Take it EZ! セカンドダンジョン

これから病院に戻りますハイ。
うん、9月2日まで入院なんすけど、来週から毎週土曜日にきっちり予定が入っているので、毎週3日くらい外泊することになる。オフ会2つと、あと、陸部の同窓会。
オフ会は、少しの緊張があるもののでももちろん楽しみ。でも、年に1回の高校の時の陸上部の同窓会は、ほんと、楽しみ。

私が通ってた高校は都内の結構進学校といわれるくらいの、女子高。半分くらいが早稲田、マーチ、どっかの薬学部に行くって感じの学校かな。校則は厳しくてでも、みんなどっちかっつーとおとなしめだから、従ってるって感じの学校だった。
私は高校入学時には、自分が人と何か違うことや、気分のむらがおかしいことに気がつてたから、友達とかどうでもよかった。だから、悪いけど、3年間、クラスメイトの名前、半分くらいしか覚えてなかった。しかも勉強はほとんどしなかった。まあ、中
時代までの勉強貯金があったから、成績は良かったんだけどねw

そういうわけで、私の高校時代の思い出は、すべて陸上部にある。そりゃ私はそんなに速く走れない人だから、せいぜい都大会どまりではあった。だけど、それより、ちょい変な自分が明るくてまじめで一生懸命な、もちろん健常の他のメンバーと一緒に活動しきれたことが、いい思い出になってる。

同学年のメンバーは5人しかいない。そのうち3人は、どういうわけか同じ大学に行てった。
一人は院に行っている。200と400を走るやつで、天然なやつで、中学時代に塾がいっしょだったやつで、農学部だ。
一人は就職して3年目でバリバリやってるんじゃないかな、何度も私と気まずくなった部長だ。短距離。100と200。こいつは中学からこの学校にいて、勉強の成績もいい。おとなしいけど、芯は強い、私とはしょっちゅう対立しそうになった。
一人は不思議ちゃん。医者の娘で、中学からいるやつ。短距離。100を走ってた。勉強の成績は、まぁかんばしくない、遅刻とかしょちゅうで、私は何度もこいつにきれた。でも、この人がいると場が明るくなるって感じのやつだ。
もう一人は薬学部にすすんだ。今6年だと思う。私と同じ、長距離。ちっちゃくて、一番おとなしい、発言もしない子だけど、陸上のタイムも、勉強の成績も、陸上部では一番だったのではないかと思う。クラスも私と3年間一緒で、だから、高校時代に一番いっしょにいた子だ。

で、私。ずいぶんふざけた副部長だった。でも、とにかく、部を守る、っていうのに頭使ってた気がする。私達の代は、とにかくおとなしい。部を引っ張る5、6年生(うちらは中高一貫だから、高3が6年)としては毎日が不安だった。後輩に負けるわけにはいかないけれど、やっぱみんなで強くなるべきだし、そのへんのあんばいが、人間関係が下手な私には難しかった。
卒業してからずいぶん、高校のみんなとは会えなかった。劣等感の塊だったからね。でも、仕事を始め、Yたちと会い、いろんな生き方があることを知ったときから、同窓会に行けるようになった。 

私はみんなより、ずいぶん遅れた大学1年生。
でも、劣等感はもうない。高校のときの、わけのわからなかった自分が、少しずつわかりかけている。
どこまで話そうかな、何をしゃべろうかな、何を聞かせてくれるだろう、思い出話もいい、でも今の状況は?

「生活で性格が変わっちまうことはよくある それよりも今のオマエの計画は
順調か ならば完成を急げ そのままそれぞれが選ぶ道の完全を競え」
-THA BLUE HERB『あの夜だけが』より

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結局その日は、会社に嘘ついて休んだ。会社を休んだのは、その日が初めてだった。で、その日、初めてYとやった。

その嘘が、上司にばれた。っていうのも、4月に、Yが大人数相手に喧嘩して怪我して、呼び出されたときに、上司との約束を蹴ってYのほうに行ったことで、私にだれか男がいるんじゃないかと、上司に疑われてたから。私のヘッタな嘘はすぐばれた。
ばれて、会社の同僚の前で罵倒された。上司と部下に域を超えた、人格否定。私ははいすいません、とか言いつつ、聞き流した。ちっちぇな、バカじゃねぇの。本気でそう思っていた。それ以降、上司からの誘いはすべて断り続けた。

