Take it EZ! セカンドダンジョン

最後に手紙を書いてから、1週間経ちました。最後にそちらに行った日も、1週間前でした。お元気ですか。
手紙が一度も手元に届いていないことは分かっています。それでも出し続けますよ、もはや嫌がらせの域に達しているような気もしますけれど。それと、年が明けたらまた行きます。
予想以上に長い期間になっていますね。とにかく精神面が心配です。言葉が伝えられないのがとてももどかしいです。

私は何とかやっています。無理をしないでと、何回も言われましたのであまり無理をしないようにしています。立ち止まってしまう分、自分のことや過去に目が行きがちで苦しくなりますが、本来はそこに向き合うべきときなのかなと思います。あなたは今まさにそれをしているときなのだと思います。場は違えど、今も、向かう方向は似ている。
ここから先のことは、お会いできるようになってお互いの精神や周囲のことに対して落ち着いたあとで、聞くことです。まさか、今こんな精神を逆なでするようなひどいことはしませんよ笑 なのでこれは、ずっと先のための手紙です。


立場は違うけれど、精神的な課題は似たようなものだということが、私達が話すための大きな理由になりました。
もちろん属している集団や文化に興味深はありました。だけど何より、お互いの男女関係の立ち位置が、まるっきり逆転していることが興味深かった。結局、突き詰めるとそこに行きつくのではないかなと、思うのです。
私はあなたの中に山崎を見ていました。多分、あなたは私の中に彼女を見ていましたね。だから私はあなたを警戒したし、攻撃しました。ただし、違ったのは、あなたの彼女は私の何倍も賢く、だけど激しい方だったということと、あなたは山崎よりもずっと多くのことに気がつき考えているのだということです。

だから、私にとって、あなたとあなたの彼女がどうなるのかを見ることはこれ以上ないほどの「お手本」でした。なのにね、あなたが出した結論は許しがたいもので、それが私があなたを攻撃した理由でした、覚えていますか?ある一定の期間、その人を必ずどうにかしなければならないと思い込んで尽くした人によって、自分は「どうにかなる」ことができた、そこまではいいのです。その後。どうにかなった、つまり抜け出したときには相手への思いはなくなっていた、いや、初めからなかったのかもしれない、って。いくら今、その報復の痛みを受け入れているからと言って、そんなことが許されるわけないのです、と私は切れました。

もちろん、まずもって私は賢くも鋭くもないので、Yをどうにかすることは不可能でしたしこれからもほぼ無理でしょう。Yはあまり深い思考をしない人間なので、気がつかないだろうし。だけど、私はそれくらいに難しいことであっても、1%でもできることがあるならどんだけ時間がかかってでもどうにかなっていただいて、共に生きようって、思っていました。
そのことを、あなたは根底から崩しました。今から考えるとかなりひどい「逆洗脳」でしたね。第一、あなたは私とYの関係を知って近づいたくせに、私からはあなたを通してしかあなたと彼女の関係を知り得ず、その時点で不利だなとは思っていました。必ず何かしらの対抗措置は必要だなと思っていました。
そして攻撃した際にあなたが出してきたカードも、Yでした。あれは、ちょっとやりすぎだと思いました正直。しかしおかげで、今の私はYに対して今までとは全く違う見方を持つことができるようになりました。

ただ気になります。もしもあなたがあの日にいなくならなかったら、私はYとの関係をどう考えていたでしょうか。
あなたがいなくなったから、わけが分からず私はYを潰そうとし、だけどそれも何か違うということに気がつきました。今のYと、Yにされた過去、をごちゃごちゃにしてしまっている、と考えたからです。でも、もし、あなたが話せる位地にいたとしたら、私はここまで考えたでしょうか。それとも、流されていた?もっといい方向へ思考が動いていた?

とにかく、あなたに尋ねたいことは、なぜあなたは私にこのようなことをしたのかってことです。
もちろん、他の物事への考え方や感じ方、今までの生き方、これからどうしたいか、そのようなことを話すのはとても楽しかったし、また話したいからこそ、待っています、それは当り前。
だけど、きっと私があなたを待つ真の理由は、あなたがしたことが私をこのような考え方に変化させたのだけど、それはあなたにとって「成功」でしたか「失敗」でしたかということです。そしてその理由は?

