Take it EZ! セカンドダンジョン

暑い。
そしてエアコン寒い。
このコンボで体調を大幅に崩し、昨日のバイトを休んでしまった私です。5月中旬から休み無しで来れたのに...昨日からエアコンを弱めて、夜や朝は使わないようにしたら少し体調が戻った。
昨日は頭痛が酷かったんだけど、私は生まれてこの方ほとんど頭痛というものを体験していないので、この頭痛が普通の頭痛なのか病院に行くべき頭痛なのか救急車ものなのか分からず黙って寝てた。
さらに、昨日は少し頭おかしくなったらしく、ギャーギャー一人で騒いでました。例の人のおかげでなんとか乗り切りました。明日は前期最後のゼミなので飲みです。

大学院入試まであと1ヶ月と少しとなった。前の記事で書いたように、私にとっては試験の内容そのものや面接の対策も必要だけど、それよりも「その日まで身体を持たせる」ことの方が大事だ。
正直、試験そのものや面接に対しては、そこまで悲観していないからね。受ける院の研究室を知ってからこれまで、やることはやってきている、と言える。

だけど、試験そのものと「体調を崩さず出願して入試まで持たせる」ことには、質の違う対策が必要なように思う。そのため、私は今年度からバイトを減らし、大学の授業も週3コマ(単位はあとゼミと卒論だけなんで)のみにした。
で、7月までは順調だったのだけど。

やっぱ、毎年7月はだめだね...3年前はでかいODしてICUからの50日以上の医療保護入院をかましてるし、去年は喘息の発作がいきなり起きて(それまで自分が喘息持ちだということも知らなかった)呼吸器内科受診したりしてメンタルも入院寸前だった。大学受験の年(23歳)も遁走で自ら入院、22歳のときと21歳のときの7月も、医療保護で閉鎖に3週間というこれまたお疲れ様なことをしていたわけで。

今回は、肌にきた。
まずは、頭をかきむしり、かさぶただらけにして、腕や足も小児アトピーの時並に掻いている。肌に風が当たるだけでイライラ、痒くなる。で、朝、自分の肌を見て最低な気分になるのだ。
他には、焦燥感、からの不眠。
何かに焦り、でも具体的に何に焦っているか分からず、それでもあれやこれや考えが止まらなくて頭が熱くなって身体も熱くなってわーってなってギャーってなって、眠れない、中途覚醒が酷い、レンドルミンとか効かねー。

そんな中、出願が今週の後半に迫ってきた。
検定料の払込は払込受付が始まったその日に行ったし、証明写真も撮った、願書そのものもとっくにダウンロードして、下書きもして、大学で各種証明書を発行していた。小論文は4月頃から案をねり、5月には書き上げてそれから自分なりに何度も推敲し、人にも見てもらった。小論を元に突っ込まれる可能性が高いので、その論拠となる文献も数本読み、基本的な知識を確認、そして小論の内容を研究計画に発展させるまでの論理的な展開も頭でシュミレーションして、研究計画書として書き起こしている。その過程で、OGの方に話を聞きに行ったし、今のバイトだってこのときのためにやってきたようなもんだ。

なのに、ここに来て、「願書提出」へのプレッシャーがすごくなっている。試験へのプレッシャーの前に、願書提出のプレッシャーだからねw
まず、願書は3回、書き直した。
手が震えて文字が上手く書けない、ありえないところで間違える、などなど、普段起こり得ないことが平気で起こる。
書き上げてみて、字が汚いんじゃないかなー、紙が少し折れたかなーと気になって仕方がない。

さらに、証明写真も撮りなおした。お店でやるので、1600円くらいかかるのに、撮りなおすってどんだけナルシストだよ、と思ったけどダメだったね。こんな疲れた顔じゃだめだー髪の毛もアホ毛が出てる―わーもう自分でも見たくないーってなって、悩んだ挙句、「もう気が済むまでやりな」と例の人に言われて、思い直して、撮ってきた。
正直、2回目も、大して変わらない写真だった。疲れた顔がデフォになっていることに自分で気づいていないだけだった。

撮りなおしてからもなぜかそれを写真表に貼るのがためらわれて、5日くらい保存して、ようやく今日貼った。
封筒等は先々週買っているのに、書いた願書やその他書類を入れたら終わりだ的な思考が取れず、それも保存。今日、例の人にすべて書類を確認してもらって、ようやく踏ん切りがついて、願書を封筒に入れるに至った。ってか、願書どうせ直接出しに行くし、その場で確認してもらえるので、封筒に入れようが入れまいが関係ないのだけど。

