Take it EZ! セカンドダンジョン

ヌマ病院に来てから、も40日ほど経つ。その間、毎日Yに電話をかけてた。ケータイから、病棟の公衆電話から。でも、出ない。それもそのはずだ、だってあいつは6月下旬にケータイを落とし、それ以来連絡がつかなかった。でも1回だけ、公衆電話から留守電が入っていた。「この間、お前がウチで寝すぎてた件だけど、俺は気にしてないから」だって。寝すぎてた件って、私はどっちかっていうと死にかけていたのですけれど、と思った。

優ちゃん
みんな否定するよ。だれも、私たちの関係に触れない。私はお前が嫌がるの承知で、カウンセラーさんや他の人に優ちゃんのこと、関係、言っている。でもスルーされるんだよ。だれもまともに取り合っちゃくれない。
私は確かにお前と会う前からおかしかった、けど、本格的に狂ったのは確実に、優ちゃんと会ってからです。でもね、失ったものは最小、むしろたくさんの経験をした。ふつうはしない経験をした、優ちゃんと会わなかった場合の自分を想像するとゾッとする。きっと、とても純粋で、でもとても今よりもずっと子供だったろうと思う。

私が今、大学にこだわっているのは、心理学、犯罪、に興味があるのは優ちゃんや、優ちゃんみたいな人に興味があるから。今は特にドラッグ使用者に興味がある。だから、大学で縮こまって机に向かってはいられないの、あなたのような人ともっと関わりたい、もちろん優ちゃんのことも更に知りてぇし、とにかく、ムカつくことも含めて、見ていたい。これは愛や恋や情を超えた、私の人生そのものだと思っているし、そうなればよい。
私は、一人のクソ男に翻弄されるなんてマジで悔しい、でも生きてりゃそういうこともあるんだね。私は、自分のやりたいことやできることを探し、見つける前に、優ちゃんに会った、それが全てだよ、分かるか?

他の人は言う、離れるべきだ、危ない、共依存だ、自分の生き方をしろ。ナンセンスすぎて笑えるよな。唯一、真っ正面から意見したのはますおくらいだったよね、でも死んじゃった。
一度優ちゃんに言った、私たちは共依存らしいよ、って。お前は言った、共依存?別によくね、俺とお前が良ければ関係なんてなんだっていい。
私が世間の声や目を気にして一般を目指していたのに、そんなものを一蹴できるのはあなたらしいです。

だから恥ずかしがらずに言おう、私は、優ちゃんと生きて行きたいから、どんだけ時間がかかろうと近づいてみせよう。きっかけはお前で、最終目標もお前だけど、その間に君と似た人たちとたくさん関わって何かを掴み、彼らに何かを成せればそれが私の幸せだと思うんだ。

ねぇ、私がこう思っていること、知らないでしょう?一生、教えてやらないもん。私の一生の失敗で一生の財産は、優ちゃんと会ったことだよ。
いろいろ言ってもお前といると単純に楽しい、だからまた家に行くよ。

「出会いと別れ 失うことの辛さ 悲しみ 痛みを知ったよ
思ってた未来ではないかもしれない それでもあなたにすべて捧げよう」
-HY『いちばんちかくに』より

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結局その日は、会社に嘘ついて休んだ。会社を休んだのは、その日が初めてだった。で、その日、初めてYとやった。

その嘘が、上司にばれた。っていうのも、4月に、Yが大人数相手に喧嘩して怪我して、呼び出されたときに、上司との約束を蹴ってYのほうに行ったことで、私にだれか男がいるんじゃないかと、上司に疑われてたから。私のヘッタな嘘はすぐばれた。
ばれて、会社の同僚の前で罵倒された。上司と部下に域を超えた、人格否定。私ははいすいません、とか言いつつ、聞き流した。ちっちぇな、バカじゃねぇの。本気でそう思っていた。それ以降、上司からの誘いはすべて断り続けた。

