Take it EZ! セカンドダンジョン

はぁー。今日から普通に学校に行き始めた。みんなと話せて、楽しかった。
今日は、一発目の試験があった。英語の、オーラルの方の試験。2分間スピーチを、ペアと交互にして、感想を述べるみたいなヤツ。私はヒップホップの4要素についてのスピーチ。相手の男の子は・・・「菅原道真」←誰wについて、だった、さすが史学科。何言ってるのか意味わかんなかった、ってか日本語で説明されてもイミフなんだろうなぁと思うと悲しすぎる。あとで本人にクレームつけといたけどね笑 まぁ、この授業はたぶんクリアだろう。よかったよかった。

学校では、だんだん話す子が増えてきて、みんな良い奴ですぐに打ち解けられる。たまたますれ違っても、うらおはよ、っていってくれて、そんなあたりまえのことがなんかめちゃくちゃうれしかったりする。わたしは、同級生の中では昔から、結構一人行動が好きで、他人とはそれなりに距離とってた。高校まではそれがみんなとちがって、少し苦しかった。社会に出てからは、距離の取りすぎでさみしかった。
今、心地良い。関わるときは楽しく関われる、協力できる、だけど私は私。だれも妨害しないし、無理に距離とることもいらない、自然でOK。それが気持ちいい。でもその代わり、私も率先して協力しよう、そんな気持ちさえめばえてる。
自分がもうすぐ25歳で、躁うつで、この間「自殺未遂」して・・・学校に行けばそんなこと忘れる。ほとんどの時間は。

でも、ふっとしたとき思い出す。気持ちが前触れもなく、ころっと攻撃的でそのくせ虚無になる瞬間、思い知らされる。あぁ私はこういうふうになる、人と違い、たぶん、普通は理解できない部分を確かに持っている。隠してる。ここにいていいのだろうか、みんなとああやって一緒に、笑ったり、愚痴ったり、協力したり、そうしている私は誰なんだ。
でも、だからって本当のところを言う気持ちにはならない。たぶん、18歳19歳には少し重い話だ、いくら心理学科でも、受け入れられないであろうことは嗅覚でわかる、中学のころから、いやたぶん、小学校のころから「なんか違った」私はどこが自分の居場所になり得るかっていうのを少しは察知できる。今は、言ってはいけない。クローズだ。

自分がなんなのか、よくわかんなくなる、マジで。
大げさに言えば、2人分を生きている気がしなくもない。学生で、みんなといっしょに、少し変わってはいるけど日々を送る私。課題に追われ、でもそれをみんなと愚痴って、協力してやって、一緒にご飯食べて笑う、私。
死と生を悩んで、薬を集めることに躍起になり、自殺サイトをめぐり、人を利用して死にたい死にたいほざいて、酒と眠剤ミックスしてクソみたいなトビ方をしようと企む私←現在進行形wまだ効かない 

後者を隠すしかない。普通のクローズは、病気そのものと、飲んでいる薬と、あがったりさがったりをコントロールしていることを、開示しないということだろう。私のクローズは、私の80%くらいを作ってる空っぽなくせにどす黒い部分を、「隠す」ということ。苦しいけど、ちゃんと生き残るにはこれが一番いい。妥協すれば制限が増える。社会の、世の中のせいにするにはまだ早い。たぶん、私の責任で私が耐えねばならない、この性質。
こんなんじゃ、心はまがるしいびつな形になる。それでも、それを飲んで生きるしかない、きっと。

「いびつでも いびつでもいい いびつでも いびつでもいい
本当のことも秘密でもいい?」
-NORIKIYO 『秘密』より

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うわ、はじめてタイトルから書いたw
今日は、遅れを少しでも取り戻そうと、参考文献を探しに大学図書館。「だが例の私のことだ」、2時間であきたぜイエイ。
で、思い立って下北沢(?)。下北のレコ屋に行こう行こうと思っててなかなかいけなかったんで、行ってみた。ディグディグ2時間(レコードを探すことをディグる=掘る、というんですヒップホップの世界笑)。いいのありすぎで、でも予算足りなくて、妥協に妥協を重ねてなんとか4枚ゲトる。TBHRの大好きな曲、前のブログでよく引用してた『For minutes』(s-word feat.DELI)、ジャクソン5、ジャズトロ。3000円の幸せ、これでいい、これがいい。

また、薬買おうとしてた。1シート2000円、1500円、今は処方薬でも出ない薬は1個800円、裏では馬鹿みたく高いそんな世界。ゆうパック、メール便がいいですか、対面もあります、新宿で、渋谷で。前払い、振り込み確認次第発送です、詐欺ではないです、代引きも可能、即発送。
脱法ハーブ?大麻?MDMA?アスカさん?処方薬の取り締まれば?・・・なんて思いながらその闇市場の存在に寄りかかる、私。違法行為かな、でも違法だろうが合法だろうが知らねぇよ、死ぬのに合法も違法もない。

っていうのは冗談です(と言っておこう)。
そわそわが止まらないね。今日も、帰りの電車では学校とバイトのことで頭がいっぱい。来週までかわそうと思ってたバイト先に、勢いで退院報告の電話をする。来週には復帰かな。また忙しい日々が始まる。
こないだの暴発、今回こそは自殺未遂と言っていい気がする。でも、それがどしたという感情しか、今はない。
入院中、私より年上のお子さんがいる、40代のきれいなお母さんと話した。その人の入院の経緯は私とまったく、まったく、同じ。ICUにいた日数も、意識がない日数も、飲んだ錠数も、ほぼ同じ。常習なのも、同じ。その方は言っていた。飲んで、生きてたと知った瞬間にはまた時間が動く。後悔も、死ねなかったという感傷もない。ただ、終わったことだと思い、また日常に戻ろうとする、自殺未遂?それがなんだ。その思いも、私と気持ちがいいくらい、まったく同じ。