完全に神経症的な行動だな、と思った。

普段はこんなんじゃない。先週の大学の期末テストだって、マークシートで一度回答してから一回だけざーっと見直して、残りの15分間くらいは「マークシートをとてもキレイに同じ形に塗りつぶして遊ぶ作業」に熱中して完成に大いに満足していたし、明日の英語の期末に関しては多分見直しもしないで数分寝たあとさっさと退出すると思う。
もちろん、働いていたときも結構ミスできない書類作成をしていて、それは今の数十倍の量があったけど、ほぼミスなくできていた。
結局、今回だって、確認したところ何かミスをしていたわけではないし、受験票の写真なんて就活写真でもなく顔照合だけなのだから清潔感さえあればあとはなんだっていいじゃん!って普通は思える。

今、多分体力も消耗してきてて、精神状態もよくなくて、焦燥感とイライラと不安でやられているのだろう。
例の人に絡んだり、外で人と話しても不満しか残らなかったり早く一人になりたい傾向が強まったりしている。
後1ヶ月と1週間、持つだろうか。持たなければ、短期入院も考えなければな、とまで思っている。

ちなみに願書はきっちり封筒におさまったが、その封筒をどこにしまうかで10分以上悩み、出してはしまい、出してはしまいを繰り返した挙句に、ようやく棚に入りました笑

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ちょっと不眠&ちょっと混合状態、不安と焦燥感の強い私です。
抗不安作用のある薬をちょびちょび飲んだりしてごまかして生きている。

一昨日は、通院日だった。
本当は1ヶ月に一回なんだけど、一昨日は、3年前に亡くなった人の墓参りに行く予定で、2週間ぶりの診察となった。
そのせいか、久々の人々と何人か会えてよかった。2年ぶり?くらいに話せた人もいてラッキー。

その日は、私の前の人が40分以上診察してて、しかも私の後には結構若い、しかもちょっと面倒くさそうな雰囲気を醸し出している女の子が2、3人待っていて、なんかあのじーさん(主治医)大変そうだし私は今回1分診察かな、とか思ってた。なので、とりあえず、欲しい薬だけ言っとこー、最近向精神薬指定されたやつ、買えないから、とか思いつつまってた。

結局、診察室に入ってから今の状況と望む状況を伝えて、そこから10分以上、薬の相談をすることになった。
私の今の状況は、とにかく季節的な身体の不調と精神的な混合状態、そして8月末の院試のプレッシャーから来る焦りと不安がそれなりにひどい、というもの。
そして、望むことは、長期的には精神的な混合状態を極力減らすことが第一だと思うけれど、今はそのために労力を使うのではなく、とにかく院試のためにあと40日は頭と精神と身体の状態を維持することだ、と伝えた。
だから、大幅な薬の変更は今は望まない、でも、多分少しの増減は必要だと思っている、とはっきり言っといた。

診察前に服薬状況は、デパケン300、ラミクタール100、ストラテラ80、漢方。
診察で決めた、今回の薬は、デパケン300、ラミクタール125、ストラテラ80、レンドルミン0.25、漢方。
変更点は眠剤を加えたことと、ラミクタールの微増。

じーさんは、最初デパケンを増やそうとしたし、私もそれが適切なような気がしたけど、気が進まなかった。私は、デパケンをこれ以上増やすと、精神的に落ち着く云々以前に、身体がだるくて動きづらくなる。だから、微妙だな、と伝えた。
それから、じーさんはラミクタールとデパケンの増減の表?みたいなのと1分近くにらめっこして、じゃあ、ラミクタールをほんの少し増やすのはどうか、という提案をしてきた。ラミクタールを飲んで劇的に変わった、と思うことは今までなかったので、とりあえずそれでいいかもしれない、と言って、結果、そうなった。

