Take it EZ! セカンドダンジョン

朝から抜糸。ちょい痛かったけど、褥瘡の洗浄よりは痛くなかった笑 結構縫ってたんだなぁと今更だけど実感。うん、考えていたよりもとてもゆっくりだけど、確実に良くなってきている。頑張れ私。

季節が暖かい暑い方向に変わるこの季節、私は必ず、調子を崩す。4年連続崩してきたもんね。1年前は、ってちょうどこの時期の以前の自分を思い出すと、恥ずかしくなるしやってらんない気持ちになる。毎年、今年こそは、今年こそは、って思ってきっと今年は大丈夫だ、って思い続けて、でもいつも上手くいかない。
それでも今年も恥ずかしげもなく言う。

今年こそは。きっと今年は大丈夫だ!
去年の自分よりも退化した部分はそりゃ多いけど、成長した部分のほうがそれを上回っている...はず。何より、痛い目にはあっても今でも一応前を向いていられる。

「ハートにいつも成長痛感じて また全力疾走中
 あいも変わらず変わっていく そのイズムは伝わっているさいつだって」
-ライムスター『Still Changing』より

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昨日は無事、学校に行ってこれた。帰りの電車が会社帰りのサラリーマンで混む時間帯とかぶったのでそこは怖かったけれど傷にぶつかられることもなく笑、無事に帰ってきた。学校では学科のみんなが久しぶり、大丈夫?って声かけてくれたのがとても嬉しかった。2週間ぶりに「外」に出て都心まで行き、授業を受けてくるというのはかなりハードルが高かったけれど、1日無理をすれば次の日からは慣れるしね、今日からは1人で行ってみる。

そは言えど、やっぱ緊張でストレスはあったみたい。昨日はかなり疲れたし、今日も朝からいらついてしまっていた。原因は、もちろん身体の疲れや環境の違いが精神に負担をかけてたということだろうけれど、多分それだけじゃない。
学科のみんなと自分、キャンパスの人々と今の自分を比較して悲しくなるのだ。私は、みんなより6歳くらい多いおばさん、隠した過去とか精神系の障害があってまぁ、頭のできも底辺なので←これは仕方ないw、こういう言い方はおかしいかもしれないけど、ハンデはあると思う。それは自覚してたし、それが違いだと思っていたし、だから人よりも精神的負担には耐えなきゃなんないというのは知っていた。1年生のころは、その重荷に耐え切れずに暴走したり乖離したり潰れたりしていたけれど、秋ごろからはだんだんそんな人と違う自分に慣れてきて、別に人に合わせなくていいじゃん、できないことたくさんあっても、人より劣っててもいいじゃん、と思えるようになってきた。そうしてからは、人間関係がスムーズに行くようになって大学が楽しくなった。

なのに、今はそこに身体的なハンデが加わっている。歩く速度も遅い。学校の最寄り駅まで歩けないので、そこはタクシー、階段は使えない。健康体の20歳には、追いつけない。一緒になにかをできない。
もちろん、これが一時的だということはよくわかっている。それにこういう自体になったのは自分の責任だということもよく知っている、それでも、今の精神状態でこの事態はしんどい。
帰ってくれば、自分の傷とシャワーでご対面、えぐい笑 

大丈夫、大丈夫、って、病院でも学校で、オカンの前で、例の人の前で、そうやることに逃げ場のなさを感じる。でも、誰にも心配されたくないんだという気持ちは強い。本当は、心配して欲しくて仕方がないくせに、ねw
と、文句ばかり言ってもはじまらない、もう少ししたら、今日も「元気に」学校行ってきます。

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今日から外出!毎日1限分ずつでも学校へ行きますよこれはもう。単位危なそうなヤツだけでも出ますよハイ。
正直、傷の具合はそんなに良くない。毎日2回の処置はしてもらわないとできないし(自分で届かない場所だしね)、第一、痛い。今日外に出るのは、マジでやむを得ず、って感じであって自分でも今日は控えた方がいいんじゃないかと思うくらいなんだけどね。歩くのしんどいっすよ。