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超機械オンチな私が一生懸命ミキサーとPCを接続しようとして配線を試して、間違えまくって3回もヤマダ電機に行ってきた今日。で、結果未だできないっていうねwいつもながら下調べ不足な自分が残念だけど、何が問題で何が足りないか、ようやく分かったし少し知識が増えたのでまぁよし←
今朝、例の人関連で動きがあってそれは良くない知らせではあったものの、何が起こっているか少し知ることができた。なんとかして自分の状況をこちら側に伝えてくれる例の人の気持ちを推し量るけれど、その理由はまだよくわからない。
そうそう、昨日から年越して3日まで、外泊。ようやくブログ書くまとまった時間がとれたので、今年を振り返ってみることにする。

えーっと、今日は配線と例の人のこと(どっちもややこしい)でもう頭がフリーズしているので、月別に一行であったことをあらわしてみる。
1月 受験勉強。1日8時間くらい勉強してて、記憶があいまい笑 センター試験。
2月 入試。前日や終わった後にマジ死にたいくらいへこんでたけど、結果全部合格してた。
3月 バイト漬け。下旬にOD未遂、前のブログを消す。
4月 入学。下旬にロヒでとんで、2日間、現実から逃避。
5月 一人暮らし開始。バイトも新しくはじめ、かなりハードな日々を過ごす。
6月 マジなOD。ICUに5日間入院、からのゴーヤ病院に9日間くらい入院。下旬から学校復帰。
7月 6日、生死に関わるOD。ICUに5日入院、3日意識がない。その後即ヌマに医療保護入院。病院仲間の死。
8月 入院生活。外泊で自助会などに参加。
9月 退院、例の人に出会う。秋学期授業開始。バイト開始。学校の友人関係も広がり楽しい1ヶ月。
10月 例の人と接近したことで、Yとの関係について再考、PTSDが疑われる。学校やバイトも本格化。誕生日前日に例の人の件が起こり、混乱が始まる。
11月 学校、バイトのオーバーワーク。Yを殺そうと企画。下旬、解離に近い症状が出て医療保護入院。
12月 入院生活を送りながら、たまに学校に通う。過去4年間への考え方が少しずつ変化し始める。←今ココ

ってな感じの1年。うわー。入院3回。去年も入院3回してて、反省してたのに同じことしてる。そしてやることもだんだん派手になってきていてその分入院期間も延びている。
夏の入院から退院した次の日に、今の入院に至る直接的な原因の元の「例の人」に出会ったのはとても皮肉なことだけど、良かったと思う。いつか気が付かなければいけないことに、たった20日と少しで気が付かせてくれて挙句に唐突に音信不通になるという、衝撃を持って気がつけたことは私にとっては良かったと、今なら思える。なぜなら、こういう形でなかったらここまでしっかり自覚をできなかっただろうから。なんか、こんなめちゃくちゃな展開も自分らしいと、少し笑える。

良かったことはざっくり言うと、やっぱ大学に入学できたことと、それが楽しいと思えたこと、なんとか進級見込みは付いていること、そして上に書いたとおり自分の何かに気がつけたこと。
悪かったことはその他ほとんど笑 もちろんODやそれにつながる行為はダメだし、オーバーワーク以外の対処もできたはずな局面はあった。周囲に実質的にも心理的にも大きな負担をかけてしまい、大迷惑なヤツになってしまったこと。

そんな1年だった。
やはり今一番気がかりなのは、例のことについて。今日事実を聞いてその後調べたり人から教わったりした結果、短くとも1〜2ヶ月、最悪の場合はそれ以上会うことができないであろうことを知った。
後は、統計と英語の試験くらいかな。ぶっちゃけ、自分の症状に関してはあまり悩んでいない。なんとかなるっしょ、くらいにしか考えていなくてマジ残念な感じだけど、そこを真面目にか考えるのを脳のどこかが拒否していること自体が症状なんだというのは変な話だ。
本当に必要なことは、Yとの出来事の後をしっかり振り返り精算することだとは、わかっているけれど。

「Dress up at the end of October, Give thanks to the fam in November
a cold but cozy December and we're back to the origin,so let me begin

Snow flakes in January Heart warm like February,
I wouldn't ordinarily March to the drum,play a fool like April
May the best dance in a Juno bridal,Power of the will,Julius and Augustus
Aw you know,it's just us
In a new semester,back in September,boy,I wonder if you still remember」
-Shing02 『Luv(sic)part4』より

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昨日、Yを呼び出してこっそり病院を抜け出した。
お酒とチキンをおごってもらって、ヌマのほとりで2人で飲んだ。1ヶ月ぶりに会った。生活態度はともかく、安定はしているらしい。昨日またガンジャやったらしいけど、それくらいどってことない、どうせ彼らの生活の一部だ。

PTSDだと伝えた。特に反応はなかった。
悪かったという思いが全く無いことがわかる。でももうどうでも良い。
その代わりに、音楽の話をしたり、Yが好きなお笑いの話を聞いたりしていた。くだらないけれど、そういう時間は嫌いではない。
明日はYの誕生日、あの人は自分の年齢を1歳間違えている。35歳だと思いこんでいるけど彼は34歳、バカだ。

