Take it EZ! セカンドダンジョン

さぁ、今日で今年度が終了。そして退院してきた。今年度は、精神科に5回計142日入院(ゴーヤ9日、ヌマ53日、ヌマ3日、ヌマ56日、ヌマ30日)、ICUなどに3回計15日(未遂の度に各5日ずつ)入院したという、すごい記録を樹立した年度だった。にもかかわらず、目標の7割以上の単位を取って2年生に進級できるというこの幸せね。今日は夜から、大学のみんなとご飯食べてくる。

今日は退院時の診察でまぁ20分位じじいと話したのだけど、相当にぼろくそ言われた。考えが浅い、まじめではない、逃げている、等々。まったく心に響かないところがきっと「まじめではない」のだろうけれど、今はそれについて考察する余裕がない。きっと精神が自分自身について考えることを断固拒否し続けているのだろう。そういうわけで、今は精神について書きたくないので、ヌマ病院の日常について書くことにしてみる。どうせ、今年の夏辺りにまた入院することになるだろうし笑

はい、ではヌマ病院閉鎖病棟、医療保護入院患者の1日。まず、病棟の構成。病棟に患者は60人弱、平均年齢50歳〜60歳程度、女性の中では私が最年少(25歳)。看護師とヘルパーさんが、昼間は各8人ずつくらい、夜は1人ずついる。
私の平日(月・火・水・金・土)の日課。6時起床で電気がつき、7時に朝の薬。私はだいたい6時半くらいに起き上がって、着替えや洗面等を済ませて洗濯場で洗濯機を回す。朝食は7時半。食事、おやつは皆、食堂に集まって食べる決まりになっている。
で、作業療法が9時半からあるので、それまで約1時間半ほどやることがない。みんなは部屋にこもったり食堂やデイルームでテレビみたり、新聞読んだりして過ごす。週に3日、お風呂があるのだけど、午前中に入浴の場合はこの時間帯にささっと入る。
9時半から作業療法(OT)。参加可能で希望の人はOT室、というところに移動して、それぞれ好きなことをやる。私は歌歌うコーナーで昭和歌謡をひたすらおばあちゃんたちに混ざって歌ったり、みんなで作る巨大なはり絵に参加したり、たまに電子ピアノひいたりしていた。あまり社交的でない人は簡単な手芸やったり、いや、かなり高度な手芸をしている人もいる。あとはPCでユーチューブ聞いたりとかオセロしたりとか、塗り絵、革細工、などなどね。
11時15分にOTは終了。昼食が11時半少し前にあるので、病棟に戻って食堂で食べる。私は医療保護入院なので、外に出ていい時間帯は朝の10時から昼食までと、13時から16時に病棟が閉まるまで。なので、ご飯食べ終わってから13時までは暇。基本、寝てるか廊下ウォーキングしてるか、新聞読んでるか本読んでるかのどれか。みんなは基本的に寝てるね。で、13時からラジオ体操。
13時から16時までは、私は外に出て散歩したり送迎バスの乗って病院と駅のドライブしたりしてた。私はかなり制限が厳しくて、病院から一歩も外に出てはならなかったのだけど完全無視だったね。散歩とか、行けるとこまで行ってしまっていた。
16時に病棟が閉まるので、どこの病棟の人も医療保護の人も任意の人も病棟に戻る。で、16時半に薬。それから夕食の18時まではマジで暇。私はひたすら読書してたな。みんなはテレビ見てるか寝てるか部屋ごもりが多いね、けどこの時間帯だと廊下のベンチとか食堂で話している人もちらほら出てきてた。
18時に夕食の後は、眠剤の時間の20時まで、また暇。私は眠剤ないので、夕食後は寝る支度してすぐに部屋にこもって読書してた。そのうちにしらずしらず寝てしまう日が大半だったな。みんなはテレビ見てる人がおおかったかな。私がいた病棟は、イメージとしてだけど、強い眠剤飲んでいる人が多そうだったので20時の眠剤の時間以降は食堂等に、ほとんど人がいなくなる。
休日(木・日)。
休日はOTがないのと、医療保護入院の患者は外に出ていい時間帯が14時から16時の2時間のみになってしまうことだけが、違う。まぁ、暇だね!こういう日は基本、ずっと読書してたかな。