内科を退院してから精神科に入院するまでの間に、じーさんのところへ一回行った。私は、生きるなら大学行って、お金も自分でなんとかして、ちゃんと生きたい。死ぬなら、死にたい。2択なんすよ、伝えた。めっちゃあきれた顔して流されたよなんだよじーさん。なんか言えよと、思った。

「気がついたら存在が消えてました~っていうのが理想」と、入院中のアホからメールが来た。私は違うな。誰かに存在を残して死にたい。こいつがいう消えたいは、きっと、生きていた痕跡を、わたしたちの中から消したいということ。はぁ?お前みたいにインパクトだらけのやつの存在を、だれが忘れるかよ。
Yは何でもなくすし捨てるけど、癌で亡くなった友達の写真だけは大切においていて、たまにじっと見ていた。
死ぬってなんだ。

今の私には、そんな、未来は見えない。ただ、明日の学校に間に合うように起きて、来週のレポートをこなし、来月のテストに戦慄して、お酒飲もうかな薬飲もうかな過食しようかな、いろんな衝動と軽く戦って、それで一日がすぎてる、入院しても芯は何も変わらない。
2年前に戻りたいなと思いすぎて、今日は間違えて千代田線に乗った。柏行きです。あぁ違うよねわたしはもう、そこにはいないし。3年前からやり直す、こんなに人を傷つけない生き方をしたかった、あのときのあの子の力になれたかもしれなかった。
なんて思うけど、なんも変わんねぇなぁ。

だからって、今を一生懸命生きようとは、今は思えない。人が言うのは簡単で、私も人に言うのは簡単だ。同病者間での傷つけ合い、弱音や本音を言うほどに傷つけられる現状、みてられない。戦う、強い人にピース。
人とつらさを比べる意味はない。もっとひどい環境でもがんばってる人はいるからって、はぁ?それとわたしたちのつらさには、基本的に何の関係もない。

ただ私がやるべきは、明日学校に行くこと。起きて、絶望していればそれすら無理。起きたとき、絶望しているかは朝にならないと分からない。朝に絶望した時用の保険は、今はない、手に入れなければ。
生きたいのか、終わらせたいのか、分からない。今は希望も、前向きな言葉も、自分の中にはない、やるしかないのは誰よりも分かってるのに。
うまく行かない。それなのに、未来は自分の手の中にしかない。

「これ以上きれい事はなしにしようや このままじゃついに膝から落ちそうだ
理想は余裕のあるヤツのものだ 希望は今の俺にはまるで人ごとだ」
-Tha Blue Herb 『未来は俺等の手の中』

(ブルーハーツの「未来は僕等の手の中」のトリビュートということだけど、元の曲とは歌詞も音もかけ離れてる、らしい。元のは知らないけどね。この部分から、上がっていく様子がマジで気持ちいい曲。)

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帰ってきましたー。大荷物←大げさwを持って雨の中帰宅。一気に洗濯して、空にしておいた冷蔵庫の補充のため買いえ物に行って・・・みたいな感じでぜんぜん課題も勉強もしてないっていうクソっぷりな私ですが何か。明日は学校行って遅れを取りってさないと、さすがにヤバイですねええ。がんばりますよええ。来月はテスト8個くらいあるんだよねマジかよおいっていうwもう、休む暇もなく勉強ですよもうきつすぎ。バイトもそろそろ行かなきゃクビになるけど、のらりくらりかわしてw1週間後くらいに連絡しようかな的な。そんな自分はマジで嫌いだけど、そういうやり方も身につけなきゃねーってな感じの逆我慢。本当自己嫌悪。

そんな感じで焦りは尽きなくて、今もそわそわそわそわしてるんだけど、でもそわそわしすぎて何も手につかなくてとりあえずお酒か過食か薬に走りたい衝動が半端ないので、頓服を飲むよここはレキソタン←初めて。私が「トンプク」なんていうのは超珍しいと思うw飲んで効いてきたところで、また書く。