そのころから、私の頭の中もわけわかんなくなってった。彼氏のMと会う、でも、Yや上司と、関係持ったこと、言えない。今までほとんど男女関係っての、経験してなかった私はわけ、わかんなかった。でも、そんなこと知らないMは、言ってくれてた、「今、お前は普通の女の子が2年くらいかけて経験することを3カ月で経験しているんだから、わけわかんなくて当然」だって。申し訳なかったなぁ。Mが潔癖なのは知ってた、他と関係を持つなんて、もってのほかだって、わかってた。

Yは、私を脅すようになった、今から来い、来ないとMにばらす、って。
だから、2日に1回はYと会った。でも、Y家で、Mからの電話を取ったりしていた。Yは、何も言わなかった。私はYが何をしたいのか、さっぱりわかんなかった。
ある日、Yと外で飲んだ。で、二人で酔った。Yは酔ってMに電話しようとしてた、だから私は本当にやめてくれ、と言ったがだめだった。
夜中1時ごろ、Mが来た。YはMに殴りかかろうとしてたんで、私が間に入った、で、突き飛ばされ倒れる。その間に、YはMをビルに押しつけて殴る蹴る。まったく何やってんだよ、と思ったらそっこーでけーさつ来た。悪いことに、Yはそのけーさつ様と顔見知りで、3人でけーさつに行くことになった。

まぁくだらん喧嘩ですよ、ねぇ、って、私とYは笑ってたんだけど、MはYを訴えるだのなんだのマジで言っていた。だから、私は仕方なく、MにYとのこと話した。Mは、一言、俺の前から消えろ、と言った。それで、Mとは終わった。
明け方4時、やっと解放された。Yからメールが入ってた。「ファンキーな夜だったな」。

それから、私はとうとうどうしたらいいかわかんなくなった。
毎日Yのところへ行った。
毎日、Mに何十回も電話かけた。
Yに、薬飲まされた。お酒と、薬と。まぁ処方薬だけど。ODを覚えた。仕事だけは上司に対する意地もあって、休まず、ちゃんとやった。

でもそんな生活、持つわけない。家にも帰る日が減っていった。そして、6月の下旬、入院した。
7月中旬に退院。8月には、Yの近くに引っ越して一人暮らしってのは建前の、半同棲みたいなのを始めた。
あとは、前に書いたとおり。連日の暴力、暴言、週に1回は、何かが壊れた。お互い消耗しつくしたとき、私は逃げた。


私は、その時のこと、3人のことを、完全に「向こうから勝手にやってきた」ことだと本気でおもっていた。でも、よく考えると原因のほとんどは私なんだよね。
もし、上司とうまく行ってれば、すげぇやりがいのある仕事できたかもしんない。あの会社、とても好きだったから。
Mといれば、きっと変な意味での苦労をせず、健全な男女関係を経験できたかもしれない。

でも、そんなことは後悔していない、未練はない。
後悔しているのは、Yと、お互いに消耗する道へ入ってしまったこと。本気のぶつかり合いや、一緒にいるという表現ではどうにもならない人間がいる、関係があることに、まったく気がつかなかった。
マイナス×マイナスがプラスになると、信じていたのに、まだまだそれは、実現しそうにない。

だけど、後悔しても仕方ない。なっちゃったもんは、仕方ない。おかげで見えたものは、きっと、「もし」の先にあったものよりも深かったと、思い込むしかない。そんで、思い込んだことを、マジにしていくだけだ。

Sちゃんの話に戻ると、Sちゃんは、もしかしたら、一回知ったほうがいいのかも知れない。人を、翻弄すると、どうなるかっつうこと。でも、やっぱ、暴力とかあって死んじゃいましたじゃ洒落になんないし、心配ではある。 
だから、退院しても、Sちゃんとはたまに会いたいなぁと、思う。彼女は、どんな生き方を選ぶんだろう。どんな生き方でも、生きることを、選択し続けることが何よりも大切だよと、言えない自分が残念。

「単純明快な正解はなく その大きな手で描けどでかく
つかんだ感覚 そうさそれこそが回答 灯せ心のライト」
-S-WORD feat.DELI『FOR MINUTES』より

