Take it EZ! セカンドダンジョン

怒涛の1週間、今日頑張れば終わりだ。今週は課題に発表準備にカリキュラム作成にやられた笑 1日に何時間PCに張り付いたんだろってくらいやったなぁ。でも、例の人と食べるために毎日朝食夕食作ったし家事もやったし学校塾、いつもどおりにできた。しかも、精神的なストレスはあまりたまらない、だからってぶっとんでるわけでなく、少なくとも6時間は寝ている。心身ともにいい方向に向いてきたかもしれないと思うと、うれしい。

いつかの記事で、恵まれていることに関する罪悪感とその解消について書いた気がする。もちろん、最近は考え方が前向きになってきたからか、恵まれてて何が悪い、という考えになってはきているものの、人から何か言われるとやはり考えこまされることがある。
例えば、自分の不幸な(?)現状や苦労した生い立ちと、私の今のちゃらんぽらんな日常や甘やかされっぱなしの生い立ちを比べて、なんであなたはそんなに恵まれているのに自殺未遂するんだかまってちゃんなんだ、みたいなことを言われることがある。過去数回の自殺未遂は、そのことが引き金になっている部分も、ある。

で、この間このことでもやっとしたことがあったので、例の人にちらっとその話をした。自分の不幸な生い立ちとかやってきた努力と私のだめな現状を比べて何やら言われるとどうしていいか分からなくなるしすごく嫌だ、と。そしたら、例の人は一言で片付けた、「下品だね」。
過去が大変で乗り越えたり、今何かに向き合っている人間であれば、自ずとその雰囲気はでるものでそれに気がつける人が気がついたとき、魅力を感じるものだ。なのに、会ってすぐ、または誰も聞いてないのに自分の曰く「核となる」部分の苦労や努力や負をひけらかすのは、下品だ、ということらしい。
例えば、例の人は当然だけど、過去や本当の今の状況をひけらかしはしないだろう、というかどちらかと言うと、言うべきではない。そして、私の精神科歴や未遂歴も、ひけらかしたり秘密を打ち明けるみたいに話す必要はない。
でも、まさに例の人と私が初めて会ったときみたく、どちらも何も言わなくてもお互いに相手が何か変なものを持っていることには気がつく。それで、いいはずだ、だって私は今でも例の人の過去をほとんど知らないしあまり興味はない。そういう関係性が心地いいとおもう。

なのに、たった数回しか会ったことのない人に彼彼女の苦労話を聞かされ挙句のはてに比べられて私の過去ややってきたことを勝手に評価されることがある。でも、こんなことを本気で受け取りじゃあ自分はだめなヤツだ死のう、なんてなる私だって、どうにかしてた。今後、そのように言われたら、一言心のなかでつぶやこう、「下品だね」。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ PTSD・トラウマへ
にほんブログ村
スポンサーサイト
最近はそこそこ忙しいけれど調子は安定している。昨日の診察とカウンセリングでも特に今悩みがなくてなんか何も話すべきことがなくなってしまった。それくらい、安定しているし衝動的にもならない。毎日、学校へ行ってあとは塾に行ったり家事をしたり、課題をこなしたり、単調でこれといった面白みはないけれどもそんな日々の中でいい本に巡りあったりどんどん音楽を吸収したり、大学の勉強が楽しいと思えたり、それなりに充実しているのかなと思う。今週は週5日、例の人がうちにいて、そうすると生活も規則正しくなる、もちろんそれだけじゃなくて気持ちも安定する。本当にありがたいと思う。例の人の例の件も、昨日で本当に一段落した。もちろんだからこそ、これからどのように生きていくかを選ばねばならずに悩むこともあると思う、私はそんな彼の悩みや痛みにも、長くとことん付きあおうと思う。

7年前から、私は精神科との距離がものすごく近くなった。どっぷり入院したこともたくさんあるし、デイケアに通ったりとか、いろいろな療法(作業療法からカウンセリング、内観など)も受けた。それで、精神科には友達と言える人々がいるし、他にも自助会などで精神に疾患を抱える方たちとたくさん知り合った。とても嬉しいkとだと思う。
ただ、私は、もしかしたら穿った見方かもしれないけれど、精神障害がある人の生きるスタンスが2つにわかれていてどちらかを選ぶべしみたいなな風潮があるように感じて、それはあまり気持ちのよいものではないなぁと思っている。

