Take it EZ! セカンドダンジョン

なんもやるきしねぇ...とかだめだめだめ!今週は勝負の1週間なんだから、気合入れていかなきゃ。
今日は班のプレゼン。明日は自分のプレゼン。明後日は英語と文学とフランス語のテスト。明後日は言語心理学のテストと哲学のレポ提出。今日のプレゼン準備と哲学のレポは終わったし、英語は行けば単位くれるし、言語心理は余裕なのでまぁ心配ごとはプレゼンにむけての緊張と明日の最後のつめと、フランス語と文学かな←ほぼ不安ばかりw

ってな調子で、すげーストレス溜まりまくりで毎日過食だらけの私ですハイ。土曜日は生まれて初めて、過食「嘔吐」しました。量は食べてないけど、お菓子を何も考えず詰め込んだ罪悪感で無理やり吐いた。最低だねわたしハイドンマイ。
この日はロヒも入れたし、もう結構最悪コンディションだった。
この日はすべてのタイミングが悪かった。例の人が帰ってくるからって、夕方から予定を切り上げて例の人の好きそうなご飯作りかけてたとき、例の人が職場の人と飲んでくるって連絡があって、それはそれで問題ないのだけど、その前の日にお互いの疲れがピークで少し険悪になって私が泣いただけに、もう私に嫌気が差してしまったのかなぁとか思って自暴自棄になってたわけ。
でも、昨日は二人でゆっくりできたし、何も言わなかったけれど、例の人がいない日の私の調子の悪さはわかっているみたいででも、それも「矯正」しようとはせず事実として受け止めてくれていることが分かって、安心した。そのわりには昨日例の人が帰った後も過食したけれど、栄養たっぷりなものをゆっくり過食(?)したので許すっていう前向きな思考で。

今日から4日間。ストレスフルな4日、しかも今週も塾4回。また、自分のことで精一杯になって自己嫌悪が増えるだろうけど、それでも、今週は周りにそれを許してもらおう。そして、自分、すげーがんばってんじゃん!って自分も許して認めてみよう。だから、まずはリラックスするために急ぎ過ぎないで、朝はコーヒーに大好きなファンク!アース・ウインド・アンド・ファイアで、ブログ書いてみる。これも、一種の調整だよ。
頑張れ私。

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強朝からコインランドリーと買い物済ませて、2時間ほどデカルトおじさんと戦ってた笑哲学のレポートマジ重い...ようやく終わりましたよ。なんで取ったのか不明だね。来週は怖いことになってるけど、グループの発表準備は終わったし自分のプレゼンもほぼ完成、レポートも終わり、あとやるべきはテスト4つの対策だね。英語に関しては、なんと、先生がこのクラス(5人w)は予習をしっかりやってたのでテストは来れば単位あげます、って言っててマジ最高。正直、前期で一番苦しかったのは再履修の英語だったので本当安心した。
そんな感じで、今週は準備でものすごく慌ただしく、精神が傾きながらもやるべきことはできた。というか、前期自体は再来週の火曜日で終わるので、のこりは約1週間...形成にがっつり入院して動けなかった時期以外は、全く休んでない。この2ヶ月は、全授業に出た。当たり前かもしれないことだけど、昨年度の私からするととんでもない成長。塾のバイトも2ヶ月、がっつりできているし流れはとてもいい。この流れ、続けばいいと思うしそのためには努力しようと思える。

だけど。私は最近、自分自分自分だ。人のことを考えられる余裕がなくなってきている。
病院の仲間の何人かから連絡もらったり、SNSの中で心配だなぁとか思う人もいたり、そうだけど今は自分を支えることで精一杯で見てみぬふり。きっと、見落としていることや気を配れていないことがたくさんある。あぁ自分最低、と思う瞬間が増えた。
上で書いたことと矛盾するけれど、私は自分が学校で学んでいることを素晴らしいと思う反面、なんにもなっていない結局私が成したいことは何もできないという、投げやりなきもちにもなっている。私が学校に行こうと思った理由、それは1人の人間のこともなんともできず何も分からない自分の無力さを学ぶことで補おう成長しようと思ったから、そして成したいことを職業として自分のものにするため、そういうことだったはず。
なのに、その過程にいる今。また、失われた。悔しくて悔しくて悔しくて、どうしていいのかわからない。なのに、もう二度とこんな思いはしたくないからと、焦る気持ちも止められない。何かしなきゃいけない、確実に何かがおかしく、どこかを整えたり新たに作る必要があって、だけど私には方法がわからない。先週からずっと考えているし、このことに関しては去年も考えていた。なのに、分からない、そしてその答えが学校にあるとは、どうしても思えない。ヒントはたくさんあるかもしれないけれど。
迷うね。