うん、入院の1日の流れはこんな感じ。この間に、面会に来てくれたりとか診察があったりとか、イレギュラーな予定は入るけれども基本的に単調で落ち着いた生活が続く。慣れてしまえば、そこまで悪いものではないと思う。とは言え人それぞれで、合わない人は徹底的に合わないらしく、1週間もせずにむりやり退院してしまったりもするけれどね。ってな感じの入院だった。

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昨日は最低の1日だった。昼から人と約束をしていたのだけど、あまりにもだるくて行動ができずにドタキャン。ドタキャンした自分が不甲斐なさすぎてひどく落ち込み、落ち込んだ挙句に過食。部屋にいても動く気力はないのに、そわそわして落ち着かずに頭がおかしくなりそうだった。

今日もその気分は引きずっているけれど、昨日よりマシ。今まで負の感情がさようならしていたものが、でてきたんだな、と少し落ち着いて自分を見ることができている。
つまり、私はひたすらそわそわし、焦り、先を不安に思っているんだ。明日退院すると、木曜からは学校だ。正直、学校にたどり着くだけで一苦労だと思う。とにかくひどい体力の低下のせいで、学校で授業や人間関係に割くべき体力が通学に使われてしまうことになるだろう。そうすると、今までのように順調にはいかなくなってきてどこかにしわ寄せがくるのは目に見えている。
4月の手術が終わるまではバイト休んでいるので、お金もないし、何より今までの行動量と同じだけのことができない自分に嫌悪を感じてしまうだろう。
履修登録や授業の最初の方で、きっとつまづく、今のフリーズした頭では、大学生としてしっかりやっていくことなどできない、だからといって今までみたく人より時間かけるには、体力気力が追いつかない...

わかってる、全てまだ起こっていないことに対して恐怖しているだけ。やってみれば案外うまくいくことだって多いだろう。なのに、今、上記の不安を払拭するための行動をとることができないことにイライラしてしまっている。
黙って今できることやるしかないのに、ね。

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外泊2日目。明日病院に帰って1泊したら次の日に退院なので、昨日は荷物を引き上げてきた。大荷物を持って2回電車乗り換えるのは、今の体力ではとても疲れることだったけどなんとか帰りつけた。家で荷物整理して、その後買い物に出てそのまま友人夫妻の家におじゃましてきた。今日は朝から、4月の形成外科入院の時のために、CDの音楽をPCやiphoneに移してる。4月に入ったら毎日学校やらなんやらで、時間ないだろうからさ。
すごくどうでもいいんだけど、昨日5日ぶりに家に帰ってきたら、ベランダに出しておいた燃やせるゴミの袋がカラスに食い破られてて中身がベランダに散乱してた、生ごみは水きって厳重にくるんでるのに、マジムカツク。卵のからとかアボカドの皮とか、そういうの食ったぽくて、本当めざといというか私より数倍頭も要領もいいんだろうなカラスは、と思うと残念な気持ちになった。

最近ずっと書いていることだけど、未遂以来、本当に感情が鈍麻した。とは言っても、ポジティブな感情はいくらでも感じられる。楽しい、嬉しい、ありがたい、おもしろい、安心する、等々、いろんな人や物事にたいしてそういった気持は感じている。感じられなくなったのは、ネガティブな感情、負の感情だ。
辛い、不安、不快、イラつき、焦り...そういうものを感じることがなくなってきた。そりゃ、入院っていう限られた空間にいれば感じることもなくなると思う。はっきり言えば、精神科閉鎖病棟の入院なんてもんは、「慢性的でやさしい緩やかな鬱」になるためにいるようなもんだもん笑 
だから、負の感情を感じる対象がないと言えばそれまでなんだけど、自分でもおかしいなと思うのは、「自分の過去や現状に対して」負の感情を抱かなくなったこと。

