の1週間...のはずが、平和に過ぎていてあれって感じ笑 昨日は班のプレゼンが終わり、今日はこれから自分のやりに行くのだけど、準備は終わった。ってことは、明日明後日のテストに少し備えれば今週はなんとかなるってことだ...本当に怒涛だったのは先週かもしれないね。
昨日は朝から学校で作業からの授業からの塾。つかれたけれど、友達に誕生日プレゼント渡したり塾で講師陣としゃべったり高校生の相談に乗ったりしてて、時間は早く過ぎた1日だった。きっと、勉強忙しいけれど精神的には平和で、少しのイベントで楽しんで、そうやって過ごすのが安定なんだろうなと思う。こんな日々が自分に送れるとは思わなかったので、やはり今は幸せだと感じる。

昨日は例の人は実家へ帰ってた。例の人は仕事の都合上(ってか私のために仕事こっちにしてくれたんだけど)だいたい週の後半の5日間私の家に泊まり、別の仕事のために週2日は実家へ帰るっていう生活をしている。ハードなスケジュールをやりくりして、ともにいられる時間を作ってくれていて、私は本当に感謝しているのだけど上手く伝えられないな笑

そんなんで、昨日は実家に戻っていた。今日はクソ暑い中でハードな仕事の日なので、早めに休んでいるはずだと思ったら、深夜にメールが来た。
彼特有の、フラッシュバック、とても厳しいフラッシュバックが起こったということだった。脳が暴走しあらゆる欲求や疑念不信等が頭を支配するらしい。メールの内容は壮絶だった。これがフラッシュバックだとしたら、当時はどんなだったのだろう、と想像するとやりきれなかった。
彼は、そのフラッシュバック、どちらかというと「身体的な」フラッシュバックを一生背負う。まだその覚悟ができてから、1年経っていないらしい、ちょうど去年、私と初めてあったころからの覚悟なので、まだ1年ではない。しんどいだろうなと思う。だけど、私にはその感覚や気持ちはわからない。
私にも軽いフラッシュバックはある。暴力の記憶だけどね、その時の感情が蘇るというよりはどちらかというとその時の自分を「見ている」感覚。この間カウンセラーさんにも話したことだけど、私の場合は暴力そのものに対して「辛い」という気持ちは当時はもてなかったので、フラッシュバック時も暴力の記憶そのものが辛いわけではない。そうではなく、何もできなかった自分が惨めだという感覚を、フラッシュバックによって引き起こされる、という感じかな、それがつらい。

でも、彼はそうではなく、そのときの感覚そのものが蘇り、行動してしまいそうになり、それを理性を持ってとどめなければならない。何年も囚われていたものに対して断ち切ったのは数ヶ月。それを理性だけで留めるのは並大抵ではないはずで、それを自分の精神力だけでやっている彼はすごいと思う反面、危惧もしている。
精神力だけで何とかなるものではないと思うから。でも、彼はそのへんはわかっていて、この気持は一生消えないし「もうしない」という言葉ほど信用できない、と自分に言い聞かせている、我慢との闘いな面もある、と言う。なのに、我慢しているという事実に昨日のように直面したとき、辛さが襲う。
私は、その辛さを聴くしかできない。昨日はメールと電話で対応したけれど、それしかできない、わからない自分に腹が立った。仕方ないけどね。トレインスポッティングを観たからって、ブルーを読んだからって、例えばあの団体のトップの自叙伝を読んだからって、わかった気になることほど馬鹿げたことはない。
だって、私にはその気持は、どうしても完全な理解は不可能だから。それでも寄り添うやり方を私は知らなくて、だから話を聴いたりその辛い事実を受け止めるしか、できないんだ。

「What do you think I know the first thing about how hard your life has been, how you feel, who you are because I’ve read Oliver Twist? 」
-『Good Will Hunting』より

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