ここ1週間くらい、私にしては珍しく笑、後悔というものをしている。まぁ、後悔するタイミングはだいたい処置のときか、痛みが強くなったときなのだけど、あぁあのとき鍵だけでも開けときゃよかったなあとか、量足りなかったかぁとか、いやいや、そもそも未遂とかすべきじゃなかったなぁとか、全く一貫性のない後悔なんだけどね。つまり今の痛みを経験しなくて済むにはどうすればよかったか、っていう後悔(もちろん完遂できれば、っていう答も含まれてるw)。懲りてねぇぞこいつ、懲りてねぇ。

昨日は例の人が来てくれたので、今日から少しだけでも学校に行くことや、でもかなりの無理が伴うことを伝えた。伝えたら、少し怒っていた。なんでそういうことを一言も言わずに前の日になって決定事項として伝えるの、と。私はむしろ例の人が言っている意味がわからず、先週から学校に行くことは決めていたんですが医師の許可とか自分の体調が定まってから伝えればいいやと思っていたんですがそれが何か?と問う。彼は、私が他人の意見に従いにくいwことや、自分で決めたことは意地でもやろうとすることは知っているし、だから自分に相談して自分が止めたところで意味がないのは知っている、と言っていた。だけど、やり方を決めることはできるでしょう、と。あなたの結論自体は変わらなくても、「方法」...例えば学校へ行く方法として、電車を避けるために車を出すことだって、前から言っていればできたことかもしれない、とか、単位のことも1人で思いつめないで落ち着けば別の方法だってあると思えたのではないか、とか...そういった、手段をより円滑にする方法を考えられた、と言っていた。そして、その方法を共に考えさせることが、あなたを心配する者の気持ちを和らげることになるのだ、って。

へぇ、と思った。嬉しかったとか、そういうのじゃなくてまじめに、あぁそういう考え方もあるんだなぁと思った。私は、学校へ行くのは結局自分なのだし、もともとは1人で行くつもりだったし(オカンがついてきてくれることになったけど)、その決定で自分の身体が少し悪くなってしまったって自己責任じゃーん、だから自分のやりたいようにやる、と考えていた。今までそうやってきたわけでさ。だから、自分の行動を人に相談するっていう発想があまりなかった。カウンセリングだって診察だって、だいたいやらかした後の事後報告に終始する場面が多いしね、考えてみれば。
人に相談したほうが、視野が広がることもあるし、あわよくば(この言い方は適切ではないけれどw)手をお借りできることになるかもしれない、そのメリットがあることは、理解できるし分かってた。仕事の場面とかでは報告も相談もそれなりにするもんね。だけど、親しい人に相談や経過を伝えることが、彼らの心配を和らげるということには驚いた。そんなもんなのか、と。驚いたけど、それって親しい人や心配してくれる人がいなきゃ成立しないことだから、そういった人々が周りにいることはやはり、「有り難い」ことなのだなぁと思う。

今の状況、今っていうか、2月以降の私は人に心配と余計な負担をかけているだけで、誰のためにもなんのためにもなっていない。存在そのものが、という言葉は聞き飽きた。私は自分の大切な人々のためになりたいし、なるための工夫もたくさんしなければならないと思う。だけど、そのためには自分の精神が安定せねばならず、なのに自分の精神が安定するためには大切な人々の力が必要なわけで。難しい。

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へこむわぁ笑 入院中も毎日褥瘡の洗浄をしましょうってことで、シャワーに入るのだけど、マジ自分の脚見ると唖然とするね。超デカイ穴空いてるもん。心が私よりも繊細な人だったら多分、泣くよ。自分でえぐいわーとかいいながら洗浄してる。軽く言っているけど、24時間痛いし、正直、マジで世の中の8割くらいの人は私のこの傷を見たら顔そむけるだろうなw 医療従事者か、傷に慣れている人以外はマジで見ない方がいい...って、普通に生活していて見られる部位じゃないけどね。