入院して、週に一回診察を受けカウンセリングを受け、自分のことについて考えるきっかけを与えられて他にやることがなければ、今までならば多少は自分に関して考えていた。8月や12月のブログを見ても、今回の入院時よりも自分について考えていた記述があるように思う。なのに、今回は本当になにも感じない。
これは私なりの「うつ状態」なんじゃないかと思う。変な話だけど、身体と頭が自分の都合の悪いことを考えることを拒否してる。一部の感情を麻痺させている。苦しくないからこれをうつと言うべきではないのかもしれないけれど、感情が麻痺して停止するこの感覚はある意味うつなんじゃないかと思う。まぁ、用語的には間違っているだろうけど。
もしかしたら、これから先、身体の症状が激しくなりとどめに、ポジティブな感情すら失われたりして。それは、一般的なうつの進み方の真逆を行っているけれど、そうなりそうな気もする。それに対する不安や恐怖すらわかない自分が、今は残念。

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入院生活も、実質あと2日程度。今月末までに退院という目標はなんとか実現してよかった。来週は学校へ行くし、学校のイツメンと集まったり形成外科に行ったり、また日常が動き出す。身体がついていくかどうかだけが心配だけれど、やろうと思えばできるでしょと楽観的に考えている。身体的には正直まだまだ今まで通りの生活に戻るということは不可能だろうし不安も多いけれど、最近のこのブログは身体的不調に対する愚痴しか書いていないのでそこは飲み込む。

私には、病識というものがほぼない。精神科に初めて行った(連れて行かれた)のは中学2年生の頃で、コンスタントに通い始めたのは6年半前、躁鬱の診断がついてからはもうすぐ4年だし、4年の間には発達障害もBPDもPTSDも言われた。
多分根本にあって問題となっているのは、発達障害と躁鬱だ。入院の際に書かれる疾患名、自立支援の書類の疾患名は、躁鬱がメイン。だからここでは躁鬱についての病識ということで考える。

私は某自助会に参加してもう少しで3年目になるし、スタッフをやらせてもらってる。そこで人の話を聞いたり紹介された書籍を読んだりして、もちろんそれはとても勉強になるのだけれども、同時にいつも思う。私は本当に躁鬱ですか?
疑う原因は、鬱期がないこと、これといった躁状態も経験したことがないこと、そして、精神的に辛い思いをした覚えがないこと。
起き上がれないとか、外に出られないほどの鬱、というのはない。散財などもなく、世界が異様に輝くこともなく、私は自殺未遂を繰り返すこと以外に自分が制御できないほどおかしいと感じたこともない。

だから、精神的に辛いという感覚も、あまりないんだ。生活していく中で辛いなと思うことはある。人に迷惑かけ続けることに対する呵責や、取り戻す大変さ、身体的な疲れを無視してやるべきことをこなさなきゃいけないプレッシャー、その段取り、環境と相談して人ややるべきことを切らねばならないこと。そういったことは、人並みに辛いと思う。けど、こういうことは淡々と心を入れずに対処するのみであって、小さい痛みや疲れは重なるけれど致命傷にはならない。
つまり「病気」が理由での大ダメージは、まだ受けていないわけだ。ああ、やっちまったなぁ以上のことは思わないし、だいたい、やらかしたことが病気のせいだなどとは毛の先ほども思っていない。私の思考のミスのせいだと常に思っているから、あとはどうそのミスを修復していくかの問題なだけであり。
だから今回も、何か知らないけれどミスって未遂って、その結果身体がこういうことになったんで、今は淡々と対処しているだけなんだ。

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寝すぎている。毎晩、夕食を食べ終わった18時過ぎにいったん横になって本読んでいると、そのまま寝てしまうらしく、気がつけば朝の7時の薬の時間になっている。夜中に起きることもなくトイレにもいかず、13時間眠り続ける...それを3日、繰り返してる。この体力のなさにはぞっとするけれど、実質、素直に入院しているのはあと2日だけなので、身体が休養のラストスパートに入っていると思い込むしかない。