はい。少し落ち着きました。うん、入院してきたってことで、病院のこと少し。
今回入院したのは、去年の7月下旬から2週間入院した「ゴーヤ」病院ね。いつものヌマ病院の、系列病院。
ヌマやハエ病院にくらべて、かなり辺鄙なところにあるってことと、病床数が80くらいしかないってことで、こじんまりしたとこ。平屋建てだもんね。なんか外観かわいい。
で、私は任意入院で制限なしなんだけども、ほとんどの方がかなりの制限をうけているため、実質私も閉鎖病棟にいるようなもんだった。私は学校があるってことで、例外的に時間外の外出が許されたけど、ね。ケータイやPC、朝の10時か夜8時までしか使えないとか、お菓子はお菓子の時間しか食べちゃなんない笑とか、まぁそんなもん。ヌマやハエに比べたら、だいぶ制限きついかなっていう。まぁ、ハエはいくらでもズルできるしマジゆるい無法地帯なので(関係者すみません)参考にならないけど。
で、今回も私は急性期病棟の方に入院。ほぼ個室なんだけど、私の部屋だけ2人部屋で、2人の方と同室した。私が入ってすぐ退院した人と、その人の入れ替わりで入ってきた人、ってかんじで。どちらの方も、本当おちついてて、気をつかってくださって、私は甘えてました笑
前回は、女性のはきはきした若い子たちと一緒で、まぁ賑やかだったけど、今回は女性人数が少なくて、しかもおちつた30,40代の方が多くて、私一人騒いでた的な感じになっちゃってた。
でも、私と全く同じ理由(ICU・胃洗浄で肺炎、のあとの入院)できていたお姉さん的な方がいて、すげー安心感があった。
50代のアメリカ帰りの金髪(違法のクスリに詳しくてw)バイク乗りのファンキーなおじさんと、躁転が原因ではいってきた、 ほぼ病識のないけどものすごくやさしくて人のいいおじさん、あとお父さんの死去やSNSでのトラブルで精神のバランスを崩したって言う、でも明るいおばさん、この4人でずーっとつるんで、暇な日は朝から晩まで話しして一緒にテレビみて新聞読んでオセロしてトランプしてた。オセロもトランプも私の一人勝ちで、みんなのご機嫌がどんどん悪くなっていったのは、笑えたw

スタッフの方も、優しくて、私のことみんなおぼえててくれて、やせたね-、どうしたのよ、って心配してくれてるし、朝の通学にも協力してくれた。去年、私はこの病院で受験勉強をしてただけに、私が大学に行ってることを後押ししてくれてるっていうか、おめでとう!って言っておぼえてくれてたことが、うれしかった。
この病棟、去年は、ゴーヤを栽培してたけど、今年はきゅうりを栽培してて。わたしはそのきゅうりを食べるのが楽しみで、毎日看護師さんに何時食べるのー?ってきいてたんだけど、実は今日の昼に食べるはずだったらしくて。
でも、私がきゅうり見張ってたこと知ってたおかあちゃん的な看護師さんが、退院するときにきゅうり1本ないしょでとってきてくれた。丸かじりでたべましたよ。

全体的に。私は、今回の入院で一番よかったのは、体力がもどったこと。先週入院する前は、徒歩3分のスーパーに行くのに10分かかるくらい、ぜんぜん歩けなかった。入院するために、荷物を持って1時間かけて病院へ行くのは、とてもきつかった。でも、病院で3食しっかりたべて、寝て、人と話すうちに、だんだん体力戻ってきた。なんか、看護師さんと患者さんが一緒に行く散歩に、結構無理矢理参加させられてw、そういうのもあって回復したなぁ。
学校も、火曜日はきつかったけど、金曜日はそんなに疲れなかった。体力の回復にはとても助かった。

あとは、主治医。ここでの主治医、まぁ診断そのものにはこちらこそ疑問符がつくけれど、でも、その先生はマジでわたしのこと考えてくださってたことは、本当によく伝わってきた。だって、2日に1回は、10分以上話にきてくれるんだ。しかも、医者と
はなしてる感じがしないほど、フランクに、自分の体験もふまえていろいろはなしてくれた。おもしろかったのが、「つかれた顔して授業にいったって、友達の前で眠そうな顔してたって、ぜんぜん大丈夫なものですよ。僕だって、当直明けの時はそうなります。でも、それでも仕方ないときは仕方ないと、割り切ってます。いつも完璧である必要なんてないし、気負わないでください。」って。おもしろいこと言うなぁと思うけど、なんかうれしかった。血液検査、リチウムのこともふくめてやってくれたし、丁寧でいつも病棟にいてくれる医師だった。
今日、帰りに窓口で手続きやってたときにその主治医がとおりかかって、大荷物を見て、これは重そうですね、バスまでお持ちします、とか言って先生自らバスまで見送ってくれた。ここの病院は看護師さんも医者も、なんか感じのいい方ばかりでたすかる。
退院するとき、つるんでた4人や同部屋の方、あとねぇさん的な方が見送ってくれた。薬、のみすぎちゃだめだよ、無理しないで。がんばりすぎないんだよ。寂しくなるなぁ。みんな、そんなふうに見送ってくれて、うれしかった。私は入院歴7回になるけれど、一人だけ先に退院していくことに、少し居心地の悪さを感じる。でも今回は、そうやって気持ちよく送り出してくれたことに感謝。

私は、精神科病院で出会った人と今でも頻繁に交流してるのは、たぶん3人。ファンキー・ガールっていう友達の、生存確認パーティー参加者の3人だ。その他は・・・病院ですれちがったときに、どう、元気してた?って挨拶する程度。
でも、ゴーヤ病院ではそれは起こらない。だって、あの病院に入院してる人の大半は、どっか別の病院に通院しているから。たまたま、あの病院に入院してるだけなんだ。だから、ゴーヤ病院でであった方とは、基本的にもう会わない可能性が高い。みんなそれは承知だ。
最後、同部屋の人と話した。一緒の部屋でよかった、一人部屋よりわたしはたのしかったって。その人も、人見知りな私をみんなと話せるようにしてくれたのはうらのおかげだから、ありがとう、と言ってくれた。じゃあ、これで。また、どこかで、お会いしましょう・・・あ、そうか、お会いしないほうが、お互い元気なのかもしれないですね。なんて言って、笑った。

ヌマやハエではどうか知らないけど、ゴーヤ病院では一期一会がいい。
たぶん、わたしは名前は忘れても、あぁああいう人がいたなぁと、たまに思い出すから。
みんな必死こいて、生きてるんだなぁと、思い知らされる。それが、私の入院だと、思う。