私はODからのICUコース以外で、身体のほうに何か問題があって一般病棟(?)に入院するのは初めて。精神科は11回経験あるけど、あれは特殊だし、あーまたですか、はいはい、って感じで別段苦しくはない。入院の原因となった精神状態が苦しいってことがあっても、入院そのものが苦痛だってことは、とりあえずない。
でも今は、入院が苦しい。処置が痛くて、傷が痛くて、1人で、同部屋の人は私の入院期間中に何度も入れ替わり、看護師さんとの距離も遠く、やることもなくて孤独が募る。だからって、毎日来てくれるオカンに愚痴ばかり聞かせるわけにもいかないし、じゃあって誰かに聴いて欲しいとかいう、それほどきついわけでもなく、ただただ小さく苦しい。痛い、でも我慢できないほどじゃない。歩きにくいし外はまだ危険(今の状況だと感染の可能性が高いってのもあるらしい)だけど院内なら「歩ける人」扱いだし、食事はほどほどに摂れているし、血圧が毎日低すぎて←元からwビビられる以外は、なにも問題ない。精神的にも、別に異常はなく、私はここでこうして静かに、患者役をやってるわけ。退院後の不安は単位とバイトとそれを乗り切る体力くらいで、他は別に。だから、私は「大したことはない」、わかってるよ、だからやっぱ、「辛い」は禁句。

でもねー、辛いよ。
1日、かりそめでも心をかよわせるっていうような会話がないのは、辛いことだよ。おはようも元気?も笑うことも、少なくなる日々は、辛い。ヌマ病院にいるときはさ、病棟のみんなや看護師さんはかわらないから、毎日必ず言葉を交わすし、心をかよわせると言えなくもない場面は多い。けど、ここではそれはない。こちらから挨拶をしても忙しすぎて返答のない看護師さん、入れ替わり立ち代わりな他の患者さん。言葉が、衰えていく。
こういうとき思う。私はどういう世界にいても、人と関わってしゃべっていなきゃダメな人間なんだなぁと。20歳ごろ、めっちゃ調子の悪いときでもバイトしたり無理やりにでも外にでてたのは、きっと私がとことん、孤独がダメな人間だからだ。

私はただの挨拶や、笑うことだけでかなり心が元気になれる。だから、学校の友達とバカ話したり、それじゃなくてもキャンパスですれ違って「おっす」ってなるだけで1日が違ってくる。
でもね、きっと、そんな「大丈夫」なはずな日常でも、私は大丈夫じゃなくなる。今ここにいるのは、私の内面が日常では足りないほどに孤独になったから。世界がモノクロになってでもやらなければならないことは目の前にあって、それは孤独な作業で、そんな心持ちは人に言ってはならなくて。「大丈夫」な日常にいる恵まれた私は大丈夫じゃなければならないと思って、そうしているうちに、大丈夫だと言い聞かせた自分が板について慣れた。

だけど、どこかのタイミングで必ず「しわ寄せ」は来る。慣れるのは感覚だけで、精神的な疲労は確実に蓄積する。どんな薬wを使っても、自分だけでは消化しきれなくなり、最終的には心を削る、私はついでに身体も削ったことになったけれど、ね。
孤独はダメだ。今みたいな物理的な孤独ももちろん堪えるけれど、日常の中で慣れているはずの内面的な孤独もよくない。目に見える孤独はきっとすぐに解消するはずだ、でも、内面の孤独は簡単には解消されない。最近、ようやくそのことに気がついた。気がつけたから、孤独をどうにかしようとできる。私はこれからも、人に依存してしまうと思うけれど、でもきっとそれは今までの依存とは違って、内面の孤独を見つめながらのものになるのだろう。というか、逆で、きちんと依存したい人がいるから、孤独を見つめざるを得なくなったのかもしれない。