精神的にパタッと何かを閉じてから1ヶ月以上が経ち、それは戻ってくる気配がない。未遂をして起きて、特になんの感情も湧かず、自分について考えることを放棄してからというもの、意識して自分の感情に焦点を当てても何も出てこなくなった。
ヌマでインフルエンザが流行して出禁になった暇な10日間でさえ、特に辛いとか苦しいの感情もなく、淡々と本を読み、歩いていた気がする。例えばこれは、去年の入院時には無理だっただろう、イライラして自分を持て余していたに違いない。
外面的には、性格が丸くなったように見えるかもしれない。ムカつくと思うこともほぼなくなり、動きもゆっくりになり、言い方も緩くなった(と思う笑)。だけどそれは、何かから解放されたからでも抜け出したからでもなく、ただただ精神の活動が驚くほど弱くなっただけなんだ。

多分、今はこういう精神状態でないと、つまり余計なものを心に入れないで流し、心の中の余計なものに蓋をし、目の前のやるべきを淡々とこなすことだけをしていないと、生きていけないのだと思う。
精神のことについて考えるのは、とても嫌だ。

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今日は特に何もない1日。じんましんは注射で抑え、褥瘡の処置をし、体力増強のためにとりあえず歩き、食事は残さず食べ、よく寝て、病院にいる間はそんな日々を過ごす。とは言ってもあと1週間。今日の診察で、来週の火曜に退院だということに決まった。ぎりぎり3月。4月に入るとすぐに学期が始まるのでちょうどいい。

今日の診察で退院の話をしたとき、じーさんに相当怒られた。今度同じようなことをしたら一切入院させないと言われた。もちろん未遂のことなんだけれど、未遂そのものに対して激おこなわけではなく、ツールがまずいということらしい。そこに怒っていた。
今回と去年の7月に私が使ったのは粉末の催眠鎮静剤なのだけど、あまり処方されるものではない。一昔前まではよく処方されてたらしいけれど、危険だと判断されたのか今では簡単に処方する医師はいないらしい。これは、かなり致死量が低くて、自殺サイトでも有名だったり、アニメだか漫画だかで人を殺すシーンに使われたりしてるわけで、無知な私も知るところとなった。
これに目をつければあとは簡単、ネットで探しまくる。ダメ元で連絡しまくる。信頼できそうなサイトを発見する。取引する。以上だ。そんで、私は今回うまくいっただけのこと。相手はもちろん、違法なことやってる。売っちゃいけないものを売っているわけだし、その入手ルートは普通に黒いと思う。でもそんなこと私の知ったことではないけどさ。

なのに、じーさんはそこを怒るのだ。これは違法なんだぞ、相手は捕まっているかもしれないし逮捕歴だってあるかもしれない、こんなことは許されない、と。
よくわからなかった。違法?知ってる笑 売ってる側が捕まるかもしれない?捕まれよ勝手に笑 逮捕歴?最近その手の言葉は聞き飽きたんだよねマジで笑
これ以上、そういう世界に足を突っ込むなら本当にもう知らない、と言われた。私は、そういう世界とこういう世界の区別があまりわからない。もし、「そういう世界」があったとしたら、この半年私がいた位置は限りなくそれに近かったんだろうと思う。別件だけどね。
なので言った。私は多分、社会通念的な物事の善悪判断をうまくつけることができないのでしょう、と。そしたら、屁理屈だと言われたので、あぁそうだね逆に、これが屁理屈だったらよかったよ、屁理屈であって欲しかったし何度も考えた、それでも分からない、と話した。じーさんは、私が「わからない」ことがわからないらしかった。大学の心理学科で学んでてわからないわけない、らしい。関係ないだろう、と私は思うけれど。
これは、理解されないのだ、と思う。じーさんもカウンセラーさんも、言えそうだと思ってちらっと話した相手も、社会通念的にまたは法的にNGなことについては表情を曇らせる。

このことや「別件」のことは、私の中で大きな位置を占めない。生活の道具でありそこにどっぷり浸かる人間もいて、そういうのを見たり話に聞くと普通と異常の境目がわからなくなる。それもよかろうと、否定的な目がなくなってしまう。この思考に問題があるのはわかっている。私は相当に気をつけないとハマる位置にいることも知っている。
それでも、わかりません、それはNG、危険だ、ってそう言うことはできない。嘘になるからさ。
だからもし、もう一回このようなことがあり、また別件で何かが起き、この場を拒否されたとして、文句は言えない。潔く、「出て行け」と言われれば出ていくしか、マイノリティのマイノリティには、できないから。