2つのスタンスって、つまり「障害者として」生きるか、またはそれを隠して生きるか、ってこと。それはこのまま、職場でのオープンクローズにつながってくるかもしれないし、その前に働くか働かないかにつながってくるかもしれない。作業所やデイケアを利用するか拒否するかにつながる場合もあるだろうし、頑なに手帳の取得を拒むか受け入れるかにつながるかもしれない、年金もしかり。
例えば、ごくたまにだけれども、自分が寛解している(と思い込んでいる場合も含めて)からと言って自分は常にクローズで、だから他の同病者がさまざまな制度を利用したりオープンでいることについてとやかく言う人がいる。逆もある。あなたは診断されたんだから「障害者として」生きろ、みたいな、つまり自分と同じような援助をうけろみたいなことを言う人間もいる。
...どっちも、余計なお世話でしかない。

私は、どちらのスタンスでもないな、と思う。学校やバイト先では、積極的に隠しているというよりは言う必要性を感じないし言って変に敬遠されるくらいならば言わないで変わった人くらいに見られる方がマシだ。もちろん金には困るので自立支援などは利用させていただいているし、前はデイケアも利用した、作業所だって探したし、入院に関してはもう何度もしている、そこでは障害を前提として(例えばブログを書く・見る等など、いや、ケータイやPCを使えようもないような)生きている人間がいて彼らとも私は接する。
障害者として生きろと言われれば、学校やめてまたは学校で援助を受けながら、更に社会的な援助を申請して生きることもできる。完全にクローズにしろと言われたら、金輪際人には自分の障害のことを言わないということもできなくはないと思う。
だけど、私はそのどちらでもない今のスタンスが、好きだ。
この間書いたように私の障害はけして個性ではない、だけど、これがあったから試行錯誤して成長したことは確かだ。私は自分のこれを完全に負だと思っている。だけどね、負って悪いことじゃない。負から生まれるものもたしかにあってそれは正ではないにしろ悪いものじゃないと思うから。

だから、この位置がでもう少しやってみようと思う。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ PTSD・トラウマへ
にほんブログ村

あっという間に土日が過ぎ、魔の1週間が始まる今日。マジで、今週はヤバイ。いつもどおりの学校と塾があって、精神科通院と形成通院があり、週末はオフ会。で、学校の課題や発表準備が6個、ここまででヤバイと思ってたら、今週末までに塾の担当の子たちのカリキュラム提出が迫った。昨日とおとといで結構片付けたけれど、まだまだ終わってない。うーん、退院2週間が過ぎて、最初の試練という感じ。まぁ仕方ない、がんばるしかない。

最近、病気や障害は個性、という言葉をよく耳にしたり目にしたりする。私はそれについて、正直少し違和感を持っている。感じ方は人それぞれだけど、さ。
私は、自分の障害...躁鬱とか発達、それに伴ってODしてしまうことなどを「個性」とは思えない。私はそれこそ、「障害」だと思っている。もちろん、「これがなければ」上手く行ったなんてことはないし、私の資質や持って生まれたものが病気や障害云々の前にかなり程度の低いものであったことはわかった上で、それでも障害は障害だなぁと、思ってる。

例えば、中学ごろから何かがおかしくて学校へいけなくなったことや、上手く適応することができず身体に変調が出てきたこと、おかげ様で勉強や部活を人みたく本気で取り組むのに支障が出たこと。仕事も長続きせず、常に違和を感じながら物事に当たらなければならないことや、自分ではごく普通にしているつもりなのにずれていくこと、ずれていくと思い込んでしまうこと。もし、これらの特徴が個性ならば、私はこんな個性いらないと思う。自分のことで、自分のいわゆる「妄想」で勝手に潰れて、自分を大切にしてくれる人に迷惑をかけ潰すこと。そんなのが個性だとは、私には言えない。個性だから、世の中に適応しにくいんだ、っていう、そこまではいいと思う。でも、私はその後がダメだ。だから死にますODします、だから人に迷惑をかけます。
もはや、個性だなんて悠長なことは言っていられないんだ。個性というのは、それを持ちながら生きていくことが出来て初めて個性になるのだと思う。私は、今の私の「障害」の部分を持ちながらだと生きにくいし多分、このまま行けば自殺で死ぬと思う。だから、私のこれは、決して個性にはなり得ない。