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私が今までがんばってきたことってなんなんだろうって思う。マイナスの意味で悲劇のヒロイン的に言っているわけじゃなくて、落ち着いて考えるとさ、私が今までがんばってきたはずのことって、どこかピントがずれている気がして。

今、私が頑張るべきは、たぶん、大学で行うべき勉強だと思う。興味のある分野でしっかりと学ばせてもらっているのだから、やらされているわけじゃないのだから、がんばれよ、ってね。
例えば、大学受験はそうだ。なぜやるか、大学に受かるため。当たり前のことだ。でも、私はなかなかそれを目標に頑張ることができなかった。高校3年生のころは、皆が行くし受験するし、進学校だったし、私は成績悪くなかったから当たり前みたく受験勉強してたけど、ちっとも「目標」に対することじゃなかった。志望校もなく、行きたい学部学科もなく、先生の言うとおりに受けた。さすがに、「電気電子工学科」だけはお断りさせていただきましたがw
ただ、模試の結果が気になっていただけ。理系の分野でいい成績取るのはおもしろかったし、それに関する勉強はわかると「すっきり」するから、やっていただけ。だから、本来は必須でそれなしじゃ受からない、英語や国語等はほぼ勉強しなかったしね。

小さいころからの習い事、学校の部活、それらも同じで、上達しようとか勝ちたいとか上位に行きたいとか、そういう健全な理由で努力したわけではなかったと思う。ピアノなら、とりあえず目の前に発表会があるから、わけわからん合唱コンクールに駆り出されたから、部活は、なんか部の中じゃ結構がんばらなきゃいけないポジションになっちゃったから。さめていた。

仕事も、例えば売上を伸ばそうとかそういうのじゃなくて、上司を尊敬していてその人が大変そうだから力になりたかった、とか、普通にやってたらそれなりに評価されてしまって、がんばらざるを得なくなったからとか、つまりすべて受け身だった。
24歳の受験は、その点では目標は明確だった。だから、受かった時はとても嬉しかったしがんばろうと思えた、そして今は、こんなどうしようもない状況になったけれど、とにかく進級、卒業に向けて頑張っている....
でも、そもそも大学に行くのは、卒業したいからなの?何か目に見えるものが欲しいからなの?そう自問自答するとそれは、違う、と思う。
もちろん、自分が関わりたい還元したい対象はあるので、そのために知識をつけ知恵を持つ、そのための時間と場所であるということは、私なりの大学への思いだ。自分が大学にいる理由は、それだと思ってる。

なのに、努力が足りなかったり、100%どころか30%くらいしか頑張れていなかったり、その途中ですべて投げ出しそうになったり、やっぱり私の「何かをする理由」には明確な理由などないのではないかと思ってしまう。
もしかしたら、大体の人間はそうやって生きているのかもしれないけれど、私は生きることが難しいから、だから生きるための理由付けをしたくてひいては、頑張る理由を明確にしたくなるのかもしれない。

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結局、入院期間は2週間以上になりそうだよ。毎日何回か形成の先生が処置をしてくれるけれど、まだ安定はしてないそう。ってか、24時間、レベルは違えど痛みはあるしまだまともに歩けないので仕方ないけれど。

学校、10日休んでしまった。まだ履修登録期間だっていうのと、心理の先生方にはメールで先に連絡していたので、単位どうこう、ってことはなさそうだけども焦るよね。そんな焦りもあって、月曜日に精神的にかなり崩壊したけれど、火曜日に少し回復、昨日例の人が来てくれて回復した。コナンの新刊とアボカド、春巻き、と彼いわく「高級な」音楽を持って来てくれて、半分くらいベッドボードに突っ伏して寝ていたけれど。オトンはもう退院して仕事に行っていて、オカンは相変わらず入院の日から毎日来てくれる。焦っても仕方ない、大学の先生から「あなたが焦っても脚は治りに変わりはありません」と返ってきたけど、そのとおりかもしれない。けど考えてみれば、人が来てくれること、大学をはじめ、周りのみなさんはいつでも受け入れてくれそうなこと、きっと私は幸せなんだ。