明日からアパートへ帰り、その後は実家へ行く予定、なのに精神は大荒れだ。
何を、どうしていいのかわからない、根本のYをいまだに利用している私、それに気がつかずに応じるY。
例の人は音信不通、しるしが帰ってきたのが22日で、それ以降の状況は分からない。彼に関連のありそうな記事やニュースは全てチェックしている。なんでこんなに長引く事態になっているのか、少し理解できた。
苦しかった。彼は、「掃き溜め」で年を越すことになるだろう、私は普通に年を越す。なぜか、罪悪感が募る。

例の人のメールを読み返す、こうあった。
「自分の問題は、結局自分で向き合うしかない。だけど1人では不可能で、だから無数の関わりのある人によって向き合う活力ができる。ただしそれは、人を自分の問題に巻き込むとか引き込むのとは別の問題だ。だからこそ、活力を与えてくれる人々を大切にしていかなければいけないと、ようやく気がついた。」、という趣旨のことを書いていた。

今の私はどうだろう。私はバクに食べてもらっている。自分の思い出したくなかったり、都合の悪いことは自分の中のバクが食べる。そのバクが容量を超えた時、自己と他者を破壊するし、してきた。
でも、今の私にはそれしかできない。バクは肥大化し、私の普通に力をつける。
そうやって生きるんだろう、いや、考えたくない!
わからない、混乱がひどい。
1日、「ナニカ」というバクに、自分を食べさせている、今日は本当にひどい。

2014.12.26 21:30 ごろ

27日、時間の進みがおかしくなっていた。
10分たったな、って思ったのが、1時間40分だったりして、朝食と昼食までの時間が4時間あるはずなのに私の中では1時間程度だったりする。
例の人は、時間は誰にでも平等に訪れるのに、個々の感覚がその平等を不平等にすると書いていた。

今日はアパートに戻ってきて、久しぶりにレコードをかける、やっぱこの時間は好き。
リアルタイム

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外泊中。
昨日はなにやら忙しい1日になってた。午前に入浴、カウンセリング、昼に診察してすぐ病院出発して学校で1時限分受けて、アパートへ一旦戻り、実家へ。22時に寝たんだけど起きちゃったので、暇だから書いてる。今日の授業は最終回。単位が心配で、先生に事情説明と診断書を送ったことについて言ったら、出席分の授業内レポートはかなり書けているし1/5しか休んでいないのでこの科目に関しては心配いらない、と言ってくださった。感謝。日頃の真面目な成果がここで発揮笑 社会学ね。好きな授業だったから。

病院の話。まず、診察のことから。
調子はどうだ、って聞かれたので、絶好調なんで土曜日に退院します、って言ったら、間髪を入れず、「ダメに決まってるだろ!」だって。イミフ、と思って、いやいや、どうせ正月に1週間外泊するし、その後すぐ学校と塾なんすけど、と極めて正当な主張をしたのだけど、外泊とればいいじゃん、の一点張り。じゃあもう永久的外泊をしますよまじで、と毒づきそうになったけど言わなかった。今のままで病院という場に基盤をおかなくなると、また何かしてしまうかもしれないというのと、周りがまだヒヤヒヤしているうちはダメということらしい。くそじじぃ、と言いそうになったけど飲み込んだ。

カウンセリングでは質問紙による心理検査を行った。まずはよく目にする、抑うつ状態測るやつ、まぁ次の本題のテストの布石だね。
その後が、IES-R(改訂出来事インパクト尺度)でPTSD(心的外傷後ストレス障害)の強さを測るもの。正直、質問に答えるのに考えるのに苦労した。
その後のもう一つのPTSDに関する質問紙をやったがソースはわからなかった。これは正直、きつかった。
そして、解離体験スケールを測定する、DESという質問紙。

多分、PTSDは確実だという。まだ数値化された結果は出ていないが、カウンセラーさんは見た瞬間にこれはもう、高い確率だと言っていた。
DESのほうは、基準となる数値を下回ったはずなので、厳密には解離性障害とは言えないかもしれない、ただし、特に離人感を示す頻度だけが突出して高いみたいなので、単純に「なんともないです」とはいかないだろうと思われる。

DESのほうは、はぁ?っていう質問から、なんで今更こんな質問するの、みんな当てはまるでしょう?って質問まで様々で興味深かった。客観的な目で質問紙に答える自分がいた。
ただ、IES-Rともう一個の謎の質問紙は少しきつかった。出来事の詳細...暴力等をどれだけの期間、どれだけの頻度で何を行われてきたか、その自覚はいつからか、そして、それが直前1ヶ月にどのような影響を及ぼしいるかというもの。直前1ヶ月の質問はアホらしいほど全てイエスだった。見た瞬間に、入院にいたってるんだから全てイエスなんですけど、と答えると、そうなるわね、と返ってきたw

