Take it EZ! セカンドダンジョン

明日はセンター試験だね、あと多くの私立高校の入試もあるね。
いい天気になればいいかなぁと思う。去年の東京は、センターの時は晴れてたと思う。

あぁ、もうあれから1年か、と思う。私は実はまだ退院していないわけで、もうそうすると通算52日目になるわけだ。ってことは、今年度で、もう100日以上入院してるわけねハイ。いや、もっとか。6月に救急で5日、精神科急性期8日、7月に救急5日精神科閉鎖53日、11月に開放3日閉鎖56日(予定)だと、130日くらい入院中、ってことになっちゃうわけだ、うわ残念w
で、こんな、年間の1/3も入院している私なんだけれども、学校は意外とちゃんとやってて、単位も履修登録の7、8割はいくんじゃないかな、と思う。金銭面はクソやばいけどねw

これからのことを考える。すごく直近のことで言うと、来週の火曜にテスト受ければ1年次のすべての授業が終わり。来週からはまた塾の講師を始める。落ち着いて今のまま生活してれば、きっと3月が来て4月でまた2年次が始まり、今年度同様に忙しけれど意外と楽しいことがたくさん待っているのだろうなと思う。それを、期待するのになぜか先が想像できない。来年履修すべき科目や興味のあるゼミや、そういうのちゃんと知っているのに、そこに自分がいることを想像できない。
それよりは、すごく変な話なのだけど、今の私を知っている人がいない場所で1人で働いて暮らしている方が、想像できるんだよね。そんな経験はほとんどない(夜逃げ後数ヶ月だけだから)のに、なんかそっちが自分っぽいみたいな感覚がつきまとう。

普通に考えれば、今のこの、破壊衝動が一応どこかに隠れつつあるっていう自分を保って落ち着いてあと3年送る努力をするのが適切だと思う。でも、できないと思う。
破壊衝動が暴発することはこれからもずっとあるし、きっと、その暴発で受けたダメージを「直さずに」また次の暴発に向かってしまうのだと思う。

本当は、強い破壊衝動を、コントロールする術を身に付けなきゃなんないはずなのにね、自分にしかできないわけだからさ。そして、それをすることがどれだけ重要かは、去年の夏以前と一昨年に、よく身を持って知ったはずなのに、私は、コントロールすべきものを間違えている。
命を、生き生きさせる(きもいけどこれ以外に良い言い方が見当たりませんでしたボキャブラリ困窮中)ために、破壊衝動っていう負をコントロールしていかなきゃなんないのに、私は命そのものを自分で操作しようとしてるらしいから。

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今日は、TOEFLを受けて、その後塾によって今後の話し合いをしてきた。TOEFL、なんか去年よりもできるようになってた気がする。

明日は学校があって、明後日の朝イチで病院に帰る。で、荷物とかまとめて日曜日に退院準備でアパート戻ってきて、月曜と火曜に学校行って火曜の夕方に診察受けて1泊して、水曜にカウンセリング受けて退院、っていうね、なんかわけわかんないスケジュールになってる笑

一昨日の診察、結構殺伐としたものだった。
最初、じーさんが「なんかまた、自殺のために準備してるとかって書いてるんだって?」と聞いてきたので、なんで知ってるんですか、と聞き返したら「幻聴だよ」と言われた。幻聴って、なんすかそれ。まぁ、誰がそういったかは想像がつくからそれ以上は何も言わないことにした。
でも、準備のことは、その通りですよ、今度はちゃんとやりました。そう言った。そしたらじーさん、まだ自分の命を石ころみたいに考えてるんだな、とおっしゃる。
それが基本の考え方ですよ、って感じなんだけど、言っておいて、なんで私はそれが「基本の考え」になっちまったんだろうなぁ、と思ってみる。生まれつきじゃね?って思ってたけどさ、生きにくいじゃんこのままじゃ。

昨日、夜中に、例の人とのやりとりのメールを読み返していた。そうしたら、私が「私はしょっちゅう暴走して転ぶけど、立ち直りが速いのは取り柄なんです」みたいなことを言ってたことがあった。
そしたら、「確かに立ち直りは早そう、だけど傷は元に戻さなそう。だから歪んでいくことを繰り返してどんどん少数派になっていく、いい意味でも悪い意味でも笑」と返信があった。この会話自体、忘れていたけれど、さっきの「基本の考え方」はもしかしたらそうやって、作られてきたのかもしれない、と思った。
最近、なんだろう、病気うんぬん、って考えることを、ほとんど停止している。薬は、自分が必要だと思ったのだけチョイスして飲んでる(入院中もね笑見つかったら怒られそう)。アホだなぁ、自分で自分を苦しめる結果になるかもしれないしな、と思う。

