Take it EZ! セカンドダンジョン

えー,書くことはたくさんあるけれど。
まずは,8月に受けて落ちた落ちた言ってた大学院入試の結果が出て,合格していました。
絶対落ちていると思っていたから,ネットの合格発表に自分の受験番号があるのが信じられず,両親や例の人にまで確認してもらいました笑。
来年から,あの研究室で,いろんな職種・立場・国籍の人々に囲まれて自分のやりたい研究ができる、そう思うととても嬉しくて,でも反面,私のようなバカがやっていけるのかどうかという不安にも駆られた。

今回の試験は英語が異常に難しくて,午前中の筆記で確実に落ちたと思っていた。だから,午後の面接は大胆になっていて,これはもう自分が今考えていること,計画していることを全部言ってこよう,と思っていた。池井戸潤の「民王」じゃないけど,「面接と演説を履き違えている」レベルで。堂々と研究計画やその意義や志望理由を述べた。おかげで,かなり内容に突っ込んだ面接になったと思うし,教授からのアドバイス等もありがたかった。ただ,それだけじゃなくて,事前に研究室の教授やOGの方とアポを取って何回かお会いして話を聞いてもらっていたのがよかったのかもしれない...


で,合格発表の翌日から昨日まで入院してました笑
ずっとじーさんに,「入院レベルで心身ともに疲労しているのだから休め!」と言われていたのだけど,院試落ちたと思っていて,だから後期や他の大学を受けなければ〜と思っていて,入院している場合ではないと突っぱねていたからね。
今回は,いつものヌマが満床ということで,別の病院は4回目の入院。トータル14回目の入院となりました。5泊6日だけどね。

入院中の1日は外出許可をもらって,他大の教授にお話を伺いに言ったり,今のゼミの先生に卒論の相談に言ったり,英語の会に行っていました(今のゼミの教授は院合格は祝福してくれたけど,卒論の実験についてはダメ出しが多くて痛かった...)。
他大の教授の私の研究計画に対するアプローチの曖昧さの指摘や,ゼミの先生のダメだしから,私はまだまだ「ていねいさ」に欠けていると痛感した。

という感じの1週間でした。

でもま!とにかく!私はがんばった!
これから,本当にやりたい・やるべき・やれる,道に進むのだ。時間がかかっても,一歩ずつ。


「ていねいになれる何かをつかんでいる人は具体的な努力ができる,そのなにかと出会えれば,目標がどんなに遠くても,近づくように少しずつ努力できる,自分にとって大切なものと,ていねいに対処できるものが一致していないといけない。」
 ー村上龍「心はあなたのもとに」より

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北海道に来ております,3泊4日。今日は最終日で札幌にいる。
今,ホテル併設の温泉・露天風呂入ってきたぁ〜すぐのぼせるから20分も入ってないけどね笑

今回,北海道に来たのは,べてるの家を見学したかったから。
べてるの家,というのは北海道の日高の方にある,浦河町,というところでもう30年以上の歴史を持つ,
当事者中心の「家」だ。
グループホーム,就労継続支援B型を運営しているのだが,それが町全体にあって,共同生活体を作っている。
私は,19歳でかなり具合が悪くなり,じーさんに「統合失調症寸前」と言われたころ,親にべてるを紹介されたことで,ここを知った。それからは,存在は知っていたけれどあまり気にしていなかった。

私が今回落ちた大学院のOGの研究者が,べてるの家とその周辺住民との関係性の論文を執筆されていて,私はその方にお会いしにいったのだが,そこでべてるのことを聞いて,受験が終わったら言ってみます!と宣言していた。
それで,もう1ヶ月以上前に,ホテルの予約と飛行機のチケットを取っていた。

浦河町は,新千歳空港からバスで4時間...しかも,その道のりのほとんどが,海と牧場(馬中心)と林ばかりでたまにまちがあります,みたいなまーっすぐな道で,一応都内の大学に通っている私としては、おぉ...って感じの4時間だった。
で,20時頃にようやく浦河につき,チェックイン。
次の朝はJアラートに叩き起こされ(浦河町は襟裳岬と近いので上空をミサイルが通過している気が..),それからべてるへ。
私は,25日にリカバリーフォーラムに行っていたのだけど,そこで,たまたまべてるの家の管理者の方とお会いできていたので,あまり緊張などはなく入り込めた。