もちろん、個性だという人はそれでいいと思うし、確かに例えば躁鬱が、発達が、その人の今までを形作り、今ではいい方向に利用できたり生きる基盤になっている人はいる。まさに、個性、自分の一部にできている人はいて、それは素敵なことだと思うし輝いている。
だけど、私は他人から私の障害を個性と言われるのは好きではない。死にたくなる「個性」なんです、個性が暴走して未遂しちゃうんです、人殺そうかなって思うんです。人殺して逮捕されても自分が死んでも、そりゃ私の個性ですから、って、私はそうは思えないから、さ。大多数の人は、世の中で許される範囲を個性と呼ぶ。だけど私の「個性」は世の中で許される範囲をこす個性になりかねない、そして人はそれを、障害とか病んでいると、呼ぶのだから。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ PTSD・トラウマへ
にほんブログ村
今日は週で唯一1限からある日、しかも塾フルで出るから朝から夜まで忙しい日...とはいえ、去年はほとんど毎日そんな生活だったんだけどね。よくやったわと、今なら思う。
退院して今日で11日くらい経った。あれから、週の半分は例の人がうちから仕事に行く、だから週の半分はうちに泊まってる。そのためか、今のところ私はかなり落ち着いている。自制がきいて無理をしなくなるし、食事もしっかりとるし、彼に合わせて起きるので生活リズムがかなりよくなっているからだと思う。いい傾向だ、今もところ上手く行っている気がする笑

自分を特別に見せようとすることは、ある意味で自然なことだと思う。独自性みたいのを出したいと思うのは健全なことのようにも感じるからね。だけど、たまに過度に自分を「エキセントリック」に見せようとする人がいて、私はそういう人たちが少し苦手。大学でもそうだし、今までに見てきた人々の中でもたまにいたけれど、正直、めんどくさかった。
別に、服装とかはいいんだ、それこそセンスいい人もかっこいい人もたくさんいるもんね。じゃなくて、無理した生き方みたいなことをして本当はそんなんじゃないのにエキセントリック気取ってしまう人。変わった精神性をファッション化しようとして真似る人。おいって思うことがある。

ただ、この手の人たちはメンヘラかまってちゃんもどきとは違う。この人たちは、特別な存在でありたいと思いながらも「社会で認められる側面も持ちたい」と思っていることが多い。そこがミソでそこが一番むかつくんだ。つまり、大学でいうと、一風変わった感じでいたくてそのために変わったことをしたいけれど、成績は要領よくとりたい、就職も決めたい、みたいな感じ。おおいにいいと思うし充実した生活を送れそうだなぁと思う。でも。
でもさ、それで、特別さも極めたいっつうのは少し欲張りすぎだと思う、っつうか、無理だと思う。

大学で勉強しっかりしていっぱしの就職をしようとすればかなりの労力がかかる。一生懸命にならなきゃダメだ。なのに、そこに「エキセントリックな特別さ」を求めるとなると、たいていの人間は精神がもたなくなると思うんだ。例えば、まぁさすがにあんまりいないと思うけれど、エキセントリックさを求めるあまり、薬やっちゃおっかなぁって人がいたとする。多分、そういう人たちは自分を削る覚悟がない。薬やってもいい方向にだけ作用して、自分の欲しい特別さに磨きがかかって。就職や学業とは別のところで「かっこよく」なれる、そして学校の場では今までどおりできる、と考えているような気がする。例は悪いけれど、他のことに対してもそういう風に、つまり自分の基盤を崩すことなく特別さを追求できると思っている風潮があるように感じるんだ。

違うと思う。薬をやるなら、その他の学校や普通の生活をすべて投げる覚悟じゃなきゃだめだ。他のことをマジではじめようとして、それがスリルに満ちたことであるならそれだけ、今あるものを崩す覚悟でなきゃなんない。そのへんのことをわかっている人間は、たいてい大多数と同じような生き方をする。それでも特別さを極めたい人間が、飛ぶ。そして、分かってない人間は、堕ちる。私は堕ちたくも飛びたくもないので、大多数と同じ生き方を選ぶけれどね(つまんないけどw)。
ただ、私は1人なら、別に今のなにが崩れようと面白い方を選ぶかもしれない、だけど大切なものがこう目の前にいろいろ出来てしまうと、自分の変な特別さよりもそっちのほうが大切になり、つまりは普通でもなんでもいいから潰れないようにしようと思うんだ。確かに自分はつまんない人間になってきているけれど、こんな自分は嫌じゃない。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ PTSD・トラウマへ
にほんブログ村
最近は2日に1回の更新になってきてしまったね、毎日書ければいいのだけど。退院後は朝の発熱が続いたりいろいろバタバタしててなかなか更新できなかった、ってか今も学校へ行く電車の中からの更新。