そのころから、私の頭の中もわけわかんなくなってった。彼氏のMと会う、でも、Yや上司と、関係持ったこと、言えない。今までほとんど男女関係っての、経験してなかった私はわけ、わかんなかった。でも、そんなこと知らないMは、言ってくれてた、「今、お前は普通の女の子が2年くらいかけて経験することを3カ月で経験しているんだから、わけわかんなくて当然」だって。申し訳なかったなぁ。Mが潔癖なのは知ってた、他と関係を持つなんて、もってのほかだって、わかってた。

Yは、私を脅すようになった、今から来い、来ないとMにばらす、って。
だから、2日に1回はYと会った。でも、Y家で、Mからの電話を取ったりしていた。Yは、何も言わなかった。私はYが何をしたいのか、さっぱりわかんなかった。
ある日、Yと外で飲んだ。で、二人で酔った。Yは酔ってMに電話しようとしてた、だから私は本当にやめてくれ、と言ったがだめだった。
夜中1時ごろ、Mが来た。YはMに殴りかかろうとしてたんで、私が間に入った、で、突き飛ばされ倒れる。その間に、YはMをビルに押しつけて殴る蹴る。まったく何やってんだよ、と思ったらそっこーでけーさつ来た。悪いことに、Yはそのけーさつ様と顔見知りで、3人でけーさつに行くことになった。

まぁくだらん喧嘩ですよ、ねぇ、って、私とYは笑ってたんだけど、MはYを訴えるだのなんだのマジで言っていた。だから、私は仕方なく、MにYとのこと話した。Mは、一言、俺の前から消えろ、と言った。それで、Mとは終わった。
明け方4時、やっと解放された。Yからメールが入ってた。「ファンキーな夜だったな」。

それから、私はとうとうどうしたらいいかわかんなくなった。
毎日Yのところへ行った。
毎日、Mに何十回も電話かけた。
Yに、薬飲まされた。お酒と、薬と。まぁ処方薬だけど。ODを覚えた。仕事だけは上司に対する意地もあって、休まず、ちゃんとやった。

でもそんな生活、持つわけない。家にも帰る日が減っていった。そして、6月の下旬、入院した。
7月中旬に退院。8月には、Yの近くに引っ越して一人暮らしってのは建前の、半同棲みたいなのを始めた。
あとは、前に書いたとおり。連日の暴力、暴言、週に1回は、何かが壊れた。お互い消耗しつくしたとき、私は逃げた。


私は、その時のこと、3人のことを、完全に「向こうから勝手にやってきた」ことだと本気でおもっていた。でも、よく考えると原因のほとんどは私なんだよね。
もし、上司とうまく行ってれば、すげぇやりがいのある仕事できたかもしんない。あの会社、とても好きだったから。
Mといれば、きっと変な意味での苦労をせず、健全な男女関係を経験できたかもしれない。

でも、そんなことは後悔していない、未練はない。
後悔しているのは、Yと、お互いに消耗する道へ入ってしまったこと。本気のぶつかり合いや、一緒にいるという表現ではどうにもならない人間がいる、関係があることに、まったく気がつかなかった。
マイナス×マイナスがプラスになると、信じていたのに、まだまだそれは、実現しそうにない。

だけど、後悔しても仕方ない。なっちゃったもんは、仕方ない。おかげで見えたものは、きっと、「もし」の先にあったものよりも深かったと、思い込むしかない。そんで、思い込んだことを、マジにしていくだけだ。

Sちゃんの話に戻ると、Sちゃんは、もしかしたら、一回知ったほうがいいのかも知れない。人を、翻弄すると、どうなるかっつうこと。でも、やっぱ、暴力とかあって死んじゃいましたじゃ洒落になんないし、心配ではある。 
だから、退院しても、Sちゃんとはたまに会いたいなぁと、思う。彼女は、どんな生き方を選ぶんだろう。どんな生き方でも、生きることを、選択し続けることが何よりも大切だよと、言えない自分が残念。