Yと例の人で、いつも言い方に決定的に違うところがある。言い方の違いから、生き方の違いに思い至る。
Yは、例えばあまり「普通じゃない」生き方を、自分もしてきたわけだし、だから他の人の変な部分もかなりの割合ですっと受け入れる。で、自分のしてきた生き方は「こんなもん、気がついたらこうなった」っていう感覚に近い。
対して例の人は、自らがおかしいのを承知で、なのに自分を「おかしくないようにする」ことを進んで選択しなかった、という生き方なのだなぁと思う。

で、私はどっちの考えでもないなぁと、感じる。確かに、気がついたらこうなっていた、だけど端々で、自らがおかしいのに気がついていて、なのに、直す、という概念すらなかった。ってか、人と自分の少しの差に、あまり気がつかないというか。ここらへんが、一番よくわからないところなんだ。もしかしたら、上の2人よりもかなり脳天気にできているのかもしれないと、自分の頭と鈍感な神経を嘆くね、この事態はw
だけど、私も歳相応の社会的な意味での「普通レール」からはとうに脱線している。でも、それが原因で凹んだり鬱になったり、気にしたり、っていうことは正直、ほとんどなくなっている。だから、例えばこの「おかしさ」が原因で社会的な位置づけがどうこう、とかは、ピンとこないんだよね。あと、そこに人の気持ちとか人の応援も、入らないというか、なんなんだろう、これは。

最近、自殺や病気の捉え方や対処法についての人の意見を見たり耳にしたりする度、混乱する。それで、混乱の原因に気がつく。あぁ、私が日々感じているようなクソな思いと、その人方たちの意見や意見の元となる感じ方は、なにかピントがずれているのだなぁ、と。それで思う。私は理解力も読解力もないけど、それを差し引いても、なんていうか、そういった人の言っている意味が本気でわからなかったり、自分にあてはめて、とかじゃなくてもわからないんだ。
それを、今度は悩むっていう悪循環ね。自分のことは一応おいといて、こうやって人の気持ちや意見がわからないですませる自分は、マジ卑怯なんじゃないかって、責任感なし人間なんじゃないか(←そうです)とかって。

なんか、精神疾患、っていうのがある今の自分と、もし精神疾患って言われてなかったら、っていう仮定においての自分っていうのは、ほぼ変わらなかったんじゃないかな、って思う。そう思うとき、つまり病気って、障害って、なんなんだろう、という思いにやっと至る。

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今日は実験の結果発表準備のために学校。の、前に例の人のところへ行く。
例の人がいる駅と、病院の最寄り駅(最寄りのくせに歩くと1時間かかるけどw)は一緒なわけで、何度ここを往復したらいいのかわからない。私には地元はないけれど、この街が一番馴染んできているような気がする。

自分用に手帳を買った。でかめの。今までは、無印のシンプルなヤツの表紙を自分なりにステッカーとか貼って装飾してたの使ってたけど、今回は静脈の赤の背表紙のヤツにした。外見もそうだけど、中身が使いやすそうなのを、選んだ。物忘れが激しいし、前年は何時にどこ、っていう予定が混在しすぎていたので、時間で書き込めるのを選ぶ。今年の、12月までの手帳で、あぁ、この、何月まで生きるんだろうな、と思った。別に、今日でも明日でもかまわないけれど、と少し投げやりになりながらも、手帳そのものは気に入った。

例の人に差し入れるものは、もう物品を選びようがなくなってきた。だって、私は、その人のことをほとんど何も知らないんだ。そもそも、持ち込めるものが限られていて、私の他に誰が何を入れているかわからない状況で無駄なおせっかいみたいなことはしたくないし、だけど、私がそこへ行くこと・行ったしるしを残すこと自体はその人のちからになると、本人が言っていたし言っていたらしいので、私が自分の気が済むまでは行こうかなと思ってる。
それで、当たり障りのないものであまりお金をかけなくて、なにより「入れられるもの」を考えて、ヒートテックとかにしようと思った。学校で、この時期なのにコート着てなくてマスクした男に、「そんなんだから風邪引くんだよ」と言ったら、そうだね、でも今年のユニクロのヒートテックは温かいらしいからそれ買うよ、と言っていたのでパクってみた。
サイズがわからなかった。Yなら、簡単。そもそも、普通のお店じゃあいつに合う服などない。サカゼンか、どっかで注文しておかないと、ない。なんちゃらX、だとか言ってたし。
例の人、身長もだいたいの重さも、知らないんだ。仕方がない。だって、合計で、6、7回し会っていないのだもん、しかも、短時間。だから、とりあえず中間の大きさを買って、入れようとしたら入らなかった。「伸縮性があるので自殺防止のため、入れられません」って、今自殺したいのは私だよボケ、私が「伸縮性がある」とやらのこの服で首つってやろうか、と、目の前の柔道着の男に怒鳴りそうになったけど我慢した。別に目の前の人の責任ではないし、私の顔を覚えていて、なんだか申し訳なさそうに対応してくれる人間に、当たる必要はない。