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はい明日退院ですはい。
今日はかなり早くに病院を出て学校。今日出ないと単位を落とす1限と2限のみ出て、15時過ぎに帰棟。それからずっと人と喋ってるっていうダメっぷりな私です。

えーっと、今日はゆっくり生活できる最後の日なんで、まぁ、ちょっとね、ブログに関して少し。
あれです、コメント。6月にいただいたコメント、全部返信してないと思うんだけど、申し訳ないです。全部ちゃんと読んでるし、誰がどんなコメントを何回くれたか、しっかり記憶してます。
返信しようと思いつつ、できないままここまできてしまいました。でさ、返事書けそうなのは、書きます。うん、書く。んだけどね、鍵コメへの返信を、迷ってて。例えば1つの記事に2つの鍵コメをもらったときどうしようとか、私が返事書いたら鍵コメにした意味がなくなっちまうんじゃないかとか、考えると、うーん返信しない方がいいのかなぁ、みたいになる。まぁ、するけどね←

ってな感じなんで、コメントに関してでした申し訳ない。

そう、ブログ!前のクソブログ1号と合わせて、私のブログは2周年となったぜっていうことを言いたかった。
前のブログは消えちゃって、自分でもとっておいてないんでもう存在しないんだけど、うん、多分500記事くらいあったかなぁと。で、このブログが80ちょいでしょ、合わせると600弱書いてるわけです。

2年前は、働いててさ、毎日酒飲んで一人でどうしようもない生活してて、そのときに暇つぶしに書き始めたんだよね。まさか、2年続くと思わなかったよ笑
そして、ずっと読み続けてくださる人ができるなんて、思ってもみなかった。
リアルで知っている人もたくさんいる、でもリアルで知らない、そして私の知らないところで、実はずっと見てくださってる方もいるのかなぁと、思う、ってかそういう方がいてくれれば嬉しいと、思う。私も、躁うつ・BPDカテで、実は最初から全部読んでるブログ、あるしね。
まぁ、最近はどうしようもない気持ちの殴り書きや、ディスも多くなってきて本当読みづらいなぁと自分で思うし、自分でも読み返したくない。でもそれでも読んでくれる人はいて、それは不思議で、だからどうせ面白がってんだろ、と投げやりに穿ったりするけど、こんなクソみたいな生き方はバカバカし過ぎてハタからみたら面白いのかなぁ、とも思うわ。

そんなこと言いつつ、誰も訪問してくれない日(今のところないけど)や少ない日は、あーあ、とさみしくなったりもする笑 コメントが長いことないと、また私はなんか失礼ぶっこいたか、と読み返して反省会を開いたりする笑
読みてなんてカンケーねーくそくらえ、なんて思おうとするけど、無理だね、実は気になってる。

だからこそ、2年続いたのは読んでくださる方がいるから。
マジ恥ずかしいけど、本当にありがとうございます。
ってこと!
あ、FC2、にほんブログ村にも、ありがとうございます。

これからも
Take it easy!こう見えて、躁鬱。←これ合ってる?
と、その続編
Take it EZ!セカンドダンジョン
よろしくお願いいたします。
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今日はアパートに少し帰ってきた。電車やバスの時間が長いんで、3時間しか滞在できなかったけどなんとかレポート仕上げてみんなにメール出来た。本当、やぶれかぶれレポート、って感じで嫌になるw

入院して今日で1週間。結構、落ち着いてきた。今回の入院は、落ち着いてる方がたくさんいて、話し相手だらけだった。躁鬱でちょい躁っぽいおじさんや、若い頃のクスリでおかしくなったっていうおっさん、私と同じくODでICUからこの病院に来た、っていうお母さんとか、DV被害者だっていう女性、強迫神経症の方。入院するたびに思う、みんななんとか生きているんだって。当たり前のことなんだけどね。私は入院しても、何が悪いのかわからない、話が早いしぜんぜん普通じゃん、ってよく言われる。
そんなもんだ。

ここでの主治医、診断には不満があるけれど、親身に話を聞いてくれたこと、そして変わった視点でアドバイスをくれたことは、でかかった。
私は前にブログに書いたとおり、「どこの場所でも100%じゃないと私は誰にも認められない、全体的に、私を見て評価してくれる人など大人になればいなくなって当然、でも私はその状況が不安で自分を見失いそうになる、たぶん、それがODのでかい理由」みたいなことを伝えた。
こういうこと言うと、よく言われるのは「人の評価なんて気にする方が変だ、自分に自信をもて」だった。でも、主治医は言った。僕は少ししかあなたを見ていないけど、本質はしっかりしているし何かをサボるとは思えない、それに、たぶんあなたは60%くらいでやっても人並みにできるように見える。あなたは完璧な自分で無いと受け入れてくれないと思ってるかもしれないけど、人は、意外とあなたを全体的に見て本質を評価しているものですよ、だから一つ一つの場所で気負いすぎることはない。
そう言われたのはなんか始めてで、新鮮だった。人は意外と私の本質を評価している・・・それが嬉しい言葉だった。