昨日は退院後はじめての形成への通院だった。自分で処置している褥瘡、かなり小さくなったと言われた。ちゃんと処置できてると言われたけど、基本、例の人にやってもらってるから一人よりうまくいくでしょう。例の人も人の脂肪組織を見て薬塗る処置を嫌がらずにやるから大したものだと思う、感謝だね。ただ、朝の謎の発熱に関してはなんとも言えないって。もちろん術後から発熱が続くわけだから、手術した部分が原因なのだろうけれども、別に見た目はどこも膿んでいないらしい。血液検査とレントゲンを撮ったので、次回には何かしらわかればいいのだけど、また今週も発熱が続いたらキツイなぁと思う。他の症状がないからいいけれど、38度以上もあると動くのがだるいんだよね。

私は今の自分をほとんど受け入れているけれども、体力だけが受け入れられない。もともとそんなに体力がある方ではなかったけれど、加えて精神の体力がないことが発覚したために、余計に疲れやすいことを認めざるを得ない状況にいる。
今の私のスケジュールは、月から金まで週5日1日3限分ずつ授業があり、月木金の3日が2〜3時間半程度のバイト。で、隔週水曜日に精神科通院、毎週1回形成通院って感じで、正直去年に比べたらナメてるくらい暇だと思う。まぁ勉強がだんだん大変になってきているのでその時間は確保しなきゃなんないけど。

でも、退院後1週間の私には、上記のスケジュールをこなすので精一杯だった、うん先週は疲れた笑
そしてこんなことで疲れる自分は、受け入れがたい。今、朝の時間が空いている日が多いので、もう少し様子みて大丈夫そうだったら少し朝バイトしちゃおっかなぁとか考えているのだけど、それってどうなんだろうとも思う。もちろん、時間的には可能なのだけど、精神的肉体的体力が持つのかなぁと考える...微妙だな。きっと、やめたほうがいいのはわかっているんだけどさ、なんかあまり動けていない自分がとても嫌。私は自分が精神疾患を持っているときちんと認識していない、だから「精神疾患があるから」っていう理由でセーブするのは何か違うような気がするんだ。
だけど同時に思うのは、私は空白の時間を埋めることに必死になっているのではないか、ってこと。とにかく一人で何時間もやることがないという状況になると(ならないけど)、むなしくなって薬飲みたくなる←
それを回避したい面もあるのだけど、そうであれば別に働くことでなくてもゆっくりと自分の好きなことしてればいいのかもしれない、だけど私の性格では、それは難しいんだ。
まぁもう少し様子みます。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ PTSD・トラウマへ
にほんブログ村
さぁ退院してから1週間、また1週間が始まりますね。先週は少し無理してたから、今週は少しペースをゆるめて、最低限しかしないことにする。学校行って、バイト行って、課題やって、最低限の家事。うん、それだけやれば立派立派と「これくらいでOK」と自分に言い聞かせてみる。いえ本当に十分やってますよハイ。

昨日は昼の12時まで寝てそれから例の人と焼き肉食べに行ってシャトレーゼ行ってぶらぶらして、また家に帰ってきて音楽聴いて喋ってた。マジで、「正しい日曜の過ごし方」的な日曜日ですっきりした。1人でいたらきっと、ある程度の雑事が終わったら暇になって昼間から眠剤飲んで少し楽しくなって寝ていたと思う←

4月の上旬以来、気分の波的なものが緩やかになったと思う。毎年この時期からだんだんガンガン変な方向に「上がって(?)」きて、6月初旬から7月ごろにピーク迎えてドカーンていう感じだったのだけど、今年はまだ大丈夫そう。どちらかと言うと、落ち着いてきている。
そりゃ、ここ1ヶ月は形成に入院していたので精神的に荒れたり上がったりする要因がなかったっていうのも大きいし、毎日ちゃんと服薬していたこともでかいと思う(私は生活リズムが狂うと体内時計がわけわかんなくなって薬を飲む時間がよくわからなくなって服薬をやめる傾向がある笑)。もちろん、例の人に拠るところも大きい。