取って返すには、学校の時間が迫っていたので今日は断念した。使う当てのない、ヒートテックTシャツ。アニとかには小さいだろうし、Yにはもっての他だし、ほかの人間にあげるには、一度袋から出してタグもないだけに気が引けた。いらついたので、さっき、シャワー浴びたあと、自分で着た。肌着、ではなく、育ち盛りだってことで一回りでかいものを買っておいた、みたいな、中学生の体操着並のでかさだった。大人になると、男性物と女性物は大きさだけじゃなく作りそのものがやっぱちがうんだな、となんか関係ないところで納得した。

最近、ヘルペス、みたいのができること多くなった。病院で寝てばっかだから、体力がバカみたいに低下しているのだなぁと思う。来週で、授業もテストも終わり、2ヶ月の休みに入る。その間、学校をどうするか考えつつ、先があるのならば、そのために何をするか模索しなきゃなんない。先がないなら、先がないなりに、終わらせる覚悟を決めるべきときだ。

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死んじゃう人ってどれだけ止めても死ぬんだよね。
死ぬぜ死ぬぜ詐欺、してるからって、その人がかまってちゃんでだから死なない、なんて思っている人間は、間違っていると思う。確かに死ぬぜ死ぬぜっていうのは言わないほうがいいかもしれないし、それはヘルプの意味でもあると思う、だけど、ただ宣言してるだけな場合も多い。

私は去年の7月に時間さえ稼げれば死んでいたであろう量をODした、そのとき、止めてくれる人はたくさんいたけど、無視できた。良心の呵責、なんてものは一切なかった。だれが悲しもうが、将来がとぎれようが、あすからの予定とか、完全に途切れていた。そんなこと関係ない場所にいたし、「考えられない」のではなくて自らその思考を遮断していた。
多分、私が自殺したとして、それは「鬱」が原因ではないと思う。今日も、外泊の前にじーさんと喧嘩したけれど、私は自分の命は自分でコントロールする、と言い張った。

単純な話、疲れるんだ。
毎朝さ、起きてあぁ起きちゃったよ生きちゃったよ今日も死ななかったよくそ、って思って、だけどその5秒後にはそれすら忘れていつもの朝の用意をはじめなきゃなんなかったり。例えば朝の電車の中で、学校の最寄り駅につくまでになんとか学校用の自分に気持ちを持って行ったり。例えば1日の予定をやりきって、家に帰る途中で歩きながら過食してたり。例えば次の日1限からあるのに夜中まで、吐くまで飲む日が毎日続いたり。例えば例の人やYのところから、学校へ向かうギャップとか。ロヒプノールを噛みながら、学校に向かったりとか。

なのに、学校や普通の生活の中で待ち受けているものは、思いがけず暖かくて。
今日も、学校に病院から直接行って、スポーツの授業に途中から行って見学しようとしたら、みんなが「うらが来た!卓球だよやろうやろう」って誘ってくれて、先生もじゃあ、みんなそう言うし、無理しない範囲でやっていいよ(先生は私の入院理由を知っている)ってなって、結果楽しんじゃったりとか。空き時間もいつもの場所に行けば誰かいて、すっと中に入れてくれることとか。
私は、みんなに対して申し訳ない気持ちと劣等感ばかり持っていて、それなのに、って思うと嬉しいのにとても辛い。この気持はどう表現したらいいのか、よくわからない。

でも、あちらの街に行き、めっちゃな人々と関わるときは、ある意味で自分が落ち着く。はいはい、どうせ痛い目に遭うんでしょこれから。きっと、毎日が変にサバイバルで、気遣いのかけらもないようでそれなのに誰よりもどこよりも、神経を使わなければならなくて、大嫌いと少しの好きが混ざっていてでも離れられない、そんな日常があるんだ、あっちには。これは、自分の中ではっきりと感じていることだけどこれも言語化できないことだ、だけど、一度その空気を吸えばわかるだろうと思う。