褥瘡の原因となったODから2ヶ月経った。あれから最初の1ヶ月は感情が麻痺し、停止していたことが多かった。4月に入ってからは眠剤に頼りきった生活、そして少し暴走もしてしまった。先週は手術と術後の熱のせいで終日ぼけっとしていて、本格的に物事を考えられそうなのはこれから。
退院後、どうなるのだろうと少し不安だけれど、今回に関しては楽しみでもある。安定してきているこの精神で、今までと同じ世界に戻って生活をすれば、世界はどのように見えるのだろう。それだけは楽しみだ。だから、学校も、バイトも、今までだってそれなりに笑がんばってたけどこれからも、またやろう。精神が安定していれば、目の前の困難は乗りきれると思う、多分。だから大丈夫、多分。

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今度は笑えないふんだり蹴ったりの状況が続く。
まず、抗生剤やテープかぶれによるじんましんのような発疹、点滴痕やその周りのかゆみで左腕は見せられないほどにぼろぼろ、顔に発疹がでるから、肌は最悪。これだ(だけ、ってレベルじゃないけどね)ならまだマシかもしれなかったのに、脚塗った部分の別の箇所が昨日いきなり痛み出し、歩けなくなった。今朝になってようやく少しの歩行はできるようになったけれど、速度は今までの半分以下。状態がよくなっているとは自分では思えない感じ。動かせる部分も減った、そしてトイレの回数を減らしたいのに今は生理中。しんどいわw早く学校や塾に復帰したいのに、何もできない自分がもどかしくて仕方ない。いくら段取りがついているとは言え、焦りや申し訳無さが消えるわけじゃないからね。

昨日はそんなんでめちゃへこんでいて、本当になにもしていなかった。例の人が持ってきてくれた大量のCDを聴いて、そんな陰鬱な気分もあってか、Brigitte Fontaineの3枚目のアルバムが気に入った。全然知らなかった音楽を吸収するのはおもしろい作業。
でも、学校じゃみんなは勉強して先に進んでいく。そりゃ、私だってここでできることはするけれど、それじゃ全然比較にならないだろう。悔しい。
そういうの、だからもどかしいとか悔しいとか、寂しいとか、陰鬱な気分がすべて相まって、昨日は昼間に1人で泣いた笑 泣いた...泣いた...泣いた?私が?
それにとても驚いた。驚くと同時に、泣いた自分が嬉しかった。そしてそれは、ごく最近、感情を出すことに少し寛容になれたからだと気がついた。

だけど投げやりにもなって、例の人にもうなんでもいい、どうにでもなれ的な一方的なメールを送った。そうしたら、勝手だと言われた。あれほど一緒にいるこれからはともにすると言ってあるのに、あなたは自分に辛いことがあると何も言わずに1人で投げやりになり、相手に手出しをさせなくなる。それこそが、相手をきずつけていることになるのだ、と。なんで言わない、そんなに、信頼出来ないの?と聴かれる。
もちろん、信頼している。だけど、私には自分が辛い時に人にいうべき言葉が見当たらないし、第一、自分が辛いことが本当なのかよくわからない。でもたとえ、辛いだとかそういったことを口にしなくても、バレるしバレてきた。だから、言って欲しい、そしてその辛さは1人のものと思わないで欲しい、自分にも分けて欲しいと言う。