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入院仲間に、22歳の女の子がいる。Sちゃん。
Sちゃんは、BPD。今回が初の精神科通院で即入院だったんだって。暴れすぎて自分から精神科を受診して、運悪く(?)じーさんに当たってしまって、入院。でも、妥当だと思う。彼女は今、3人の男性を、翻弄している。翻弄している、って日本語、どうなんだろう、って思うけどそれ以外の表現がわかんないわw
彼女の場合は、守ってあげたくなる無邪気な小動物的な可愛さがあって、それが男性をひきつける。だから、暴力沙汰とか、そういうのまでは発展しない。でも、とても見てられなくて私は、翻弄されている男性やSちゃん本人と、話をする。そうすると、どうしてもかぶる。

私も、Sちゃんと同じ、21歳から22歳になるころだった。3年前の4月から、8月ごろ。3人の男性と、同時に関係を持った。体だけだったやつも、いるけどね。
一人は、Mってやつで、ちゃんと付き合っていた彼氏だった。病院で知り合った。
一人は、当時勤めてた会社の上司、小さい家族経営の会社だったから、次期社長の人。
一人は、Yさん。

MとYと私は、最初は仲良かった。3人、ヒップホップが好きで、バーで一緒に飲んだりしてた。
Mは、少し小心者だけども、すっげーいいやつ。まじめで、本当まじめで、話はうまくないけれども情があつくてしっかりしたやつだった。Mは、3人の仲が1カ月くらい経ったときに、言った。Yは危ない、って。私は本当に幼い子供みたいな幼稚人間だったので(今もだけど)、Yのどこらへんが危ないのか、よくわからなかった。
だから、Yに誘われたら普通にYとも遊んでた。

上司には、最初は自分の姪たちと一緒に遊んでやってくれないか、ってことで休日に、姪である小学生の女の子2人を連れて遊びに行ったことから、始まった。最初は、純粋に姪っこたちに私が気に入られているからだと、思っていた。思った時には遅かった。それ以降、その時のお礼だとか、会社就業後、家まで送っていくとかで、一緒にいる機会はどんどん増えた。

4月の半ば、YとMから、同じ日に、別々に誘われた。私は、誘ってきた順番に従って、Mと会うことにした。私はバカで、Yにはその旨をきっちり伝えた、今日はMと会いますつって。Yのことだ、そんなの納得しない。
そっから、YとMの間には亀裂が入った。私はなんかYに悪いことしたような気がして、次に誘われた時には、Yと会った。めっちゃ飲まされて、帰ると言った私を駅まで送っていくと行ったくせに、駅で無理やりタクシーに押し込んで家に連れて行かれた。その日は、Yに結果的に、監禁されたw帰ると言って家出ようとすれば、暴力。朝方、けーさつに電話かけようとしたらケータイを折られた。でも、その時に本当は気が付いていたのかもしれない、こいつは、根本が、私とそっくりだ、と。

約1日監禁された翌日、痣ひきずって会社に出勤。そしたら、会社にMから電話がかかってきた。私は、今仕事中、でもあとで迎えに来て、と言ってしまった。その夜、Mに全部しゃべった。Yがしたこと。でも、レイプとかじゃなかったよ、って。
Mは、マジで心配してくれて、俺といろ、的なことを言った。私は保留にしておいた。

その月には、上司からまた誘いがあった。食事、ドライブ、映画・・・これは、おかしいと、さすがに私も思った。
でも、断れなかった。その会社は、詳しくは言えないけど、当時結構やばい状況だったことに、私はうすうす気づいていたから。ここは自分もがんばんなきゃって、仕事がんばった。上司とのそれも、その一環くらいに考えてた。

いよいよ、Yの行動はおかしくなってきた。連日、脅しみたいな電話。私が、キレた。
Yの家に殴り込みに行った。荷物を駅のコインロッカーに預けて、身一つでY家に行って、何度も顔をなぐった。殴られたままになってたYは、気がすんだ?こういうことになるんだよ、みたいなことを言っていた、気がする。