べてるで見たこと,感じたことはもはやこの記事では書ききれない。
基本的には本当にすごい取り組みをしていて,とってもカオスででも温かく,皆の表情はよく,自由!って感じだけど,実際はかなりシステマティックで,よく考えられてプログラムが作られていると感じた。

私の場合は,べてるに「精神障害者の桃源郷」的なイメージはもともとなかった(先生の論文読んでから行ったので,初めから問題点は分かっていた)。それに,たとえばこのような取り組みが全国規模で行われることは,不可能かつ,もしやってしまったらそれは時代と逆行することになるのかもしれない,などということも感じた。
...べてるについては,また別の記事に書きます。まだまだ入手してきた書籍や参加したプログラムや,見学させてもらったことについての考察ができていないんで,ね。

ただ1つだけ,強調したいのは,私はあんな感じのカオスな状況,「誰だおまえー,病気かぁー?」なんて怒鳴られたりする嬉しさ(「もちろんですよ,頭の中がごちゃごちゃになる病気です」と答えたが),いきなり相対性理論の話をしながら私の似顔絵を書くおじいさん(すごく上手!),など,ヌマもびっくりな人々が多くいらして,それは私に1日だけの居場所を提供してくれたと思ったことだ。問題点があったりいろいろ言われても,私はべてるという場所が好きになり,また必ず行きたい,と思えた。

で,今日は朝7時前の千歳行きのバスに乗り,また4時間。それから30分電車に乗って札幌のホテルへ。
まずは,お土産!例の人が仕事の都合で来られなかったので,好きなものをたくさん送った。あ,今度2日にウェーブの例会があるのでそれにもお土産買いました。
それから,大通りの広場とか時計台とか見つつ,海鮮系の食べ放題に行き,札幌市内ぶらついてきました。

まったく,受験に合格してなんの心配もなく(卒論の心配は常にある)来られたら良かったのに,2月入試のための勉強道具を持ちつつバスではネイチャーを読みながら旅をするとは...何とも悲しいけれど,べてる訪問のおかげで力がつきました。
明日帰ってからはいつもの日常が待っている。
またやらねばならない受験勉強,卒論研究,バイト。精神的に負荷がかかりすぎて,もうまた浦河行って1年くらい暮らすかぁ?とか思いつつも,やはり自分の精神はそこではない,ヌマだ,ということをなんども言い聞かせて,明日は帰ります。

とにかく,とても良い3日間だった。
明日からのことを考えると鬱でしかないので明日からは上下の概念メタファー(卒論テーマ)のことだけ考えます。

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はい,試験終わりました。
午前中に筆記,医学英語2題。午後は面接でした。面接が私の志望ゼミは早々行われたため,早めに帰ってこれた。

結果からいうと,落ちた,と思う。発表来月中旬なんだけどね(遅すぎでしょ)。

大学受験のころの,落ちた落ちた詐欺ではなく,今回は英語だめだった。
2題中,1題はだいぶできたかなぁと思うのだけど,2題目がほとんど意味不明。
なんとなくの概要や,言っていることは分かるのだけど,細かなニュアンスや,研究で使う専門用語の取り違えがあった(取り違えに関しては,ありえないミスであなた3年半統計習ってきたでしょ?って感じのミスなんだけれど)。
それに,途中でテンパってしまって,英語が頭に入ってこなかった。
1年間,ほぼ毎週医学英語に触れ,心理学英語も授業で多く取り,英語勉強サークルにも顔を出し...ってやってきた。6月以降は毎日医学英語を読んだ。
だから,めちゃくちゃ悔しかった。

面接に関しては,何度かお会いした教授が二方いらして,しかも私のことを覚えてくれていた。「あなたとは何回か話したから同じ質問になっちゃうけど...」みたいな感じで,質問とアドバイスの混合的な面接になっていて,だからスムーズに伝えられたし,教授のつっこみが私の考えていなかった視点からのもので,それが単純に面白く,勉強になった。多分,面接はそこまで心配いらないだろう。

でも,多分だけど,まず筆記で足切りがあるのは明らかだ。
難しかった方の英語は,選択式で,これを解かないで自分の専門分野の問題を解くことができる。
大学院がバレそうだからオブラートに包んで言うと,私が受けたところは,定員が50〜60名なのに,研究室が50以上あり,しかも医学の隅から隅までの分野がある特殊な専攻だ。薬理学から放射線がどうこう(?)から,細胞みたいな何かとか初めてきいた分野の人々がいる中で,精神保健分野が存在する,という形だ。多分だけど,私の志望ゼミの志願者は,私以外留学生の皆様でした。

