Take it EZ! セカンドダンジョン

私は2週間くらい前に、自殺するのは人へのあてつけだみたいなことを書いた。だから、死ぬときの遺書みたいなのには、うらみつらみ書いてやる、って、いきがってた笑
でも、やっぱ私にはそれはできないっぽい。やっぱ、私は芯からいい子なんだなぁ、と、いまさら実感。もっと早くそれに気がつけば、楽だったかもしれなかったのに、なぁ。
書きたいことは山ほどある。今どこにいるかとか、これから何をするかとか、今何の音楽を聴いていて、それがどれだけ最高かとか。でも、そんなことをうだうだ書くのは、最後にふさわしくない。

楽しかった、全体的に。ありがとう、ってのは変かもしれない、でも私は今までかかわった人がいとおしいと、本気で思う瞬間、たくさんあった。だからやはり、ありがとう、だね。

オトン、オカン、アニ。お父さんとお母さんは、努力の人で、自分の力ですべてを切り開いてきて、なのにいつも謙虚なすばらしい方だ。私にはもったいないほどの親で、なのに私をいつでも自由に生きさせてくれた。アニとは正直正反対の性格で、相容れないことばかりだったけれど、私のことを少しは考えていたことは、知っている。アニの生き方は、うらやましかった、いつまでも、超えられない人間がいるとしたら、アニだ。

じーさん、月曜日、必ず来いっていうのにいけなくてすんません。それまで変なことするなよ、って約束させられたけど、今からすることは決して変なことじゃないよ。私が、するべくしてすることだ、だから、これでいいんだよ。もう、6年くらいになる、ありがとうございました。

H大学文学部心理学科1年のみんな。マジで楽しかった。実験も、授業も、休み時間も、全部楽しかった。自然に学校が楽しくて、自分の通っている学校、学科を自慢に思える経験は初めてだった。

ウェーブのみなさん。2年前から参加して、1年少し前からスタッフになった。正直、私は完全な躁うつ病ではないかもしれなくて、だから病気に関してはみなさんの意見や気持ちがわからないことも多々ありました。でも、私はウェーブで、人としてっつうか、先輩みたいな人とたくさん会えて、いろんな生きかたに触れられた。私にとっちゃ、ウェーブはそっちの存在意義がでかかった。
千葉オフのみなさんも同様。バックグラウンドさまざまで、歳も違う、だけど「仲間」って言ってくれる方がたくさんいたことはでかいことだった。

ヌマ病院のみんな、私は、あそこは確かにめっちゃな病院だけど、でもそこでであったみなさんが、私に前に進むきっかけを与えてくれた。みんなも、少しずつでも前に進もうとしてるの、少しはわかる。簡単なことは言えない、でも、きっとうまくいく・・・いや、うまく行くべきだ。だって、みんなあったかいから、そういうやつらこそ、幸せに生きれるべきだ。

あとは個人的に、だ。

ぽん ライン、ありがとう。うれしかった、まぁ、私はその半分も覚えていないけれど、でもきっと、ぽんが覚えてない些細なことを、私は覚えている。11年も結構密な友人関係が続いたのは、ぽんだからだ。マジな友達、だ。ありがとう。

りささん 本気で私のことを考えてくれたこと、感謝してる。私のためではなく、りささん自身のためだったのかもしれないけれど、りささん自身の「大切なもの」のなかに奇跡的にも私が含まれていたことは、信じられないほどに新鮮でうれしいことだった。

Mr.D おっしゃるとおり、「安らかに眠る」よ。最初は、お前に対して悔しい気持ちでいっぱいだった。見透かされてることや、私のできなさ加減が露呈すること、悔しくて、でもそれは気持ちのいい悔しさだった。だからこそ、がんばろうと思えた、でも、やっぱ私は弱かったです。でもね、一瞬だけでも、がんばる原動力をくれてありがとう。

Y ちゃんと生きろよ、って言ったら、ちゃんとした生き方ってなんだよ、って言ってたよな。確かに、言うとおり。私も、ちゃんとした生き方は知らないし、できなかった。でも、ゆうちゃんには、なんか「ちゃんと」生きてほしいと思うわw ってまぁ、お前の未来なんか、どうでもいいか。それよりも、今まで利用して悪かった。だけどね、私はゆうちゃんの、私へのかかわり方がとても心地よかった。生まれてはじめて、一緒にいて私が素の自分でいられる相手だった。昔、私がいなくなったら3日で忘れると言っていた。2日間は泣くんだっけ?
それでいいよ。とにかく、お前はすぐ調子こくから意地でも言わなかったけれど、この3年間、ずっと好きでした。ありがとう。

ってな調子!今は、2014年7月6日、午前1時34分。ネットカフェから。
3日後の投稿設定にするわ。どうなることか笑
でも、いちおう挨拶だけはしておこう。

ありがとう。きっと、誰もの生が、よくなっていくと信じている。誰もが平等な、公平な、各々の幸せをつかめる日がくることを、信じている。

大丈夫。

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私ってめっちゃいい子じゃね?
でもいまさら、いい子ちゃんじゃあなくなりますーっつって反抗期迎えるのさ、痛いじゃん。

それに、そういう症例や事例がってありふれてるっしょ。
で、あぁあの子もそのうちの一人かぁ「だったらこうやって接するべきだな」ってなるんだよね。
その接し方は、「突き放すときは突き放す」「依存させない」「でも見放さない」「自分gはつぶれそうになったら、手を引く」とかなんだよねー。
ばっかじゃんって思う。
そういう本の存在が馬鹿だと思うよね。だって、それをされる側だってその本読むんだよ。っていうか、私みたいな性格のやつのほうが、こういう障害を持つ周辺の人に対して書かれた本をよく読むんだよ。そうすれば、こっちが裏をかいて相手をコントロールできる。本に書いてあるパターンではないことを、やればいいんじゃん。
できるやつはできる。
だから、あぁいった本は逆効果。あれこそ、ばかな支援者に対するハウツー本。あんなもん信じてマニュアルみたいにしてせっしたり、それに基づいて分析したりするやつは何もわかってないね。


で、私はいい子なので、そのマニュアルにしたがった人間の言うことは聞いてあげるんですよ。聞いてあげて、あえて、「いやでもそれはもう乗り越えてるよ」っていう行為を示してさ。本当はぜんぜん乗り越えてないけど。
ここで反抗すると、マジなまじな自分出すと、相手も自分もおもろくないもんね。

いまさら、「自分のからをやぶって」とか「弱い自分を克服して」とか「自分を直視して」とか、やる気ねえから。
この間までブログに書いていたことはうそになります、はい。

なんでそんなめんどいことしなきゃなんないの。
意味わかんなくね。
普通に生きてきて、いきなりそんな苦しいことしたくないっすよ。
変な話、人をどんどん利用して傷つけてれば、私生きていけるんでしょ。自分が良心の呵責を持たなければ生きていけるんだよね。

だったらさ。
私を分析してくれる人にお願いだよ。教えてくれよ。

どうしたら、人間っぽい「良心の呵責」があって人を恋しく思って寂しいとか感じて生きにくいとか感じる回路を完全にぶっ壊せるの。
じゃまなんだけど。
じゃま。
人ぶっ殺しても平気で生きれるくらいになれば、ようやく楽になったといえるのですけどね。

私いい子だからなあ。

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