最後、数値化は次回に出してくれるということだったがチラッと見た心理士さんは言った。
この状態で、仕事、受験、学校、それをしていたのは相当の精神力が必要だったと思う。逆に言えば、これがなかったらものすごく力を発揮できていたはず。いままでよく、この精神状態で生活できていたね、と。

不思議な感覚だった。ある場面ごとに、自分が意識せずにとも、全く違う考え方(日常生活と破壊的衝動を伴うおかしな自分)があることを問題視し始めたのは、ここ2ヶ月ほどのあいだ。それまでは、それが当たり前でみんなにあることで、自分は弱いんだと思ってた。これが、症状だったなんて、なんか不思議だ。

多分、私はPTSDと解離とは言い切れないものの、離人感の強めなものを持っているだろう。それは21歳のころから。
でも、生まれ持った何かの感性も、少しずれがある、とも思う。そうでないと、中高の、異常な疲れと破壊衝動、他人との関わりのおかしさの説明がつかない。人と何か違うという感覚は、それが当然だと小さい頃から思っていたので気にも止めなかったが、中学からそれが原因でいろいろな生活、学業面に支障をきたした。こっちはもしかしたら、発達障害の表れなのかなと思う。

じーさんの見解。症状的には、解離と双極性障害の症状。発達障害はそもそもある、といったところ。
面倒臭い性質だなぁとがっくりくるけれど、まぁ、仕方ない。今更だ。
でも、カウンセラーさんの「この精神状態でよく頑張ってこれた、すごいことだ」の言葉は嬉しかった。私は心理学科だけど、基礎と発達分野(人間そのものの心理的あり方について、と言っちゃえば早いかな、治療目的ではないということ)の方なので、臨床ではない。同大学に現代福祉学部臨床心理学科があったがそちらは避けた、自分に当てはめてしまいきつくなると思ったのもあるからね。なので、こちらの質問紙に関しての知識はゼロに近い。セラピーの仕方も全くの無知。だからこそ、良かったような気もするけどね笑

確かにこの質問紙で、精神は揺さぶられた。この後学校だというと、それを知っていたら今日はやめとくべきだったと謝られたが、これくらい平気だ。
今のカウンセラーさんと出会わなかったら、いや、例の人と出会わなければ、解離とPTSDを当然ものとみなして「みんなにあるものだ、私が弱いだけ」で片付けただろう。

気がついたことが吉と出るか凶と出るかはこれから次第。でも、私は一患者であるとともに、専門にはしないだろうけれど将来的には心理の何かに携わっていく形になるだろう。その辺がまた面倒なところだけど、今は自分の21歳からの過去を扱うことに専念するべきだとも、思えるようになった。
思ってもなかった症状に病名。正直、まだ戸惑ってる。

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※主症状の都合で、参加カテゴリ変更です。広汎性発達障害カテの皆様、お世話になりました。PTSDカテの皆様、どうぞよろしくお願い申し上げます。
午前中に、千葉オフの主催者の方がお見舞いに来てくださった。オフの方々からのメッセージカードや素敵なプレゼントまで持って来てくださって。他にも数名、来てくれる人がいる。なぜみんなが良くしてくれるのか本当にわからず、困惑しているというのが実際の気持ちだ。もちろん嬉しいけど、ね。

最近、というかもう何年も、人に好かれようとするのを捨てた。同時に自分と向き合うことも捨てていた。
自分のずっと中の中の中身はどちらかといえば「楽天的」なんだと思う。失敗するのがあたりまえで、成功したらラッキー。失敗を恐れないというよりは成功を期待しない、という投げやりな態度とも言える。
学ぶことについても結構テキトーで、大切なところがズボッと抜けていたりする。
失敗することから立ち直るのはできるけど、そこから何か学ぶという学習能力が欠如しているらしい。相当な痛みがないと学ばない。誰かがなんとかしてくれるとまでは思わないけれど、なんとかなるだろうな、と甘く考えてしまう面は大いにあると思う。

自分はジプシーみたいだと感じる。小さい頃から高2で今の実家に落ち着くまでに8回、卒業後は福岡、柏、葛飾、そして市川、と一人で暮らし、途中で何度か実家にも戻っている。アパート探しや引っ越しはめんどくさいけど、そこでもいつも何かのご縁で上手くいくようにできている。なのに、一つのところにどうしても止まれない。
仕事も、もしかしたら学校もそうなってしまうのかな、と思うとゾッとする。でも今、学校は手放したくないし、少しだけ距離を上手くとれば大丈夫じゃないかとも、楽観視している。その代わり、何かをコロコロ変えるだろう。住まいかもしれないし、関わる人種かもしれない。

