Take it EZ! セカンドダンジョン

ここ最近はいや~な「低め安定」の日々を過ごしていますよ。
やるべきことは週3コマだけの大学、週20時間だけのバイト、としてたくさん減らしてみて、院試の勉強や家事に時間を当てるようにしているこのごろです。去年の後半に比べれば相当楽なはずなのに、いっちょまえに疲れるものだから困った。

この間、例の人が昨年末まで通っていた学校の人とお会いする機会があった。その男性は私と同じ年だった。
彼は、よく自分の話をしたのだけど、それが驚くほどに将来の話、やりたいことの話、そして今やっていることの話、彼のフィールドの半端ではない知識の話だった。事前情報では、彼は引きこもりの時期もあったりして、見た目も中身も変わっているという話だったけど、確かに変わっている人だった、でも目標に向かう意思がとても強いことは伝わってきた。

やりたいことと、やるべきことと、やっていることがすべて直結したのが今なのだな、と思った。
例の人と同じ学校に行って卒業した時点で、それが開花したようだ。もちろんそれは数ヶ月の知識の成果ではなく、十数年愛し続けているものへの思いと知識と、それを使いこなせるだけの力量があったからだ。

今、大学で同級生の皆や、同じ年で仕事をしている人の中に、どれだけこういう人がいるだろうと思う。
片っ端から「有名」「大」企業のエントリーシートを書く就活生の同級生。入社4年くらい経って、少しマンネリ、でも後輩もできてプライベートも充実、なはずなのになぜか強いものを感じられない同い年の人々。過去のことしか話さない年上の人々。

つまらない、と思った。
例の人や、一握りの知り合い、そしてその男性のような、未来を予想しながらはっきりとした意思を持つ人間を知っている私は、そうでない人々はつまらないと思った。

そして、私はその「つまらない」人々の一部なのではないかという恐怖を感じた。
やりたいこととやるべきことは一致しているか。やっていることはそれにつながっているか。

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昨日は久しぶりに授業というかゼミだった。
今年のテーマは何にしようかなぁとまだ悩んでいるのだけど、もう音楽関係はやりたくない〜去年で懲りた〜ってことで今年は言語学に近いものにしようかと。ベタだけど、メタファーに関するものなどはどうかしら、と思って論文いろいろ見てるところです。
今年で認知心理学とか言語心理学とはさようならするわけで、だから院試もあるけど、満足の行くようにやりたいなぁと思うわけです。

昨日、ゼミが夕方だったので帰りは19時くらいの電車になった。この時間帯は久しぶりだったけど、やっぱ混んでた。しかも昨日の東京は雨風が酷くて、電車はいつもより乗りにくかった。
乗って少しすると、足腰が痛くなり、もう少しすると身体中の関節が痛みだした。まー混んでるし久しぶりだし、体力落ちたなぁ私、くらいにしか思っていなかったけれど、それは家に帰ってご飯食べても治らず。

案の定、身体が熱をもってきたので、すぐに風呂入って寝ようとしたけど、関節の痛みに吐き気に熱さで苦しくて眠れなかった。まさかねーと思いつつ、熱測ると、37.9度ですよ。まじかよ明日朝7時からバイトなんすけどーと焦る。
解熱剤はないし、もう23時だったので病院もやってないし...ってことで、例の人から熱さまシートと湿布と、濡れタオルで対処してもらった。

朝、5時半に起きたらなんと、熱は35度台まで下がってまして笑、いつもどおりバイトに行きました。
変に身体は強いらしい。


私は今は、精神科以外に「ここ」っていう病院はない。実家の近くにはかならず行く内科があるけれど、引っ越して4年目のこの地域では一度も内科行ったことないもんね。一番近い内科がどこだかも、認識してないという。
だから、正直昨日は少し焦った。解熱剤もなければ内科の位置も知らない、内科に行っても初診。もし、一人暮らしで実家も遠かったら、冗談じゃすまない状況だったなぁと思う。
なので、近くの内科くらいは、一回は何やら理由つけて行ってみて、こういう緊急のときには頼れるようにしたほうがいいのかなぁと思った。

結局、私は精神的にやばーとなったときは、精神科に電話していつもの看護師さんとか受付の方とじーさんと話せば何とかなった。
だからか、なんか足が痛かろうが熱が出ようが、あそこの病院(精神科単科病院だけどな)行けばいいような気になっているけど、そんなわけないよな、と当たり前すぎることを実感した。