眠れない、ということに関しては結構聞かれた。何時に寝て何時まで寝付けないか、何時間眠れるか。
寝ようと思ってから2時間は眠れない、でも、ぱっちり覚醒してるというわけでもない。中途覚醒があって、トータルで3、4時間寝ている、と言った。
じーさんは、眠らないのは焦燥や不安の原因になるし、混合にもよくない、でも今の状況を考えると強すぎたりクセのある眠剤はよくないかもな、と言って、レンドルミンを出した。正直、レンドルミンかよーと思ったが、ここでもはや効かないロヒプノール出されたり、最悪、今の状態を維持が目標にもかかわらずコントミンとかに走られたりしても困るなあ、と思ったので、しぶしぶだけど、それでいいです、と答えておく。

後は、今、勉強など「やるべきこと」があるときにそこに集中できるのは、多分ストラテラのおかげが大きく、ストラテラは切りたくない旨も伝える。これも納得してくれた。

結局、本当に微増、そして弱い(のか?)眠剤のプラス。それから2日目なので正直そこまで効果は分からないし、昨日は追加で眠剤飲んじゃったけど笑、久々に夜中に5時間寝られたから良かった。

じーさんの、頭に来ることを挙げればキリがないけれど、こういう、薬を決めるときに慎重になってくれたり、私の特性を分かってくれたり、状況に応じてくれたりするところには助かっている。
今の私に必要なのは、長期的な目で安定させるために何か他のことを試したり導入したりすることでなく、急変を避けるためにも、ベースは維持しながらこれ以上崩れないで、試験まで持たせ、欲を言えば少しずつ上げていくことだ。
だから、私にできることは、ODしないこと、疲れを溜めないこと、眠ること、だと思う。

3年半前の大学受験では、試験3週間前くらいからの記憶がふっとぶくらいに、「生活そのものに」集中していた。勉強に集中するのはもちろん大切だけど、それよりも私のような性質の人間は、試験までの精神と身体を持たせることのほうが、優先だからね。そもそも試験を受けられねば意味ないし笑

ということで、今回は様子見で、2週間のみの処方。
2週間後、どうなっているかわからないけれど、今回の変更でほんの少しでも、現状維持が楽になればよいと思う。

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薬の副作用とこの天気で喉がかわく私です。
今日はすでに洗濯と夕飯作りは終わり、これから学校ということで。

最近、平均睡眠時間が4時間くらいになっている。
これは別にやることがあって寝ているヒマがない、とかではなくて、不眠だ。
ここ10ヶ月以上、フルニトラゼパムは飲んでいなかったんだけど、この不眠状態は日常生活に支障が出ると思い、飲むことにした。
なのに、ほぼ、効かない。
少しぼんやりはして、多幸感は現れる(?)けれど、眠気につながらない。
そのわりに、ベッドに入って1時間くらいして眠ると、睡眠がかなり深いのか、3〜4時間でバッチリ覚醒。そして、とくに疲れも眠気もひどくない、といった状況。
今日も、1時にベッドに入って寝付いたのが多分2時すぎ。起きて時計を見たら、5時15分、もう一度寝て起きたら6時半、といった具合だ。

ただ、午前中はそのまま元気に過ごせるのだけど、正午過ぎになると、とてもイライラして眠くなる。
眠くなるのは昨晩あまり眠れていないから、ということでよいと思うのだが、イライラの原因としては、「フルニトラゼパムの効果が完全に切れるから」かなぁ、とか穿っている。

私は3年前の今頃、フルニトラゼパムを6ミリほど飲んでから大学で授業を受けていた。2ミリをお酒とともに飲んだあと学校に行ったことや、その状態でレポートを書いていて、提出した記憶がないこともあった。
その後、全然別の、これは本当に死に至ることのできる薬をODするときも、フルニトラゼパムを混ぜていた。だから、おかしな耐性がついたのだと思う。

今は、どうしようもなくなると、ワイパックスに頼っている。基本的に、イライラしても誰にも迷惑をかけないならばよいのだけど、例えばバイト前とか、電車に乗る前とか、そこで何かを起こしてしまったらまずいでしょ、というときには気休めに飲む。全く効いている感じがしないけど笑

そういうわけで、今日もあまり眠れていないので、今から大学に行くまで1時間弱、寝まーす。

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先週の木曜から,親知らず付近に細菌が入ったのか,信じられないほど痛くて腫れてロキソニンがぶ飲みして,日曜日あたりに治ったと思ったら月曜日くらいから左目が結膜炎になりやがってアイメイクができずに外に出るのも恥ずかしい私です。
まあ,そんな中一昨日はゼミで卒論計画のプレゼンしてきたけどな!上下メタファーの心理学的実験という,誰得研究だけどな!