それには相当の時間がかかるだろう、自分の負の感情を言語化することや、ましてそれを人に伝えること、それを一緒に共有してもらうこと。そんなことは今までの私の発想に全くなかったことだし、だからこそできる気がしない。私はきっと、今から自分の基盤となる場所を作っていける、そこには必ず例の人がいてくれる。だけどね、基盤を作るには、そして作った先では、たくさんの努力が必要だ。私は自分の感情を泣くという形で出だすことが可能になった(1人でだけどw)。でも、感情を人と共有するという、私の中では「損得勘定」でしかなかったことを、こんどは芯からの気持ちでせねばならなくなる。それが自分の一部にたいするようにさらっとできて初めて、真の何かの形が生まれるのだろうけど、私はまだそれに怯えている。

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入院期間、まさかのあと「最低」1週間だって。そりゃ、2回の手術を1回でやったのだからしかたがないけれど、一昨日それ聴いたときは焦ったね、ソッコーで、外出許可を頼んで1日1時限分は行っていいっすよね、って頼みまくったけど、あなた今の状況じゃ座れないでしょ、とクールな女医さんに返されて、そりゃそうかと思い直す。マジ悔しいわ、なにより自分で蒔いた種だってことがさ。その日は1時間くらい荒れに荒れて、来てくれたオカンやメールで例の人に愚痴をこぼしまくってしまって自己嫌悪。でも1時間で持ち直してとにかく関係先各所に連絡し、対処した。昨日は例の人が来てくれた。

The velvet undergroundの曲に、Sunday morning っていう曲がある。私はThe velvet undergroundを今年の2月に例の人が流しているのを聴いて知り、一発で気に入って、例の人からCD(うち2枚はLou Reed とNICOの単独のヤツ)を借り、自分で結構値の張るレコードも買い、毎日のように聴いている。同性愛やドラッグについての曲が多いし、私は音については詳しくないけれども、なんか狂ったようなギターが最初は異質に感じたけれど今はそれに中毒性を感じている。Heroinて曲とかは歌詞も音も、オカシイ、でもそれが心地いいんだ。
それで、Sunday morning なんだけど、音はとてもキレイ。オルゴールみたいな音。言っていることは私には実体験としてはわからないけれど、ジャンキーと長いこと一緒にいたり話を聞いたりして、意味がわかるようになった。

「Watch out , the world's behind you
There's always someone around you who will call
It's nothing at all」

私がばかみたいに愚直な訳をすると、「気をつけなさい世界はあなたの後ろにありますよ、そこにはいっつも誰かがいてあなたを呼ぶでしょう、まったく何もありません。」って意味になってでイミフなんだけど(出た最悪な英語力露呈w)、そしてある意味で詩的なんだけど、多分違うよね。
この人、精神的に来てるんだよ。世界を勘ぐっている、彼らの世界の言葉を借りれば、「喰って、勘ぐるようになった」。世の中全てに、ね。誰かに見られてる、誰かが俺のウワサしてる、見られている、話しかけられようとしている、幻覚?幻聴?それとも少し違うかもしれない、勘ぐり、思い込み、病的な。で、この方たちの場合、多分それは勝手に出てきたものでなくて、ドラッグの影響。
そのような気持は、私にはわからない。けど、それはきっと、最初はよくても最後には地獄になる。地獄の途中にいる人間を数人、知っていて1人は死んだみたいだし、そこから抜けてきた人間も知っている、そしてとても近くにいる。...そして時には、クリーンなのにそのように感じる脳で生きねばならない人もいるはずだ。
そういう人がこの「世界」に存在することを私は、直視していく。訳を、がらっと変えてみる。