すごい穿った見方をしていた。私は去年、前のブログで、たくさんの方から受験を応援してもらった。ODや荒れたときも、応援し続けてくれた。受かったとき、たくさんの方が祝福してくれた。
だから私は、大学に行くことが楽しみになったし、がんばろうって思えた。でも、結果これだ。4月の大荒れ。5月はあんま言わなかったけど、正直すべてがうまく行ってなかった。勉強、学校、バイト、その他人との約束。どれをとっても30点以下。やるつもりだったからこそ自分に対してふがいなかったし、去年応援してくれた人たちに顔向け出来ねぇなと、勝手に思っていた。疲れと、そのふがいなさと、結局、頑張ってるのに認められないというわがままな欲求不満が、慢性的な空虚感を表面に押し出して、ODに至った。
すごく単純に言えばそんな感じかもしれない。

だけど、それは本当?私はマジで「どれをとっても30点」だったか?そして、誰が私に失望した?
勝手に自分を評価して、自分を全体的に本質的に見ていなかったのは、自分じゃん?それを、誰かに・・・ここではブログを見てくれている誰かに、投影していた面もあるんじゃないの?そっちのほうがずっと恥ずかしい話だ。

わかってる。私の周りの人は、私よりもずっと大人だ。ODっていう「全体的にマイナス」っていう状況ですら、離れずいてくれた、そういう人がたくさんいたじゃないか。それは、私が気がついていない、私の本質まで見てくれているってこと。
今回何人の人に心配かけた?どれくらいの人が何かをしてくれた?
私にはもったいないほど、人は助けてくれたじゃん。

なんて、死にたいの間にそんなことを思う余裕が出て来た。死にたい、いやもう少し生きる?死にたい、いつでも死ねる、って揺れる間に、退院の日は近づくし学校でやるべきことも、進んでいく。
クソみたいな気持ちにゆられながら、私も進んでいる。だって、まだ立ってるから、さ、進んでくしかないっしょ?

「この足で立ち上がれそうだぜ
さあ 取り戻せそのラフネス 見せつけろそのタフネス
孤独の果てに浮かんだフレーズは
Three times,twice,once again」
-ライムスター『once again』より

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あー。課題やってんだけど、PCやスマホが制限されてる環境はめっちゃやりにくい。参考資料は友達から送ってもたっら本の写メだったりして、物資不足だわ、こりゃ出来は期待出来ませんねくそー。まぁ仕方ない。

今日も死にたいが止まらない。
逃げたい、が、マジで死にたい、に変わりつつある自分に危機感を覚えたりする。退院したらすぐになにかやらかしそうな、そんな状況、でも、入院仲間の前や学校ではフツーにいつもの少しうるさい私でしかなくて、つらい。混合状態がひどくなった感じだ。

ってことで、Yに八つ当たりした。私から電話して(向こうから私には一切連絡取れないようにしてあるからね)、ひたすら死にたいです、と言い続けるっていうストレス発散方法ね笑 まぁ、一応は聞いてくれた。次に自殺するときは目の前でやってやるとか、どっかに捨ててよとか、人殺したいんだよねとか、めちゃくちゃなこと言いまくってた。自分の頭が本当におかしくなったかと思った。
そしたらYは、お前は昔から死にたいって言ってたよなと言った。3年前からずっと言ってる、って言われた。私は、死にたいとかリアルでは人に言わないし、じーさんにすら言わないくらいで、だからYがそう言ったことに驚いた。夜寝るときに結構言ってたらしい。確かに、今も寝る前はだいたい死にたい思っている・・・ってか、明日は来ないと、自分に言い聞かせている。でもそれを、無意識にYに言ってたの、知らなかった。それにそんなに前からそんな気持ちを持ち続けてたなんて意識してなかった。ただ、それをある意味聞き流して、呆れることなく聞き続けられるのは珍しいヤツだと思った。私は自分で言っといてって感じだけど、そんな死にたい死にたい言われ続けたら、そういうヤツと一緒にいる自信ないもんな。
Yがよく言うのは「それを主治医に言うんだよ」ってこと。いやお前にしかこんなことは言えない、といつも私は言うけど、それじゃ解決しないと、Yは言う。私は、解決させたいんじゃなくて死にたいの!とかわけわかんないことを言い出す、それじゃ話が前に進まないだろ、とかなりどうでも良さそうに言う。
ま、確かにその通りで、そのYのスタンスはあいつにとっては珍しことにイケてると思う。

私はこんなときでも、詮索する。もう悪いことやめましたか、昨日は何やってたんですか、なんで悪いこと続けるんですか、ホント終わってますねとはっきり言うし、暗に前に進んでください、というようなことを言ってる。それは私の気持ちであるし、そうなったYを見たいと切に思う気持ちはある。
なのに、今は利用してる。
八つ当たりや、暇つぶしや、他の人に言えない汚ない気持ち、ブログにもかけないようなことまで、言う。向こうからは電話もメールもできないし、家も教えてないから、連絡はとれない、だから私は言いたいだけ言って電話を切る。それでも、愚痴だと知りながら出るから、バカじゃないのと思うけど正直、助かっている。なのに、声にハリが出て来たなこの間は死んでいた、とさりげなく観察されてたりするし、本当わけがわからないけどまぁ、助けられているんだろう。
利用してるのが、少しだけ申し訳なく感じる瞬間が、出てきた。
利用されてトーゼン、お前は私にそうするのが順当だ、今まで私にやったことを考えろよこのやろう、と強気に思うけれど、もうその貸しは返されたのかもと心配になる。あれは貸し借りとか考えてなくて、ただなんも考えず私と関わってるっていうのは嫌というほど知っているんだ、だけど私の気持ちが、そんなことを許せないんだ。自分が人を利用しまくっていて治ったら、1ヶ月でも1年でも無視し続けるんだろうなというのに、自分でびっくりする。