私は今,個人情報の関係で詳しくは言えないのだけど,精神障害者の支援のバイトをしている。
昨日の,っていうか毎週水曜朝の任務は,精神+ものすごく経度な知的をもった,30代女性を日中活動に行くように仕向けることだった。
その任務がはじまって4ヶ月間,たいてい彼女はなにかしらの理由をつけて行きたくないとごねた。私はあの手この手をつかって,送り出していたので,今のところほぼ皆勤である。

しかし,最近,活動の日数が少なすぎるために行政から何か言われたらしく,少し活動を増やした。そうしたら,彼女の行きたくない度合いが増した。
彼女は,ホームを出てしまえば,基本的に苦もなく行くし,やってこられる。しかし,なかなか出ようとしない。
笑いながら,だって行きたくない,なんで行きたくないのに行かなきゃいけないの?◯◯さん(高齢)は短い時間しか行ってないのに私だけ大変なのは許せない(実際総時間にすると彼女のほうが少ない),私が行きたくないと言えば行かなくていいのではないの,私はこういう病気なのだから。私はなにもしたくないの!
そればかりだった。

ただ,彼女の希望は実家で暮らすこと。しかし,彼女の保護者の希望は,作業所や施設で毎日活動し,町でブラブラするだけの生活を辞めて欲しいこと,お金の管理をしっかりできること,であった。なので,今彼女が自分の希望をかなえるためにやるべきことは,少しでも昼間に活動を行うことだ。

私は,精神障害者が障害者のレールに乗って,やれデイケアだ,ステップアップしてB型だ,A型だ,就労移行だ,障害者雇用がゴール!みたいな風潮が嫌いだ。だから,正直,日中活動にいかねばならない積極的な理由を言うことはできない。

しかし,彼女が自分の目的を果たすためには,少し我慢してでも,ご両親を納得させるための行動が必要だ。なのに,彼女は自分の目先の欲望を優先し,それなのにほしいものだけ手に入れようとしていた。たしかに,彼女は,◯◯をすることで☓☓につながる,だから◯◯をがんばろう,という二段階思考は苦手だ。口は達者だけど笑

それでも,いつかわかるかな,と思って数ヶ月,私は彼女に懇々とその旨を説いてきた。
でも,昨日は手ごわかった。そして彼女は,私の一番キライなことを言った。
「私は障害があるんだ,だから皆とはちがって,私がやりたくない,といえばやらなくてもいいんだ」

流石に,切れてしまった。そして私は,一番言っていけないことを言った。
仕方ないじゃねえだろ,私だって障害あるわ,9年経ってやっと,今みたいに働けてるんだよ,薬だってあんたより服薬してお金もなくて,毎日毎日死にたいと思いながら,それでも通勤通学してんだよ
自分だけ辛いと思ってんじゃねえ。こんな言い争いはしたくないんだよ!

そうすると彼女は言った。
言い争いなんて言うなら私は(私の)上司に言いますよ,私にどうしても行けというならうらさんが(職を)辞めてください。

あまりにもムカついたので更に私は言った。
勝手にチクってください。私のクビなんてどうだっていい。それよりはあなたが望む通りご両親と暮らせるように,思ったとおりに生きて行けるようになることのほうが,私にとっても大切なんですよ!

さすがに彼女もだまった。だまって,行った。

何をやっているんだろう,と思った。
なんで私は彼女と私を比べてしまったのだろう。たしかにどんな障害があるとは言え,この件に関しては彼女の甘えの部分を否定することはできない。はっきりと,私は何もしたくない(遊びは大好き),と言った。そして自分に言い訳をし,自分の欲だけは主張し,それを障害のせいにした。それは,もはや人格の問題でもある。
でも,彼女は彼女なりの苦しみの末に,そのような生き方を選ばざるを得なかったはずだ。
そこを聞かずに,ただ私の勝手な思い込みで彼女と私を比べ,責めた。私の障害について,しゃべってしまった。障害の質は人それぞれなのに,比べてしまった。