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久しぶりの私です。
今日はバイトも学校もなーいっ!ってことで冬物のクリーニング出しとか天気いいのでシーツ洗いとかしてた。さっき洗って干そうとしたシーツがベランダに落ちて3秒ルールで拾おうと焦ったらシーツを踏んづけてしまって洗い直していてムカムカが収まらなかったので安定剤飲んだという、ね←

えー4月なので自己紹介的なにかをば。
何回目かな?7回目の自己紹介です。過去のはプロフィールにリンクはってある記事です。

27歳女、関東に住んでます。
24歳で大学に入ったので、今大学4年生に進級したばっかです。心理学科ですただし臨床でなく認知心理学とかそっち系。
来年からは、精神保健分野の大学院に進もうかと考え中。ってか勉強中。がんばってますよ。やりたいこととやれること・やるべきことがだんだん統合され、進むべき道がみえつつある今です。

病歴(めんど)はこちらー↓↓
18歳 適応障害
19歳 摂食障害・抑うつ症状
21歳 双極性障害
23歳 境界性人格障害
24歳 発達障害→ADHD,PTSD
今にいたる。

摂食障害と適応障害と抑うつと境界性うんちゃらはなくなりましたええ。
ふつーに食べてます・社会に適応するふりには慣れました・うつは底が浅いです・境界性うんちゃらは知らないけれど自殺やらいろいろしなくなったのでもういいのでは。

そういうことで、今は双極性障害(Ⅱ型)とADHDらしい。PTSDはカウンセリング治療を2年行ったことで、ほぼ消えた。
服薬は、デパケン300とラミクタール100、そしてこないだ念願の増薬ということで80まで増やしたストラテラ、あと漢方23番(名前しらん)。眠剤や頓服は処方されてないけど、いろいろ揃ってるのでその時々で自分で決めてます(キメてます?)。

発病は21歳のころということで、そのころはなんだアレだ、処方薬依存とお酒とか暴力とか性的うんちゃらだとか、いろいろありましたはい。よき思い出ですね。
で、24歳ごろから本格的ODを覚え、25歳ではあとちょっとで逝けるかなっていうODをした結果、大腿部にひどい傷ができて形成外科に1ヶ月も入院するという無駄の極みのようなことをしていたね。そんなんでICU4回、精神科入院は13回かそれくらい。

2年半前に出会った男性と今は同棲してる。
この人と出会ったことで、私は本当に変わったし成長したし、落ち着いたと思う。それでここ2年はいろいろあっても命の危険にはさらされていません。多分、ずっと一緒にいることになる人でしょう。


あと関東ウェーブの会の管理人的なことやってますはい。
私はだいぶ共感性と想像力に乏しくて誰かと話をするとかコメント・メールが嫌ではないけど不得手なんで、ほそぼそちびちび、裏方でHPでもいじくってますええ...。


自己紹介、こんなもんでよいでしょか。

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いやーここ4日間くらいはまれにみる忙しさでした笑
いつものパターンの忙しさならいいんだけど、慣れないパターンのやつだったから特にびびったね。
今日は大学。ゼミに行って来ただけで後はぐだってた。

この間、というか1ヶ月以上前、嫌な知らせを聞いた。
また、ヌマの知り合いが一人、亡くなったということだった。でも、今回のは出処があやふやで、信憑性に欠ける。
私は、デマなような気がしている。

いやーあの人に限って死なないでしょ、と思う。

一方で、私がその人と最後に話したときの、その人の今までとの雰囲気の違いに、私が戸惑ったことも、覚えている。
よく見なきゃ誰かわからなかった。なんか、イメージが変わったね、と言ったのを覚えている。
だから、もしかしたら、とも思ってしまう。

デマであってほしいなぁ、と漠然と思う。
今度、病院で誰かが「え、あの人ならこの間いたよ」という言葉が聞ける気がする。
じゃなきゃ、私がまた、ばったり会うかもしれない。3週間に一度しか行かないから、会うのはめずらしい、だからこそ次に会うのは1年後かもしれないけれど、会えることを期待している。