Yとは終わったと思った。だからMと付き合うことにした。楽しかったなぁ。小旅行とか、行った。一緒に買い物してくれたり、そう、Yなら考えられないような、健全であったかいつきあいを、つかの間だけど経験できた。

上司の誘い、拒みきれなくなっていった。体の関係になるのは、早かった。今考えると卑怯だと思う。都内の、私が後に勤めることになるホテルの3倍は値が張るんじゃね、っていうホテルのラウンジで食事しようって、おまえ何酒飲んでるんだよ、車で来ただろう。マジ、私はかわいいくらいに何もわかっちゃいなかった。
その後、2か月くらい、そういうこと、続いた。

6月。Yから1カ月ぶりに会おうと言われた。もういいだろ、友達だ、飲もうよ、って。Yの友人(危険人物w)も交えてクラブで飲んだ。翌日、起きたらY家にいた。Yは言った、頼むから一日、いっしょにいてくれ、死にたくてしかたない。私は仕事だから無理と行って仕事に行こうとすると、暴力。でも、思った。今日は、一緒にいたほうがいいかもしれない、って。

それが、全部の間違いだったかなって今なら思う。まだ、あの時なら引き返せた。Yも私も、あの日で、人生変わったかもしれない。
私は、あの日から3年かけて、Yを蝕んでいったのかもしれない、って、最近思うんだ。

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YのことをYを知らない人に話すとき、「元カレ」とかいうのは癪で仕方ないから、「知人」と言っている。知っている人には、苗字で呼び捨て。

不謹慎だけど、たまにマジで死ねばいいのにと、思う。いや、死なれても困るのだけど、存在されすぎても困る。現に、あいつとはもう1ヶ月連絡つかなくて、つまり、ODから一度も話していない。
どうでもいいやあんな奴、と思いつつ、実は気になって毎日電話してしまう、でもケータイは、止まっている。6月下旬になくしてそのまま。ああいう人種はケータイなどなくても大してダメージがないんだ。まったくうらやましいよ。

Yは、イソブロ(イソミタール+ブロバリン)、ラボナ、ベゲをODした私を28時間放置しやがった。あと数時間で死んでいたらしいからうける。
でも、私はYのそのスタンスが好きだ。あいつはコンビニから帰って、私が寝てるのを見て思ったんだろう「あぁまたODしたか」。で、20時間くらいでフラフラ起きると思ったんだろうな。

で、起きない、息してなそうな私を見て焦ったんだろう、やべぇここで死なれたら俺自殺幇助になるんじゃね、バビとかめんどくせぇ、救急車よんどこう、とかいってさ。
28時間。後遺症がギリギリ残らず、死なない程度の時間。欲を言えば、体位変換をしてほしかった、このうっとおしい踵の腫が出来なくて済んだのに。

だから、そういうとこが勘が鋭いと思うんだ。そうやって人生やって来たんだろうと思う。ギリギリのところで。ピンチでも、最後にはなんとかなる程度で。
でもね、それも続かないよ、と思う。多少頭使って、忍耐持って、生きなきゃあいつはだめだ、と。
で、思う。あぁそれって、そのまま私に当てはまるなぁと。私はどういうわけか周りに恵まれていて、Yみたくわけわかんなくなっちゃいねぇけどさ、私がYだったら私もYっぽく生きると思う。全く逆の人生でお互いかなり相容れないけど、根底はめちゃくちゃ似てる。そう思う。

私は、Yの中に自分を見ている。
だから、あいつがなんとかなることは、自分がなんとかなることだ。何十年かかろうが、あの知人だけはひっつかまえてでも離さねぇと思う。相手が幸せになればそれでいいとかいう、お花畑的発想の恋人同士は多いけど、私はそうは思わない。私を差し置いてなに幸せになろうとしてるんだバカやろう、と思うし、あのバカは第一、他の女で幸せになんかなれねぇつうの。
それとあれ。来世いでも一緒にいたいね、ってやつも信じられない。来世ってのが来たら全力で出会わない努力をするわ。