だから,なんだかよくわからない医科学系の専門課題を解いた人々は,多分今回の英語を解いた人よりも有利だし,それにこの大学からストレートで上がろうとしている人々はそもそもの英語力が私より格段に上だろう。

自分ではそれなりに頑張ったつもりなのにこのザマで,悔しくてさっきまで泣いてた。
自分の目標が達成できずに泣いたのはいつぶりだろう。覚えている限り,高校の陸上の最後の大会ぶりではないか。


9月の中旬に発表,それまで多分,気にし続けるだろう...と思うし,私も疲れたのでここで抑鬱モード突入しちゃうODのしちゃう?とか思うけれど,そういえば卒論研究ヤバイので9月から毎日学校通います...。ゼミの先生に,「私8月末から9月半ばまで合格発表待ってる間に精神崩壊すると思うのでそれを防ぐために,9月1日から刺激作成入ります!」と宣言した以上,やらねばなりませんね。ちなみに先生は,「それは適切なストレスコーピングですね」と言っていました。

大学入試のとき,今の大学より定員が少ない大学にセンター出願してて,あまりにも結果がひどかったから,そこの大学に出願したことを頭から追いやる,という対処法を取ったことがある。
結果,その合格発表のことも頭になくて,同大学の一般入試を受けて帰宅した直後,センターの合格通知が家に届いたということがあった。発表は前日,HPでやっていたのに,それを知らずに翌日バカみたいに一般を受けに出かけたのだ。そして撃沈してうつ状態になりながら仕方なくランク下げて別に大学の赤本を買って帰った直後に届いた。

今回も,そんな感じで試験のことはとりあえず今日で忘れよう。
ゼミの先生曰くの,「ストレスコーピングとして卒論研究を進める」ということを行いつつ,後期のための英語の勉強も平行して,かならず今年度中に大学院に合格したいと思う。

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とうとう,院試が明日に迫った。
今日はこれから,大学の最寄り駅のホテルに向かう。
別に,朝早く出ればホテルに泊まる必要なく会場に着くのだけど,最近の体力のなさと精神の不安定さを考えると,少しでも省エネしたほうがいいと判断し,数週間前に部屋を取った。

正直,今の状態はよくない。
おとといバイトを早退してから昨日の18時まで,ほとんどベッドから起き上がれなかった。立つことができなかった。
精神的というよりは,身体が動かないという状態...すなわち,いつもの私らしく,ストレスを頭で感じるより前に身体に出たというパターンだろう。



3年前の夏にとても悔しい思いをした。
2年前の夏にも同じような思いを,1年前の春にもう1度起こったときには,空虚感に襲われた。
3年前の夏に,病院の仲間が亡くなったとき,他の仲間で話した。何で自分たちは何もできなかったのだろう。
あの人の具合が悪そうなことなんて,みんな分かってた。でも,先生や,ワーカーさんが,なんとかすると思っていた面があった,親は病院が嫌いで精神疾患を認めなかった。だから,軽口でアドバイスしかできなかった。
もっと,内科への受診を強く勧めていれば。心配だ,だけで終わらせずにアクションを起こしていれば。
なぜ,それができなかったか。それは,私達も当事者だったからで,患者だったからだ。自分の具合が悪いから,云々ではなく,私たちにそれをやる「力」と「権利」がないと,頭の隅で思っているからだ,と私は思う。

なぜか。社会の偏見が,私達の「力」に対する認識を弱めている気がしてならない。
昔からある偏見に加えてメディアの偏った報道,あることないこと書いて,障害者を危険者扱いする表現をする作品の数々。偏見による差別。

それが,精神障害者の肩身を狭くし,力を奪い,孤独に陥らせるのではないか。
私達が,もっと堂々と,私達だからこそ分かる,この人は今危ない状態じゃないのか,なんとかしなければならない,そして何とかする力がある!
そう思えれば,きっと,彼らの死は防げたのではないか。自殺でないから余計に。