何かを長期間かけて成し遂げる人間を尊敬する。父は、高卒で上京し前職につき、仕事しながら夜学に行ってその道で出世(と言っても差し支えないだろう)して今もその延長線上で頑張ってる。私は本当にこの人の子供でいいのかなと思うくらい、立派な人間だと思う。根が楽天的なところは同じだけど。
でも、父も、日本中行ったことがないところがないのではないかというくらいいろんなところを回っているだ。引っ越しなんて20回はしているだろうし、数え切れないほどの出張をこなしている。あるいはジプシーなのかもなと思う。アニは、休みのたびにどこかよくわからないけど海外に行き、変なお土産を買ってくる。どこに行くか、もうみんな気に留めなくなってきてる。
ただ、父もアニも、家族や仕事や自分っていう、盤石な基盤の元で、それらを行う。
私は、基盤のないジプシー。そこが、大きく違う。

アイデンティティーのない、自分もない。カメレオンジプシー。このブログやじーさん、カウンセラーさんの前でそんな自分に気がつく。カメレオンの原色ってなんだろう。例の人は、私が黒とか、いつでもベーシックな服を着ることに対して何でと問う。服を買う金がもったいないからというのもでかい理由だけど、きっと私は人に紛れたいんだ。無味無臭でいたい。
なのに私は静脈の赤が好きで、それこそ私の原色だと思う。ジプシーの落ち着く場所はどこだろう。

2014.12.23 20時頃

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ハンターハンターとかいうアニメ?に「アルカ」と「ナニカ」っていう二重人格もどきのヤツがいるとYは言った。ナニカは人の望みをかなえる代わりに、「死んで」とか「心臓ちょうだい」みたいなおねだりをするらしい。私はYの心臓などいらないと言った。

昨日は学校でも何か力が入らなかった。ボーっとしていて動きが鈍くなる。間違えて駅を降りる。ミスにミスを重ねる。
死にたい、というか、違う、死にたい、じゃなくて「自殺したい」なのだなと今なら思う。
「ナニカ」は人からやさしくしてもらうと、ひどいことをしなくなるという。Yは言った、悠ちゃんもナニカに優しくすればいいんだよ。
毎晩酒を飲んでいるらしい。そして毎日、規定の量の薬をちゃんと飲む。私が入院中に吐きだした、入院の日数分のベゲB、トリップに使う?と聞いたら、俺はまともになると言ってた。働きもせず昼の4時から酒を飲む人間のどこがまともなのか教えてほしい。
もう少し入院してな、危ない、お前はまじめが取り柄だろうと言ってきた。それ以外はいいところがないらしいというのはムカツク。でも私もYも決して、いくら隠しても、きれいには生きられない。前科者だったり、何か、生れ持った感じ方とクソな経験に邪魔され、そう、あまりフツーじゃなかった。怖いと思ったことはない、これは自分、分かってる、分かってる。

例の人は、自分を歪めるためにドラッグをはじめ、たくさんのものを失い、得た。Yは素がお調子者で単純だから流れで今に至っている。
トレインスポッティングの主人公は、あの後、もっと堕ちる。彼に待つのはさらなる精神の混沌と泥沼だろうなと、一回見たとき直感的に思った。別に私には芸術的センスなどないけれど。村上龍の「限りなく透明に近いブルー」の最後、リュウが腕にグラスの破片を突き刺すまでのリリーとの2人の場面が大好きだ。私も、一度感じてみたいと、なぜか思う。
例の人がああいう生き方を選んだのは、歪みたかったかららしい。そうしないと何も手に入らないと思ったという。私は別に望んでもなく、きっかけもなく、気がついたら歪んでいる、と映るらしい。Yの場合は環境だと思う。決して恵まれているとは言えず、でも行動的だったからああいう生き方になるのは分かる気した、少し激しいけど。でも、どういう理由であれ歪みはある。

Yは言う。世の中の大半の人間は病んでいる。病院か刑務所行きでない人間でもおかしいヤツはたくさんいる。私が病院にいる理由は薄い。
これくらいの「試練」に耐えられない弱い自分を嫌悪する。

2014.12.22 20時ごろ
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今日は久しぶりに例の人のところへ行ってきた。
昨日、一旦アパートに戻ると、その方から手紙が来ていた。12月4日の消印。文面から、私から彼への手紙はわたっていないことがわかった。なのに、私はもう3週間近くも彼のところへ行くことができなかった。
例の人は、私の「しるし」をなによりの活力にしてくれているそうだ。「出口の見えないトンネル」、本当にそうなのだと思う。