よく考えると自分は昔からそういう人間だったと思う。うまくいく自分が嫌だった。
仕事とか、高校も中学も、軌道にのるたびに自分のせいか環境のせいか微妙だけど、その場に居づらくなった。そこにいたいのに、なぜか身体全体で拒否反応を起こす。ずっと、そうだった。うまくいってる自分、なんて嘘の自分だと思う。私は何もうまく行かなくて、自滅して破滅するのが似合う人間だと、思う。
だから、結果、いつ死んでも同じだと思っている。その理由で、私はわたしの生をコントロールしていいのだと思っている。
なのに、じーさんとかが死ぬのを禁止してくるから、とてもムカつく。関係ないだろ、っていつも思う。私は今回退院したら、精神科とさっさと縁を切りたいと本気で思う・・・でもトリップ用の眠剤がないと困るからどうしようかなぁ、病院かえちゃおっかな、とか思う。
最近、変な方の自分を知っている人間にはどんな態度をとっても全く反省しないようになっている。とにかく、傷つけたくてしかたない。ムカつく、ムカつく、ムカつく。その思いが何故か消えない。
知ったかぶられるのや、私を知りたいといわれるのが、とても嫌だ。近づかれたくないと思う。適切な距離を取りたいと思う。微妙な部分の自分を消したい。中間点の私を知っている人間を全部切りたい。そして、自分をもっともっと悪くしたい。
そうすれば、とりあえず「生きる」ことはできるだろうから。本物の精神は死んでも、ね。だけど、私は自分の本物の精神を守りたいから、だから死にたいんだ。
今の私を好きでいてくれて、それで「死なないで」というヤツほど何もわかっていない、と感じる。

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木曜から土曜まで外泊してきた。金曜日に統計と英語(死)のテストがあって、土曜日に実験の準備があったからね。
ただ、私は先週、本当に「今週中に自分は死ぬ」と思い込んでて、だから、木曜日にすべて準備を整えたんだよね。場所も、ツールも、全部用意して、さ。それが木曜の深夜までかかったので、決行は金曜日の夜かなぁなんて思ってた。

だけど、木曜に例の人のところへ行って、その後用意のために闇(?)の方と関わって、次の日は日の当たる(比喩です)学校の仲間と話してたら、なんかどうしたらいいのかわからずに混乱した。思った。解決策は死ぬだけなのかな、って。
先週は、よくYと電話で話した。死にたいことや、用意の進度を話していた。
金曜の夜、Yの家へ行った。鍋作るから、って言ってたので着くと、本当に鍋ができてた。ヤツは料理上手いのでおいしかった。
私はまだ迷っていたので、ワインを持って言ってた。結局、2人で飲んで、鍋を食べた。
今日は、とりあえずやめとこう、と思えて、それでその日は酒飲みまくった。鏡月の25%のボトルを、2人で空けた。私がほとんど飲んだ、Yに飲ませるとめんどうだから、私が先に飲んでやった。

結果、一晩じゅう吐いた。Yの鍋、吐いちゃった、ごめんね、きっと身体全体で君を拒否ってるんだよバーカ、なんて思ったけどさすがに失礼だから言わなかった。
次の日は昼から学校だったから、始発で帰ったんだけど、その日は一日中二日酔いがひどくて、悲惨な目に遭った。今日、ようやくおとといの酒が抜けていている、っていう状況ね、マジ受ける(学校のみんなに使い物にならない私の醜態をさらしてたのは反省w)。

でも、Yの家で酔っぱらいながらたくさん絡んだので、なんか生きようかなって思った。本音が出た。
私さ、今学期で学校やめようかなって思ってるんだ、楽しくて充実してて、申し訳ないって言うか、そんな場所にいるべきじゃない気がしてるんだよね、前の10ヶ月みたいにさ、つましく(?)働いて、ちょっと変な方向性で生きた方が、「らしい」かなって思う、今の状況は落ちつかなすぎるんだよね。
あぁ、心理検査の数値が出たんだけど、明らかなPTSDだったよ、どうしてくれるんだ。
例の人はどうなるのかな、あんまり変なことしないでよ。
そういえば、夏に優ちゃんの先輩に髪きってもらったんだよ。