今,必要なのは,障害者自身に力をつけること。社会になんとかして戻ろう,ではなく,より生きやすい社会にするための材料を自分たちから発信し,自ら社会に働きかけ,環境を整えること。
ただし,そのためには障害者一人の力では無理だ。仲間2人で集まっても無理だ。もっと幅広く,まずは当事者同士が安心して自己を受け入れることのできる体制・場所を作り,その上で力をつけ,社会に働きかける。
そうすれば,きっと自身に力が戻り,いや,戻る以上に力をつけることができ,孤独も緩和され,ある人は仕事に今までとは違う心持ちで復帰できるかもしれないし,ある人は自分の生活をよりよくできるかもしれない,ある人は偏見に怯えなくなり,ある人は家族や友人に自己開示ができるようになるだろう。
孤独死を防ぐには様々なアプローチがあるけれど,私はいつでも,当事者の側から,当事者が何をできるかを一番に考えたいと思う。

専門性を身に着けて,研究をしよう。現場を常に感じながら,学問として考えていこう。
1年前の夏にそう思った。

村上龍はエッセイに書いていた。
夢,などはない。夢ではなく,実現すべきは目標だ.と。
そして,目標を持つのは憂鬱だ。って。

私の目標は,ひとりよがりのクソみたいな目標だ。
それに向かってたまに疑心暗鬼になりながらここまで来る過程は,辛いとは言わないまでも楽しいものではない。
そして,きっと大学院に入れたとしても,そこから本物の目標に向かう過程を考えたとき,また憂鬱になるはずだ。
でもそれでもいいのだ。きっと,このことが私のライフ・ワークになることには,もう数年前からどこかで気がついていた,そして否定していた。だって,自分の痛いところに触れることでもあるから。

まずは,明日の試験を精一杯受けてこよう。
今,できることはそれだけだ。

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私にはあまり,「友達」という概念がない。

だから,この人のことを「友達」というかどうかは分からない。
彼女とは,もう5年くらい付き合いがある。
そのうち4年半は,共に活動を行う「仲間」という関係になっている。

多分,私は女性の中では,その人との関係が一番深いと思う。なのに,私はその人の精神を全くつかめないでいるし,わけがわからない人だなぁ,と,今になっても思っている。いろんな意味でクレイジーだとも思っている。そして,私はその人に嫉妬している。

頭の回転のよさ,語学等のスキル(スキルっていうか知らないけど),芸術への興味と理解の深さ,知識の多さ,なにより,人への共感力と人を信じようとする気持。本当は人を信じて深い交友関係を築くことに対して,怖がっている面もあるくせに,それでも諦めず人を信じようとする。人の悪口を言わず,誰の良いところも見つけられる。だから,他者からの信頼は厚い。自分がどんな状況になっても,守りたいものがはっきりしているその人は,誰から見ても魅力的なのだろう。
多分,私達のコミュニティの,カリスマとなる女性だろう。

私はそのすべてを持っていない。
頭は動かないし,共感力や想像力が乏しいどころか存在していないし,知見は狭い。人と深い関係などごめんだし,嫌いなやつはそいつが私と似た環境にいたって大嫌いだ。偏見を持つのが大得意だし差別をすることに罪悪感を感じることはない。

だからこそ,彼女のような人間は,わけが分からないし,信じようとする気持が面倒くさくよけいなお世話だと思ったこともある。多分,一生かかっても相容れない部分がたくさんあり理解不能だと思い続けるだろう。
でも,私はその人が,今の活動の中心となった(必ずなると思う)ときには誰からも見えないところでもなんでも良いから,手助けができればいいと思う。彼女は人を惹き付ける魅力があるので,その分,疲れることや苦しむことは私の何百倍も多いだろうからね。それに,きっと,その人が持っていない部分で,私が得意とする分野もあるだろうから(と信じたい)。

このような関係性を,20代で経験できたことは珍しいことだと思うし,ある意味で,気持のよいことだと思っている。
明らかな考え方や感じ方の相違がある同年代の人間と,深く関わるというのは体力のいることだが,お互いの考えが伝わったりお互いの苦労を知ったときには,なんとなくの友達,という関係では絶対に得られない成長が得られるものだ。
その人が私のことをどう思っているかは別にとうでもいいが,私はその人に嫉妬したり理解できないと思ったりしつつも,お互いクソばばぁになっても,ずっと尊敬のでき,尊重しあえる仲間でいられればよいと思う。


誕生日おめでとう,りささん。

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