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昨日病院に帰ってきた。じんましんは少しよくなりだるさもゆっくりではあるけれど回復してきて、歩く速度やリズムももどってきつつある。身体は1週間前よりもずっと生きやすくなっていて、回復しようとし続ける身体の凄さに驚かされる。

ここにいると、人間の欲というものについて考えさせられる。もちろん、一般社会でも多かれ少なかれ、生きてれば欲は誰でも持つ。問題は、それをどこまで人に見せるかどうかだ。
ここに長くいる人の一部に共通することは、基本的欲求を制御することが難しくなっていること。簡単に言えば、食欲や、目の前にあるものを欲しいという欲、羨ましいという感情、それらをあからさまに人に見せてしまう。ジュースやお菓子を人にたかったり、行き過ぎれば盗んだり、制限されてしまうほどに食べ過ぎたり飲み過ぎたり、まずもって「抑えよう」という気持ち自体がないっぽいんだ。自分の欲を人に見られることに抵抗がない。だから、欲しいものや羨ましいものは、相手のことを考えずにじろじろ見てしまう、きっとそれは一般人からしたら「意地汚い」ことに映るのかもしれないなと思う。

彼らの場合は、病がそうさせている。目の前のものに対する欲を抑えられず、出してしまう...ただし、それを見ると私はYを思い出す。ドラッグに対しては、いつもの面倒くさがりがどこかへ行くほどに熱心に手に入れようと、見苦しい努力を続けた、姿をさ。すごく悲しいし虚しかった。
だから、私は欲を見せることは汚いと思ってしまってる部分があり、この点に関してはそういった患者さんを避けてしまったりする。

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昨日からじんましんが痒すぎて3時間しか寝られず、午前中は本当悲惨な精神状態で過ごしてた。しかも昨日夕方にお菓子過食して、その後悔もあったからね。のわりには、今日も朝から残りのお菓子食べてたんだけど笑
とは言え、今日は例の人の誕生日で、夕方から約束していたし銀座までプレゼントを買いに行く予定だったので、正直結構無理して起きてぼろぼろになった身体をなんとか整えて、家を出た。
結果、とてもいい半日になった。街に出て少ししゃんとしたし、例の人との時間をとても楽しく過ごせた。外にでる予定があるっていうのは、助かる。

未遂から今日で1ヶ月。今回は身体に大きな問題が残った。まず、激痩せした。体重測っていないからわからないけれど、太ももの間に隙間ができた笑無理してひっつけようとしても、埋まらない隙間が。いや、スタイルいい子ならそもそもひっつかないんだろうけど、下半身デブだった私からしたらこれは大変なことだよ。まともに歩けない。そしてない胸がよけいに無くなった。オカンいわく、「身体が薄くなった」。
そして、息切れ、動悸。30分も歩くと、座り込みたくなるほどに疲れる。信じられないほどの体力の低下に驚いている。体温調節も下手くそになり、身体がほてったり寒気がしたりを繰り返してしまう。で、褥瘡にじんましん。
身体は、多分、今まで生きてきた中で一番のピンチに陥っていると思うし正直きつい。心身ともに超鈍感にできている私だからそれでも動き回っているけれど、もう少し繊細だったら多分引きこもってるレベルだと思う。

来月からは学校が始まり、形成外科の手術もある。それまで、約10日くらい、身体の回復に努めなければと思う。食べて、寝て、活動も少しずつ増やして。きっと、何よりもまともにしなきゃなんないのは精神だろうと周りの人は言うけれど、私は今の自分の精神を変えたりましてや治したりする必要はないと思っていて、だから身体が回復すればそれでいいじゃんと思ってる。とは言え、この1ヶ月、ほんのすこし精神の変化はあったような気もするけどね、言葉では表せないけど。
つまり私は、身体の健康を損なって、人に迷惑と心配をかけて、自分の時間も無駄にして、そんな遠回りをしなないと自分の何かに気がつくことのできない人間らしい。

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はぁ。具合悪っw昨日はじんましんやばくてまともに寝れず、しかも痒くてたまんなかったから保冷剤で身体ぎんぎんに冷やして寝てたら今日は一日中寒気がひどくなった←