本当のことを言うべきか、迷う。あなたがトリガーとなって、なのにそのタイミングで消えられたので、私は解離を起こしたらしく、閉鎖病棟にもう3週間も入っているのです、ってね。
手紙に書いてあった。出口の見えないトンネルがまだ続くことを見越しての手紙だったのだけど、そこに書いてあったこと。
「君も日々の努力を忘れず、向上心を持って生きてください。
僕も君も明るい世界では生きられない。
たとえそこが『昼』の世界だとしてもね。だから『世間一般』に負けないように成長しなければいけない。お互い「良い歪み」を手に入れようね。」

意味を計りかねた。向上心は、どこへ向かう向上心なのか。
私が「明るい世界で生きられない」と彼が感じた理由は何なのか。確かに、「昼」の世界、つまり私にとっての日常生活の方にいても、私には常に影のように自分の破壊衝動と向き合わねば生きられないのだと思う。向き合わなかったからこそ、そこから逃避していたからこそ、何度も潰れた。
この人は、つまり、「昼」の世界にいてもそこで生き延びられるような歪み方をしようとしているのだろうか。私も、できればそうしたい。破壊衝動とはまた違う、でも世間一般とはきっとずれている感覚を、持ちながらも負けずに生きる。...それが、できなかったから私はこんなことになっている。意味は違えど、彼もそういうことになっていて、だからこんなことを考えているんだ。

私は、自分がとてつもなく弱い人間だと思っている。病気じゃない、障害じゃない。弱いだけ。耐性がない、根性がない、努力ができない、心がもろい、だから、一般の人が乗り越えられることすら、何一つできていない。だから、例の人は強いと思って、前にその趣旨を言ったら猛反対(?)された。自分は弱いからこそ、今からでも日々をしっかり生きようと決めたんだよ、と。私は、弱い。人に、特に男性に、依存しなきゃ生きられないような一面もある。これこそ、吐き気がするほどの自分の嫌いなところだ。

悠にとって、会えないと分かって来てくれるその時間は、どのような時間ですか。と問わていた。
そりゃね、わかんないよ。自分でも、なんでこんな変な行動を取っているかわからない。ただ言えるのは、会えない、言葉を伝えられない状況でも、同じ空間に今日いましたよ、ってことを伝え、その後その場所を去る時、必ず顔を上げて前を向いて、しっかり歩いている自分がいること。こんなことで、負けてられない。歪んだ気持ち、わけのわからない複雑な心持に負けないこと。やるべきをこなすこと。それを続けること。
彼にとって、私が会えないと分かってそこ(「底」)に行ったという事実が分かるときの時間は、「儚く切ない」らしいじゃん?その考え方を人生を賭けて表現してきた人間だからこそ、私はこの人をおもしろいと思う。だから、私にとっては興味深く、そして試練の時間。この答えで意味、わかりますか?

今日は、例の人から私にしるしが返ってきた。
私がYに殴りこみに行った後お店に寄った時に、腫れた手を冷やすためにハンカチを使ってくれて、私はそれを持って帰ってしまった。だからあの日、私はありがとうございました、と別れ際にお返しした。その1時間後にいなくなったっていう、その時のハンカチ。意味は、計りかねる。
今は届くことのない手紙を、月に5,6回は送っている。

この人のことも、恨むのは正当なことだと思う。私に、恨まれても仕方のないことを彼はやったから、たぶん「わざと」。
なのに、この人からの手紙や期日が近づくたび、私の精神状態は少し揺らぐ。

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身体がなまる笑
だだっ広くて長い廊下を速足で30分歩くのと、ラジオ体操と、少し院内をうろうろするくらいしかしていない。
11月26日に入院して今日で20日。外出したのは2回だけだ。1回は自助会。1回は学校のグループ発表の準備と塾への引き継ぎ。で、明日からようやく、外泊2日取った。明日はフラ語のテストとグループの準備、木曜が空いて、金曜がその発表と英語、ってな感じで病院へ戻る予定。少し外へ出ていないだけで、これくらいの、いつもの自分の活動の3分の1以下の予定にすらひるむ自分が残念。逆に言うと、10月11月は爆走していたということになるんだけどね笑ついでにY潰し+例の人のところへ訪れていたのだから、そりゃ、疲れるわなぁと。オーバーワークすること自体が、逃避なわけで、でもせっかく逃避してるのにオーバーワーク途中に逃避元がぱっと出てきたもんだから、これはまぁ大変、って感じだったんだろうなぁ。

最近はブログ更新がかなり減っているけれど、毎日夜に思ったことを書きだしてる。まぁ、いっつもぐるぐる同じとこ回っているのだけど、あるときから自分を肯定的にとらえることができてきたことに気がついた。「どの瞬間も自分は生きるのに必死だった」っていう、たったそれだけのことに気がついたとき、肩の荷が下りたっていうかさ。あぁ、これって、今まで自分が言われて嫌だな、って思ってきたことと直結することでもあるなぁと思った。「大学進学したんだ、さぁこれからがんばって」とか、そんな奴らを、私はことあるごとにディスしてきたけれど、まさにそれ。今なら自分の中で完璧に自信を持って言いかえせる。「これからだ、はぁ?うるせぇ私はいつでも生きるのに必死なんだ」「お前(ら)のがんばりとか過去とか現在とか、とにかく、諸々と比べんな!」。