「この時期はあの場に行くのが嫌だ。後から言っても仕方ないけれど、私も彼が死ぬ10日前に会った、OさんもRちゃんも、外来の看護師も主治医も、他の、彼と彼と仲良かった誰もが、止められなかったね。あの場にそれなりに深く関わる人なら、彼が置かれた環境ななんとなくわかっていたはず。
だから、悔しい。じゃあ、だれだったら彼をこちらに引き止めることができたの?って思う。悲しいというよりか、私も悔しいの方が大きいよ」
-1年前のことで、私の大切な友達はまだ後悔が抜けず、苦しいメールが届いた。その返信。その友達は、今回なくなってしまった人とも友達で、彼女の家に集まったりしていた。今、彼女は彼が亡くなったことを知らない。私は、知ってほしくない。知ってしまうと、彼女が荒れてしまいそうで怖い、去年みたく、あれほどにショックを受けるとすれば、きっと時期が被った今この事態に耐え切れないだろう、私は彼女は絶対、失いたくない、だから隠すことが間違っていても、隠したい。

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調子...結構最悪な私ですハイ。
3日連続の過食。しかも日に日にひどくなっていって、昨日はついにいつもは食べないものまで超久しぶりに食べてしまいい血糖値ドカーンみたいなね、精神的にというか身体的に動けなくなったよ笑まだ、身体おかしいもん。今日からなんとか、たてなおさなきゃなと思う。

完全に、忙しさのストレスだと思う。来週のテスト+発表の準備で、起きている間はだいたい準備をし続けるっていうきつさね。1人のはまだいいんだけど、グループでいろいろあるやつは、結局、声掛けは私がやるみたいになってて日程調整から内容の分析とか、中心になってやんなきゃなんなくて責任を感じるわけ、それは神経を使うから精神的な負担ではあるよね。そして、塾じゃ受け持ってる中3は総体時期。スケジュールが変則的になり、私のシフトも不定期に笑 けど、みんなを応援したい私はできるだけ調整して時間作りたいなと思うわけですよ。
家では、疲れて帰ってくる例の人にご飯ちゃんと作りたいし、部屋キレイにもしてたい...つまり、私は欲張りなわけだ。

そんなわけだけど、結果、私は何一つ納得のいくようにできてない。自分の勉強はぜんぜん完成には遠いし、グループのやつは上手く行ってはいるけれどそれはみんなのおかげ。塾じゃマジ生徒に激おこしてしまったり(先生言葉遣い...っておそるおそる指摘されてしまったw)、ご飯作ってもらって掃除してもらったり(マジ私ダメ人間w)、結局今の私が何とか生活成り立たせているのは人のおかげでしかなく、私は自分のことも上手くできないってわけ。

そんな自分に嫌気がさしてて、それに身体の疲れが加わり、なのに精神的な分析ができていなくて、その結果が過食。昨日は本当自分オワタ...と思い、このままODコースかな?と諦めかけた。
例の人は、一昨日からうちにいなかった。昨日の夜に来ることになっていたのだけど、今私といることは彼のマイナスにしかならないな、と思ったので、ちょっと今状況が悪いから、と来てもらうことを断った。それで、もうつぶれちゃおっかなぁと思ってた。けど、何も言わずに接してくれた。私はやばくなると自分だけですべて完結させようとしてしまう、と前に言われたけれど、きっと今回もそれをしている、とバレたのだと思う。朝には散らかりまくった部屋が片付いていて、なんかいつもどおりになってた。迷惑かけただけの自分にすごく嫌悪感を持ったけれど、それよりも自然にそうやってくれる例の人に感謝したし、この人と会えて本当によかったと思った。生きていける、と強く思った。