でも、それだけではなく、この1年で私は経験を重ねてそれなりに考えることもあって、ある意味で精神的に成長したのではないかと思う。なにより、失いたくないと思うものが増えて大切だと思えるものが増えて、だから破壊衝動が少し怖くなってきたんだ。去年の夏までは、破壊衝動が出るのを仕方がないものだと思っていたしそれに身を任せるのが嫌ではなかった。11月の一時期、私の内向きの破壊衝動が外向きになったときは少し嬉しくもあった。破壊したいという思いは自分をある意味で生き生きさせて生きる意味になると、思い込んでいた。思い込んでいたというか事実そうなんだけどね。
だけどね、それと全く同時期に、大学での学問や仲間とかバイト先の塾とか周りのものの素晴らしさに気づきだした。同時期だっただけに、破壊衝動と素晴らしいものを大切にしたいという気持ちに挟まれた、そしてそれは両立しないことは、感覚的にわかっていた。
11月に乖離を起こしかけた時は、壊したい自分が普段の自分に勝ってた。それでいいや、って思ってたけれど、引き戻してくれる人がいた、家族も病院も友達も、そうだよね。

今、私は自分を破壊したいとは思わないっていうか、どういう状況になったら自分を破壊したいと思うのかすらわからないほどにその思いからは遠いところにいると思う。4年間、多くの時間を自己破壊衝動とともにしてきた私は、今の心持ちが少しむず痒い気がする。でもきっと、これでいいのかなと思う。いい方向に進んでいると思いながら、積み重ねていけばきっと本物になると信じて頑張ろ。さぁ今日も学校だバイトだ行ってきます。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ PTSD・トラウマへ
にほんブログ村
ようやく休み!今週は月曜日に退院した直後から毎日学校で、週3回塾にも行ったし精神科の通院もしたのでもりだくさん過ぎる1週間で正直、疲れた...。やり過ぎた感は否めないので、今日と明日は何も予定を入れず、ぐたってようと思う。まぁ、大学も塾も決して嫌ではないので精神的にはそこまでつかれていないんだけどね、脚と身体が悲鳴を上げてます。

例の人のあれから。まだ、イライラが収まらないようで私と一緒にいるときも常にイラつきが伝わってくる。さすがにね、これはあれですか?モラですか?ってなったときもあって、それが続くようなら何か言わなくてはな、と思ってる。とにかく、ハラスメント系だけは回避しなくちゃという頭があるのと、それから私は身近な男性が負のオーラ全開なことに怯えている節がある...って、まぁクソYさんのことがあるから当然なのかもしれないけどね。でも、その怯えは「私の都合」だから仕方ない。

ただ、イラつきの態度表明は不快だしやめてほしいんだけど、でもイラつく気持ちに関しては結構子供っぽくて笑ってしまう。
例の人は、つまりこの世界に少しのハンディを持って適応することが上手く行かなくてイラついているんだ。人から必要とされない、とか自分の価値とはなんぞや、とか。おい、お前は中二病か!と怒鳴りたくなるにはなるけれど、ついこの間まで普通とは言えない世界にいたのでそっちの世界での自分が通用しなくなって、一般社会に来てアイデンティティが拡散したんじゃないっすかね、と予想してみる(優しいな私w)。

例えば、少しのハンディを持ちながら一般社会に適応するなんてことは、私が今まさに実践していることだ。もちろん、最初はわけわかんなかったし、精神疾患があるとされて7年目、今でも上手くいかないことはたくさんある。最初の時期なんで、イラつく、レベルでなく発狂してたもんね。それからもぶっ飛んだりODしたり、まぁ非効率的なことをしていたわけで。
だけど、ここ半年くらいでだんだん適応が楽になってきたんだよね。もちろん、大学生っていう特権は大きく作用しているとおもうけれど、あらゆる場面で「私はこれでいい」と思えるようになってきたんだ。自分をその集団の「一般」に合わせることはないし、だからといって自分は人とは違う!と過剰に差別化を図ることだっていらない。私はその集団の1人として、個性を生かせればそれでいいか、くらいに考えられるようになった。これは、例の人とたくさん話したことや、学校で揉まれたことで得られた考えかなと思う。
私の価値は、と聞かれたら、まぁ大きな目で見れば大した価値はない、いわば地球人口分の一の価値ですよ、とも思っているけれど同時に、でも身近な目で見れば、私を大切に思ってくれる人がいて私も人を大切に思っていて、そういう意味ではとても価値があるのかもしれませんね、とも思う。