「気をつけなよ、世界はお前の後ろに控えていて
そこじゃ常に誰かがお前を呼ぶんだよ、まったくなんでもないことなのに」

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未だ入院中。PC開くの、4日ぶりかなぁ。とにかく、火曜日に手術は終わった。手術自体は別になんてことなく済んだらしく、私は手術室のベッドに寝て点滴受けてマスクした時点までの記憶しかない。
その日は1日、ベッドから起きられなかったけど、夕食から飲食は可になったし次の日から歩いてもよくなった。なんだけど、ものすごい、激痛。一つは傷そのものの部分の痛み、もうひとつは血を抜くために大腿部より少し上に差した管の痛み。術後1日目は、痛すぎてトイレで失敗したし、ベッドに腰掛ける途中で激痛が走ってどうしようもなくなりナースコールにもとどかず、たまたま同じ病室にお見舞いに来ていた方に看護師さん呼んでもらったりしてた。
2日めからは痛くない座り方&歩き方を覚えたり、慣れもあるし傷自体も良くなってきたのか、とりあえずは迷惑かけない程度に歩けるようになった。しゃがむのと、中腰と、まともに座るのはまだ無理だけどね。でも、2回に分けるはずの手術が一度で終わったのは本当に嬉しい。履修登録期間のこの時期で、そりゃ後がきつくなるけど、大学に通うって面ではとても助かってる。

ただ、退院はまだっぽいんだよなぁ、2日前から、39度台の熱が続き、今は38度台までに解熱鎮痛剤でごまかしてるけどこの調子じゃダメだ。炎症、ってのをおこしてるんだろうなぁ、知らないけど笑
月曜に入院して、火曜日は手術の疲れか麻酔のせいで1日寝てて、水曜日に高熱でぶっ倒れ、昨日やっと読書ができる状態になった。オカンが毎日私のとこと、水曜に手術をしたオトン(1年に2回くらい手術入院してる)のとこを行ったり来たりしてくれている。ありがたいけど、ウチはけっこう淡白な一家なので、用が済んだらさっさと帰るんだ笑 だから、滞在時間30分。
そんなんだから、月曜から今日までで、病院の職員さん以外で喋ったのはオカンと30分のみwマジ、しゃべってないと死にかける私としてはそれが原因で死にかけてますw

精神科の入院だと普段着(っても部屋着+アウター的な)で、いつもどおりの調子でぶらぶらできるけれど、右足が動かずによたよた歩いてる、パジャマの自分はなんだか惨め。もちろん、私より若い子や同年代よりちょい上の人たちも、頭だったりのどだったり、内臓だったりになにかあるらしく、点滴具を持って歩くし時には車いすだって使う。でも、私は。
私は、自分でやった。自分で、自分を惨めにした。みんなは惨めなんかじゃない。きっと、病気にかかってしまったり事故ってしまったり、そういう理由だ。それに比べて、私は自殺未遂による褥瘡?
甘えでしかないよね、って思う。だから、できるかぎり自分でやる、痛くてもトイレ自分で行くし、無理だってしちゃう。甘えちゃダメだ、甘えちゃダメだ、甘えちゃダメだ、と自分に言い聞かせないと歯止めがかからない私はどこまでもだれかしらに依存してしまうからさ。

例の人にはバレている。こういった、「寂しい」とか「1人で辛い」だとか、自分でも絶対認めたくないような、だけど確実にそこに横たわる事実としての弱みがすべて、バレている。それを見せて負担をかけたくない、依存したくないと思っていることすら、バレている、もちろん彼はそれを言わないけれど、彼が私のそういう部分を知っていることを私は知っている。同じような本を読み、同じような音楽を好み、同じような考え方でそれぞれ生きてくるとこうなるのかな、と思う。
だから、少し今より、生きることに投げやりになってみる。きっと精神が保てていればその他のことはうまくいく。そして例の人といればきっと精神はすんでのとこであってでも保たれる。だから、少し今の力み過ぎた状況を和らげて、言い方を変えれば投げやりにして。
そうやって生きてもいいんじゃない。

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午前中に形成外科に入院完了。手術を担当してくれる先生に傷を見せて、手術方法の説明を受け同意書にサイン。後は明日の手術を待つ、くらいかな。
手術は2回に分けてやるという話だったけど、今日診てもらって、1回で済むことになった。やることは、壊死組織の切開と皮弁作成(周りの皮膚を持ち上げて傷を覆うこと)で、全身麻酔するって。まぁ、任せますということだ。術後の数日入院して退院するんだけど、その直後が、いろいろ生活に弊害があるだろうなと思う。まぁがんばろ。