だから、今は、死にたいって気持ちもあるけど同時に、生きるならこいつを忘れて生きることはしてはいけないと、感じる。じゃあもう一緒に生きる?と聞かれていや結構です会う気もしないと、さっきは即答したけれど私は、それを目標になんとか生きている、この3年をやってきたんだよ!と思うと複雑だ。
私の気持ちの方がYのそれよりでかいのに、Yのほうが私のあり方に影響を与えてるっていうのは皮肉だと思う。

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疲れたぁ。体力のなさヤバいマジで。こんなに歩くのや階段の昇り降りが辛くなるなんて、どれくらいぶりだろ。そうとう悔しい。
今日は1限から3限まで学校。全部専門科目だから、落とせないってことで結構無理して出た。1週間ぶりの学校。みんな、大丈夫、もういいの?って声かけてくれたり、課題や授業の情報くれたりして本当助かった。生きてることすら曖昧で、グレーな日々だけど学校にいること自体は嫌じゃない、ってのは、なんか嬉しい。学ぶこともそんなに苦しいと思わなくて、じゃあ本当に何で今、この環境で死にたいが暴発するんだろうと、余計不思議になったりする。

今週はあと金曜日のみ学校行って、土日のどちらかで退院、来週からはできれば毎日学校に行くことにする。夏休み前ラスト1ヶ月、持つかどうか不安だし、たぶん持たないんじゃね、って思うけどやるしかない。

帰ってきたらすぐに主治医が来た。
なんか、少し話が噛み合わないことに気がつく。主治医は、私のODは「逃げ」であり、その原因は焦りと疲れだと断定してるみたいな感じなんだ。まぁ、それは確かにあるし、認める。夜の葛藤や朝の絶望感を少しだけ話したけど、流された。「そんなに深く考えないで~」というフレーズを聞いた時、話す気をなくした。そうですね、ってあとは向こうの言うことに全部同調しておく、来週はじーさんとカウンセラーさんにどこまで話すべきか。

今回のこと、今までのこと、「不安と焦り」と「考えすぎ」で全て説明をつけたがる人が多い、まぁそれはシンプルでいいよね、と私も思うんだけど、たぶんそうやって表面だけつくろって「疲れないように、焦らないように、無理しないように」生きるだけじゃ意味がない。自分が何か根が深いものを抱えているとは思わないけど、だからと言って疲れてたからというだけでODをしたり、昨日のようなブログを書くとは思わない。

じーさんは、私が何か起こしたときに、その原因を端的にこうだ、って言わない。それは私にとっては歯がゆいし、最初は付け焼き刃でもいいから解決策をぱっと示して欲しいと思ってた。
でも、今はそれをしないでくれていたことがありがたいと感じる。どうしてそうなるかな君は、と呆れながらも表面だけでなく考えてくれることが、ありがたい。今の診察は、確かにわかりやすく明快だけれども、少しだけ寂しい。だから、例えば昨日のブログのようなドロドロは間違ってもだせない、まぁじーさんに言えるかって言ったらそれも微妙だけど。
ただ、疲れ+考えすぎ+(ある意味)完璧主義、ってのが今の混沌の原因ならば、確かに私は病気でないかもしれないし、ただの我慢できない弱いやつ、で済むわけで、今の主治医の見解は一貫しているとも言えるよねw

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外泊で自宅のアパートにもどってきた私です。うん、帰ってきて即荒れた。過食ですよいきなりの。もうやだ。
そのノリで酒と眠剤に行こうかなと実は思ったけど、めんどいからやめた。すげー勢いで甘いものや炭水化物入れたんで身体がびっくりして血糖値上がって下がって、もう身体震えるしあたまぼーっとするしで1時間くらいぶったおれてましたよ。
で、その後死にたい発作が現れたので、自殺サイトとお薬の掲示板めぐって、少し回復。もう、この1年くらいのマイブームは、ネット上での薬探しですね、はい。だいぶ、致死量や未遂の際の後遺症みたいなのの知識できてきた。なんか、「今の薬じゃ死ねないよ」って知ったかぶったカスは上から目線で威張り散らすけど、そりゃぁマジでODで死んだやつに対して失礼じゃね?って思うのは私だけでしょーか。なんか機嫌悪い私。

そう、おととい、ODがどうこうって書いたけど、少しだけ、分かった。私がなんで自殺を他人に見せつけたいか。
分からせたいんだよね、「私がどれだけつらかったか」。
正直さ、変な話、このブログ読んで私のことつらそうだながんばってるな、なんて思うやついないじゃん。まぁ、私はご立派な皆々様に比べたらそんなにつらくないし、比べるのも申し訳ないほど、まったくがんばってないからしかたないんだけどさ。

でもねー、正直。
くそ、つらい、ですよ。
人殺したくなるもん。
自分も殺したくなるもん。
自分と人を殺すスイッチがあったら、今私に関わりがある人全員ころして、その後自分だね、って感じ。
なんで、人殺したいか。