「単純明快な正解はなく その大きな手で描けどでかく
つかんだ感覚 そうさそれこそが回答 灯せ心のライト」
-S-WORD feat.DELI『FOR MINUTES』より

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入院仲間に、22歳の女の子がいる。Sちゃん。
Sちゃんは、BPD。今回が初の精神科通院で即入院だったんだって。暴れすぎて自分から精神科を受診して、運悪く(?)じーさんに当たってしまって、入院。でも、妥当だと思う。彼女は今、3人の男性を、翻弄している。翻弄している、って日本語、どうなんだろう、って思うけどそれ以外の表現がわかんないわw
彼女の場合は、守ってあげたくなる無邪気な小動物的な可愛さがあって、それが男性をひきつける。だから、暴力沙汰とか、そういうのまでは発展しない。でも、とても見てられなくて私は、翻弄されている男性やSちゃん本人と、話をする。そうすると、どうしてもかぶる。

私も、Sちゃんと同じ、21歳から22歳になるころだった。3年前の4月から、8月ごろ。3人の男性と、同時に関係を持った。体だけだったやつも、いるけどね。
一人は、Mってやつで、ちゃんと付き合っていた彼氏だった。病院で知り合った。
一人は、当時勤めてた会社の上司、小さい家族経営の会社だったから、次期社長の人。
一人は、Yさん。

MとYと私は、最初は仲良かった。3人、ヒップホップが好きで、バーで一緒に飲んだりしてた。
Mは、少し小心者だけども、すっげーいいやつ。まじめで、本当まじめで、話はうまくないけれども情があつくてしっかりしたやつだった。Mは、3人の仲が1カ月くらい経ったときに、言った。Yは危ない、って。私は本当に幼い子供みたいな幼稚人間だったので(今もだけど)、Yのどこらへんが危ないのか、よくわからなかった。
だから、Yに誘われたら普通にYとも遊んでた。

上司には、最初は自分の姪たちと一緒に遊んでやってくれないか、ってことで休日に、姪である小学生の女の子2人を連れて遊びに行ったことから、始まった。最初は、純粋に姪っこたちに私が気に入られているからだと、思っていた。思った時には遅かった。それ以降、その時のお礼だとか、会社就業後、家まで送っていくとかで、一緒にいる機会はどんどん増えた。

4月の半ば、YとMから、同じ日に、別々に誘われた。私は、誘ってきた順番に従って、Mと会うことにした。私はバカで、Yにはその旨をきっちり伝えた、今日はMと会いますつって。Yのことだ、そんなの納得しない。
そっから、YとMの間には亀裂が入った。私はなんかYに悪いことしたような気がして、次に誘われた時には、Yと会った。めっちゃ飲まされて、帰ると言った私を駅まで送っていくと行ったくせに、駅で無理やりタクシーに押し込んで家に連れて行かれた。その日は、Yに結果的に、監禁されたw帰ると言って家出ようとすれば、暴力。朝方、けーさつに電話かけようとしたらケータイを折られた。でも、その時に本当は気が付いていたのかもしれない、こいつは、根本が、私とそっくりだ、と。

約1日監禁された翌日、痣ひきずって会社に出勤。そしたら、会社にMから電話がかかってきた。私は、今仕事中、でもあとで迎えに来て、と言ってしまった。その夜、Mに全部しゃべった。Yがしたこと。でも、レイプとかじゃなかったよ、って。
Mは、マジで心配してくれて、俺といろ、的なことを言った。私は保留にしておいた。

その月には、上司からまた誘いがあった。食事、ドライブ、映画・・・これは、おかしいと、さすがに私も思った。
でも、断れなかった。その会社は、詳しくは言えないけど、当時結構やばい状況だったことに、私はうすうす気づいていたから。ここは自分もがんばんなきゃって、仕事がんばった。上司とのそれも、その一環くらいに考えてた。

いよいよ、Yの行動はおかしくなってきた。連日、脅しみたいな電話。私が、キレた。
Yの家に殴り込みに行った。荷物を駅のコインロッカーに預けて、身一つでY家に行って、何度も顔をなぐった。殴られたままになってたYは、気がすんだ?こういうことになるんだよ、みたいなことを言っていた、気がする。