今はダメね。お互いダメ。で、他人に期待しても無駄だから、私が勉強して経験して強くなるべきだ。あとはあいつの問題だから知らない。
ただ、いつかはいっしょにいたいと思ってるような気がする。

一つだけ確信している。どっちかが死ぬまで縁は切れない。自分らでぶった切ろうとお互い努力しても切れず、他人にも切られず、環境にも切られず、私が死ぬこともなかった。
たとえ5年会わなくても5年と1日目に会ったりして。だから、私はあいつが死ぬまで一人なんだ。覚悟。

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つらいなぁ。
なにも成長してない。1年半くらい前、仕事に行く前と後に一日2回ブログを書いていたときと、気持ち的には同じになってる。とりあえず、どこかに吐き出さないとやっていけないっていうこの追い詰められ感ね。同じ。
ただね、微
微妙に違うところがあって、あのときは、仕事しすぎもあってかなり身体が疲れてて、毎日22時くらいには寝て朝5時半に起きて、通勤電車避けて仕事開始の1時間半前には職場の前のカフェについて時間つぶすみたいな感じだった。疲れて当然の状況で疲れてた。あの時は週に2回くらいY家にも行っていたからよけいに。

今は、そのときと比べればずっと暇。体力的にも余裕がある、はず。なのに疲れて精神にも来ている。もしかしたら、今回は身体と精神の順番が逆かもしれないって思う。最近、自分の性質についてかなり考えるようになった。4月に荒れてから、結構反省したっぽい。本当は考えないで日々の生活に一生懸命になればいいんだけど、それがどうもできない。レポートや課題も、なんとかやってるって感じ。本読むのが、できなくなるってきついよ。
クソ簡単なレポート1枚書くのに、3日くらいかけてトータル7~8時間くらいやってたんじゃないかと思う。それだけ懸命にやったというよりは本当に集中できなくて集中してやったときの2時間分くらいの出来なんだろうなと思う。

こんなんだから、今日の授業は行きたくない。学校自体はぜんぜんいやじゃないんだけど←奇跡的!、自分のこの集中力のなさが自分に露呈するのが本当に精神的にきつい。はぁ困った。仕方ないけど。がんばろう。
あと、ちょい拒食気味かな。吐き気がするわなんでだろう。あれね。においがだめ。コーヒーとかご飯ににおいがダメになってきて、これはもうそうめん蕎麦づけの日々が始まりそうですなんでだもうやだ。

なんも考えたくないなぁと思う。むしろ身体を支えるだけですげー精一杯になれば思考も飛ぶかなと思ったりする。昨日はすげーもう回りディスりまくりのこわれた記事を書いたけど、投稿直前に止めた。なんかバカみたいだなぁと思った。こういうふうに、自分の考えや状態を人に読まれる形で表現することに抵抗を感じ始めた。ってか、これが救いになっている自分が惨めだと思い始めた。
本当に荒れてしまうとき、こんなことを書く余裕はないだろう。だったら、まだ大丈夫、っていうときにいちいち自分つらいですアピールするのってどうなんだろう、って。

そんなんで、毎日書くの、日課みたいになってて結構楽しんでたけど、ちょいやめようかなぁと思う。
1週間くらいね、ストップだわ。たぶん、そろそろかなり大荒れの時期がくると思う。でも、そこは一人で対処するのが今回は正解だと思う。人に見せるべきときじゃない。
昨日はなんとかがまんできた。不思議と、ずっと泣いてたけれど、昔から泣くたびに言われてきたことに「泣く暇があったらどうするか考えろ」っていうのがあったから、そうやって感情出して泣くのは恥ずかしいことだと感じて泣くことが屈辱的だった。
泣かないで、しかも怒らないで、上手く荒れる方法はないのかなぁと思う。感情のままに荒れるのは、よくないと思う。

でも、正直。そろそろ自分をコントロールすることができなくなっている自分を感じる。
そろそろ失うだろう。コントロールを失うのではなく、感情を失ったほうがどれほど楽かと、思うんだ。

行かなきゃ

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