もちろん、だからって何かが解決したわけでなく、今日からも怒涛の日々が待っているわけだ笑 
頑張らなきゃな、と思う。今日は今からすぐに家を出て病院、からの学校、からの塾。明日も明後日も、分単位で移動しないとすべて間に合わない予定が続く。
だけど、まったなしなんだ、私はこれから結構なスピードで走り続けないと間に合わない。また悲しいことや悔しいことが起こる前に、私が成長しておかなければならない、だから少し無理をしてでもがんばらなきゃ、ね。

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また1週間が始まりますよええ。今週は精神と形成の通院があって塾が週4。そして、来週の発表2つテスト4つレポート提出1つという鬼のようなスケジュールのための準備をしまくらなきゃなんないという鬼のような週でございますええ。死ぬかもしれない。

死ぬかもしれない、とか不謹慎なことを言っているのだけど、去年の今日、私はマジで死にかけてたんだよね。2014年7月6日の明け方、かなりのODをして、ICU、その後精神科に53日間入院したっていうのが去年のできごと。
今、私はまったくODをしようという気持ちはわかないし、ただ忙殺はされているけれど気持ちは前向きでいると思う。この1年、いろいろあったけれど結果的に私は強くなったのかなぁと考える。

この1年。53日間の入院の後、例の人と出会い、メールを重ねる。その間に学校やバイト先の塾で、良い人間関係を築くことに成功し、暮らしやすい環境を確保。っていう安定もつかの間で、例の人事件が起こりその後100日間わけがわからないままの日々を過ごす、その間に精神科に56日入院。退院して日常に戻り、例の人と再会することが出来てまた安定しかけるも、なぜかそこででかいODをして精神科に30日入院、からの形成に28日間手術入院。それが5月11日、つまりまともに継続的な日々を過ごし始めてから、まだ2ヶ月弱しか経ってない、ってこと。
今書いてみたら、1年間、いろんなことあったなぁ(ひとごとw)と改めておどろく。精神科に計139日入院してて、形成への入院も含めると167日間は入院してたってことになるのね。まぁ、大学は無事進級できたし今のところ金銭的な問題は無いのだけど。

今年は、そりゃ少しは荒れることはあるけれども自分を見失うほどどうにかなる気がしない。精神が安定しているというのを自分で感じられるし、何より、精神が傾いてくることを自分で認識できているような気がするから。
例えば先週。学校のことで結構忙しく、体力やば、と思っていたところへの訃報、マジでヤバいなと一瞬思った、その日は何とか予定をこなしたけれど、私はこのままじゃヤバイと自分の精神を一旦見つめ直せた。土日、活動量を減らし、ちゃんと食事をしてちゃんと寝ることをした。昨日は本当にたくさん寝て、たくさんおいしいものを作って食べた。
今までだったら、そのまま暴走してたと思う。スイッチが入りそうになることに気が付かず、やっちゃえやっちゃえ、って予定を詰め込みまくり完璧を目指しはじめてたと思う。でも、今回はそうではなく、セーブする方向に行けた。

6月か7月に暴走して8月を病院で過ごすことを繰り返してた4年間。毎年、その暴走がひどいものになってきていて、死に近づいていた。だから今年も、って恐れていたけれど、恐れる必要はないのかな、と思う。
例の人は言ってた、もう去年と比べなくても状況は全然違うんだから大丈夫だよ、って。確かに状況は全然違う、自分の暮らしやすいものや好きなもので周りが固まってきていて、例の人がいて。
この安定を保とう、そして、意識せずとも自分の精神状態や置かれた状況を把握して修正したり突き進むことを選択したりできるようになればいいなと思う。

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雨が続く...じめじめして、不快度数マックスの最近w
やっぱ、昨日の知らせでそれからの学校・塾は少しきつかった。学校ではなんかテンション高めなのに、やっていることの効率が悪かった。もう帰りたいと何度も思ったけれど、動いてなきゃ逆にダメだと思って頑張ったよ。
今日は休みだけど学校行ってやること片付けてくる。動いていれば平気かなぁと、思う。