Yとは終わったと思った。だからMと付き合うことにした。楽しかったなぁ。小旅行とか、行った。一緒に買い物してくれたり、そう、Yなら考えられないような、健全であったかいつきあいを、つかの間だけど経験できた。

上司の誘い、拒みきれなくなっていった。体の関係になるのは、早かった。今考えると卑怯だと思う。都内の、私が後に勤めることになるホテルの3倍は値が張るんじゃね、っていうホテルのラウンジで食事しようって、おまえ何酒飲んでるんだよ、車で来ただろう。マジ、私はかわいいくらいに何もわかっちゃいなかった。
その後、2か月くらい、そういうこと、続いた。

6月。Yから1カ月ぶりに会おうと言われた。もういいだろ、友達だ、飲もうよ、って。Yの友人(危険人物w)も交えてクラブで飲んだ。翌日、起きたらY家にいた。Yは言った、頼むから一日、いっしょにいてくれ、死にたくてしかたない。私は仕事だから無理と行って仕事に行こうとすると、暴力。でも、思った。今日は、一緒にいたほうがいいかもしれない、って。

それが、全部の間違いだったかなって今なら思う。まだ、あの時なら引き返せた。Yも私も、あの日で、人生変わったかもしれない。
私は、あの日から3年かけて、Yを蝕んでいったのかもしれない、って、最近思うんだ。

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あっついあっつい。
昨日、じーさんとオカンと3人で面談。退院の日を決めた。まー、私が妥協に妥協を重ねてww、9月の第一月曜日に決まった。それまでは、外泊で用事を済ませるしかない。

昨日、じーさんとオカンに言ったのは、大学は譲れないってこと。あと、一人暮らしも譲れん。
今回の入院でまず焦ったのは、単位。前期で22単位とるようにしていたのだけど、あのままだとほとんど0だった。でも、じーさんのアドバイスや学校の事務の方や先生のおかげで、なんとか追試的なレポートを提出できて、それがひどくなきゃ、15単位くらいは取得できそう。
これはまぁ一応、安心材料になっている。

次、お金ね。入院費は、精神科のほうは心配ない。高額療養費制度や県民共催などで、この安い沼病院なら実質ほとんど金がかからない。でも、自殺未遂のICU治療費等は、保険がきかない。今は親に肩代わりしてもらってるけど、返さなきゃなんないね。
しかしながら、とうぜん、今までの夜勤バイトはじーさん、カウンセラーさんから禁止令が出た。好きな業種でやっと見つけたのに、マジでくやしいけど仕方ない。もっと日程的にゆったりできるような、新たなバイトさがさなきゃね。
今回ので、親ともけっこう話した、で、よけいに思うんだ、あぁ私はオカンと徹底的に相容れないなぁと。
感謝もしているし、客観的に見てもかなりいいお母さん。でも、今の私にはダメだ。うまく言えないけど。

まぁいい、あと30日弱?
頑張ります。

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YのことをYを知らない人に話すとき、「元カレ」とかいうのは癪で仕方ないから、「知人」と言っている。知っている人には、苗字で呼び捨て。

不謹慎だけど、たまにマジで死ねばいいのにと、思う。いや、死なれても困るのだけど、存在されすぎても困る。現に、あいつとはもう1ヶ月連絡つかなくて、つまり、ODから一度も話していない。
どうでもいいやあんな奴、と思いつつ、実は気になって毎日電話してしまう、でもケータイは、止まっている。6月下旬になくしてそのまま。ああいう人種はケータイなどなくても大してダメージがないんだ。まったくうらやましいよ。

Yは、イソブロ(イソミタール+ブロバリン)、ラボナ、ベゲをODした私を28時間放置しやがった。あと数時間で死んでいたらしいからうける。
でも、私はYのそのスタンスが好きだ。あいつはコンビニから帰って、私が寝てるのを見て思ったんだろう「あぁまたODしたか」。で、20時間くらいでフラフラ起きると思ったんだろうな。