いろいろ、くだらないことしゃべりまくった気がする。弱みを見せてしまった。だからヤツの家を出た瞬間、ヤツのケータイを着信拒否にした。
会っていると、3年前に戻ったきがしてきた。夜逃げする1カ月前だよね。あぁ、もう、私これでいいや、なんて思った。こっちにいる限り、つらいけど多分、自分を殺すことはない。
分裂すると、楽しい時はとても充実していて幸せだけど、その逆のときは思いっきり自分を殺したくなる。
だけど、分裂させなければそれはない。つらいけど。

それを、今天秤にかけている。学校、やめようかな。それとも、死のうかな。
どっちにしろ、結構偏った考えだとは、分かってる。なんで、上手く生きられないんだろうなぁ。
Yのせいなのに、Yといると、生きていける。変だ。変だよ。

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少し前、某掲示板にて「人間の(生きる)価値」みたいなことが話題にあり、小さいながらもヒートアップしていた人方がいた。
私は知っていたけれど、傍観していた。
馬鹿馬鹿しいと思った。よっぽとのインテリか、暇なのかと思った。

人間の真価。
そんなものはない、だれが生きようがのたれ死のうが、仕事があろうかなかろうが、そんなもん、どうでもいい。
Y、傷害、強盗、覚せい剤、前科、ヤクザ、やり尽くして今はボトムにいる。これ以上、落ちられないくらいにね。
例の人も、過去はよくしらないけれどどうせ同じようなものだと思う。
病院で出会った、もう5年来の知り合いの女性。多重人格で車いす生活、統合は別の人間。
ドラッグや処方薬で死んだ仲間。
地下の病棟で、毎日同じルーティンをしながらも、狂う人々。

彼彼女らは、人間の真価など考えもしない。そんな、暇はない。
生き延びること、それだけを考える。次元が、違う。

私はそのような人々も、人間の価値について不毛な議論を繰り返す奴らも、傍観している。そして、どちらのあり方も吸収している

ただし、私も、生き延びること、そちら側の人間であり、だから、人間の真価などうでもいい。今日も、これからも、生きるためならば、薬や、裏切りや、仮面を使って生き延びるだけ。
人間の真価など、ない。

これが、私の結論です。
インテリ様方へ。
本物の、糞な、生きるか死ぬかで、さまよって死ぬ直前まで行って薬を買って致死量を飲んだこと、ありますか。首吊ろうとして失敗したことは?ビルの屋上で何時間も放心したことは?
そのとき、人間の真価なんか考えたかよ?違うだろ。自分の生死だけで、頭がいっぱいだったんじゃないの?
今更、落ち着いたからって能書きを垂れるんじゃねぇ。真価?ふざけんな。そんなことをほざく前に、目の前に、そんなことを考えられないほどに苦しむ奴らをなんとかしろよ、お前らは悟ってんだろ?

それをしない場合の結末は、私が死をもって見せつけてみせる。

それでもまだ、生きる真価みたいなものを、振りかざしますか?
そんなのどうでもいい。

私に必要なのは、楽になる、それだけなんだよ。アングラの世界、こっちの白に近い世界、その狭間に落ち、上がれない、どうしたらよいか、わからない、そのような人間に、人間の真価などという言葉が届くと思いますか?
そんな、糞みたいな哲学。
インテリ。
大嫌いだ。

それこそが結論。

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名前くらいしか知らなくて、特に、挨拶以外や、少しの会話しかしない病棟の人。広い食堂なのに、隣に座る。遠いようで近い距離感。「知り合い度」はとてつもなく低いのに、今ある精神的な、抽象的な距離は誰よりも近い気分になる。

男の人は、自分の呼び方が何個もあっていいなと思う。フォーマルなところでは私、普段は僕、たまに俺。「私」と日頃から言う男は好きではない。過去にたまに、そして学校のマセガキで1人いるけど、そいつは相当頭が切れるので許す。

Yは、僕、すら使ったことがない。僕、を使う機会も必要もなかったんだろう、仕事でも、それ以外の環境でも。
例の人は、だいたい僕、だけれども目つきが変わった時、俺、になる。メールをしていても時折俺になり、その時はきっと画面の向こうで目つきが変わっているのだろうと思う。

Yは私を人に紹介するとき、彼女と言わずに女という方が多い。例の人のところにYに連れられて初めて行った時、Yは例の人に私を「(俺の)女」と紹介した。例の人はそれに対して、「素敵な『女性』ですね」と返した。