私の近くにいながら、私を「興味本位で(?)」見ているくせに、結局、私のつらさを無視したから。
許せないよね。ふつーに。狂ってる。

でも、まぁ、私はチキンなので皆々様にそんなことを申し上げる勇気はないから、こうぐちぐちと頭の中で、頭がおかしくなってわたしが死ぬくらいに荒れることしかできない、ってこと。
なんだけど、それじゃ癪でしょ?そこで、見せつけるツールが、自殺。
私はお前らが思うその何倍も、何倍も、何倍も何倍も何倍も何倍も何倍も何倍も何倍も何倍も何倍も何倍も何倍も何倍も何倍も、つらかったんだよ苦しかったんだよ、っていうことを、お伝えしなきゃなんなかったりする。
そうするために必要なことは、一つは生きている間はわざと元気でいきいきと振る舞うこと、そして遺書はこの間のエセ遺書とは比べものにならないくらい、うらみつらみを書くこと、くらいかなぁ。まぁ、私が死んだくらいでどうこうなる、っておもっている時点で私はそうとうに思い上がっているのかもしれないけど、でもそれほどに力のない私の最後の主張は死ぬことでしかできないんだよね、力がない人間はどこまでも残念だ、死ね。

前のブログで、新聞の相談コーナーの回答で「自殺は、今生きている人に生きることへのマイナスのメッセージを与えるものだからしないほうがいい」みたいなのがあったけど、逆も容易に成り立つ。
「こんなクソみたいな人間には生きている意味のないクソみたいにつらいだけの世界でした。」ってな感じのメッセージを発信。
あ、でもすばらしい人格をしてらっしゃる皆々様は「クソみたいな人間」とはかけ離れていて、そんなクソ人間のことなど眼中にも入らないし想像もできないから、関係ないか。
タイトルは昔のブログに書いたタイトルの、逆。

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あぁもうめんどくさい!
昨日の夜、今回の主治医が話にやってきた。30分くらい、話した。今回のODに至るまでの核心に触れるようなことを話した。けっこうバシッという先生で、面白い意見をもらった、まぁそれはいつか書く、今はそのことじゃなくて。
最後の方に、その主治医は、じーさんが下した躁鬱という診断に疑問を持っていると言ってた。一時期BPDと書かれたこともあったと話したら、それもうーん、って感じの反応だった。

1年前にこの病院に入院したときの医者(今と違う人)も、躁鬱だと言わなかったしデパケン切られた。診断書には躁鬱って書かれなかった、書かれたのは不安障害。今回の医師も十中八九、そう思ってるだろうなということは話の流れから分かった、親にも、電話でそのような趣旨のことを話したらしい。もー今回の入院は費用からなにから全て自分でやろうと思ってたのにまったくいつまでも絡んで来らがって、という感は取れないけどまぁ今はその話じゃなかった。まぁありがとーと、上辺だけでも言おうそれが私の体面のためにもなる笑 すげー話それた。

で、なんだっけ、あぁそう、不安障害ね。まったくナンセンスだよなぁと思う。ってかくくりでけーよ、っていう。
ま、じーさんの最初の診断、6年前だよ、も、「適応障害、抑うつ症状(?)、摂食障害」だった。うん摂食障害だけはハタからみても体重の増減、食べ方的にも、否定のしようがなかった。それはいい。けど、正直適応障害も抑うつもピンとこなかった。

っていうのはさ、私は、抑うつつっても頭の中は大混乱で毎日わけわかんない感じで荒れてた。適応できないっても、表面上は気がつかれないくらいにできていたし、それを貫けばいいと思っていて、貫けない、つまり「振り」をし続けられない自分が嫌で仕方なかった。そっちの気持ちのほうがでかくて、適応できていないことそのものを問題視はしなかった。
なんでかって、そう診断される18歳のときには、自分が他の人と同じ土俵で同じように、楽しさ辛さを味わうことは不可能だと、知ってたから、かなぁ。

そんなんでまぁその2年半くらい後に、社会でて働き始めて、それから派手に荒れて、躁うつって診断がついたわけだ。だからじーさんも、私を躁うつだと診断するのに2年半かかってる。その間、いろんな薬試した。SSRI、SNRI、三環系抗うつ剤、抗不安薬。ちゃんと効いたのは、ないね。

躁うつって言われてデパケンを飲んで、2年後にラミクタールを試して今はラミクタールとリーマス。私には、正直薬が効いてんのか効いてないのかわかんない。ただ、今回のODの前後、ICU・内科に入院したとき、まぁつまり7日間は断薬になってしまって、その直後の、強い自殺願望。これは薬とぶった切って考えていいのか、と少し穿つ。
今の先生は、このラミクタールとリーマスの処方もうたがってるっぽくて、つまり私は躁うつでないから、ってな調子の話し方だった。

うん、それも悪くない、私は躁うつでもBPDでもなく、あやふやな不安障害、入院することももはや、通院もカウンセリングもそんなに重要ではない・・・けっこう普通で、考え方を変えれば良い・・・逆に言えばストレス耐性がなくて刺激に弱い、みたいな。

うん、それでもいいよ、いいんだけど。

そういうヤツが、ベゲタミン100錠+睡眠薬、メジャー、で200錠、飲むのかな。死ぬだけじゃなく試すみたいな遺書だかなんだかわかんねぇ、ブログを書くか?昨日のあのブログはあれこそフェイク?
こないだBPDの人の自叙伝、みたいの3回くらい読んで、家族関係のとこ以外は何度も頷いた、痛快だったし、マジで痛かった、普通はそう思うか?
私が、私に自分は人格障害だと、暗示でもかけていると、そういうこと?
気分の波は。Ⅱ型のラピッドサイクラーじゃねぇのかよ、じゃなきゃ「誰にでもある」日常の気分の波?普通の人もこんなに生きたいと死にたいの狭間で、わけわかんない心持ちで、言うことコロコロ変わってその割りに白黒思考で、そうやってでも、それを必死こいて隠して、なのに私より平然と生きて行けると?じゃっまとめると、全ては私が弱いのが、悪い、なのにそれをありもしない精神疾患のせいにしてる、つってね。ここの医者はみなそう言う・・いや、言ってないけど私はそう言われてるように感じる。