で、起きない、息してなそうな私を見て焦ったんだろう、やべぇここで死なれたら俺自殺幇助になるんじゃね、バビとかめんどくせぇ、救急車よんどこう、とかいってさ。
28時間。後遺症がギリギリ残らず、死なない程度の時間。欲を言えば、体位変換をしてほしかった、このうっとおしい踵の腫が出来なくて済んだのに。

だから、そういうとこが勘が鋭いと思うんだ。そうやって人生やって来たんだろうと思う。ギリギリのところで。ピンチでも、最後にはなんとかなる程度で。
でもね、それも続かないよ、と思う。多少頭使って、忍耐持って、生きなきゃあいつはだめだ、と。
で、思う。あぁそれって、そのまま私に当てはまるなぁと。私はどういうわけか周りに恵まれていて、Yみたくわけわかんなくなっちゃいねぇけどさ、私がYだったら私もYっぽく生きると思う。全く逆の人生でお互いかなり相容れないけど、根底はめちゃくちゃ似てる。そう思う。

私は、Yの中に自分を見ている。
だから、あいつがなんとかなることは、自分がなんとかなることだ。何十年かかろうが、あの知人だけはひっつかまえてでも離さねぇと思う。相手が幸せになればそれでいいとかいう、お花畑的発想の恋人同士は多いけど、私はそうは思わない。私を差し置いてなに幸せになろうとしてるんだバカやろう、と思うし、あのバカは第一、他の女で幸せになんかなれねぇつうの。
それとあれ。来世いでも一緒にいたいね、ってやつも信じられない。来世ってのが来たら全力で出会わない努力をするわ。


今はダメね。お互いダメ。で、他人に期待しても無駄だから、私が勉強して経験して強くなるべきだ。あとはあいつの問題だから知らない。
ただ、いつかはいっしょにいたいと思ってるような気がする。

一つだけ確信している。どっちかが死ぬまで縁は切れない。自分らでぶった切ろうとお互い努力しても切れず、他人にも切られず、環境にも切られず、私が死ぬこともなかった。
たとえ5年会わなくても5年と1日目に会ったりして。だから、私はあいつが死ぬまで一人なんだ。覚悟。

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今日は静かだ。周りの若い(つっても20歳から40歳くらいね)の院内でつるんでる奴らは風邪引いたりヌマのほとりの道の駅に出かけたりした。誘われたけど、この腐りかけた左足では歩けない。ODから4週間。失ったものは語学の単位・バイト先。得たものは足のどうしようもない傷・炎症・治りきらねぇ肺・入院仲間・面倒な人間関係・人の暖かさ・人の死の痛みの打撃・ODの限度の知識・薬の買い方・昔の歌謡曲。

昨日は、ヌマの花火大会。2つの市で合同でやるデカイ大会で、3箇所から同時に上がる。その、特等席がうちの病棟ってわけで、それはマジ最高だった。ボケ気味のばあさまと、にいちゃんと、ヘルパーさんと見た。

課題も終わり、おとといくらいからやっと自分自身になる瞬間がでてきた。
私は、常に自分は自分だ、自分でコントロールできているのだなんていう奴は傲慢だと思う。みな、とりあえず何かには流されている。流されていることをモニターできているかどうかが、いわゆるコントロールできているかどうかに繋がってくると思う。そして、人間、たいていの場合は自分自身ではなく、何者かとして生きるんだと思う。
感動したり、衝撃を受けたり、狂ったりバカみたいに笑ったり、そっちの感情に忠実なほうが、きっと「自分自身」だ。

で、だいたいの人はのモニターされた自分と、マジな自分自身がかぶる瞬間を持っているとおもうんだよね。たとえば人前でみんなと一緒にする感動や、心からの笑、泣、怒りを正当に表すとき。

私、それがないわ。
どっちか。共存出来ないの。ガンガンにモニターされて「私はこうでなきゃ」か、感情のままにODするか(?)。
昨日から、モニターされる自分が弱くなってきている。変な意味で、自分が自分が、ってなってる。でもODはできないし。

問題なのは「私はこうでなきゃ」がうまく行っているときの自分を、自分で気に入ってしまっていること。あんなに不自然で動きすぎなのは変だと思いながらも、そうあること自体に依存するからね。

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