例の人は、目に見える価値や目に見える「上手な適応」「評価」を求めすぎて焦っている。その気持はわからなくはないんだ、私も同じだったから。だけどさ、目に見える形にはなかなかなることはないし、なったとしてもそれは後から気がついたら形になっていた、くらいな話なのだと思う。だから、すぐに結果がどうこうではなく、日々をしっかり生きればそれでいいと、私は考えている。いつか形になるとも信じているけれど。
でも、こういった話は自分で気がつくしかないんだ、だから私は例の人に対しては、「大丈夫」しか言えないし言わない。きっと、今の状況は好転する、だから日々を着実に過ごそう、と(そしてモラはマジで無理、とw)。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ PTSD・トラウマへ
にほんブログ村
久しぶりになっちゃった...月曜日に退院してから毎日学校、週3でのバイトが始まった。昨日は午前中に精神科に通院してカウンセリングと診察受けた。朝からまた発熱していたけれど、1日なんとか乗りきれたのでよかった、と思う。傷の処置を自分でやるのは難しいけれどだいぶ慣れてきた、自分でやんなきゃなんないってなるとさすがに毎日傷をじっくり見るわけで、精神的にも慣れた。

例の人と過ごす時間が増えるにつれ、彼のいいところはたくさん見えるのだけど同時に、うーん、ってとこも見える。例の人、仕事などで嫌なことや傷ついたことがあると、その日は1日中機嫌が悪いんだ。まぁ、機嫌が悪いことくらい誰にでもあるのだけど、なんていうかその「機嫌の悪くなり方」に問題がある。
一言で言うと、怖い。私には当たらないのだけど、周り(世の中一般?)の少しの不備にいちゃもんって言っていいほどの理屈でキレる。元々、物事に気が付かなかったり筋が通らない人間を嫌う人だというのはわかっていたけれど、それはあまり口に出さなかったり笑いに変えたりするから通用するわけで、口に出して人をあげつらうようなことを言ってしまえば自分も同類になってしまうのにね。

例の人はプライドが高い。自分の外での振る舞いが他人にどう映るかをとても気にするし、人から見下されたり自分よりダメだと感じた人間から指図されたり、個性を持った一個人として認識されないことを極端に嫌う。
多分、彼は彼の世界では今までそれらが努力で勝ち取れたし、だからそこまでの不満はなかったんだと思う、でも今の彼は一般社会で働いている。そして、そこにおいて、無駄なプライドは邪魔なだけだし一個人がどうこうなんて言ってはいられない、見下されても耐えるしかない世界だ。だから、彼の今の考え方は正直甘いと思う。
私は仕事をしてきて、見下されることも一個人として扱われずコマみたいな気分になったこともあった。たった通算で4年位しか働いていないけれど、そんな経験はあったしだけど、だからこそ1人で努力はした、と思う。今だってこの歳のおばさん大学生だし、バイト先だってほとんどが私より年下だし、だけど私は大学2年生、として振る舞う。そこでプライドがどうこうなんて言うのはおかしいと思うから。そんなの、社会にいる以上当然のことだと思っていた。

だから、例の人がキレていることに私は共感できない。そりゃ、悔しいし理不尽だとは思うけれども、だからといって1日中何かに当たりまくらなければならないほどいらつくことではない。いらついてる暇があれば、その状況を自分に都合の良い方向に好転させることを考えたほうがいいと思った。
そんなわけで、私は彼のイラつきを黙って見ていた。怖いと思ったし、アホみたいだとも思ったけれどどちらも飲み込んで...第一、今の私には人のイラつきに付き合うほどの余裕がないんだ。