私もよくやってしまいがちなことだけれど、人と「成果」や「努力の度合い(主観)」「忙しさ」「経験」を比べることは、何か違うような気がするんだよね。そりゃ、他人がいる以上、比較しないことは不可能だし、ある意味の比較をしなければ人間社会が成り立たないような気がする。だけど、それがいつも度を越しているような、そんな気がする。学校では1年次がら目標のゼミに入るためや就職のために必死子いてGPAをあげよう、いい成績を取ろうとしている子たちがいる。もちろん、サボっているやつは論外だけれど、私は大学でめで「成績」にはこだわりたくないなぁと思っている。第一、前期の私の成績は底辺(学校に行けなかったとかの理由もあるけど)だし、なのに、これはおもしろいなぁと思って取り組んだやつとかは特にガリ勉してるわけでもないのによくできてたらしい。なんか、それでいいかなぁと思う。
だけど。それは私が、一度何かから「ドロップアウト」して戻ってきた身だから言えるんじゃないかなぁと思う。普通に考えて、24歳で大学入りなおしてしかも心理学科で、資格とかもとらないのであれば、卒業予定の3年ちょい後にみんなが目指すようないわゆる「立派な職場」に就くことは、かなり難しいだろう。はっきり言って、安定は見込めない。多分、今のお金的には大学院に直で進学は難しそうだしね。

でもね、思うんだ。18歳からなんやかやで家で発狂して入院して、摂食とかで苦しんで、その後車検場に就職したとき、すごく嬉しかった。今考えれば、「ただの接客と事務」なのかもしれないけれど、私は自分なりの工夫をしたし、それで働いて本来よりもお給料上げてもらったりして、それがとても新鮮で素晴らしかった。ごくごく平凡な、家と会社の往復、しかも「地域密着の小規模な」会社だけれど、そんなの関係なかった。けれど、ステップアップは必要かなぁと思って、さまざまな資格の勉強もしたりしてたしね(まぁそれも持ったのは数か月でそれからY事件が勃発、それどころじゃなくなるんだけど)。
そこから考えてみると、今のこの状況。激動だなぁって。4年前の今は、その会社に勤務して2ヶ月目で、初めての仕事に必死だった。それが今じゃ笑、「漢字とひらがなの意味的処理の...」だとか、「直接法現在」だとか「t検定」だとか、そんな言葉に追い回されたり、大量の若者がいるキャンパスを普通に歩けてたり、そんなことしてる。完全に、思っていた未来ではなかった。良い悪いではなくね。

浅田次郎の「姫椿」の中の「再会」。これは、男性Aの人が昔の彼女の幸せそうな姿を垣間見た後、全く同じ女が逮捕されていた、そしてその話を聞かされている男性Bがとある場所で男性Aに目撃されたにもかかわらず、男性Bは実際にはそこには行っていなかった・・・そして、女も、男性Bも、片方は「成功した、幸せそうな」姿なのに、片方は「幸せそう」ではない、という話。どこかの岐路でどちらの道を選ぶかで、そしてそれを繰り返すことで、人はどうとでも変わりうるのかな、ってそれ読んで思った。(ってか、私、ストーリー説明するの下手だな、何だ男性Aってw)

まぁつまり、言いたいことは、私はいろんな選ぶ道があって、ある岐路で右を選び、あるところで左を選び、無数に選択を繰り返して、今閉鎖病棟にいます、っていう、それだけのことを言いたかった。

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昨日、カウンセリング中にけっこう大きく記憶を思い出した。
夜逃げに至る詳しい経緯とか、公共の場で恥かかされたり罵られたりしたこととか、もろもろね。

その後、Yと電話すると、あちらもあちらでタイムリーなことが起きるらしかった。Yと、ある人妻(旦那はパクられててあと1年帰ってこないらしい)と、私も知ってるK君の3人で飲んでいた時、あぁ、その人妻とK君は付き合っているらしいんだけど、店内でいきなりK君が暴れて人妻の髪つかんで殴ったって。周りの客はドン引きで引き上げる人もいて、Yは仕方ないから止めたらしい。あぁここでも、DVか、
言った、優ちゃん、別れさせなよ、どうなるか私達が一番良く知っているでしょう?酒乱だよ、そんで、DV。
Yは言う、でも人妻にだって非はある...けど、Kは俺や他のヤツの前では普通なんだよな、その子だけにやっちゃうみたいだけど。
だから、そんなのさ、お前が私にやったのと一緒じゃん!分かってるでしょ?私は悪いことした覚えないのに、優ちゃんが怖かった。でも、耐えてたんだよ。
この間、家に乗り込んだ時殺そうと思ってた。でもドラッグと酒づけになっていたお前見て、バカみたくなった。ねぇ、傷つきなよ。そんで、もし私に悪かったって思うならその2人を別れさせなよ。