私は、死について真面目に考えたことがない。もちろん何回か死のうとしたことはあるけれど、「死ぬ」こと自体がどういった意味を持つのか、死とは何か、そんなことは考えてこなかった。じーさんは、そこを考えろと何度もいい、死に関する本をよく貸してくれるけれど、私はそれを読んだところでへぇそういう考えもあるんだね、くらいにしか思えなかった。

今、学校の教養で「倫理学」と「哲学」を取っている。私は今まで哲学も倫理も何も知らなかったけれど、それに触れて本を読んで、私が今まで思っていた死は、まったく普遍的でなくただの私なりの感じ方、だということに気がついた。発信する価値もないのかもしれないということもね。
じーさんが考えろと言うのは、私が今思っているようなこととはだいぶ違うのだろうと思う。つまり、「死?精神が消えるってことでしょ」なんて言っている間は、まともに思考ができていないのだと思う。私には、魂が何ぞなんてことはまだわからないし、今そのことを考えるには経験も知識もなさすぎると思う。だけど、いつまでたっても死に向かうことを止めない私は、そのことをいつかは考えないとこのまま感覚的に何もなさないまま、死ぬことになると思う。それでは、人の死に関わることにまともに立ち入ることが、自分にも相手にも危険になると思い、そうすると私が目標にしていることが意味をなさなくなる。

死の解釈や考えは、表面的には一つではないと思う。
例えば医者が考える死と、哲学者が考える死と、科学者が考える死、科学者の中でも領域が違えば死の捉え方も変わるかもしれないし、私が学ぶ心理でも捉え方はあると思う。もちろん、こう考えなさい、というものではなく、死をどう扱うか、例えば少しでも死なないようにするために考えるのか、そのものを考えるのか、生物的な死とはどういうメカニズムなのか考えるのか、少し離れれば、死の受け止め方について考えるのか、目的によって捉え方が違ってくるんではない?ということ。

なんだけどね、その根底にはきっと、どの時代・どの場所にも共通する「死」そのものが存在するはずなんだろう、と私は最近思う。
じーさんの質問はきっと、それを聞いているのだと思う。

それでもね、自分に引き付けた、死に関することが現実に起きた今、死自体を考えるなんてできないんだ。

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また。
もう、やだ!としか、今は言えない。

友人が亡くなった。病院の友人。また、7月。
詳しいことは分からない。
2年半前くらいから知っていて、数ヶ月に1回程度だったけれど「生存確認パーティ」とか、誰それの誕生日、とか、退院祝いとか、理由つけて飲んでた。同じ躁うつだった、そして彼はお酒への長年の依存があって、それを断ち切るのに苦労していた。

そんなに口数の多い人ではなかったので、過去のこととかほとんど知らないし、薬の話やお酒の話や病院の話がメイン、って感じだった、だけど一緒に飲んだことや、病院で会えば挨拶して話せたこと、そして私が入院やODしたときは心配してくれていたこと、このブログも、見てくれたことがあったこと。

忘れない、そして、とても悔しい。彼はまだ若い。1人で亡くなる歳ではない、それは、違う。
今はまだ、悲しいという感情は湧いてこない、ただ、悔しい。
Sさんの命日だ、もう1年だ、そう思っていた矢先だった。


7月の忙しさが一段落したら、いつもの4人で「生存確認」とかテキトウな理由つけて集まろうと思ってたんだよ。
結構、あのメンツは好きだったんだよ、あいつだって受け入れていたしそれは珍しいことだと思った、あいつには、また8月くらいに集まるかぁって、このあいだメールしたばかりで、そうしたら楽しみにしていると返ってきたんだよ?また、来れないんだね、そしてこれからも?
すげぇ、悔しいよ。

今の状況で言えることはひとつだけ。
お疲れ様、ゆっくりね。
さようなら。

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前の記事で300記事目だったのかな?このブログは去年の4月からで、それから300書いたのかぁと思うと、我ながらよく続くなと思う。前のブログを始めたのが3年前の6月だったので、もう3年間、毎日ではないけれど週に4〜5回平均は書いている。読んでくれて読んだよって言ってくれたりさり気なく応援してくれる皆様のおかげです。