今までの私だったら、例の人が私の前で何かに怒る=私が悪いことをした・対応に間違いがあった、となって私が責任を感じていたと思う。でも、今は少し違う。例の人は例の人の都合で勝手にイライラして当たっている、それだけなんだ。もちろんその負のパワーのせいで私の体調は朝から良くないけれど、でもそれは私の責任でもなんでもない。私は、今日の私のやるべきことをこなすだけだし、これからもそうだ、いちいち人の負に巻き込まれている場合ではない笑
なんて、大切な人がある意味苦しんでいるときに、私は自分の思考を整理していた。本当、私は思いやりのかけらもない淡白な人間なんだなぁと驚く。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ PTSD・トラウマへ
にほんブログ村
今日は午前中に退院して、午後から学校、からの塾!いきなり盛りだくさんの1日で疲れた...。今朝、朝の検温で38.7度の発熱をしていてこのままでは退院できないってなるところだったのだけど、氷まくらで冷やしてなんとか退院にこぎつけた笑 傷が感染したような具合ではないということだったので謎の発熱、もしかしたら少しの間続くかもしれないけれど、日々を送る中で対処できればいいと思う。

結局、入院はちょうど4週間かかった。手術後の発熱と痛みであまり記憶にない1週目。じんましんやさらなる痛みで心が折れかけた←弱w2週目。3週目は毎日少しだけだけど学校に行けて、4週目は痛みは引いたかわりに焦りが出てそれはそれで辛かった。2度ほど感染を起こして、最初に移植したところを2回切開した。私は自分の身体は大丈夫だいつもうまくいく、っていうどこからくるのかわからない傲慢さがあって、だから術後の経過もいいはずですぐに退院できると思ってた。続く発熱に痛みを経験して、しかも点滴やテープかぶれが原因でじんましんまで起こして、自分の身体は強くないむしろ人より弱いのかもしれないと思った。それは、とても悔しい、そしてODをする度に身体はより弱くなっていくように感じる。

本当は、人並みに動けないなんて自分に許せない。どうせ何をやってもクソな出来なんだから、量くらいは多くしていかないと人並みに生きていけないのに、量をこなすこともできない。これはマズイなぁと思うけれど、でも今は我慢しなきゃなんないときだ。とにかく進級することに集中しよう、と最近は思い始めて、だから最悪な出来であっても毎日粘って学校には行こうとしてる。
明日からも、がんばろう。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ PTSD・トラウマへ
にほんブログ村
さぁ今日は、久しぶりの方々と会ってこよう!と思って朝るんるんで起きて検温したらなんと38.2度の発熱。うわーっつって。明らか、風邪とかじゃないよねっつって。ええ、傷のせいだね完全にwまた感染したかなぁと思うと、月曜日の退院が危ぶまれる。ヤバイ、もう塾復帰の予定もあるし、学校もこれ以上休んだら単位落とす感じの授業も出てきたわけで、これは意地でも今日中に熱をさげてみせる←気持ちの問題ではないw

さあ、そんなわけで今日は機嫌悪いので、ちょっと性格悪いことをきばらしにやってみる。まじ性格キレイな人は見ないほうがいいね。
では、鍵コメントへの公開返信を行います。日付・投稿者・タイトル・コメントの順ね。

1.2月15日 後藤健二 タイトルなし 「死相」
....さすがに2文字ですべてを表そうとしても伝わらないよ。だけど、こういう投稿者名はマジ品性がない。

2.3月17日 アサシン タイトルなし 「覚悟はいいか?」
....いつでも覚悟はできてます。

3.3月25日 ゆ タイトルなし 「いいとこ住んでるな」
....ありがとうございます。今の物件は家賃安いけど明るい感じの建物で、お気に入り。

4.3月29日 アングラ タイトルなし 「隠しビデオがある部屋でエッチしちゃダメです」
....探したけど隠しカメラらしきものは発見できませんでした。エッチはここ数ヶ月ご無沙汰です。

5.4月9日 秘密 タイトルなし 「今度プロポーズします」
....まだされてないけど、いつしてくれますか?

6.4月25日 ゆ タイトルなし 「生きる事に甘いから死ぬよ」
.....確かに激甘人生だけど、まだ死ねないです。

7.4月28日 投稿者名なし タイトルなし 「ゆうこかわいいよゆうこ」
....ありがとうございます。

8.5月8日 安息なき未来 タイトルなし 「オフ時に惨劇」
....何が起こるか、楽しみにしています。

ってな感じのコメントを頂いていて、返信しようと思ってたんだけどおそくなりましたすみません。もちろん、公開でも他の鍵コメでも、素敵なコメントをたくさん頂いているんだけどそっちの返信はコメント欄にするね。遅くなって申し訳ない。
今日は中身のない記事だ...

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ PTSD・トラウマへ
にほんブログ村