今日は7時過ぎに家を出て大学病院受診。形成外科では、褥瘡の壊死した部分は手術で取るしかないということになって、入院が決定した。4月と5月にそれぞれ5日から10日の入院、日程も決まった。1回目で取って、2回目で移植だとのこと。学校も予定がハードになるだろうけど、計2週間くらいならばぎりぎり単位には影響でないと思われるのでその条件でお願いした。あとは皮膚科でじんましん用の塗り薬を処方してもらい、トータル4時間半もかかってやっと病院を出た。
その後、塾に今後の話し合いに出向いた。完治するまで待っていてくれるという言葉を頂いたし、生徒さんの親御さんからお手紙もいただいた。そして嬉しいやら申し訳ないやらなんだけど、私が意識不明だったときに社員さんや他の講師の方が、心配してアパートまで来てくれたと聞いた。本当に、もったいない話だ。

私は自分が恵まれていることをとても申し訳なく思ってた。私みたいな人格的に底辺な人間がこんなに恵まれてていいわけないし、その前に、恵まれて生まれて育ってきたのにこんな底辺な人格になってしまったことが申し訳ないと思ってた。そして、プレッシャーだった。ここまでに人がしてくれたことに見合うような人間にならなくては、なにかを成さなくてはならない、と。そしてそれは今も常に、思ってる。未遂の原因の一つは確実にこれだと思う。もっと言うと、被害妄想になっている。こんなに恵まれているはずの私がなにもできないのを、人は非難しているに違いない、もっとがんばれもっとできるはずだクズ、って、きっと思われている...そして、本当に一部の知り合いだけれどもそういったことを匂わしてくる人間もいるにはいたので、現実味を帯びた妄想になっていた。

確かに、生まれ育った環境はとても良かったし何か人よりも著しく劣るという経験もなくきた。それは、私が選んだり努力したことではないので感謝するしかないことだ。ここに関しては、妬まれても何を言われても仕方が無いと思う。
でも、私の「今の」周りのものに対して、「恵まれているね」と言われるのは、何か申し訳ない反面、正直反発も感じる。今の私の周囲は、確かに偶然や幸運の賜物がたくさんあるけれども、同時に私の努力によって作られてる面もあるからさ、こんな私だって、私なりに乗り越えて得たものはあって、その大切なものが私の周りを作っているから。

例えば、精神のことで言えば、私には助けてくれてわがままを聞いてくれたりもする病院や自助会などがあって、手放せないものだと思ってる。今回の未遂では、気がついて搬送してくれた友達がいるわけだし、その後、お見舞いに来てくれてもいる。病院で出会った4年以上にもなる友達もシュークリーム持って来てくれた、例の人は面会禁止の時も差入れを続けてくれた。
学校の友達、病気のことは言っていないけれど、何かおかしい私を受け入れてくれている。バイト先も、さっき書いたようにこんなに迷惑をかけているにもかかわらず暖かい。
とてつもなくどうしようもなくなったとき、最後のセーフティネットとして「利用」できる人間もいる(やめなきゃだめだけどw)。

人との縁とか出会いは確かに偶然もたくさんあるけれどそこから発展させていけたのは互いの努力があるからだ。破綻することもあるし、あるし、というか破綻することのほうがはるかに多かったけれど、それでも残ったものが例えば今上に挙げた人たちで。だから、人とのつながりに関しては恵まれていた、だけではない。そこには、確かに相手と私の努力もある。
私は人に恵まれているのが自分の一番の自慢だと思っているけれど、それはただの受け身じゃないはずで、この点に関しては、恵まれてて何が悪い!と言えるかな。