人の痛みに重い軽いはない。
優ちゃんが私にしたことは、許さなくていいことだし、恨んでいい。
でも、1%のあの、良い部分は尊重したい。
その2つの気持ちは、まぜこぜにはしない。各種暴力は許されない。当たり前。
殺そうと思ってた。致死量2人分、ネットで注文し、受け取りに行く直前での入院だった。例の人を待たずに勝手にやろうとした。でも、少し気がついた。

がんばったね!私。長かった最初の10ヶ月。全裸でY以外の男の人もいる前でウイスキーポカリで割って、テグレトールODしたあの日。バスの中でみんなの前で罵倒されたあの日。スカーフで首の傷かくして出社したあの日、千代田線内で、2つの自分のスイッチを切り替えていたこと、ヌジャベスの曲。従妹にすぐに気付かれたこと。ホテルの先輩が私の「笑い話」に泣いてくれたこと、「逃げな」の一言。
バカみたいだけど、21、22歳の世間知らずの私には、生きるので一杯一杯だった。考えることは、第一に優ちゃん、洗脳。
もう、いいよ。
その後の私のバカな行動も、Yとの関係の異常さも「私だから」なわけじゃない。
マッチしただけ。誰にでも、ありえた。私は幸運にも逃げられた、でもね、私、がんばった。

4年間、ほとんどの21、22、23、24歳が経験したことは、確かに大きく欠落した。
でもいいんだよ。これから、大学とか、もっ言えば生活とか、楽しんでいいんだよ。自分のこと、決めてさ、悩んで、そりゃ、グレーゾーンには居続けると思うけれど、それも踏まえて周りと一緒に幸せに生きていいんだよ。
そこに例えば、Yがフラリと来ても、それは時とタイミングのせいで、私がやられたことは許さず、でも彼のいいところは認めればいい。
一緒に生きなくてもいいし、あいつが死んだって、それは「それ」だ。もう束縛されはしない。そして私には一緒に歩んでくれそうな、「今は」お互いに必要な人間がいる。
私はきっとずっとグレーゾーンだし、そこにいることで、この間死んだ男2人みたいいな人に何かできるかわからないけど、とにかく、ああいう孤独な死はさせまい、と思う。

私は、今の大学や生活っていう4年、失ってたものを、今なら手に入れているし、それはきっとすぐ崩れるようなもろいものではない。
なぜなら私がそれらを人一倍大事にするから、日々を、人を。4年間で、そのパワーを得てきたから。

がんばったね。人に支配され、たまに利用し利用され、傷つけ傷つけられてアホみたいな行動や恥ずかしい行動の数々。まだ、思い出せていない部分もたくさんある。
「洗脳」はきっとまだ、解けない。でも、少しずつ、Yの人格と、私が「やられたこと」を別のものとして考えられている。
どの瞬間も、必死に、生きること、だけに必死だったね。誰かが「そんなの甘い」と言おうと私は「そうかもしれない、でもね、私はできる限りをがんばった」今ならそう言える。

12月11日20:30ごろ
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毎日日記は書いているけれど、暗すぎてここにはもう、載せられねぇな笑
ただ、どこに行っても、自分のような「社会的」外れ者はいるということが、病院内でも分かるということ。その意味は、分かるヤツには分かるだろう。

今、とにかくやるべきは、学校の暫定ゼミと、塾に迷惑をかけないよう、出来る時間にできるだけのことをやっちまうこと。正直、それだけのためにかなり無理無理な時間調整や外出調整をし、看護師やじじーに頭下げ、オカンから根回ししてもらい、それでも上手く行くかわからない。
上手くいかなかったときのために、今はこっちで代替の用意をするしかない。

それ(とかフランス語w)ばかり考えてて、最近は自分の症状を考えない。
夜は何度か目覚める。そりゃ、フルニトラなんて飛び薬、だし、実はベゲタミンBが毎日出てるのだけど、飲んだふりして舌の裏に入れ、吐いて洗って、とってある笑 ベゲBなんかで死ねるわけないけど、トリップくらいなら可能かななんて、いつか試すために、ね笑

多分、心身共に余計に疲弊している、つか、疲弊に気がつかされているんじゃないのと思う。
もう、この時代のこの国に女として生れたところから、すべて間違っているのではないの、と、意味のないところを恨む。
でもね、この言葉だけに支えられてる。

「日々を積み重ねる」
どんな、日々であってもね。

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