悲しいとか、悔しいとか、寂しいとか、そんな気持は起きない。
今までの死んでしまった人も、思えば人生でちらっと関わったにすぎない人だ。なのに、虚しいなと思う。
精神病院にいるから、とか、何らかの精神疾患や人格障害を抱えているからと言って、ひとくくりにする気はない。ひとくくりにして、●●が原因で、●●という支援が足らなくて、などということはない。一人一人の事情は違う。

私は20代だから、大学や同年代では死んでしまう人は少ない、それに対して病院の人々は世代が少し上になるから、亡くなる可能性も高くなるといわれれば、それまでかもしれない。

でも、直感的に、おかしいと感じる。
私はたいていのことは、仕方ないよねそんなもんだよ、と言える、自分のことだって言えてしまうことも多い。

なのに、ヌマのことについて仕方がないよね、とは言えない。
多分、私は19歳であそこに助けられてから、今に至っているわけで、自分がこれからもやっていく、今もやっていることは、すべてあそこに還元されねばおかしいのだ。

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さて今日は診察の日でしたよ。
今日はじーさん、例の人について聞いてきた。例の人は何回も診察に付き合ってくれているので、もう顔は知っている。
「彼は、どうだ、穏やかなのか?」と聞かれたので、「穏やかではないですね、彼のほうが私より躁うつ...ってか常に躁なんじゃないですかね。」と言ったら爆笑してた。例の人は認めないけれど、彼のほうが私などよりも様子が明らかにおかしいもんね、フラット、っていうものの位置がとにかく高いというか(一応、「健常」ですがw)。まあいいや。

病院では、久しぶりに友達がいた。今度結婚する2人だった。
その2人と話していて、8年前の話になった。私も、その2人も、ちょうどそのころ出会っていて同じ時期に入院したりデイケアに行ったりしていた。私は19歳だったな。
友達は、「うらちゃん、本当に大人っぽくなったよね、最初のころは、まだ子供ってところもあったよ」と言ってた。

私もそう思う。私の19歳、20歳、21歳前半は、本当に同じ年の子たちよりも、精神的に未熟で世間知らずだったと思う。振り返ると恥ずかしいくらいに、ね。
それが激変したのが、21歳あたりからであることも、自分で分かっている。

21歳の4月あたり、Y氏(久しぶりだな)と、当時付き合っていた人と、会社の上司の3人と関係を持ち、その後ODを覚え、お酒も止まらなくなり、躁うつ病と診断され医療保護入院。出てきたと思いきや、突然の引っ越し、Yとの交際、暴力、夜逃げ、不倫相手、ネズミ講、お酒と眠剤への依存...これが21歳から22歳後半の1年半で起こっていた。いやーよく乗り越えたなぁ私、と今更ながら、感心する。まだ、この病気の当事者会も知らず書籍も読まず調べることすらせず、服薬もデパケンきもーとか言って、眠剤でごまかしまくってた(仕事中もw)ころだ。

いろんなことを知った、と思う。
異性関係でやっちゃいけないこと、これをすれば人は怒る、という一般常識的なことを知ること。
自分から覚悟のない冒険をすれば、かならず痛むこと。痛んでいても、なんとかお金を得て、生きていかなければならないこと。...それを、一人でやろうとすると、つぶれること。物質に依存してしまう怖さ。無知は怖いということ。孤独は人を殺すということ。

多分、それは身体に染み込むように、覚えさせられたのだと思う。それなのに、頭ではきっと理解していなかった。
だから、受験期も、大学に入ってからも、ODは収まらなかったし人(異性)との関係も上手くいかないことが多かった。
それが自分に原因があることはうすうす感じていた。でも、考えたくもなかった。

はっきりと向き合わなければならなくなったのは、例の人が現れて消えたときだろう、と思う。
そこから今までの2年半で、私は多分、本当の意味で変わった、つまり大人になったんだと言える。21歳から今まで痛みで体感しつつ見ないふりをしてきたものを、一人ではなく、周りの人の力を借り、そして例の人と一緒に、精算できたのだと思う。

私は、だから過去を振り返ればロクでもねーな、と思うことは多いけれど、でも今は認めている。
自分の今の目線は、多分このやり方でしか得られなかった。何かを決めつけたり穿ったりせず、とりあえずそのまま身体に染み込ませること、痛みながら、消化すること。それでいいのだと思う。この方法があるから、きっと私の大切な人々はいつも私のそばにいるのだと思う、素敵な人々が私の周りにいるのは、この方法のおかげだと思う。

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