その約1ヶ月後、メールが来た。Yがツケの担保に渡した私のケータイ番号や名前から。金の話が一通り終わると、「Y氏とは付き合っているの」と聞かれた。いいえ、まさか。「それなら良かった!...気にしないで」と返されたが放っておいた。
後で聞いた。なんで、付き合ってると思ったんですか。
いや、付き合うわけがないと思った。あまりにも不釣り合いだったから。そう言われた。

違うよ、と思った。十分、釣り合ってるんだよ。
例の人は「品」を意識する人で、内容はともかく、常に丁寧な言葉を使う人間だ。なのに、一回だけ、Yのことを「クソ」と言った。後にも先にも、こういう言葉を使ったのを聞いたのはこれだけだった。

ねぇ、私も「クソ」だよ。だから、Yは私に近づいて、私は今でもYを自分の一部だと思っているんだよ。
クソとクソ。優ちゃんと悠ちゃん。確かに私は一般の普通の大学生だし、彼は「底」に堕ちたままにいる。でも根本は似ているんだよ。

買いかぶりすぎだよ。私は白とグレーの狭間でどうしたらいいか分からず右往左往しているただのクソ。
とっても、釣り合っているの。

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うーん。ぼーっとする。
病院に帰ってきて外でブラブラしてるけれども、浮遊感がハンパない。どうしても自分の身体ではないような気がして、何度も地面を踏みしめて歩くけれど、効果なしで。

さて。2011年9月下旬。
Yさん、外科を退院。退院の日に一悶着あったな、Yが入院中によくしてもらって私も顔見知りになった男性からアドレスを受け取ったらそれにキレてた。バスや電車の中でキレるからさ、そういうの嫌だったなぁ。
退院までの間に、アパートに友達に泊まりに来てもらったり、実家に帰ったりと好きなことができた。それで、実家にたまたま、従姉妹が来ていたとのことだったので、会いに行った。その従姉妹がさ、DVの被害者だったのねこれが。しかも結構ヤバいやつ。で、私は普通にしてて、親も何も気がつかなかったけれど従姉妹は一発で気がついたらしい。顔や、身体のあざ、それを隠していること。
賢い方なので、私には直接言わず、オカンに伝えて後で、宅急便をもらった。DVの本を送ってくれて、さらには、オカンと一緒に近くのシェルターも探してくれたらしい。感謝。なのに、私は全部笑い飛ばしたなwそんなんじゃないって、大丈夫、とか言ってね。

仕事も大変になってきてた。1ヶ月後に転職が決まってたので、引き継ぎやら新しいとこへの準備やらで、毎日朝早い、夜遅い、が続いてた。給料も、一人で生活していくのにやっとな額だった。
なのにYさん、ケガしたことをバネにして更にパワーアップ。束縛がすごくなってくる。友達と遊びに行くって時は、私のアパートにYが居座って、帰って来る時間を見張られる。キモいっつーの。夜遊びもできなかった。

暴力もヒートアップ。このころ、何かで喧嘩した時に私が怒って帰ろうとしてYの団地を出ようとしたところで捕まって、その場で何度も蹴られた。人に見られるかもしれないことが恥ずかしくて仕方なかった。団地の部屋の前で服を破られたこともあった。ギブスしながらだよ、もうなんですかあなた、って感じだよまじ。

飲みに行く回数やお酒を買うことがかなりの頻度になってきて、しかもそれにその都度従わなきゃなんない私は身体が疲れてきてた。飲みに出かければ、帰れなくなるの目に見えてたから、セーブさせて連れて帰んなきゃなんない。お金のコントロールも毎日。
なのに、家で飲み直すって言って、いつまでも寝かしてくれなかったり。そう、寝かしてくれないってのはダメージでかいんですよ。明日何時に起きなきゃ遅れる、ってわかっていながら、でも起きてなきゃ怒る。これ、辛かったわ。

10月のある日、Yの友達が地元でイベントやるってことで、深夜にクラブ行ったことがある。Yは本当、見栄っ張りだから、行けば上手くやるんだ。なのに、行くまでと行った後がひどい。
行く途中にはすでにかなりのお酒が入っていて、クラブまでに止まってる高級車を殴って凹ませる。帰りには、走っている車で、私たちを抜かしたものをその場で殴る。止めるの面倒臭い。
部屋につけばなぜか暴言の嵐、あることないこといい、人格否定だよ。お前は◯◯して〜〜して××してればいいんだよこの--の便器がよ、っていう暴言が一番笑えた。笑えたので数ヶ月後にネタにしたら先輩にそんなこと言われるなんてかわいそう、って泣かれたけどw
でもね、思ったんだ。あぁ、Yは苦しいんだ。昔の仲間と立場がどんどん変わり、置いていかれるのが怖くて仕方なくて、自分を保てないんだ、保つために私を支配して下にしたいんだな、って、感じた。かわいそうだった。