最近、例の人が泊まりに来る。例の人は例の件が一段落してすぐに派遣で働き始めたので、仕事帰りに2時間かけてうちに来る。昨日は休みだったし私も学校休みだったので、1日一緒にいた。お昼には何か食べに行こうということになって浅草に行った。それも含めて終日だらだらしていたわけだけど、私は正直、去年の10月の自分の誕生日の前の日以来、初めて「フラット」状態を経験したような気がした。焦燥感もなく、悲壮感も追い詰められた感じもなく、ちゃんと目の前の世界が見えて音がはっきり聞こえている感じ。逆に言うと、私が「日常」だと思っている感覚がどれほど追い詰められて焦っている時間の流れなのか、認識させられた。もしこれが安定というものだとすれば、普通の人はいつもこんなに安定した気持ちで生きているのだとすれば、私の「普通の日常」だと思っていた日々はいったいなんなのだろう、と。自分なりの気分や心持ちの「普通」は、本当はかなり異常だったのではないかと、感じた。別にいいけどね。

例の人は、例の件が終わって「安定」したと言う。彼も長いこと、フラットを知らない人間だったので、今の心の平穏には安心しつつも少しの落胆はしているらしい。人には見えないようなものが見て取れて、聞こえないような些細な音が聞け、そして表現できないことが表現できた、というような(それが自己満足や錯覚でもね)ことができなくなったことに対する落胆。だけど引き換えに手に入れた安心、安定。私は彼の過去を知らないけれど、言っていることはわかる気がする。
そして彼から見れば、私もやはりフラットがなく安定を持たず、だけどそのかわりに人が持たないすこしおかしなものを持っているように見えると言う。私は、その「おかしなところ」を人に受け入れて欲しいと思っていた時期や、どうせわかんないだろうと思っていた時期や、隠すことに必死になっていた時期や、そのせいで解離していた時期があったし今ももちろんあるのだけど、彼がとりあえずわかっていてくれるのならもういいや、と思い始めた。

あなたはどんな人間?って聴かれて、ええと精神科に11回入院してる人間です昨年度は150日以上入院しててその原因として自殺未遂常習犯ってことがあり、たまに自分がパカーンなっちゃいまして、それから眠剤を昼間に飲むのが好きなんだけど、一応前向きに大学生やってるんでよろしくお願いします、みたいな、そんなことは一般社会じゃあまり受け入れられない。だから言わない。でも言ってもいいとも思っている。聞かれたら言うし、聞かれなきゃ自分からいちいち面倒くさいアピールなんかしない。だったら、一言、25歳大学2年生、アラサーの何もない精神年齢の低いおばさんが一生懸命勉強してるよ、で済ませたほうがいいしね笑
例の人も、同じだ。あなたはどんな人間?ええと...、ってまあ私の以上に社会的にはマズイと思う。だけど、もし何か一言言うなら、33歳派遣、「人に言えるような」職歴や見せられるステータスは何もない男です、って言うらしい。それで済ませたほうがいいからね笑
そんなもんだ、と思うと楽になる。そうか、誰か1人が深く理解してくれることは安定につながるのだなとようやく私が理解する。そりゃYのあの、私をそのままダイレクトに見る見方も心地よかった、だけどそれは、安定をもたらすものではなかったなぁ。きっとそれはY自身が安定から程遠かったのと、私を「見る」ことはかなり上手くできてもそれを解釈することができていなかったのだからだと思う。もちろん、これはお互いに言えることかもしれないけれどね。

1人でいられること、1人で生きられると思い込むこと、それができることが安定というのも、確かにそうかもしれない。でも、きっと私の安定の形は、それではないらしい。人に理解され、なんか知らないけど、アホみたいに大切にされることで、安定を得ることもありえて、それは決して恥ずべきことではないはずだ。

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