まぁ、今更そんなことで弱らない、だって私は診断がついてちょうど3年、何度もそう思ったし自分に問いかけてきたから、さ。
BPDもそう、1年半、自分なりにどこがどうなってんのか、探った。
自分では、すこし躁うつ、早い躁うつ、に、BPD要素のかなり強い性格。
そういう風に落とし前をつけてる。でも環境や「脳」のせいとは思ってなくて、私の場合はやっぱ考え方や性格の問題がでかいと、思ってる、でも。
でも、躁うつ、BPDだと言われた方が、楽でもあるんだよ、たぶん。
でもどうやら親は、私が躁うつ、BPDじゃないと聞いて喜んだらしい、あぁこれじゃもう一緒に暮らせねぇな一生、と残念に思うけど、仕方ない。

まぁ、私は、完全に信じ切るのも良くないかもしれないけど、じーさんの診断を一番に信用する。
実際、じーさんも人格障害に関してはかなり診断に迷ってて、診断書に出るときと出ないときがあったりする。でもそれでいい、と思う。18歳マジメに精神科かかって6年目、まだまだめんどくせぇことだらけだ、ホント。向き合おうとしていた障害を否定されてもあれってなるだろ誰でも。
気分の波は私は言語化しない。できないから、できないくらいのスピードで気分が変わってついていけねーもん自分で笑
でも、言語化できないものを、じゃあ、ない、と言われても、ピンとこねぇよ。

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コメントくれる方、他のツールで連絡をくれる方がいてマジでうれしい。
本当に、ありがとうございますと思う。

でも、同時に不安にもなる。
私は、この6年ちょいで自分でうまくつかめなくてわけの分からなかった気持ちは少しずつ、おちついて来たのかなぁと、最近思ってた。躁鬱やBPDの波に気がつき始めていたし、自分のどのへんがどう、人と違って生きづらいのか、少しだけ分かった、気がしていた、そしてそのようなことをブログに書いていた。

その矢先のOD。
呆れただろうって、思う。
なんでこいつはいつまでも学ばないバカなんだよって、思われたと思う、今回こそ人は、今までを知っている人は、離れて行くと思う。
今回初めて私の精神や行動を知り離れて行くなら大歓迎。さいなら。でも、ここの1年2年3年間くらいの私を知った上でさーっと離れて行かれると実は、うわマジかよ、と思ったりする。

私は、やり方が下手だと思う。
ちょっとしたODは、人の気を引くのが目的ならば私は最早使用不可能な手だ。
去年、やりすぎた。しかも大したことにならず狂言だったしね。3ヶ月に一度は頻度が多かった。
今回は、こんどこそなんかわけわかんない狂言「劇」みたくなって、呆れる。
やるなら、こっちの筋書きの方が効果的だったかなと思う。えー、例えば。薬飲む前にちゃんとした「待ちなよ遺書っすよね」っていう感じのブログを、投稿時間をその日の夜あたりに設定して黙って飲む、ってな感じ。
さぁ、これで私はどうなるかな?って、最高の賭けだと思う。誰にも気がつかれず死ぬか、自分で覚醒するか、誰かが救急車でも呼ぶか。まぁ、どれでもいいんだけどね。
なのに私は、チキンにつき、ああいうやり方しかできなかったあーくそ。このアイデアは薬を集めて、そうだなあと1年後くらいにやるのがちょうどいい~!って感じだよね。
連続での未遂はだめ。そういうレッテルは、面倒くさい。デカいのは年1回、以下がいい。死にたくなる、我慢できなくなるのは年1回だな、と思う、それ以上巻き起こりそうなら、誰もみてないとこで勝手にやろう。死ねばいい。「人付き」でやるのはたまに、じゃないと、なんか効果が薄くてだめだ。まぁ、なんの効果かって言われても困るんだけど、もし生き続けなければならないときの、精神安定のための効果、ってな感じだ。我慢が美徳だと思ってるわけのわからない人たちにも、こうしときゃ楽。「あんなに一生懸命だったのに」くらいな評価がいい。「あぁやっぱりね」はやっぱりつらい、だから普段はがんばってる振りをするくらいが、ちょうどいい。

私にとって、自分をマジで心配してくれる人は、すげー大切な存在だけど同時に、「うまくやんなきゃなんない」めんどくさい相手でもあって、だから私も戦略的になるしかなくなったりする。

にしても、今回のやり方はよくなかった。反省。次はもっとでかい爆弾を、と思うと、やり方が派手になるのだけどそれもこの辺が最後かなと思う。
そうすると、未遂はもうできなくて、だから次にこういう気持ちが来たら確実に死のうと、思うそして、こういう気持ちを防ぐ方法は、ないね。

だからYのスタンスは本当に気持ちいい。

まぁそれはよしとし。
来週は、外泊と外出を1回ずつ取って、学校行こうと思う。まぁね、できることはやろうと。焦らないけど、やることは少しでもやる。やることやる、ってのが焦るに直結するわけじゃないもんなぁ。
生きること自体はどうでもいいけど、どうでもいい生き方はしたくないねーこれ以上。生きるならできるとこまでやる、死ぬなら死ぬ。そこでしょバシッと決めるべきは。

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