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今日から3泊で外泊。明日は大学病院の形成外科で褥瘡を診てもらう。
一昨日の夜から、ひどく身体中が痒くなって、診てもらったらじんましんだった。昨日は痒み止めの注射を打ち、内服薬を飲んでなんとかしのいだけれど、今日もまだ痒い。今までじんましんが出たことは一度もないのに、このタイミングで身体中に出た。多分、体力が相当低下していることに加えて入院のストレスなどが作用してるんだろうな、原因は不明だけどね。うん、けどとにかく痒いので、今は応急処置として保冷剤で冷やしてる。
本当、ふんだり蹴ったりだよな、と思う。未遂でまさかの、手術が必要なレベルの褥瘡に、額の大きな傷、身体のしびれとだるさ、そしてじんましんですか。なんつうか、私はぼけっとした鈍感人間だからそこまで精神的なダメージはないし、自分で蒔いた種だから自分で摘み取るべきだという思いが強いからそんなに今の状況に悲観的にはなってないけれど、神経が細い人ならこの状況にはノックアウトされてるだろうなと思う。正直、私もじんましんで身体を掻いてしまった後は、こんな傷だららけの身体ではもう外には出られないと一瞬ズドンと落ちた。けど、自分でやったことじゃん、これくらいなんてことない、と思い直し、ふんだり蹴ったりだなぁ、と自分に苦笑してみることですぐ平静を取り戻せた。ときどき、根っこの深いところでは私はものすごい楽天家なのかなぁと思う。良し悪しだけどね。

今回の未遂。詳しい経過としては、まず2月23日の午前3時ごろに、前もって闇ルートで購入しておいた薬を飲む。粉薬だったからヨーグルトに混ぜて、グレープフルーツジュースで。そこから26日の夕方までまったく記憶がない。ただ、後で聞いた話だと、25日に友達が家に来てくれて発見してくれ、救急搬送されたらしい。そして、これは後で母に聞いたのだけれど、吐いた後があったということなので、薬はすべて吸収されていなかったということだ。吸収されてたら多分、死んでただろうな笑 それなりに、危険な状況だったとのことだと、後で救急の先生から聞いた。
で、26日に意識は戻ったのだけど、人工呼吸器がついたままで1日過ごした。その日は、母に必要なこと...バイトの連絡とか、心配してくれているであろう人への連絡...を筆談で頼むだけ頼んで、またぱたっと眠りに落ちた気がする。
翌27日、昼ごろに人工呼吸器を外す。これがかなり苦痛を伴うものだとのことで、手は拘束され暴れないようにされたあと、外されたのだけど、そこまで苦痛と言った苦痛もなく、外すことができた。最初は息できなくて面食らったけどね。その日の夜から、ひどい幻覚を見るようになった。幻覚というよりは、目をとじると訳の分からない絵柄やイメージが浮かんでは消える...本当に様々なイメージ。とても精巧な風景画みたいなものが浮かんだかと思うと、それがいきなり反転してアンディ・ウォーホルのポップ・アートみたいなものを書いた小さな正方形が何百個とぎっしりと目の前に現れたり、何かの素材の海に投げ込まれたみたいな景色だったり、まったく意味のわからないイメージが浮かんだりと、とにかくひどい幻覚だった。でも、嫌だという感じはせず、むしろ目をとじるのが楽しくて仕方なかった。自分の思いによってイメージが変わる、その感覚を楽しんだ。今しかできないと思ったからね笑
で、28日には一般病棟に移されて、食事も開始。身体3箇所に刺さっていた点滴も1箇所に減って、トイレも自分で行けるようになり、車いすではあるものの、動けるようになった。ただ、この日と次の日には何人かが面会に来てくれたのだけど、30分も身体を起き上がらせていることができなかったことを覚えている。
そんで、3月2日にヌマへ転院。この日にようやくまともに歩いた。未遂からちょうど一週間。身体はだいぶ痩せて、筋肉も相当に低下して、歩くこともままならなかった。この日から比べると、今はかなり回復したと思う。まだまだ、きついけれどね。

そんな経緯で、今はいつもの精神科に入院中ってこと。明日の形成外科の診察次第で今後の予定はおおきく変わって来るだろうけれど、とにかく4月からはめでたく(?)大学2年生になったのでちゃんと大学に通えるようにしておきたい。今自分にできることは、とにかくしっかり食べて、寝て、運動もして、体力をつけること。精神はどうにもならなくても、まずは身体だけでもどうにかして前に進むしかない。日々、できることを着実にこなすだけだね。ぼろぼろな身体になってしまったけれど、ここで悲痛な顔していたら本当に終わる。今は、やっていられる間は、どこまでも前を向いていたい。

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