そんな感じで情をかけたのが悪かったね、ここからは金銭的につけ上がり始める。ってのは今度にしよう、この作業は体に悪いw

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違う、思いだした。
Yは、私の家のガラス割る前の日にかなりひどい暴力を私に振るったんだ。
原因は、さっき書いたとおりの私の交友関係のことだったと思う、Yの家で、顔何回か殴られて、そうだこの顔の痣が3日以上引かなかったんだ。それで、確かそれで倒れたときに腰とか身体もかなり蹴られて、動けなくなったんだ。だから、怒鳴るYに、「分かった、すぐ帰りたいんだけれど身体がどうしても痛くて動かないから1日だけ泊めて」みたいなこと言って、1日Yの家に泊まって、それで次の日帰ってからの、ODからのガラス騒動だったんだ。

で、ガラス割られたのが深夜1時くらいで、すぐ救急車で、その後私は始発で一回Yの家に行って荷物を取って、それを届けてから仕事にでようとしてた。その時の、Y家で荷物を取ってから病院へ戻る時のバスの中で、DVに気がつかれたんだ、そこで会ったんだ。そう、その日、会社では自転車で転びました、で通したけど、疲れと暴力のショックからか、何回か気を失いかけた笑 心配されたなぁ。

その痣が残ったままのときに従妹に会ったので、彼女にも気づかれた。そうそう。
ようやくつながってきた。まぁだからなんだよ、って感じなんだけど、自分にとっては重要なことなんだね。でもさ、こんな小さいことをいちいち掘り起こそうとすることはナンセンスなのかなとも思う。
数え切れないほどに無数の傷をうけている人には、思いだすなんてできないもんね。
私は、今こうして一応健康に、数回の出来事を振り返っている。バカみたいなのかなと思う。被害者ヅラ、でしかない気もする。

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バカみたいなんだけど、正直今入院治療をやめるのが怖い気がしてる。もちろん、早く日常生活に戻りたいし、学校やバイトもそろそろちゃんと復帰しなきゃまずい。例の人も早ければあと1~2ヶ月ほどで一段落つくのだろうから、それまでにはしっかりとした精神でいなければならない。分かっているからさっさと退院して生活を取り戻したいけれど、24日の心理検査後、やはり精神状態がおかしい。

あれから、私は積極的(?)にYとのことを思い出すようにし始めた。学校への往き帰りの電車の中ではわざと、あの嫌な時期に電車で何度も繰り返して聞いた音楽と、同じ曲を流した。その曲自体はものすごくよくて、だから当時も聞いていたのだし、曲は何も悪くないんだけどさ笑 頭かかえたくなるね。こめかみがぎゅーっと痛くなるね、慣れているけどw

あのころ、従妹からDVの本が送られてきて、半信半疑ながらも読んで、そして自分でもネットで調べた。ネットで調べるうちに、「あぁこれは、私のとは違う」と思うようになってた。体験談、みたいなのに書かれてるような熾烈な日常、まではいかないし、だからと言って1回1回の暴力や暴言がそんなにひどくなかったかと言われれば、結構ひどいよな、救急外来行きも、お互い(←これはやっぱおかしいだろw)にあったわけだし、と思ったけれど、自己判断はやっぱできなくてそれに、「そんなの甘い」「でっち上げ」「原因を作っているのはやられる方」っていうネット上の言葉をみるたびに、あぁそうだよね、私は違う、大丈夫だで終わらせていた。
ここ数日、同じようにネットで調べている。だけど、今度はもう少し客観的な目で、「あのころの私はDVの被害者だったのか」っていう視点に立ってね。それなのに、出てくる答えや考え方感じ方は、あのころネットを見ていた自分と何も変わらない。うまくいかない。何度も、思いだそうとするし、そう、なんていうか、証拠が欲しいんだよね。自分が何をされていたか分かる証拠。写真、とっておけばよかったなww一番に気がついてくれた人は死んでしまった。

ストーリーみたいにして思いだすことはまだできないけれど、月別に、こんなことがあった、と書くことはできるかもしれない、と思い、今日は書いてみる、たぶん、長い割には意味のない記事になると思うのでよろしく。

交際、という形が始まったのは2011年7月下旬。そこから。
7月下旬。親と住んでいることをなぜかディスられる。「自立できていない」「まともな職につけていない」等。オメーはどうなんだよって今なら余裕ぶっこきでつっこめるけど、当時の私には無理無理。まだ目立った暴力はなし。