泣きたくなった。最低だ。何をしているんだろう。
職員ではない。ピアですらない。
現場で働ける人間ではないし,研究だってこんな考えの私では上手く行くはずがない。
私は,ただ多くの人が,孤独や自己偏見を軽減できて,よりよく生きられることを望んでいるだけだ。でも,彼女の「よりよい生き方」が,「なにもせず,帰れないと文句をいいつつも遊ぶ」ことだったら?のらりくらりと行政の勧めをかわしてそうやって生きるのも1つの生き方だったら?
施設の方針はもちろん,活動をすることだ。でも,私はそれだけが人々の人生ではないことを知っている。

だから,昨日の対応は最悪だった。
そして,そんな思いが自分にあることに,心底がっかりした。
この分野に,私はいるべきではないのかもしれない。

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なーんかやる気がおきない私です。
一応、最低限だけはやっているのだけど、なんかね...生きている実感がわかないよね...

ここ数回、精神障害に関連することを書いてきている。
私は孤独が、精神障害者をよけいに蝕み、最悪の場合、死に至らしめているのだと思っている。

最近、「孤独力」という言葉を聴いた。何かの本のタイトルで使われていて、聞くようになったのだと思う。
私は、そこで言う孤独力、には納得した。
この孤独力、というのは、だれかとつるむまねば生きていけないとかSNS依存とか、見かけのつながりにたよらずとも生きていける力、というものだと私は解釈した。
常に人といっしょにいなければ「恥ずかしい」「寂しい」。人に囲まれて人と同じことして、が心地よい、そんな人は孤独力がないと言えて、それでは何かに躓いたとき、または老年期に差し掛かった時、困るよね、だから一人でも平気だと強がりでなく言える生き方をしようか、みたいな感じかな。

孤独力には、自尊感情が関わっている。自尊感情が高く保たれている人ほど、平常時は一人でも大丈夫であり、人との本物のつながりを築けている。
逆に自尊感情の低い人ほど、人がそばにいなければ不安になったり、一人では何もできない無力感に襲われたり、何かの役を失うと一気にしぼんだり荒れたりする。
自尊感情を育て、孤独力をつけよう、ということだ。

でも、私が精神障害者に対して思う、「孤独」はそれとは違う。
自分は孤独が好きだから、一人でも大丈夫です、っていう精神障害者を知っている。私はその人を、心から哀れだと思っている。孤独が好きで自分から一人でいる人間はあなたみたいな表情はしない、と思う。
はっきり言って、言い訳、負け惜しみ、強がりであると思った。孤独や寂しさがあなたを蝕んでいなければ、もっと前を向いて歩けるはずだ、と思った。

孤独でもいい、という精神障害者は本物のつながりを欠いていることがよくあるように思う。
根底には、どうせ分かってくれない、だれかとつながるなんて、後で痛むからいやだ、だったら一人の方がマシだ、という気持がある。もし、本当に孤独でいいなら、なんであなた自助会に来ているのですか、なんであなた、一人になると病むのですか?と聞いてみたいことが多々ある。つながりを諦めた人々。

逆に、つながりを切望する人がいる。自分の孤独を知り、分かり合える者を探す人。
私はこのような人を「孤独力が低い」とは決して思わない。彼らは、本当に分かり合える人から力を得て、自尊感情を回復させるだろうと思うからだ。
本当に分かり合える人から認められ、自分も人の役に立ったとき、自分の価値を認め、自尊感情が高まる、そして、孤独力が高まる。
だから、本当の意味でのつながりに飢えて切望し、行動を起こす人間は、自分に正直だと思う。

私は、自分のまわりでものすごく孤独力が高い人は、例の人だと思う。
2年半の間、つるまず、人にひるまず、一人でも自分を見失わず、堂々としている。元々、自尊感情が正常に高い人なのだと思う。私は例の人を見て、学んだ。
私は孤独力が低く、つながりを切望した。切望の仕方が間違っていて、人を傷つけるくらい、求めていたら、いつの間にか、本当の意味で孤独ではなくなっていた。
自分は一部の人と、離れていようがつながっているし、自分の何かを与えることができる人がいる、そしてその人びとは私に何かを与える、と分かっているからだ。

それがない人は、多分病む。
病んでいてそれがない人は蝕まれるし、求めている最中の人は苦しんでいるのかもしれない。
でも、求めて行動すればいつか、本当の意味でつながれる人は見つかるはずだし、それによって心持ちもかわるだろう。
求めて行動している人を、受け止められる「孤独力の高い」人が、少しでも増えればよい。

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