平均睡眠時間が4時間半〜5時間になってきたこのごろ。寝られないというか、物理的に「寝ている場合じゃなく」なってきただけ笑 学校のこと以外にもやるべきことが山積みになってきて、私は要領が悪いので時間がかかっちゃうのね。だけど、眠剤なしでがっつり深く眠れてるし昼に眠れないことはないし、この1週間は食生活も生活リズムもかなり安定しているので精神も落ち着き始めてるし、7月初旬にこの体調っていうのはここ7年間はご無沙汰だったから嬉しいね。いい感じ、食生活の改善や薬の安定、例の人を始めとする、人間関係の良さが効いていると思う。

今、薬は1日にデパケン100、ラミクタール50になっている。ロヒは出ているけれど、「眠るため」という意味では全く必要ないからね〈もちろん、今はその他の用法でも必要ないです)。デパケンは4月初旬に少し荒れたときに200になったけれど、それから髪の毛の脱毛とだるさが激しくなってしまって、この間100に変更になった。
薬に関して思う、私は18歳のころからずっと精神の薬を飲み続けている。精神科に通わなくなった数ヶ月を抜けば、だいたい飲んでいるし飲み過ぎることもある。
最初は抗鬱薬がメインで、弱い眠剤も出ていた。それが3年弱。その後は基本的にデパケン+ラミクタール。18歳のことからじーさんにかかっていて、じーさんは薬をあまり出したがらないほうなので少なくてすんでいる、というか私が副作用が出やすいということも大きいのだけど。
よく考えると、18歳以前も、定期的な通院をし、毎日薬を飲んでいた。16歳の初め頃から18歳のはじめごろまで、つまり精神科にかかる1年位まえまでは子供の神経内科(?)みたいなとこへ行ってた。親の職場の都合などもあり、都内の大病院だったのだけど、学校を早退したり遅刻したりしながら2週に一回通ってた。一応、「起立性調節障害」ということだったけれど、考えてみればあのときから、躁うつとかもしくは発達かなにかがあって、それによって気づかないストレスがばんばんたまって、でも私の超鈍感精神ではわけが分からずに身体に出てしまったのではないかと思う。そして、脈拍がとても遅かったことと、血圧が70とか80しかなかったことで、薬を飲まされた。血圧を緩やかに「上げる」薬とか、めまいどめとか、ね。だから、結局薬を毎日服薬するというのはもう約10年もやっていることになるんだ。

16歳のころは自分の身体についてなど、真剣に考えていなかった。だから、薬を飲むことには全く抵抗がなかったし、とにかく朝だるくなくてホームから落ちそうなほどふらつかなくて、陸上で長距離に復帰できれば他はなんだってよくて、だから「良くなるんなら」と思って普通に服薬してた。自分がなんという薬を飲んでいるのかは、副作用がどう出るのかは、知らなかったし今でもあの時に飲んでいたものが何かはわかっていない。

精神科で最初に処方されたときも、別に深くは考えなかった、だけども身体や精神に顕著に出る違いは感じざるを得なくて、だから自分なりに調べることを始めた。それから7年、あのときよりはずっと、薬には気をつけるようになったし(その分悪用もするようになったんだけど)知識も増えた。
私が自分の身体や精神を守るためには、その知識は必要だし、これからも必要に応じて知っていかなければならないと思う。だけど、めんどくさいなぁと思うことも多い。毎日服薬をすること、例えばそれを、16歳からやっている人間はどれほどいるのだろう。もちろん、身体の病気などでもっと小さいころから服薬が当たり前になっている方も確実にたくさんいるはずで、特別なことではないのはわかっている、だけど、やはり全体からしたら少数なのには違いない。
学校や普通に社会生活している中で、私達の歳で「薬」に関する話が出ないのは当たり前なんだけど、私にとっては当たり前ではない。別にだからどうだということはないのだけど、自分はもう、薬をまったく断ち切ることはないのかもしれないと思う。もし、服薬が必要ありませんよと言われても、生きてき25年のうち10年、服薬したということはかならず身体と精神のどこかに残るから。

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