8月上旬。くだらないことで喧嘩が増える。煙草のお金がだんだん私持ちになる。二人でいるときの食費はほぼ私。
中旬。祖母の家に行ったり、久しぶりに同級生と会っている最中に、「今どこ」「何時に帰る?」などの縛メー(束縛メールw)が入るようになる。
下旬。引っ越し。引っ越しの日にアパートにて事件。2人の共通の知り合いから私にメールがある。それを、Yに見られて、ケータイを投げつけられ問い詰められる。それから相手の男性に私の目の前で電話して、脅す。私がやめなよ、と言うと電話しながら私を蹴る。電話後、なぜかセックス強要。意味がわからん。せっかく越してきたのに、今日終わるんだな、と思うと悲しかった。
結果、終わらず←。その2~3日後の夜、さっきやったのやばかったかも、といういきなりの告白はぁ!?って感じ。次の日は朝から、アフターピル買いに1時間以上かけて性病科へダッシュ。保険きかないし、本当やめてくれ。それから避妊用ピルを個人的に飲むようになった。

9月入って。外で飲むようになった。量がハンパないし、支払いは私。そのころからなぜか機嫌悪くなることが多くなり、暴言多発。この時期よく言われたのが「ブス・生きてる意味ない・何も経験してない・飛び下りれば・死ね」ボキャブラリーの少なさに今なら失笑。私の友達をディスることや、勝手に電話しようとすることが何度もあった。

で、事件。私の友達を、私のいないところで散々ディスったとの情報を得る。それで、私が夜にそれを問い詰める。それでなんかわかんないけど、たぶん喧嘩になって私が暴れてYが逆切れ(ここは想像、正直覚えてないw)。それから私はYに追い出されるような感じでアパートに戻り、Yとの関係が終わってしまったのではないかという絶望からOD(デパス7錠、マジかわいー)、酩酊した頭でYに電話、Yが来る。半日、記憶がない。あとでYに言わせると、私はそうとうラリってスーパーでいろいろ買ったりしてたらしい。
で、その日の夜、私が友達と電話しているのを聞かれ、ブチギレられる。頭がまだ酩酊していたので、くわしい理由は覚えていないけれど。まずグラスで頭を殴られる。これ以降、グラスの割れる音がダメになりました私ハイ。で、うちにあった数少ない家具をことごとく蹴り飛ばして破壊。TV、ラジカセ、TV台、テーブル、すべて壊れて部屋がぐちゃぐちゃ、もう壊すものがないというとき、網ガラスを蹴り破られる。Yさん大失態。網ガラスっていうのはね、針金みたいの入ってるんですよ残念。噴き出す静脈血(←それで私は静脈の赤が好きなのかな)、部屋一面血だらけわーい。仕方ないから止血して救急車呼んでやった。結果、ふくらはぎから太もものあたりにかけて45針縫う大けがわーい。今考えたら、あのとき冷静な処置しないで、「怖ーい」って逃げ出してればよかった。死んでくれてたかもしれない←それはない これが、9月17日、だった気がする。思い出したけど、この時Yは私にも救急の受診をさせているんだよね。それでお金がなくなったんだ。確か、腰から背中にかけての打撲、って診断だったと思う。なぜYが私も受診させたかは分からないけれど、打撲があったのは確か。多分、グラスで殴られると同時に殴る蹴るがあったのだろうと想像。それでお酒が引いて少し冷静になったYが反省したとしか、思えない。

ここまでの間に、バスのなかでこの前死んじゃった人に偶然会って、その時このDVがばれてたのだけど、どの時点だったかが思い出せない。だけどそうってことは、17日までに、少なくとも1回は痣が残るほどの暴力を受けていることになるわけなのに、その暴力の記憶自体がない。
で、Yさん1週間ほど外科に入院。仕事帰りに毎日病院によるものの、夜は1人になれてマジ開放的な感じでご飯がおいしく感じたことだけ覚えてる、ってか、あの人といて真面目に自分の空腹を感じたのって、やっぱこの間だけだったような気がする。安全な夜。あいつは入院してるし車いすだもん、来れないし、きっと電話も今は無理、私の時間だわーい、みたいなね。この時点で、これはおかしいと逃げているべきだった。

長くなりそうなので回想記録はまた書く。今度は従妹とあったこと、ギブスYとの死闘編、ってとこかな笑 笑えないけどね。

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